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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
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60、転移網


 魔力トンネルを着々と伸ばして、行ったことのある場所には《転移》できるようにしたし、この大陸と言わず、海を隔てたもう一つの陸地でさえ各国の首都は網羅した。

 我ながら勤勉だなぁ…《アバター》が。

 どうせならと魔力トンネルに魔力線をつないで、記憶の共有もほとんどタイムラグなく行えている。

 そして、ついに《アバター》のモグことモグリーナが、ロス爺に接触。

 向こうもびっくりしてたけど、こっちも驚いた。ほんとに偶然だったから。

 海底トンネルの景色を堪能しつつ、隣の大陸に到着した私は、せっせと転移網を広げる過程で、見事な結界を発見。

 …覗いてみたくなるでしょ?

 たぶんいけるとは思ったけど、なんの抵抗もなく魔力トンネルを貫通させられたのは、次元をずらすイメージのおかげか。

 警報装置のようなものを警戒してドキドキしたけど、その手の何かに引っかかった様子もなく、ずんずん進む。

 そもそも、結界自体が深い森の中にあった。

 前世でいうと富士の樹海を思わせる、なかなか危険な香りのする森だ。

 そのわりにすんなり人の生活圏…村と思しき所に出て、まあ、《マップ》を駆使して探したわけだけど、中央広場に造られた木製の檻に、ロス爺たちが捕まってたんだよね。

 なにやってんの?

 たぶん、自分たちを守るためだろう、格子の内側に張られたロス爺の結界をも通過。

 一応、高床になっていて、隅に背の低いトイレ用の囲いがあり、ほかに水瓶、人数分の茣蓙もあるし、バナナの葉で屋根も葺いてある。

 どこからどう見ても牢屋だけど、畳六畳くらいのスペースはあるかな。

 男四人が詰め込まれてるから、皆それぞれ容姿は整ってるんだけど、圧迫感がすごいっていうか…むさ苦しい。

 いちばん大柄なのがロス爺。水で拭うくらいの身繕いはしてるのか、髪や髭は白さをたもっているものの、小々脂っぽく、全体的に薄汚れてる。

 一人は短躯で、でも横幅は倍。モリモリの筋肉に脂肪を乗せた、いわゆる固太りってやつか。よく日に焼けていて、髭はもともとモシャモシャなのがさらにって感じだ。

 もう一人のほっそり色白の優男は、隈がひどい。常にぐしゃぐしゃ掻き回してるせいで、白金の髪が鳥の巣のようになってる。

 そして最後に中肉中背、特にこれといって特徴がないのが特徴なんだろう男も、泥棒髭のせいで山賊っぽくなってるね。

 まあ、いつからこんななのかわからないけど、気が滅入るか、やさぐれて当然の状況だ。

 青いドアを出現させただけで、ザッと全員が戦闘態勢に入る当りはさすが。

 私は、礼儀正しく扉をノック。

「失礼します」

「フー!?」

 攻撃するより先に気付いてくれてよかった。

「ロス爺、ひさしぶり!」

 ひとまず全員に《クリーン》を掛けて、ロス爺に飛び付くと、当たり前のように抱き上げられた。天井に、彼が立ち上がるだけの高さがないから、膝の上だけどね。

「なぜ、魔法が使えるのですか!?」

 色白青年の耳は、よく見れば先が尖ってる。疎らに生えた無精ひげを無視すれば、しゅっとした美男子だ。髪型はどうにもならないけども。

 魔法オタかなんかなのかな。突然現れた四歳児に掴みかからんばかりなのを、仲間が止めてる。ナイスプレー!

 色濃かった隈は消えて、ほかのメンバーも見違えるように血色がよくなってる。

「…魔力不足だった?」

 小首を傾げると、彼らは深くうなずき、よくできましたというようにロス爺に頭を撫でられる。

「コレにみんな持っていかれてしまうからな」

「あー…なるほど」

 ロス爺が叩く格子の内側には、幾何学模様が掘り込まれてて、それはドロシー先生に習ったエルフの文字を連想させる。

 部族ごとに微妙に言葉が違うって話だから、ドロシー先生が把握しきれてないものを、私が判別できるはずもない。

 あくまで感覚的なものだけど、たぶんロス爺が牢の中に張った結界も、強ければ強いほど多く魔力を持っていかれるから、なるべく弱い結界を張って、ぎりぎり意識を保てるくらいの魔力が残るように調節してたんだろう。

 そうやって吸い上げられた魔力は、村を覆う結界に繋がってる。

 なんて、えげつないものを作るんだ。

「壊せないの?」」

「できんこともないのだがな…」

 ロス爺が牢の中に張ってる結界は、目隠しの役目もしてる。

 中から外は見えるけど、外から中は見えないってやつ。

 にもかかわらず、その外側の縁台に、入れ代わり立ち代わり少女から妙齢の女性まで、差し入れを置いていくんだよ。

 なんの警戒せずそれを牢内に引き入れて、パクパクむしゃむしゃ口にする男たち。

 私が見た目子供だからか、はっきり口にしないけど、その女たちとどんな関係かわかるよね。

「嬢ちゃんもどうだい?」

 泥棒髭の男に勧められた果物に、遠慮なく手を伸ばす私も私だけど、ちょうど何か飲みたいと思ってたところだし、ものに罪はない。

「いただきます。申し遅れました、フローラです」

「ああ、ロスから話は聞いてるよ。俺はスキニーだ。いまはこんなだが人狼だ」

 へぇ! まじまじと見てしまったけど、気を悪くした様子はない。

「満月の夜が楽しみです」

「ハハッ。聞いてた通り、胆が据わってるな」

 王宮図書館所蔵の『種族解説』によれば、昼だろうが夜だろうが任意で変身できるらしいけど、満月の夜はいわゆる完全体になれるんだとか。

 ちなみに、獣人にとって獣化は誇らしいことなので、それについて言及することは失礼に当たらない。

 平均寿命は八十年ほど。この世界の人間よりは長生きだ。

「マードックだ。ドワーフという種族は知っているか?」

「はい。浅学ではありますが」

 百五十年ほど生きるらしいけど、鉱石の採掘に情熱を燃やす者、鍛冶に一生を捧げる者、バトルマニア…だいたいこの三タイプに分かれるようだ。

「マードックさんの御尊名はかねがね」

「さて、何を聞いたことやら」

「ロス爺も、またグローブ王国の王も、マードックさんを頼りにしているように見受けられました」

「そうかそうか!」

 彼は想像してたように豪快で、思ったよりずっと親しみやすく、ようするに気のいいおっちゃんだ。

「先程は失礼しました。エルフ族のアーサーです」

 エルフは例によって、誰もが見目麗しい。三百年から五百年ほど生きるそうで、ハイエルフともなると千年だって!

「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ挨拶もせずにすみません。フローラです。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 内容まではわからないけど、ロス爺の口から色々聞いてるらしく、すんなり受け入れてもらえたみたい。

「ということでですね。先程、あなたが現れたこの青い扉について…おお、この濃密な魔力! いったいどこに繋がっているのか」

 青いドアは消すことなく、一度閉じた後、隙間をあけてストッパーを噛ませてある。

 そうでもしないと魔力がなさすぎて、余分に溜め込めない人たちには危険だからなんだけど。

 その向こうを一生懸命のぞき込むエルフの襟首を、ドワーフの太い指が掴む。

「それは確かにびっくりしたが、後にしろ。この魔法狂いが!」

 もう一方の手では、木製の水筒を持って傾けてる。匂いからして果実酒。

 人狼も、マイペースに飲み食いすることをやめない。

「そうだぞ。せっかく状況を変えられるかもしれん時に」

 ロス爺は、さすがにまともに私に向き合ってる。

 まあ、だからこそその他のメンバーは「あとは任せた」といわんばかりに好き勝手してるんだろうけど。

 日頃から、交渉事はロス爺担当なのかも。かつては傭兵団長をしてたくらいだし。

「まあ、まずフローラに、我らのおかれている状況を説明しよう」

 ここはエルフの村。といっても、アーサーの出身地とは、また違う。

 ただ、その伝手をたどっての依頼だったそう。

 魔物があふれる、いわゆるスタンピートが起こり、でも、村自体は強固な結界で覆われてるので、さほど急を要することでもないと、村人だけでのんびり周囲の魔物を狩ってたらしい。

 男は成人すると村を追い出されて、子供以外は女しかいないって事情もあったけど。

 長命なエルフらしい考え方?

 弓と魔法に秀でてるのはイメージ通り。

 いつものスタンピートなら、それで済むのだとか。

 我を忘れた魔物たちはひたすら前へと進み、多くが結界の外側を駆け抜けていくわけだから、その先のどっかの国がなんとかしてたってことか。

 でも、今回はいつまでたっても魔物が尽きない。

 いかに強力な結界でも、際限なく魔物が体当たりし続ければ弱っていくのが道理。

 さすがのエルフも重い腰を上げて、外部に討伐依頼を出した。

 冒険者ギルドを通じて十数組の冒険者パーティーがやってきたけど、さすがにA級以上の魔物には歯が立たないので、そこはロス爺たちが担当。

 結界の中には畑もあるし、魔物の肉や魔石が過剰供給される状態だ。

 一年は軽く持ち堪えられるということで…なにしろ当のエルフたちがまったく急いでないし、途中、ロス爺が抜けても、彼らにしては「ゆっくり」魔物を討伐し続けていたらしい。

 そして、先日、魔物たちが湧き出す魔力溜まりの位置を特定、蒸発させて、スタンピートは無事終結。

 それなのに、なんでこんな事態になっているのか?

 村エルフは、貨幣を持たない。基本、物々交換だそう。

 でも、今回は外部に依頼を出した。対価に、神馬を渡すことを約束して。

 中央広場に引き出された神馬は、いわゆるユニコーン。

 冒険者たちは大いに盛り上がる。直後、殺気立った。

 神馬は一頭しかいないからだ。

 倒した魔物の素材や魔石も報酬ってことだったけど、それは他所でも手に入る。

 争いの果てに、自分のものにならないならと、神馬を切りつける一人の冒険者。

 A級の魔物も倒し得ない者の得物が、なぜ、神馬とまで言われるユニコーンを切れたのか。

 ともかく、神馬は倒れて、でも、その素材だけでも相当な値打ちがあるので、それを奪い合う冒険者たち。

 途中で、なんとか村長が間に入って、納得のいくよう分配される。

 冒険者たちは、それで解散。

 ロス爺たちは拘束された。

 村長の命令で、村の女たちが体を張って囲んできたので、大人しく牢に入ったらしい。

 あー、ねぇ。

 あきれつつも強く言えないのは、一部、私のせいでもあるから。

 神馬は、伊達に神馬じゃなかった。

 普通は切られたくらいじゃ死なない。たとえその得物が、神剣に類する業物でも。

 体を飛び出した精神体は、次の器を求めて、ロス爺が腰に下げてた勾玉に入ってしまった!

 そう、私があげた青い石だ。

 魔力同様、誰でも見たり、感じたりできるってわけじゃないらしいけど。

 冒険者たちを立ち去らせたあと、隠してあった別のユニコーンを引き出して、村長が金切り声で「コレに魂を移せ」と要求。

 さすがのロス爺も、何をどうすればいいのかわからない。

 仲間たちだけでも逃がして、くわしそうな者に救援要請をしようかと話し合っていたところへ、私が来た。

 ロス爺の話を肯定するように頷くマードック。

「嬢ちゃんを、真っ先に訪ねようと思っていた」

 責める気配は微塵も感じられないけど。

「なんかごめんね、ロス爺。皆さんも、ご迷惑をお掛けしました」

「何を言う、フーのせいではないぞ」

「そうだ」

「うん」

「そうですよ。彼女たちエルフが、卵を産まなくなった雌鶏を処分するように神馬を…いえ、より有効に役立てようとして失敗しているあたり、さらに始末が悪い」

「つまり、茶番だったってことですか?」

「そうです。冒険者が使った神剣も、村長が一時貸し出したものでしょう。一応、個別の依頼になるのですかね」

「色香に迷いおって」

「まったくだ」

「情けないことです」

 それ、あなた方が言いますかね。

「神馬はこの村の結界を保つもの。力が衰えてくると器替えをするらしいな」

「ただのユニコーンじゃないんだね」

「ああ、神馬と呼ばれるほどだ。さすがにユニコーンといえども、あの結界を保てるほどの魔力はない。コレに眠っている精神と一体になってはじめてできる芸当なのだろう」

 しみじみと語っていたロス爺が、悪戯っぽく笑う。

「まあ、フーであれば軽いだろうが。また、いろいろと面白いことをしているようだな」

「ふふっ。あとでロス爺に教えてあげるね」

「私にも、ぜひ!」

 声を上げる美青年からロス爺に視線を移すと、問題ないと軽くうなづいて見せる。

 世間一般に出回ってる魔法やスキルの常識は、あってないものと承知してるってことか。まあ、エルフだしね。

「はい。アーサーさんにも。お約束します」

 そうでも言わないと、落ち着いて話もできなさそう。

 もっとも、彼は正統派の魔法にくわしいようで、むしろ私の方がいろいろ教えてもらいたい。

「多少苦しい思いはしたが、フーの魔力が役にたったぞ」

 ロス爺は自分と仲間を守るため、私が不意打ちで何度かぶちこんでた魔力タンクの中身を小出しにして凌いでたそうだ。

「それはよかったけど。これからどうします?」

「むぅ。これだけの魔力があれば、我らが抜けてもわからなそうだな」

「はい。これほどの魔力、どうやれば…」

 微妙に話がかみ合ってないけど、目をキラキラさせるアーサーに答えねばなるまい。私、一押しの選択肢だ。

「この扉の先は、エンプティーエッグにつながってますので…」

 それだけで理解できるくらい皆、優秀なのになぁ。

「なんと!」「うおっ」「押すな」「こんなこともあるかぁ」

 押し合いへし合いしながら青いドアを潜るあたり、慎重さが足りないことは確か。なまじ力があると、そんなものなのかもね。

「どういう仕組みですか?」

「魔力のトンネルを作ってですね、その端と端を繫げました」

「…どうやら私には無理そうです。まず魔力が足りません」

 がっくり項垂れる美青年に、まだ早いと言ってあげたい。あとで《吸収》を試してもらおう。

 あー。でも、魔法に秀でてるだけに逆に無理なのかな。

 アビゲイルやドロシー先生は、先入観がなかったからできたって気がする。

「うひょー! 体が軽いぞ」

 俊敏なビア樽体型の髭もじゃは、そんな仲間に目もくれず、雄たけびを上げながら体を動かしてる。

 よほどじっとしてるのが苦痛だったんだろうね。

 トントーンと身軽に木の枝に飛び乗り、飛び移っていく中肉中背の背中。山賊感はどこへやら。いかにも斥候って感じの動きだ。

 気持ちよさそうに伸びをしながら、それを見守るロス爺。

「ずいぶん成長したようで、正直驚いている。なにはともあれ助かったぞ。ありがとう、フローラ」

「どういたしまして、ロス爺。お役に立ててうれしい。なんていっても仲間だもんね」

「ああ、仲間だ」

 それぞれが軽く自由を満喫して、落ち着いたところでいちばんの問題について話し合う。

 ほかの皆も義理堅いというか、まずお礼を言われたよ。

「この度は本当にありがとうございました」

「助かったぞ」

「感謝する」

「どういたしまして。とは申しましても、まだ、肝心なことが解決したわけではありませんので。私は、ロス爺に大変お世話になりました。皆さんのためにも、私のできる限るのことをしたいと思います。事情が落ち着いたら、これまでの冒険譚なんども聞きたいです。どうぞよろしくお願いします」

 勢いでエンプティーエッグの拠点に移動しちゃったけど、ロス爺が牢内に張った結界もあるし、しばらくはバレないだろう。

「それにしても、エンプティーエッグにこのようなオアシスがあったとは」

「いえ。どうやら、すべて人工のようですよ」

 アーサーが湖の中央を指差す。

「これはまた。美しいな」

 そう。美的センスのない私は、うろ覚えのシンデレラ城を参考にがんばった。

「驚いてはいるが、フーならば不思議ではないか」

 彼らを混乱させるのは本意じゃないけど、ここにあるはずのない水場を作っちゃったのは事実だし、とりあえず避難するのに適してる。

 いくらロス爺の仲間で人柄が良さそうでも、森の拠点にいきなり連れて行くのはアビゲイルやドロシー先生に悪いから、こっちを選んだだけなんだけど、魔力のこと一つとっても正解だったようだ。



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