59、ソード
家畜はもちろん魔物を解体するには、技術だけでなく専用の器具、腕力と体力、そして精神力がいる。
鶏と兎が限界だと思ってた私もだいぶ鍛えられて、気付いたら、ビックボアやクレイジーカウなんかの大物もイケるようになったてた。
はじめは見よう見真似で、ズタボロにしちゃってたんだけど、一部無事な肉をアビゲイルが上手に調理してくれたこともあって、文句も言わず丸っと腹に納めるシーホース。
でも、どこか悲し気な黒々とした目を向けられると、さすがに申し訳なく思うよ。
やはりどんな作業にもコツあるわけで、それを学ぶため、何度か獲物をガスター商会や冒険者ギルドの解体場に持ち込んだ。
ネット検索と同じで、《耳目》で見るだけじゃ限界があるってこと。
おかげで、いまでは《レーザー》と《エアカッター》を使い分けつつ、我ながらいい仕事してます。
ただ、無駄に目立っちゃったのがね。
料理上手のアビゲイルにしても、ふつうに枝肉から調理をはじめるわけだから、グラシーズの全員が納得はしてるけど。
ギルド証継続のために、定期的にこなしてた薬草採取と合わせて、アビゲイルとドロシー先生、マーサのランクがポンポーンと上がってしまった。
これは ガスター商会経由で冒険者ギルドに納められた魔石も関係してる。
高品質でそれなりに数もそろってる、どこの誰がって話になったらしい。
「どう致しますか? これを機にランクを上げておくのも、一つの手だと思いますが」
タイロンの紹介状を出さなくても、こちらの買取担当者もまた、まっとうな気遣いをしてくれる。
筋を通す人って好きよ。
「お願いしてよろしいですか」
「はい、承知いたしました。では、こちらから冒険者ギルドに報告しておきますね」
討伐証明部位もなしに、こういう裏技があるとはね。
あと、従魔登録をしたのも多少は関係があるかも。
かなり珍しいらしいけど、《テイマー》ってスキルがあるにはある。
十三歳に見せかけた私、自称モリーヌが新たにギルド登録、グラシーズに加わった。
移動した先々で、はじめにちょろっと活躍できるかどうかって感じだけど。
「…ダークホースでよろしいですか?」
「はい」
ふつうの馬に化けるのが上手すぎて、疑われるシーホース。
でも、彼は心得たもので、厩舎まで確認にきたギルド職員の前で淡く光ったと思ったら、ポニーサイズにまで縮んでる。
おおっ! わかりやすくダークホースの特徴を示したわけだけど、これなら四歳児でも乗れるんじゃないの?
「はい。確認しました…こちらの従魔証を必ず携帯の上、こちらの印をそうですね、尾の付け根に結んでおいてください」
ちょうど前世の「この子蹴りますよ」のボンボンのよう。
そんなこんなで、グラシーズはDランクパーティーってことになった。
ようは、これから獲物はすべて冒険者ギルドに持ち込めってことなんだろうけど。
こちらのメリットは、三ヵ月仕事をさぼっても大丈夫なことくらい。
「昇級試験を受けることをお勧めします」
「…考えてみます」
代表してマーサが答えたけど、皆の表情を見る限り答えは決まってる。
これ以上ランクを上げると、指名依頼されるようになるからね。
「断れないんですよねぇ」
「縛り付けられるのはごめんだよ」
「ですね」
さっさと海辺の町アーサントを後にする私たち。
話は戻って、新たに仲間入りした「馬」がまあ、よく食べる。
主な材料は自分で獲ってくるから、その点は問題ない。私たちも相伴に与かってることだしね。
初日から、嫌な顔一つせず、おいしいご飯を大量に作ってくれたアビゲイルには、速攻で懐いた。
私やマーサも手伝ってはいるけど。
「大丈夫? 負担じゃない?」
「これくらいなんてことないですよ。すごい喜びながら食べてくれてるのがわかりますし、はじめは驚きましたけど、いまは可愛いって思えるんです」
はじめから魔物だってことは教えたし、本当の姿も一度見せてる。
でも、いくら本人が快く受け入れても、彼女、ほかにもいろいろ仕事してるしなぁ。
だからといって私自身、朝昼晩と料理に時間を費やすほど家事が好きなわけでもないので、アビゲイルが用意した常識的な量…人間の大人一人前を《コピー》する。
以前、私が魔法で作り出した砂糖。ノンカロリーだと思ってたけど、そんなことはなかった。
アビゲイルがふっくらし出したから気付いたなんて、口が裂けても言えない。
ゼロカロリーのステビアもどきを作り出し、こっちは摂取しすぎるとおなかが緩くなるって注意をしつつ、用途に合わせて使い分けてもらうことに。
ここでも魔法の便利さと、どうにも変えようのない固定観念がせめぎ合ってる。
一方で、私の作ったアルミもどきが、目利きのバイヤーにアルミと鑑定されたように、正確には同じじゃないとか、気にしてなくていいような気がしてきた。
実験的に放置してる《アバター》同様、私が消さない限り、ある日突然なくなるってこともなさそうだし、魔力だけで作ったステンレスの剣と、鉄の塊をもとに作ったステンレスの剣に、性能の差は見られない。
ちなみに私は、鉄に何をどれだけの割合混ぜればステンレスになるのかも知らないわけだけど。
ただ、生き物の体を保つとなると、神経質にならざるを得ない。
あくまでイメージだけど、シーホースが獲ってきた魔物の血肉を原材料にした方が、栄養バランスもよさそうじゃない?
同じ理由で加熱したものばかりじゃなく、刺身とかユッケも食べさせてる。
骨は、少し焦げ目が付くくらい炙ったのが好きみたい。今日もバリバリいってるね。
げふっ ぶるぶる
満足そうに横たわり、食休みを終えた頃、つやつや黒馬に声が掛かる。
「ソード、小さくなっておくれ」
ぶるるるっ
アビゲイルにべたべた甘える一方、ドロシー先生に対しては恭しいんだよね。
年寄りを敬ってるのか、知識人として認めているのか…まあ、自分に名前を付けてくれた人だ。
「その体。青黒く輝いて、よく鍛えられた鋼のようだ。ソードというのはどう?」
実態を見れば、剣は剣でも斬馬刀って感じだけどね。
一応、アビゲイルは「クロ」、私は「シュバルツ」ってそれぞれ候補を挙げたんだけど。
ドイツ語カッコイイ伝説、ここに敗れたり…
ドロシー先生はうつ伏せになって、ぬいぐるみ大になったソードに、背中や腰を踏ませてる。
「か、可愛いぃ~」
傍らでは、アビゲイルが悶えてる。
ドロシー先生を《診断》した限り、どこも悪くないけど、頑固な凝りを脳が覚えているんだろうね。
「ああ、気持ちよかった。ありがとう。ソードは本当に賢い」
ぷるるるっ
さすがは力ある魔物。《転移》の魔法にも動じないし、マーサが私だってこともわかるらしく、頼めばマーサの背中も踏んでくれる。
ブラッシング時の光景がコマ送り状態で伝わってくるから、その礼ってことかな。
グルーミングだとしたら、魔物に仲間認定されるのは正直、微妙な気分だけど。
「ぐぅ…あ”~~~」
色気もへったくれもない声が出ちゃうのは仕方ないよね。




