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プロローグ

森は静寂に包まれていた。

――いや、静かすぎた。


風が葉を揺らす音もなければ、梢で囀る鳥の声もない。

ただ、虚ろな沈黙だけが、鬱蒼と茂る木々の間を支配していた。


そんな不気味な静寂の中――かすかに震える嗚咽が聞こえた。

あまりにも小さく、儚く、今にも消え入りそうな声だった。


暗闇の森の奥――

一人の少女が、冷たい大地に座り込んでいた。


体を縮こまらせ、小さな肩を震わせながら、彼女はじっと耐えていた。

枯れ葉が微かに音を立てる。

だが、彼女にはそれすらも聞こえていなかった。


彼女の小さな手は、自分の体を必死に抱きしめていた。

爪が肌に食い込み、痩せた腕には赤い跡が残る。

頬を伝う涙は、冷たい夜の空気にさらされながら、わずかな温もりを宿していた。


――『動けない』。


傷を負ったわけではない。

ただ、恐怖に全身を支配されていた。


そして――彼女の目の前には、それを引き起こした"化け物"がいた。


巨大で、人ならざるもの。

その体は岩のようにゴツゴツとした外殻に覆われ、荒い息遣いが空気を震わせる。

口元には黄色く変色した牙が並び、そこから滴る唾液が地面に落ちる。

だが、何よりも恐ろしいのは――その"目"だった。


暗闇に光る、二つの黄色い瞳。

飢えと悪意に満ちた視線が、彼女をじっと見つめていた。


――『騙された』。


この森に足を踏み入れたのは、"声"を聞いたからだった。

彼女の妹の"声"を――。


あまりにも優しく、あまりにも温かく、あまりにも懐かしい声だった。

「お姉ちゃん」

そう、確かに聞こえた。

――「妹がまだ生きているかもしれない』

その一縷の望みにすがり、彼女は迷い込んだ。


しかし、それは罠だった。


化け物が、ゆっくりと歩み寄る。

枯れ葉を踏みしめる重い足音が響く。

少女の小さな体を覆うように、鋭い爪が伸ばされた。


刺すような痛みが腕に走る。

呼吸が詰まり、視界が涙で滲む。


――『ここで死ぬの?』。


絶望が、心を蝕んでいく。

『私はまだ何も成し遂げていない』

『強くなることすらできなかった』

『なぜ、世界はこんなにも残酷なの?』


化け物の口が開く。

腐臭が少女を包み込む。

鋭い牙が、今にも彼女の体を引き裂こうとしていた――


ズシャッ!


鋭い音が森に響いた。


次の瞬間、少女の体は地面に落ちた。

拘束が、消えた。


化け物の両腕が、肩から先ごと"消し飛んでいた"。


少女は目を見開く。

信じられない光景がそこにあった。


血に濡れた巨大な戦斧。

そして、その先には――


一人の男が、佇んでいた。


「……大丈夫か?」


低く、落ち着いた声だった。


少女は、ただ震えながら、囁く。

「……あ、あな……たは?」


男は答えなかった。

ただ、斧を構え直し、傷ついた獣を睨みつける。


そして――戦いが、始まった。


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