9、収納
私がいまチャレンジしてるのは《空間魔法》だ。
《光魔法》ほどじゃないけど、なかでも《収納》はかなりめずらしいスキルらしい。
それでも、収納量は多くてトランク一個分。
生き物は入らないし、生ものをしまっておくと腐るとか。
私は、自分のおなかに架空のポケットを設定することにした。
そう、青い猫のアレですよ。
最初の段階で、荷馬車の荷台くらいの容量はあったと思う。
手を突っ込むと、ちゃんとリストが頭に浮かぶようにもした。
ただ、手羽先をしまっても、私が手羽元って誤認してると、そのようにリストアップされてしまうけど。
時間の経過を止めようとすると、かなりの魔力を消費することがわかった。
それでなくても、光度十分の一くらいの魔力を常に使い続けることになる。
私も基礎力がアップしてるから、なんとか賄えないこともないんだけど、それに加えて、安定して同じ量を注ぎ続けるために、繊細な魔力操作が求められるから、ずっとそれだけに集中していられれば可能でも、それじゃ生活が成り立たない。
あきめようと思ったけど、せっかくの異世界、せっかくの魔法だ。
やっぱりあきらめきれない。
ダメもとで、空気中に漂う魔力の糸を架空のポケットに紐付けしてみた。
ゆっくりゆっくり手繰るように取り込んでいくせいか、魔力の糸が千切れることはない。
収納量の底が見えず、時間も経過しないんだって言っても、誰も信じてくれないだろうな。
私がしまっておきたいのは私物。
最初は、お小遣いを溜めるのが目的だった。
家族が勝手に人のお金に手をつけるような人たちだとは思いたくないけど、うちの家計は結構ぎりぎり。
姉あたりは非常に危ういと思う。
彼女は母親から、一日に百インもらってる。
本人に言わせると、一度の買い食いでなくなってしまう金額らしい。
「おかあさ~ん、おこづかいもっとちょうだい」
「なに言ってるの、もう自分で稼いでる子たちだっているんだから。そんなにお金がほしいなら、手伝わせてくれるところはいっぱいあるわ」
「え~、あたしだって、きょうかいにいったり…いそがしいんだから」
先日、《フラッシュ》を成功させた姉は、年少組の指導を手伝うように求められて、さらに週に二、三度、教会に通うことになったと言っている。
《光魔法》以外のスキルを持つ子たちも、訓練内容は魔力を指先に集めるところまでは同じだからとかなんとか。
教会に行くと言って出かけた時に、本当に教会に行ってるかどうかは知らない。
「まほうのれんしゅうしてると、おなかすくし」
それはロキ君はじめ新しい遊び仲間に、豆球くらいの《ライト》や、スマホ級の《フラッシュ》を見せびらかしてるからだろう。
娯楽が少ないとはいえ、皆よく同じものを見続けて飽きないものだ。
「もう、しょうがないわねぇ」
「やったぁ、おかあさんだ~いすき!」
二百インかぁ。
月に三千イン、我が家の家計を圧迫するものが増えた。
どうせロキ君に貢ぐんじゃないの?
それくらいなら新聞をとってほしかった。
この界隈じゃ一般的とは言えないけど、たまにママンが売れ残った新聞をチャールズのためにもらってきたりするから、売ってることは売っているのだ。
絵の隅に入れられたサインの話から、私はチャールズに文字を教えてもらうことに成功してる。
はじめはミミズの体操にしか見えなかったけど、彼が一日に二、三、気まぐれに書いてくれる単語を丸暗記するうちに、なんとか聖典を読めるようになった。
いまでは、時々わからない単語をたずねるくらいだ。
そう、チャールズは携帯用の聖典を持っている。
携帯してないけど。
おかげで、この世界の宗教や結婚観も把握できた。
神様はウルスとメルカ。この二柱は結婚している。
彼らが喧嘩すると災害が起こり、仲良くしていれば気候は穏やかで、実りも豊からしい。
なんてはた迷惑な夫婦だ。
なにしろ夫の方が、妻の義理の妹にあたる精霊とも結婚してるので、諍いが絶えない。
つまり、この世界は一夫多妻制で、妾もオーケー。
もっとも、全員を養えるだけの財力がなければ破綻するに決まっていて、うちみたいに女が男を養うケースは稀らしい。
私も時々、外におつかいに行くようになったけど、さすがに一日中働いてる母親に小遣いをねだる気にはなれない。
ふつうの子供ならそうしてもいいと思うけど、前世、働いてた記憶があるだけに抵抗感が半端ないというか…
ちなみに私は、家族が神や精霊に祈っている姿を見たことがない。
あえて言うなら、チャールズが「いただきます」に相当する言葉を口にするくらいか。
「お母さん、コレ売れないかな?」
「まあ、どうしたの? これ」
「私が作ったの」
「まあ、フローラはすごいのねぇ」
あまり深く考えることをせず反射的にでも褒めてくれるのは、この人の良いところだと思う。
「でも、売るとなるとどうかなぁ…一応、きいてはみるけど」
売り子としての彼女の目は確かで、下町にある店でこれらの食器が注目されることはなかった。
まわりはスプーンしか使わない人たちばかり。
それだって冬場にスープを飲む時だけだ。
いまあるものが壊れたわけでもないのに、新たに買う人はまずいない。
カトラリーを常用する貴族や裕福な商人は銀製のものを使う。
「ごめんね、フーちゃん」
「ううん。お母さんが悪いわけじゃないんだから、気にしないで」
ものは試しといいながら、正直少し落ち込んだけど、売れなくてかえってよかったかも。
気の毒がった店主が、スプーンを三本、仕入れ値で買ってくれたらしいんだけど。
「…フーちゃん。これでフーちゃんの好きなお芋、買っていいかな?」
私は思った。こりゃ、あかん。
そこまで我が家の家計は追い込まれてたか。
まあ、うすうすわかってはいた。
チャールズは画材をケチるくらいなら食事を抜く人だし、ママンは愛する人を飢えさせるなんてできない。
ここまでって線を自分なりに引いてはいるようだけど、娘の小遣いなんぞアップしてる場合じゃないだろう。
一度出せば次も次もと求められて、堪えきれずに断ると「人でなし」くらいに罵られて、場合によっては相手が逆上するなんてのは、前世でもよく聞いた話だ。
カトリーヌには現在進行形で、住居や衣服はもちろん、ご飯も、ぬくもりも与えてもらっていて、恩もあれば、情も感じている。
同時に、前世の記憶がある分、彼女のダメなところも見えてしまう。
感謝はしつつも、親が幼子を守り、育てるのは当たり前だろうって気持ちもある。
平民としてはたぶん当たり前に考えなしで、幸薄いこの女性が、無理をしすぎて病気にでもなったら、少なからず私は後悔するんだろう。
だからといって手助けしても、そうやってできた余裕は、継父や姉に流れていくわけだから、なんだかなぁ…
継父を説得? 姉を説教? 母に教育的指導?
わかり合えるまで、ぶつかり合うのが家族なのかもしれないけど…ダメだ、むりむり、がんばれない。
どうやっても変わらない状況しか思い浮かばないもの。
もともと争いごとは苦手だし、不満は内に秘めて、黙り込む性格は死んでもなおらない。
最悪を予測して、つい一歩引いちゃうんだよね。
「…お芋、いいとも!」
でも、まあ本来、雀の涙ほどの臨時収入は、カトリーヌの口利き代にもならないはずだ。
チャールズには養われてはいないけど、読み書きやマナーを習ってる。
エリザベスには…なんもないなぁ。
なんかガチャガチャうるさい生き物がいるとでも思わないとやってられない。
結局、私は、近所で顔見知りの手伝いをして、小遣い稼ぎをすることに…
母が姉に示していた方法だね。
カトリーヌには先に「欲しいものがあるんだ」とアピールしておく。暗に「この金は渡さんぞ」と。
まずは道端で雑草を摘んで、兎や鶏の餌にすることから。
広々とした田舎で暮らす人たちは、こんなごみごみした町中でと思うかもしれないけど、皆デッドスペースを利用して少しでもお金を稼ごうと工夫してる。
ちょっと資金のある人は、屋上で養蜂をしたり、鳩を飼ってる人もいるし、小さなプランターで葉物野菜や花を育てて、辻で売ってる人もいる。
下町ではどの道も舗装なんてされてないから、荷車には負けても、人の重さに耐えぬいた雑草が、主に中央と両端でがんばってる。
肥料は豊富だしね…
その中から動物が食べても大丈夫な草、特に好む草を見付けていく。
はじめは私が、自分たちが教えた以外のものも摘んでくることに難色を示した大人たちも、当の動物たちの食い付きがよく、体調に問題がないことがわかると、素直に感心してくれた。
まあ、前世知識のおかげなんだけど、これもチートになるのかな?
町ができる前からあったって言われてる生りものの木の、実をもいだり拾ったりする優先権は、年寄りたちが握っている。
ただ、膝や腰が思うようじゃない人が多いので、拾うのを手伝ったり、傷や虫食いのあるものを選り分けたりする。
皆、生きることに必死で、同時にそれを楽しんでもいる。
前世よりずっと過酷なはずなのに、ゆっくり流れる時間が嫌いじゃない。
石拾い屋が売りに出す前の、蒸し焼き用の黒いすべすべした小石をみがくこともある。
体の小さな私ができるのはそんなことくらいだ。
魔法を使えばもっといろんなことができるんだけど、それは正面から教会や貴族社会に喧嘩を売るようなものだ。
すでにやりすぎてる私。いままでは運がよかった。
母が忙しすぎること、姉に興味を持たれないこと、継父が浮世離れしてること…欠点であるはずのことが、見えない壁になって私を守ってる。
結果、家の中だけで背伸びをしている状態で、お金はなかなか溜まらない。
現物支給が多いからなぁ。
まあ、急いではいない。私はやっと三歳になったばかり。
卵も栗も《収納》しておけば腐らない。もしもの時の大事な蓄えだ。
あとは、継ぎ当てに使った布の端切れの残りなんかも大事にしまっておく。
道々拾った、焚きつけにちょうどよさそうな木の枝も。
私が地面にしゃがみ込んでいる時は、たいてい草をむしっているか、鉱物を選り分けて、地中から引っ張り出している時だ。