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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
61/63

61、神馬


 なんちゃってシンデレラ城はハリボテで、絶賛改装中。当然、空調設備なんてないから暑い!

 水辺プラス木陰の方がよほどマシというもので、そう説明をしたところ、皆さん快く受け入れてくれた。

 マードックとスキニーは、ハンモックが気に入った模様。

 アーサーは、それはうれしそうに、動く枝先を避けながら、トレントの周りをぐるぐるしてる。

 本当のところ、彼の名前はもっと長いらしいけど、どうせ覚えてもらえないからアーサーとだけ名乗ってるんだとか。エルフあるある。

「皆さん、お茶が入りましたよ」

 茶も茶菓子も《収納》から出しただけだけど。

 テーブルについたのは、ロス爺とアーサーと私。

 ほかの二人は寝転んだまま、でも軽く手を上げているから、話に参加する気はあるらしい。

「整理すると、とりあえず問題点は二つですか」

「ああ。神馬の精神をどうやって取り出すかということと、言語が違うせいで、細かい部分で意思疎通ができていないということだな」

「力及ばす、申し訳ありません」

 アーサーが頭を下げるけど、べつに彼が悪いわけじゃない。

 一口にエルフと言っても、部族ごとに訛りがある。

 前世でだって、東北人とか、沖縄人に本気で話されたら、なに言ってるのかまったく理解できなかったもの。

 それでも共通の単語を拾って、身振り手振りも交えて、片言で意思疎通してたらしいんだけど、拗れると、その状態で物事を解決するのは不可能に近い。

「私の仲間に協力を求めて、承知してもらえるようでしたら、ここに連れてきたいと思いますが、よろしいですか」

「ああ、頼む」

「フローラさんのお仲間ならば、信用しますよ。他に手立てもなく、ぜひお願いしたい。ですが、無理強いは望みませんので」

 同じくというように手を上げるハンモックの二人。

「では、小々お待ちください」

 青いドアを出して、森の拠点へ。

 すでにアビゲイルとドロシー先生が、完全体のソードの背に乗って、マーサが轡を引いていたので、そのまま来てもらった。

 簡単な説明を、マーサが同時進行でしてたってこともあるけど、すぐに快諾してくれたのがありがたい。

「お初にお目に掛かる。ロスと申します」

「マードックじゃ」

「アーサーと申します。どうぞ、よしなに」

「スキニー。よろしく」

 さすがは紳士たち。皆が姿勢よく、右手を胸に出迎える。

 うんうん。初対面の女性には、こうでなくてはね。

「こちらはドロシー先生。言語学者でいらっしゃいます。こちらはアビゲイル。薬学と料理に秀でています。こちらのマーサは…いろいろします。そして、魔馬のソードです」

「ロス将軍の御高名は、私のような者でも聞き及んでおりました」

「いや、お恥ずかしい」

「そんな、秀でてるなんて」

 両手で頬をおさえて照れるアビゲイル。可愛い。

 ぶるるるっ

 さっそくロス爺の腰に下げられた勾玉に興味を示すソード。

「ん。これが気になるか。さすがは力ある魔物だな。これはもしやシーホースか」

「そうです」

 ロス爺が、根付をベルトから外して捧げ持つと、なおソードが鼻先を近付ける。

 ヒヒ~ン

 甘えるような嘶きに応えるがごとく、しゅるりと角のある白馬が顔を出した。

 向こうの景色が透けて見えるし、首の途中から急にすぼまって小さな石に繋がってるのが、うおっ、気持ち悪っ!

 二頭は鼻息を掛け合って、どうやら気が合ったらしい。グルーミングらしきものをし合って、その後、神馬がしゅるりと石に引っ込む。

 ソードからビジョンが来た。

 ふむふむ。仰向けになってるドロシー先生に私が手を翳してて、その後、ドロシー先生がむくりと起き上がる。

 ゾッとするほど賢いね、ソードは。現場を見たわけでもないのに、ドロシー先生の体を私が作ったことを理解してる。

 彼を連れてきたのは、もちろん神馬をどうにかすることを期待してのことだけど、ここまでうまくいくとは思わなかった。

「そうするには彼、彼女? とにかくあの子の全身の型をとらなきゃならないの。お願いできる?」

 ぶるるるっ

 任せろとばかりに、勾玉に向かって再び嘶く。

 ヒヒ~ン

 しゅるりと顔を出したユニコーンは、ソードに促されるままに前脚、そして腰のあたりまで出てくる。それをすかさず《コピー》

 ぶるぶる

 ぶるるっ

 二頭の間では、問題なく意思疎通ができてるらしい。

 一度引っ込んだ馬の後ろ足と、お尻が出てくる。それを《コピー》して、先に《コピー》したものとつなぎ合わせる。

 あとは魔力を流し込んで、実体化させるだけ。

「おおっ! すばらしい」

「うむ。見事だ、フーよ」

 皆、感心してくれるけど、当の本人は気に入らないみたい。

 お尻を引っ込めたのち、また顔だけ出して、何事かしきりにソードに訴えてる。

 ソードからくるビジョンは、ひたすら勾玉だ。

「えーと…」

 勾玉と《アバター》の違い。ああ!

「こういうことかな?」

 私はユニコーンの《アバター》から完全に魔力を《吸収》する。

 ヒヒ~ン

 聞き違えようのない喜びの声を上げて、神馬の精神体はあっさり《アバター》におさまった。

 仲良く首をこすり付け合う二頭。

 直後、ソードが発したビジョンは強烈だった。どうやら、この場にいる全員に届いているらしい。

 朝も昼も夜も、ろくな手入れもされず、同じ場所に繋がれたままの神馬。

 なまじ体が丈夫で力があるだけに、それでも生き永らえてしまう。

 ただただ魔力を吸われ、器が弱れば斬られる。

 逃れようとしても、あの牢と同じ文様が刻まれた檻がそれを阻む。

 結局、新しい体に乗り移るしかない。

 その繰り返し。

 年に一度の神事と、器替えの時だけ、美しく体を手入れされて、歓喜してる様子が伝わってくる。

 思わず知らず、涙が頬を伝った。

 アビゲイルなどは号泣してる。

「許せんな」

 手の指をゴキゴキ鳴らすマードック。

 スキニーも静かに頷いている。

「これほどとは思いませんでした」

「エルフの里がみな、こうであるわけではないのですね?」

「当然です。本来、森の力を借りながら、工夫して生きていくのがエルフです。もちろん、私のような変わり種もいますが。それでも、このような犠牲を払ってまで、成したいことなどありませんね」

 なかなかの魔力を持っているアーサーから、吹き上がるような熱を感じる。ヤバイ!

「皆さん、落ち着いて。まず、言語学者であるドロシー先生にお任せしましょう。話がつかなければ、力技で解決するということで」

「うむ」

「承知した」

「はい」

「楽しみだなぁ!」

 一人わかってなさそうな人がいるけど、大丈夫だろうか。

 かくいう私も、マードック寄りなんだよね。

 皆の反応を見て安心したのか、後は任せたと言わんばかりに駆けていく黒馬と白馬。

 おいおい。元気だな。でも、それでいい。

 オアシス周りの《結界》は、出入り自由にしておくか。

 あの二頭なら、この辺の魔物も軽く狩るだろう。

「では、頑張らせていただきましょうか」

 ゆったりお茶を飲んでたドロシー先生が腰を上げる。

 ちゃっかりアビゲイルも、マードックとスキニーが手を付けてなかったお茶を飲んでたんだけど、誰も文句を言わないからそれでいいんだろう。

 どういう決まりがあるのか、とてもスムーズにアーサーがドロシー先生をエスコートし、マードックがアビゲイルに話しかけつつ、先へと促す。

 私はロス爺に抱っこされてる。

 マーサは誰にもエスコートされてない。別にいいんだけど。

 あぶれ者同士目が合ったスキニーが、無表情でスンスンと鼻を鳴らすから、え、私 (マーサ)臭い?《アバター》なのにおかしいなって、自分のにおいを嗅いだら、彼はちょっと笑ってた。

 そのスキニーが、まず青いドアの向こうに顔を出し、様子をうかがってから、手で合図する。

 あれはどう見ても、進めだね。

 ドアを繫げた先は、エルフの村の中央広場だけど、さすがに牢屋の外にしたよ。

 突然、現れた青いドア。そこからぞろぞろ出てくる私たち。

 目撃者が誰もいないなんてことはなくて、その叫び声を聞いて、素早く集合するエルフたち。

 騒めきに耳を傾けていたドロシー先生が、納得したように頷く。

「これは訛りというより、古代語が混ざっているようだよ。アビーにはまだ難しいかもしれないが、フローラならばわかるだろう。落ち着いてよく聞いてごらん」

 それには脳を高速で回さないとならないんだけど、ドロシー先生の言うことに間違いはない。

 交渉も、もちろん先生にお任せしますよ。

『何者だお前たち! そして、なぜこいつらが牢から出ている! 誰が手引きしたのだ』

 簡素な服装のエルフたちの中で、いくぶん刺繍や装飾品の多い女が現れると、人垣が割れる。

『私はドロシーという者だ。まずはあなたの名前をお聞かせ願いたいね』

『フン、人を喰ったような老婆だ。私はこのダールカムハムフィトエシーゼ村の長、ヨカルーベスサンクルレスヒンカーという』

 呼べるものなら読んでみろといわんばかりにない胸を張る、ヨカなんとかさん。

 でも、そこはドロシー先生ですから。

『では、ダールカムハムフィトエシーゼ村のヨカルーベスサンクルレスヒンカーさんとやら。あなたと話し合いをしたいので、お相手願えますか』

 そんな驚愕したような顔をしなくても。

 ドロシー先生のジャブどころか、右ストレートが決まっちゃってるよ。

『…よかろう』

『では、さっそくですが。私たちは、こちらの男四人の解放を望みます』

『それはできない。なぜなら彼らは咎人だからだ』

『それは正しい情報ではありませんね。彼らはこの村を守るために貢献した、むしろ功労者です』

 ドロシー先生の言葉に、周りの多くの女たちが頷いている。

 さすがはドロシー先生。

『それはそうかもしれないが、そやつらは神馬を盗んだのだ! そうであろう?』

 村長も負けじと周囲に問いかける。

 すかさずドロシー先生の反論。

『神馬は、他の冒険者に斬られたと聞いています。違いますか?』

 そうだそうだと声を上げる女たち。

 ロス爺たちの人気もあるけど、やはりこの村長が、日頃からワンマンだったのかな。

 私もけして聖人じゃないけど、自分が正しいことをしてないってわかってると、それが小さなことならまだしも、だんだん耐えがたくなるもんだ。

『その冒険者の姿が見えないようですが。彼こそが咎人だと思うのですが、どういうことですか? しかも、神馬を傷付ける、まして命を奪えるような武器を、一介の冒険者が持っているものでしょうか? 誰か力ある者が貸し与えたとしか思えませんね。そういえば、こちらの村では、神馬の器替えという儀式があるとか。それはどのように行われるのでしょうか。まさか、その冒険者がしたように神馬を斬るのでしょうか。その折使われた武器と、神事に使われる道具が同じであったなど、万に一つもないと信じていますよ』

 ドロシー先生の猛追撃に、村人たちの鋭い視線は村長に向く。

 もともと現場を見てるわけだし、わかってたことだものね。

『…お前たち、なんだその目は! わかっているのか。結界が消えれば、この村は終わりなのだぞ。そして、神馬の魂は確かにその男が奪ったのだ。皆も見たであろう!』

 バトンタッチというように、ドロシー先生が私の肩を叩く。

 えーっ、ここでですか。確かに、魔法については私の方がくわしいけど。勾玉を作ったのも私だけど。

 間をあけては、せっかく追いつめた効果が半減してしまう。

『それは違います。神馬の魂が、かの男に助けを求めたのです』

『お前は何者だ』

『フローラと申します。神馬の逃げ込んだ勾玉…青い石を作ったのは私です』

『なんと! あの妙な形をした石か』

 妙で悪かったね。

『あれは、魂の形を模したもの。さらに魔力をまったく帯びていなかったので、神馬の魂にとって大変居心地のよいものだったようです』

『な、なんということを…それでは、アレはけして出てこないということか?』

 これ以上恐ろしいことはないというように、さっきまで強気だった女が怯えている。

 それだけ、この森の環境が過酷なのかもしれないけど、《結界》に依存しすぎだと思う。

 周りを見ても、皆不安でしかたないって顔をしてる。

 移住とかぜんぜん考えないのかね?

 こっちの大陸にはエルフの国はもちろん、他民族を積極的に受け入れてる国もいくつかある。

 伝統を守るのもいいけど、そのせいで全滅したら意味がないと思うんだけど。

 長命種なのに…だからこそ? 形式美を通り越して、迷信や妄信に変わってるのは明らか。

 ここまでくるといっそ憐れだけど、私としては、無事にロス爺たちが解放されればいいわけで、彼女たちを啓蒙する気など微塵もない。

 いつでも逃げ出せただろうに、村のその後を気にして、黙って消えることをよしとしなかった彼らの意を酌むのみだ。

 ようは《結界》さえ維持できればよい。

 でも、人には感情とか、プライドって厄介なものがあるからなぁ。

『いえ。よろしければ、私が器を作ります。ただ、生き物ではありませんので、動いたり嘶いたりすることはできませんが、それでよければ…』

『頼む! いや、頼みます!』

 まわりの村人も巻き込んで、お頼申しますの大合唱だ。

 ロス爺たちを見ると、それでいいと頷いてる。

 自分たちのことは脇に置いて、神馬の扱いの酷さに憤ってたけど、当の本人(馬?)がすでにこだわる様子を見せず…私たちがわかってればいいって態度だったし、ドロシー先生と私がそれなりに村長を追いつめ、ここまで主導権を握ったことで留飲を下げたみたい。

『では』

 私は脳裏から先程 《コピー》した型を呼び起こし、魔力を流し込む。

『『『『『『『『『『おおー!』』』』』』』』』』

『まだ、この器は空です。これから魂を移します』

 固唾をのんで見守る村長、村人たちの前で、魔力による幻影を作り出す。まあ《アバター》の出来損ないだね。

 それがロス爺の腰の勾玉から出て、神馬の像に入ったように見せかける。

『『『『『『『『『『おおー!』』』』』』』』』』

 仕上げに、神馬の像の額に青い小さな覗き窓を作った。勾玉型なのは私の小さな拘り。

 まあ、いずれ冷静になった村長にとっては、いまいましいものになるだろうけどね。

『こちらの飾りを右にずらすと魔力が噴き出します。左にずらすと止まります。右にずらしておきますか?』

 皆が揃って、声もなくうなずく。

 勾玉型の穴をのぞいても空しか見えないけど、それは確かにエンプティーエッグに繋がってる。

 まあ、こんなもんでしょう。

『…感謝する。どうやら行き違いがあったようだ。その男たちは解放する』

 謝罪もなしか~い!と言いたいところだけど、当の男たちが気にしてないようだし、ドロシー先生もよくやったと頷いているし、窮鼠猫を噛むとも言うからね。

『では、私たちは失礼させていただきます』

 さっき見られてるから気することはない。

 青いドアを出して、さようならです。

 何人かの村人が名残惜しそうにしてたけど、ロス爺たちは振り返らなかった。

 あんな目に遭ったら懲りるのがふつうで、仕返しだとか、賠償云々言い出さないだけで十分やさしいと思う。

 もっとも、《結界》は無事でも、村人たちのヘイトを村長に集めるだけ集めたから、後はどうなることやら。

 …まさか、ロス爺たちがすんなり引いたのって、ドロシー先生やアビゲイルに興味が移ったからじゃないよね?



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