6、クリーナー
近頃、うちの水瓶の水はいつも清潔で、室内には塵一つ落ちてない。
カーテンや数少ない家具が、色褪せたり擦り切れてるのは変わらないけど、それらに手垢や脂がついてることはなくなった。
「がんばってるわね。いつもありがとね、ベス」
母に褒められて得意になるのはいいけど、箒で適当に床をなすったくらいじゃ、こんなきれいにはならないからね。
まあ、私が不衛生な環境で過ごしたくないだけだから、べつにいいんだけど。
母も姉もちょっと鈍いんじゃないかと、やっと気付いた私も人のことは言えない。
一人でいることの多い昼間。
魔力を回して、まだ頼りない筋肉や骨を補強する。
いわゆる《身体強化》ってやつだね。
「ん、しょっ!」
木箱を運び、ドアの取っ手に手を伸ばし、開けることに成功。
はぁ、やっと外に出られるよ。
ありがたいことに、ここは一階だった。
いくら魔法で補助しても、階段の上り下りはまだ自信がない。
いかにもな路地裏。
狭くて暗くてきたない。そして、臭い。
「しゃわりたくない…」
一度扉を閉じて、私的魔力基準、光度十三までせっせと魔力を取り込む。
「フー、いっきまちゅ!」
イメージしたのは凸凹のない、掃き清められた地面。
汚物は腐敗もしくは発酵を推し進めて、雑草は根から枯らし、その他のゴミと共に風化をイメージ。
余分な水分は蒸発させよう。
そして、地均し。
「うみゅ、かんへき!」
暗くて狭いのは変えようがないけど、どう見ても端から端までクリーンな路地裏だ。
またすぐ汚されるのは業腹だけど、こういうのは根気がものをいう。
たまに近所の住人が通ったり、子供が駆けぬけたりするけど、昼時なんかは特に人気のない寂しい場所だ。
暇をみて道路清掃をくり返す。
一週間もたつ頃には、無教養な平民でも、いや、物を知らない人たちだからこそ、この道の異変を気味悪がってゴミを捨てなくなった。
罰でもあたると思ったのかな?
今日も今日とて扉を開き、ちょっと身を乗り出したところ、顔に生臭い息がかかる。
「…わ、いにゅ」
野良犬って、こんなに怖いんだ。
硬直した私をふんふんと嗅ぐ雑種の中型犬。
かなり汚れてるし、前世みたいに肥えてない。
エサ認定されたのか、オモチャ認定されたのかは定かじゃないが、肩のあたりをカプッとやられた。
「ぎゃっ!」
ギャン!
反射的に右手に魔力を集中させて殴った私。
ほうほうの体で逃げてく犬を尻目に、急いで部屋に戻って扉を閉める。
「きょうけんひょうとかだったら、どしよ?」
痛みより不安の方が大きい。
狂気じみた感じはしなかったし、だらだら涎をたらしてたわけでもない。
大丈夫だとは思うけど、ほかの雑菌はいっぱい背負ってるだろうな…
必死で傷口からばい菌をしぼり出すイメージ。
ぴゅっと血が出るのを見て逆に安心する。
服を脱ぎ、とうとうと指先から出した水で傷口を洗う。
「ひーりゅ! ひーりゅ! ひーりゅ!」
いや、意味がないってわかってても叫んじゃうよ!
その一方で、潰れたその下、また隣の細胞が分裂して傷をふさいでいくのをイメージ。
完成図はまっさらな皮膚。
「ほわぁ…」
ぬるめの湯につかった時のような温かさが傷口付近を覆い、傷が塞がってくと同時に痛みも引いていく。
「あしぇった」
今度外に出る時は、周囲をちゃんと確認してからにしよう。
扉をちょっとだけ開けてのぞくのも有効だけど、やるなら《気配察知》とか《探索》でしょう。
手の先に集めた魔力を光らせるわけでもなく、燃やすでもなく、薄っすら薄っすら広げていく。
魔力は何にでも馴染んでいくけど、何かがあればちょっと進むのが遅くなって、硬いものほど抵抗が強くなる感じ?
あとは経験かなぁ。
「くちゅん!」
しばらく周囲を探るのに夢中になってたけど、体が冷えて我に返る。
「あぁぁ…」
このままじゃ確実になんかあったとわかってしまう。
さすがにあの母と姉でもねぇ。
まず、水浸しの床を片付ける。
染み抜きしながら服を乾かした後、ちょっと考えて、魔力を流しながら千切れた繊維と繊維をより合わせていくさまを想像してみた。
「ふみゅ、ばっちし!」
もたもたと服を着こんで、くるりと回る。
こけたけど。
なかなかやるじゃないか私。