第0章
かつて、この世界は驚異に満ちた場所だった。
偉大なる存在たちが天を歩み、星々を越え、意のままに現実を創り変える時代があった。
その時代、三つの絶対的な勢力が世界の覇権を巡って対立していた。
光と秩序をもたらす神々――
破壊と混沌を楽しむ悪魔――
そして、善悪の概念すら超越する謎多き存在、深淵の者――
彼らは創造者であり、破壊者であり、運命を決する審判者でもあった。
しかし、その均衡が永遠に続くことはなかった。
やがて、三つの勢力は制御不能な戦争へと突入する。
それは数千年にわたる破滅の戦い――
天地を揺るがし、世界そのものの基盤を崩壊させる凄惨な大戦だった。
そして、戦火は彼ら自身をも呑み込み、ついには、自ら築き上げた世界すらも滅ぼしてしまった。
戦争が最高潮に達した時、三つの種族は突如として姿を消した。
神々は人の世から去り、
悪魔は深淵の闇へと封じられ、
深淵の者たちは「大深淵」と呼ばれる無限の虚無へと姿を消した。
そして、彼らが築いた世界は、無残にも崩れ去り、荒廃した大地だけを残した。
しかし、絶対的な力とは、そう簡単に消滅するものではない。
彼らの力の残滓は世界のあちこちに散らばり、今なお、ある者たちの手へと渡ることとなる。
それを見つけた者は、幸運なのか、それとも――不運なのか。
力は決して死なない。
それは新たな主を求め、自らを手にした者と契約を結ぶ。
そして、その者を"人を超えた存在"へと変貌させるのだった。
人々は、そうして生まれた存在たちに名を与えた。
――神授者。神々の恩恵を受けし者。
――煉獄の契約者。悪魔の力を受け入れし者。
――深淵の生まれ(アビスボーン)。深淵の理と融け合いし者。
だが、力には必ず代償が伴う。
いかに強大な力を得ようとも、その見返りは決して小さくはない。
ある者はその代償として人間性を失い――
またある者は、死よりも過酷な運命へと囚われるのだった。
時は流れ、あの大戦の傷跡は風化していった。
かつて栄華を誇った都市は、今や苔むした廃墟と化し、
豊かだった大地は枯れ果て、鋭く輝く黒水晶が不気味な波動を放つ死の荒野へと変わった。
神々も、悪魔も、深淵の者たちもいない世界――
人類は、そこに新たな秩序を築くことを余儀なくされた。
それは、もはや神々の加護によるものではなく、
彼ら自身の手で確立された"システム"という概念によって支配される世界だった。
この世界では、力も、生存も、すべてが"数値"という形で測られる。
レベル――
それは個の歩みの証。
戦い、苦しみ、試練を乗り越えた果てに得られる、成長の指標。
しかし、レベルを上げることは容易ではない。
時に死すら厭わぬ覚悟を求められる試練が待ち受けているのだ。
ステータス――
それは、その者の素質と限界を決める基本能力。
「力(STR)」、「体力(END)」、「敏捷(DEX)」、「知性(INT)」、「活力(VIT)」、「感覚(PER)」。
生まれつき優れた才能を持つ者もいれば、
己の努力と鍛錬によってその差を埋める者もいる。
だが、才能の有無だけが全てを決めるわけではない。
真に力を得る者とは、鍛え続けることを決してやめない者なのだから。
クラス――
それは個々の役割を定めるもの。
「戦士――戦場の覇者。
「魔術師」――魔法を極めし者。
「盗賊」――影の刃。
しかし、戦う者だけがクラスを持つわけではない。
「治癒士」――命を繋ぐ者。
「鍛冶師」――伝説の武具を生み出す者。
剣も、魔法も、全てが世界の均衡を支える要素なのだ。
ロール――
クラスとは異なり、ロールはその者の社会的役割を表すもの。
「指導者」、「守護者」、「放浪者」――
それらは単なる称号ではなく、背負うべき責務であり、
覚悟の証でもあった。
しかし、どれほど緻密なシステムであろうとも、
全てを数値化することなどできはしない。
死の恐怖に立ち向かう"勇気"は?
不可能を覆す"執念"は?
絶望の淵にありながらも、なお折れぬ"心"は?
それらは、レベルでもステータスでも測ることはできない。
このシステムに救いを見出す者もいれば、
果てしない強さの追求の果てに、己を見失う者もいる。
この世界に生きる者たちは、次第に理解し始める。
真に恐れるべきものは、数値の上下ではないと。
力を求めすぎた者の行き着く先にあるもの――
それは、踏み入るべきではない"禁忌"の領域だった。
そこは、理を超えた場所。
生者と死者の境界を曖昧にし、
常識を覆す、最も忌むべき場所。
――その名は「大深淵」。
深淵の者たちが最期に還る場所。
かつて、幾千の冒険者、王、征服者たちが、その秘密を手に入れようと足を踏み入れた。
そこには、無敵への道があると信じて。
だが、その真実は――遥かに残酷だった。
深淵に踏み入れた者のほとんどは、二度と戻らない。
そして、もし生還したとしても――
彼らが持ち帰るものは、狂気と、決して癒えぬ傷だけだった。