3 初めての採用通知
「まぁ、採用連絡は1週間後くらいって言ってたわよね?なら採用なら2日くらい内にはくるわね。」
「えっ、そうなの?」
「うん、1週間っていうのは、断る時の処理をするためと採用者を先に優先するからそのくらい要するのよ。
欲しい人はすぐ連絡しないと、他のとこに取られるかもしれないからね。」
「そうなのね⋯」
「ま、3日後にまた動き出せば?」
「うん、また探すわ。」
「私も知り合いとかに当たってみるし。」
「ありがとう、 いつも助けてくれて。」
「助けてないじゃない。あんたが苦しい時何も出来なかった。」
「そんなことないわ!何回もあの人に怒ってくれて、いつも話聞いて支えてくれてるわ!どんなに有難いか。真由美がいたから由美子とやってこれたんだから。」
「⋯本当に修二をぶった切ってやりたいわ!」
「フフ⋯ありがとう。」
「じゃ、そろそろ取材の時間だから行くわ。」
「フリーライターさんは忙しいわね。体気を付けてね。」
「サンキュ。仕事もらえる内が花よ。また教えて。」
「もちろん、またね。」
親友の真由美は雑誌編集の仕事から独立して、フリーライターになった。
会社員だった時、努力の末たくさんの人と繋がりを結べて、コンスタントに女性誌関連の取材の仕事をえるようになった。私の憧れの人でもある。
いつも親身になって心配してくれたり、怒ってくれたり、励ましてくれたり、喜んでくれたり、笑い合ったり。
中学の時に出会い、進学校だったにもかかわらず、特に頑張ろうとせず、周りと違っていた。
父には油断すると足を引っ張られるから、他人を信用するな、と厳しく言われ1人でいた私に、興味を持って話しかけて来てくれた。
初めは警戒していたけど、私に意地悪をしてきた女子達に、向かっていって私を庇ってくれた時から、信用できる人だと確信して話すようになり、今までずっと続いてる。
今回離婚の決意を報告した時も大喜びした。
「やっと決心したの!遅いけど、まだまだ未来はあるから!」と、抱きしめ喜び泣いてくれた。
私もいつか彼女の役に立ちたい。
面接から4日。きっとダメだったんだろう。
いえ、わかっていたはず。会社員の事務で求められてるのは、私のような未経験で若くもない人材じゃないって。
でも、ちょっと期待してみたりして⋯。
紅茶の話しでいい感じだったし、なんて。甘すぎるのはわかってます。
「スーパーの品出しとかに応募してみようかな。」
レジは大変そうだし。覚えるのに時間がかかり、お客さんにも同僚の方にも迷惑をかけてしまいそう。
「でも、そう考えるとどこもいらないのよね、私のようなのは。」
ダメだ、またネガティブになってる。
「よし、どこもダメなら自分の好きなところ、やってみたい事に応募してみよう。」
由美子に教えてもらったスマホの求人アプリや雑誌などを眺める事、1時間、とりあえずいいな、と思ったところを書き出してみて、じっくり見極めることにした。
その時、スマホに着信音が鳴り、登録外の番号からだった。
「何だろう、出ない方がいいかな。」
由美子に言われてる。知らない番号には出ちゃ駄目だと。
「!」
この前の会社だ!この番号は⋯
ドキドキしながらスライドさせた。
「はい、広瀬です⋯」
「こんにちは、TAMIYA商事の溝口です。」
「はい、その節はありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ面接としてだけでなく、励みになるような言葉嬉しかったですよ。」
「あ、ありがとうございます。」
恐縮です⋯
とても爽やかな明るい声。こちらまで嬉しい気持ちになる。不採用の連絡だとしても⋯
「広瀬さん、うちで働いてもらえますか?」
「え⁉️本当ですか⁉️私⋯働かせていただけるんですか?」
「ははっ⋯お願いしたいです。」
「まさか⋯採用していただけるなん⋯この歳で未経験で⋯」
「私が担当している飲料部門で紅茶関係の事務をしていただきたいと。あなたのように本当に紅茶を好きな方に就いてもらった方がいいように思ったので。」
「ありがとうございます!ご迷惑おかけするかと思いますが、なるべく早く慣れて仕事がこなせるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。」
電話だけど、頭を深く下げた。本当にありがたい。傍から見ればとても落ち着いてるようにみえるようだけど、泣いてしまいそうだったし、震えていた。
一流企業の重役の妻たるもの、いつも品位を保ち動じる事なく感情を読まれないよう、厳しく言われてきた。
その必要がなくなっても、自分には感情がなくなったのかもしれないと思ったけれど、今こんなにも嬉しいし、涙が出そうなのをこらえてる。ホッとする自分もいる。
別居して由美子や真由美とたくさん話をして、色んな場所に行くようになって、感情が表せるようになってきた。
その後、溝口さんと出社日時を確認し合って、電話を終えた。
切った後、少しの間放心状態のような、ふわふわした感じだった。
社会に出られる期待とできるかという不安。
その不安を感じ取ってくれたのか、溝口さんは、【100%なんてできないし、自分達でもミスはもちろんする。もちろんなるべく早く、与えられた仕事をできるようになるのは理想だけど、あなたのように柔らかい雰囲気がまわりの人をホッとさせるから、あせらず、周りを遠慮なく頼っていい。もちろん私もですよ。】と、心が軽くなるよう、気遣ってくれた。
「溝口さんこそ、柔らかい雰囲気だわ。」
初めて出会うタイプの人だと思った。
この後すぐに真由美に報告すると、ものすごく驚いていたけど、すごく喜んでくれた。
ただ、【なかなかチャレンジャーな会社ね!】
との言葉には、ん?、と思ったけれど、確かにその通りだ。
由美子にもアルバイトから帰ってきた時に話したら、まず会社の心配をしていた⋯。
私はそんな出来ない人認定なのかしら、とちょっと落ち込んだ。
でも、【働いてみて無理なら、遠慮せず辞めたらいいのよ。お互い選ぶ権利あるんだから。私はどんなママも応援するし、好きよ。】と。
どちらが親かわからない。でも愛おしいこの子との暮らしの為に頑張りたい。
週明け月曜日からの出社となった。とりあえず、働き始めは疲れてしまうだろうから、この週末におかずを作り置きしておこう、と色んな気持ちを一旦置いて、スーパーへと向かった。