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第1章:闇に差す最後の光

失われた時代の影に覆われ、千年の時を経て、世界は終わりなき戦場と化していた。


場面は小さな静かな村へと移る――いや、かつてはそうだった――しかし、その面影はもうどこにもない。


澄み渡る青空は、燃え盛る建物から立ち上る黒煙に呑み込まれていた。

空気には悲鳴のこだま、鋼鉄が交わる音、そして無力な者たちの苦痛に満ちた叫びが響き渡る。


完全武装の部隊が、容赦なき嵐のごとく村を蹂躙し、後にはただ破壊と死だけを残していく。

彼らはこの地の国境を支配する強大な王国の兵士であり、その目的はただ一つ――敵が持つすべてを徹底的に殲滅することだった。


血に塗れた地面の上に、一人の老人が倒れていた。

その腕の中には、必死に庇おうとする妻と幼い子供たちの姿。だが、侵略者の無慈悲な力を前に、彼の抵抗は何の意味も成さなかった。

鎧を纏った兵士は嘲笑しながら剣を振り下ろす。

一方、別の場所では幼い子供が泣き叫びながら母親を呼んでいた。

だが、その声に応えることはない――彼の目の前には、すでに事切れた母親の亡骸が横たわっていた。


紅蓮の炎が天を焦がし、村の運命は完全に決した。


灰色に染まる空は、まるで命を奪われた者たちを悼むかのように沈み込み、焦げた家々の残骸から立ち昇る煙は、木々と血の焦げる悪臭を運んでいた。

遠くから聞こえるカラスの鳴き声が、不気味な静寂をより際立たせる。


その焼け跡の中に、ひとりの男が立っていた。


ヴェルキナ王国軍の指揮官、エルヴィン・ダルモア。

鋭い青の瞳で村の惨状を見渡す。そこにあるのは、炎に焼かれ崩れ去った瓦礫の山と、無惨に散らばる死体の数々。

彼は奥歯を噛み締める。怒りと、そして深い後悔の入り混じった表情を浮かべながら。


「……あまりにも惨いな」


ふと、傍らの兵士が呟いた。

目の前に広がる光景に耐えきれず、視線を逸らしている。


そこには、老人も、女も、子供すらも――容赦なく殺され、血に染まった村の道に横たわっていた。


「これは……戦争なんかじゃない」

別の兵士が、苦々しく声を絞り出す。

「ただの虐殺だ」


エルヴィンの拳が強く握られ、革の篭手が軋む音を立てた。


その言葉はまぎれもない真実だった。

だが、どれほど悔いたとしても、すでに起こった現実を変えることはできない。


「……遅すぎた」

彼は小さく呟いた。まるで己に言い聞かせるかのように。


「もし、あと少しでも早く到着していれば……もし……」

だが、言葉を飲み込む。

今さら絶望に浸ったところで、何も変わらない。


「散開しろ!」

エルヴィンはようやく顔を上げ、命じた。


「生存者を探せ。遺体を集める。ここに放置するわけにはいかない。

――せめて、彼らをきちんと埋葬してやらねば」


兵士たちは無言のまま頷き、それぞれ行動を開始する。


しばらくすると、一人の兵が戻ってきた。

「隊長……生存者は見つかりませんでした。

村の者は……全員……」


エルヴィンは無言で手を挙げ、その報告を遮った。


「……わかっている」

深いため息をつきながらも、彼はすぐに気を引き締める。


「……引き続き、遺体の回収を」


そう命じた直後――

そのとき――


「隊長! 生存者を発見しました!」


遠くから、切羽詰まった声が響いた。


エルヴィンはすぐに顔を上げ、兵士たちを引き連れ声のする方へと駆け出した。


彼らがたどり着いたのは、村の外れにある川の近く。

二人の兵士が、地面に半ば埋もれた木製のハッチを囲んでいた。


「地下室……か?」


エルヴィンが近づくと、兵士が頷く。

「どうやらそうです、隊長。中から声が聞こえました」


エルヴィンが手で指示を出すと、兵士たちは慎重にハッチを開ける。

老朽化した木材が軋み、暗い空間が姿を現した。


その奥の隅で、ひとりの幼い少女が身をすくめ、震えていた。


あの少女――歳は5歳くらい。


ぼさぼさの金髪が顔を覆っているが、その奥で光る鮮紅の瞳が、怯えと恐怖に満ちていた。

まるで、追い詰められた小動物のように。


「……子供か」

兵士のひとりが、言葉を詰まらせる。


エルヴィンはゆっくりと膝をつき、優しく声をかけた。

「……もう大丈夫だ」


少女が怯えぬよう、できるだけ穏やかに言葉を選ぶ。

「俺たちは君を助けに来た」


だが――


彼女の瞳が彼らの鎧を映した瞬間。


「いやあああああああ!!」

少女は恐怖に駆られ、叫んだ。


「来ないで!近づかないで!!」


彼女は怯えたまま後ずさる。

だが、それ以上逃げ場などどこにもなかった。

小さな体は震え、涙が泥だらけの頬を伝い落ちる。


「落ち着いて。俺たちは敵じゃない」

エルヴィンはそう諭すように言う。


「村を襲ったのは、俺たちではない」


だが、少女の叫びは止まらなかった。


「妹は!?私の妹はどこ!?どこにいるの!?」

彼女の必死の叫びが、沈んだ村にこだまする。


その言葉に、兵士たちは沈黙する。


「……妹?」

エルヴィンは眉をひそめ、部下に尋ねた。


「もう一人、少女がいたか?」


兵士は戸惑いながら首を振る。

「いいえ……もう一人はまだ見つかっていません」


その時、少女の小さな手が震えながら川を指さした。


「妹はそこにいるの!!川に流されちゃったの!!お願い、助けて!!」

切実な叫びが胸を締めつける。


エルヴィンは険しい表情で川を見つめる。


川の流れは速い。


「この川の先は?」


「海へと続いています、隊長……」


「……そうか」


つまり、助かる可能性は――限りなく低い。


少女は、ただ必死に川へと手を伸ばす。

彼女が最後に残された、絶望に縋るかのように――


エルヴィンは静かに拳を握り締めた。


――この絶望の淵で、俺に何ができる?


彼は答えを探しながら、ただ夜空を見上げた。



----------------------------------------------



あの悲劇から一年が経った。

かつて活気に満ちていた村は、今や戦争の無情さを物語る廃墟と化していた。その惨状の中、唯一生き残ったのは、一人の少女——カルヴァだった。彼女はヴェルキナ王国の兵士たちによって救われた。しかし、助かったのはその身体だけであり、彼女の心は今もなお壊れたままだった。


現在、カルヴァはヴェルキナ王国の小さな町の近くにある孤児院で暮らしていた。その建物は質素ながらもしっかりとした造りをしており、決して贅沢ではないが、温かみのある場所だった。裏庭では他の孤児たちが元気に遊んでおり、楽しげな笑い声が空へと響いていた。

周囲には丁寧に手入れされた庭が広がり、鮮やかな緑の芝生、大きな木々が木陰を作り、その下には木製のベンチが並ぶ。庭の隅には古びた井戸があり、周囲には綺麗に並べられた石が置かれていた。

穏やかで、誰もが安らぎを覚える場所——


──だが、それはカルヴァにとっては違った。


彼女は、古びた木製のベンチに座り、一人静かに遠くを見つめていた。

夕暮れの風に揺れる長い金髪。

そして、哀しみを宿した紅い瞳——どこか虚ろで、焦点が合っていない。

他の子どもたちが石蹴りやかくれんぼに興じる中、カルヴァだけはただじっと座り続けていた。まるで、彼女だけが異なる時間を生きているかのように。


その静寂を破るように、優しい声が彼女に呼びかけた。


「カルヴァ、みんなと一緒に遊ばない?」


三十代後半の女性が、そっと彼女に微笑みかけていた。

優しさに満ちた瞳、落ち着いた雰囲気を持つその女性は、孤児院の世話係のひとりだった。

栗色の髪はきちんとまとめられ、腰に巻いたシンプルなエプロンが、彼女の役割を物語っていた。

彼女の名はエリナ。

孤児院の子供たちからは「エリナ母さん」と親しまれている女性だった。


カルヴァは小さく首を振り、視線を落とす。


「……遊びたくないの」

消え入りそうなほど小さな声だった。


しかし、エリナは微笑みを崩さない。

「そう……それなら、お庭を少し歩いてみない? 夕暮れの風がとても気持ちいいわよ」


カルヴァは一瞬だけ迷い、ゆっくりとエリナを見上げた。

そして、小さく頷く。


「……うん」


エリナがそっと手を差し伸べると、カルヴァは少しの間ためらった後、静かにその手を取った。

二人は並んで庭を歩き始めた。

無邪気に駆け回る子供たちの間を抜け、カルヴァはエリナの手をぎゅっと握りしめる。

まるで、その温もりが消えてしまわないように——


言葉はなかった。ただ、歩く。

聞こえるのは、木々に隠れた鳥たちのさえずりだけ。


やがて、庭の端にある古びた井戸のそばまで来たとき——


エリナが、静かに口を開いた。


「カルヴァ、将来やりたいことってある? 夢とか、考えたことはある?」


カルヴァは、ふと足を止める。

彼女は少しだけ彼女を見たが、すぐに目を伏せた。

考えるように俯き、しばらく沈黙した後——


「……わからない。何がしたいのか、自分でも……」

小さな声でそう答えた。


エリナは無理に問い詰めることはしなかった。

ただ、柔らかく微笑む。


「そう……それでいいのよ。大丈夫よ。焦らなくていいの。まだ時間はたっぷりあるんだから」


そう言って、エリナは優しく続けた。

「そういえば、マリエル母さんが言っていたわ。カルヴァには、すごい才能があるって」


カルヴァは驚いたように顔を上げる。


「……マリエル母さんが?」


エリナは頷いた。

「ええ。カルヴァの中を流れるマナは、普通の子どもたちとは比べものにならないくらい、強く、安定しているって」


カルヴァは沈黙したまま、考え込むように視線を落とした。

「……昔は、冒険者になりたかった。でも、今は……」


言葉を切り、ただ足元の草をじっと見つめる。

「……もう、よくわからない」


エリナは静かに膝をつき、カルヴァと目線を合わせる。

そして、そっと彼女の金色の髪を撫でた。


「焦らなくていいのよ、大事なのは自分を信じること。答えが見つからなくてもいいのよ。ただ、夢を諦めないでね」


カルヴァは何も言わず、ただ俯く。

エリナは、それ以上何も言わず、再び立ち上がると、カルヴァの手をやさしく握り直した。


「もう少し歩きましょうか?」


二人は再び庭を歩き始めた。

大きな木々が太陽の光を和らげ、心地よい影を作る。

庭は平和だった。

しかし、カルヴァの心の中には、消えない悲しみが残っていた。


彼女は、何かを——

いいえ、誰かを求めていた。


ふと、心に浮かぶ、小さな少女の記憶。

いつも側にいた、大切な存在。

かつて、彼女を笑顔にしてくれた、温かな声——

それは彼女の妹だった。


カルヴァは、拳をぎゅっと握りしめる。


『もし、あの時、自分に力があったなら——』

『もし、自分がもっと強かったなら——』


『愛する人を守れたのだろうか?』

『妹を、失わずに済んだのだろうか?』


「……カルヴァ、何を考えているの?」

エリナの優しい声が、彼女の思考を引き戻す。


カルヴァはゆっくりと顔を上げた。


そして、ためらいながらも、小さく呟く。

「……エリナ母さん、私、強くなれるかな?」


「ええ、もちろんよ。強くなりたいと願う人は、誰だって強くなれるのよ」


その言葉を聞いた瞬間——


カルヴァの瞳が、少しだけ輝いた。


「……マナがあるなら、魔導士になれる?」


「ええ、もちろんよ。マリエル母さんも、カルヴァには大きな才能があるって言ってたわ。興味があるなら、きっと彼女も喜んで教えてくれるわよ」


カルヴァは少し考えた後、まっすぐエリナを見つめた。

「……強くなったら、妹を見つけられる?」


エリナは、言葉を詰まらせる。


しかし、彼女が知らない真実があった。

それを知る者たち──エリナ、マリエル、そして彼女を救った兵士たちは、真実を語ることを避けていた。

そして司令官であるエルヴィンは、彼女にその現実を伝えなかった。

——その残酷な言葉を、彼女が乗り越えられるとは思えなかったから。

カルヴァが前を向いて生きていけるように、彼女に真実を伝えたくなかったのだ。


しかし、最後には——

「信じ続ける限り、きっと、見つけられるわ」


その言葉に、カルヴァは小さく微笑んだ。


「……なら、私は強くなる。冒険者になるの」


——私は、強くなる。

──希望の光が、彼女の中に生まれた瞬間だった。

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