62、エンプティーエッグ城
お誂え向けに、アーサーが《火》《風》《水》《土》のいわゆる四属性魔法を使えたので、城の改装を手伝ってもらった。
確かにエルフは、多くの人間と比べて魔力との親和性が高いけど、精霊との距離感は変わらない。
アーサーが魔法を使う時に、精霊にお願いする文言を口にするのも、おまじないくらいの感覚みたい。
つまり、精霊や妖精なんておとぎ話の中の存在だと考えてる人の方が圧倒的に多くて、精霊魔法は存在しないってこと。残念!
冷静に考えれば、魔力なり霊力なりを燃料に、自分で魔法を使えばいいわけだから、わざわざ精霊を介する意味がない。
それによってすんごい魔法が使えるならまだしも、ロス爺によれば「そんな親切な連中ではない」とのこと。
それはともかく、アーサーは《吸収》できないことを非常に残念がってたけど、彼の魔法知識や技術、美的センスは抜群で、思った以上にすてきなお城に仕上がったよ。
ロス爺だって、魔力を物質化させるのはお手のもの。窓枠やガラス、調度品などを作らせ…コホン、作ってもらった。
なにせ、皆の拠点だもの。
実際のところは、上記の二人の作業を見て、自分がいかに不器用か再認識したり…《コピー》はいいよぉ、楽で。
アーサーは、はじめのうち《アバター》は器を作る、いわゆる死霊系の魔法だと誤認してた。
ドロシー先生に施したことを考えれば、あながち間違いじゃないのかもしれないけど、これはドロシー先生のプライバシーにかかわることだし、本人が話すならまだしも、私から何か言う気はない。
「じつは、マーサは私の《アバター》なんです」
すでに別人格として会話したり、一緒に食事したりしてたから、アーサーの混乱っぷりったらなかった。
「高速思考? 並列思考? 駄目だ、まるで付いていけない…」
《高速思考》は、たぶんドロシー先生もしてるけどね。本人は《暗記》って言ってるけど。
魔法のこととなると躁鬱激しくなるアーサーは、負けず嫌いなところもあって《土魔法》で《ゴーレム》を作って見せてくれた。
「こういうことなら、私にもできるのですが」
これがまたアーサーそっくりで、動きも驚くほど滑らか。
「すごい、すごい! なんでそんなにスムーズに動かせるんですか?」
「フフフ。全体によく魔力をなじませるのがコツと言えばコツでしょうか」
復活早いね。うじうじされても鬱陶しいから助かるけど。
「《ゴーレム》なんですよね? もっと大きくすることもできますか?」
材料は砂。そうやって作るところをさっき見ている。
「はい。簡単ですよ」
「もっと、大きくできますか?」
「あ、ああ」
「もっと!」
「えー…」
「もっと!」
「こうなったらヤケです!」
私に煽られて、ビルディングサイズにまで拡大。
「すごーい! これならミッドナイトスコーピオンも殴り飛ばせそうですね」
「それぐらい軽いでしょう」
二人して変なテンションだったことは認めよう。
砂漠を闊歩する、巨大な《ゴーレム》アーサー四号。
その存在感や迫力ある動きもさることながら、それを敵と認めたのか、襲い掛かってきたミッドナイトスコーピオンを一発でKOしたことに大興奮。
アーサー自身は、そこで魔力が尽きてたけど。
ほら、飴ちゃんをあげよう。
「すごい強度と、操作性ですね!」
「いや、ここまで威力があるとは。我ながら…大きいことは正義なのかもしれない」
一方で、ロマンを解するはずの男性陣には不評だった。
「なんで、自分そっくりにしたんだ」
「せめて形が木偶ならばな」
「気味が悪い」
でも、ドロシー先生に「やるじゃないか」って言われて舞い上がったアーサーは聞いちゃいない。
そう。なんと彼は、ドロシー先生にお熱なのだ。
まあ、コミュお化けな上に、あらゆる面でさばけてる大人の女性を、私ごときが心配することはない。
問題はアビゲイルで、なぜかマードックと良い雰囲気なんだよね。
いや、いい奴だよ? マードック。
でも、中身おばちゃんの私が言うのもなんだけど、彼は見るからにおっさんだし、バトルの方が楽しくなって、アビゲイルとのことを中途半場にしたら許さんぞ!
もっとも「あ、マードックさん! 味見をお願いします。はい、あ~ん」「うむ。うまいぞ」とかやってるのを見ると、私はソードに蹴られるしかないと悟るわけです。
余っちゃったスキニーはというと、ケロッとしてて、むしろ荒野での狩りを満喫してる。
マードックも、アビゲイルとイチャついてる時以外は、以下同文。
ちなみにロス爺は、ガキんちょ(私)の前では色事は自粛するって方針を継続中らしい。
ファーストコンタクトがアレだったから、いまさらな気もするけど、一応お心遣いありがとう?
実際、開き直られたら、どんな顔をすればいいのか…まあ、平然と流しつつ内心「ぎゃ~っ!」て感じになるかと思う。
家族とか親しい人間の、性癖やらなんやらなんて知りたくないもの。
ともかく楽し気な男共に負けじと、私も巨大ゴーレムを作って(さすがに見た目は木偶だ)ミッドナイトスコーピオンに挑んだんだけど、見事にバラバラにされた。
やはり《マリオネット》のカクカクした動きじゃダメなんだな。砂の固め方もまるでなってない。
魔法オタのアーサーに「こういったままならなさを針の穴に通すように、工夫する過程が楽しいのですよね」とか言われて、なんとなくわかっちゃう自分を認めていいのかどうか。
彼やロス爺と行う、砂漠での魔法合戦も楽しい。
感覚的には、夏の庭先で花火をするようなものなんだけど、規模が大きいから、ちゃんと《マップ》を見て、他の人や馬を巻き込まないようにしてる。
あとはドロシー先生とアーサーと、エルフ村の牢屋の内側に刻まれてた文様の解読。
一般的に、エルフは独自の文字を持たないって考えられてるけど、違う説を唱えてたドロシー先生は目を爛々とさせて、私がまるっと記憶し、それを《転写》しつつ実体化させた紙を、凝視しっぱなしだ。
「アーサーさんの育った村では、結界ってどうしてたんですか?」
「多くのエルフの村では、狩りと採取が主ですからね。住居も組み立て式ですし、危険と判断すればためらわずに移動します。せいぜい村の回りに、こういった簡易式の罠をしかけるくらですかね。あのような大規模で強固なものは、他では見たことがありません」
アーサーが棒切れで地面にサッと描いたのは、簡素な一個の図形を丸で囲んだもの。
四種類あって、これに魔力を流しておくと一週間ほど持ち、そこに足を踏み入れた外敵が、炎に炙られたり、かまいたちに体表を切り刻まれたり、溺れて気絶したり、穴に落ちたりするらしい。
「…十分、凶悪ですね」
「そうですか?」
それはともかく。
「「これって象形文字だ(です)よね」」
ドロシー先生と私は、手を取り合って飛び跳ねる。
「アーサーでかしたよ」
ドロシー先生に背中をバンバン叩かれて、うれしいそうなアーサー。
「あ、じゃあ、ワタクシは今日はこの辺で…」
「んー」
引き続き幾何学模様とにらめっこしてるドロシー先生。じつは同年代らしい、見た目は若い男の視線を気にもとめないけど、見てるこっちが照れる。
まあ、はっきり言って、私は学術的な探求心より、俗物的な欲求に支配されている。
解読はあくまで手段。魔法陣、さらには魔道具を作るのが目標だ。
本拠地となるだろうこの城に、水道はじめ照明やクッキングヒーター、そして何よりクーラーが欲しい!
あの村のエルフたちから聞き出せばいいようなものだけど、すでに彼女らは、ただあるものを真似るだけで、読めもしなければ、くわしい仕組みなどまるでわかってなかった。
ちなみにマードックやアーサー、スキニーが、私たちと同じ言語を主に使ってる理由は、ロス爺に寄る。
物心つくかつかないか、もしくは成長期の多感な時期、また自分が誰かもわからない状態で出会って、家族同然に接しられたら、その相手が主に話す言葉を多用するようになってもなんらおかしくはない。
まだ、すべてのエルフ語を習得しているわけじゃないドロシー先生に、教えを乞われて、喜々としてエルフ語で口説いてるアーサーだけど、魔法の歴史や理論についてもさすがにくわしいね。
恋愛活動の邪魔をしないように、合間をみていろいろ教えてもらっている。
でも、彼曰く「フローラさんは、あまり常識にとらわれないのが強みでしょう」だって。
それ、褒めてるの? 貶してるの?
隣でロス爺は膝を叩いて笑ってるし。
「グホゥ…またか」
「まだまだ隙間はあるから」
やはり精霊児故なのか、余分な魔力スペースがあるのはロス爺と私だけだ。
マードックもスキニーも、アーサー同様、魔力の《吸収》はできなかった…というか、端からやる気のない二人。
さっそく魔力草をポーション化してくれたアビゲイルに、アーサー共々大いに感謝していた。
飲んでから効果が出るまで三十分ほどかかる上に、全快とはいかないから、前世のフィクションと比べれば微妙だけど、十分すごいことなんだよね。
これまでは経験則で、交代で休息をとったり、高カロリーのものを口にしたりしてたみたいだけど、それも気休めくらいにしかならなかっただろうから。
「これは助かる」
「おおっ! いつまででも戦えるぞ」
「ええ。行動の幅が広がりますね」
ドワーフや人狼のスキルは、《豪腕》とか《硬爪》とか、生まれ持った肉体の能力を底上げするものが主流だそうだ。
この世界に生まれたものとして、当然、魔力は帯びてるから、固定観念をなくせれば魔法だって使えるはずなんだけど。
まあ、《身体強化》を無意識レベルで使いこなしてることは確か。
満月の夜のスキニーはすごいよ!
まんま二速歩行の狼なんだけど、体積四倍は伊達じゃない。
爪で、あのギガントアースワームを切り裂いたのには驚いた。
蚯蚓肉が食べておいしいってことには、もっと驚いたけど。
完全体の人狼と素手で殴り合えるドワーフは、ほんとどうかしてる。
スキニーは「自前のバトルアックスを手にしたマードックには敵わん」って平然と言うけど、その理由が「俺はあくまで斥候だから」っていうのもどうなんだろう。
髭を剃るとほんと印象に残らないない男で、スパイにも向いてそう。
神馬には、例によってドロシー先生が、ヘリケーって名前を付けた。
ちょっと魔が差した私が、ヘリケーを魔改造…といっても、翼を付けただけなんだけど。
ようするにユニコーンとペガサスのハイブリッドだね。
どうもヘリケーは、もとは妖精かなんかだったみたい。
若かりし頃、ふざけてユニコーンと同化したような覚えがあるとかなんとか。ソードのビジョンによるとね。
だから、羽で飛ぶことに違和感はなくて、悪酔いすることもない。
その背に小型化したソードを乗せて二人…いや、二頭で海に行くのだ。
青いドアを使えばすぐだけど、やはり気ままにするのがいいんだろう。
大陸と大陸をつなぐワイバーン便なんてものもあるけど、ヘリケーはそれに負けず劣らず速く飛ぶ。
どちらにせよ、羽の大きさと体重だけでも、物理法則を無視してるって素人の私が思うんだから、つまりは魔法で飛んでるわけで、なのに翼が必要って、魔物でさえもイメージに支配されてるわけだ。
初回、それはそれは残念そうに、一杯だけマッドクラブを咥えて帰ってきたヘリケーと、その背に乗る小型ソード。
速攻で《収納》ポケットを二頭につけたよ。
ぜひ、お裾分けをください。
スキニーがマーサに手出ししないのは当たり前で(おばちゃんだからとは思いたくない)、端からにおいでフローラと同じものって気付いてたそうだ。
人間相手には経験がないながら、分裂する魔物はいるから、その類だと理解したんだとか。
魔力を嗅ぎ分けるとか、それはそれですごい。
ロス爺もさすがに気付いてて、それでもこっそり二人だけの時に、私本人を呼んだら驚愕してたよ。
「…いまは、何人だ?」
「どれくらい持つか実験用に放置してるのを合わせると、五体? あ、本体とマーサも込みで」
「はぁ~、どこまですごくなるのかのぅ」
ロス爺の爺口調、久々に聞いた。
魔力量の関係もあるけど、それ以前にイメージが追い付かないって、ロス爺は言う。
やはり前世のフィクションってすごいかったんだなぁと、あらためて思う。
皆 《アバター》って魔法自体に驚いてて、その容姿については何の疑問も持ってないみたいねぇ…




