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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
58/63

58、シーホース


 そもそも《アバター》は寝る必要がなく、月がきれいだったので、一人浜辺に行ってみた。

 これでも浮かれてるのだ、私。

 人っ子一人いないのも、絶え間ない波の音も、月明かりだけが頼りって暗さも、怖さだけじゃないドキドキを与えてくれる。

 単に、多くの人が寝てる時間に起きてるってだけのことだけど…なんだろうね、この特別感。

 基本小心者の私には、それだけで十分だ。

 何かあることをまったく期待してなかったと言えば嘘になるけど、そこまで大それたことは望んでなかった。

 なに、あれ?

 大きな黒い塊を目にして、思わず足を止める。

 まだ距離があるうちは岩か何かだと思ってたけど、思い返してみれば昼間ここにそんなものはなかったし、浅く短い間隔で上下運動してるのがわかる。

 つまり、呼吸していて、時々苦しそう、かつ忌々しげに鼻を鳴らす。

 ぶるるるっ

 馬…かな。

 遅ればせながら気配を消して、でも、砂浜に足跡を残しながらそっと近付く。

 大きい!

 暗がりで見間違えたわけじゃなかった。

 なんなら《暗視》…目に魔力を集めて、視力を最適化することもできるから。

 砂浜にでーんと横たわってるのは、前世のばんえい馬に勝るとも劣らない体格をした生き物。

 威嚇するように歯を剥き出しにしてるけど、あれって八重歯というより牙だよね。

 鬣も伝説の生物みたいに立派だ。

 しかも、黒い体表はところどころ青白い光を帯びていて、それがさざ波のように移動してく。

 これはもしや、幻の魔物シーホースでは?

 幻って言われてるのは、それだけ遭遇率が低いから。

 どれくらい人前に出てこないかっていうと、クラーケンと同等に語られるくらい。

 クラーケンが嵐同様、唐突になんの理由もなく…たぶん食欲だと思うけど、船を襲う一方、シーホースは高い知能を持っていて、理不尽な死に怒るって言われてる。

 だから、船乗りも漁師も、犯罪者を船に乗せるのをそれはそれは嫌がる。

 神様とまではいかないけど、お守りのようにその姿絵を船室に貼ってる者も多い。

 でもあれ、マーライオンの馬版みたいな姿だったわ。

 じゃあ、やっぱり違うのか…って、いまはそれどころじゃなかった。

 もともと馬の腹はでっぱってるものだけど、さらにそれが歪にデコボコしてて、はじめは妊娠でもしてるのかと思ったけど、よくよく見れば雄だしね。

 そっと《診断》したところ、呑んでます。でっかいマッドクラブを殻ごと!

 ぶるるるるっ!

 「苦しい。なんでもいいから、なんとかしてくれ」といったところだろうか。

 いや、消化液で溶かせるから、丸飲みにしたんじゃないの?

 ぶるるる…

 確かに頭も体も大きい。それに比例して口も大きく、首も太いけど、こんな大きなものをどうやって腹におさめたのか謎だ。

 蛇みたいに顎が外れる様を想像したら、なるべく近寄りたくないんだけど、かなり弱ってきてるのは確か。

 その上、まつ毛バサバサの思慮深そうな目で、助けを求めるようにじっと見るなんて反則だよね。

 …やるだけやってみますか。駄目でも恨まないでよ。

 強力に《スリープ》を掛けて、念のため《バインド》で地面に固定。

 解体用のナイフで一気に…って、これっぽっちも刺さらない。

 ここは《光魔法》で《レーザー》か?

 いや、あれって電気だっけ? わからんわぁ。

 ただ、それっぽい光を発する指先を落ちてた流木に当てると、確かに焼き切れる。岩もね。

 何度か調節をくり返して、本番です。

 なんか私、いつもこんなだ。

 ぶる…

 馬(?)がもごもごなんか言ってるけど、寝言みたいな感じで、苦しんでる様子はない。

 《麻酔》をイメージして、脳内麻薬をどぱどぱ出させてるから、夢うつつなんだろう。

 全体に《クリーン》を掛けてから、《診断》しなから胃にいちばん近いところを焼き切ろうとして、思い直す。

 ようするにビビったわけだけど、もっと良い方法があるならその方がいい。

 魔力製のトンネルで、外と胃の中をつなぐ。

 胃の中側はスペースの問題もあって、一眼レフカメラの絞り羽根を参考に、青いドアを開くと、蟹の魔物が押し出されてくる。

 でかっ!

 しかも、まだ動いてる。

 《転移》に使ったあれこれは魔力として霧散させ、ひとまず汚れた体表を《クリーン》

 傍らでは、マッドクラブが鋏を振り上げてた。

 その鋏が青白く光っていて、そういえば《切断》のスキルを持ってるんだっけ。

 あぶなっ!

 《念動》でひっくり返して、腹の模様というか割れ目というか、山型の頂点を《レーザー》で一突き。

 念には念をいれて《マップ》で見ると灰色。死んでることは死んでるし、これで〆たことになるのかな。

 すやすや寝てる馬の腹には傷ひとつなく、でも《診断》した胃壁はそれなりに傷付いてる。

 そりゃ、あんなものを丸呑みすればね。あきれながら《治癒魔法》を掛ける。

 もう、《バインド》は必要ない。

 ぽんと手を叩いて《覚醒》させると、彼はぐるりとあたりを見渡して、よいせとばかりに立ち上がる。

 やっぱり大きいね!

 ぶるるるるっ

 一応、私は肌すれすれに《結界》を張ってるし、そもそも《アバター》だからよほどのことがない限り大丈夫なんだけど、一瞬、丸かじりされる自分を想像したよ。

 でかい鼻面を人に押し付けて、どうやら感謝を伝えてるようだけど、《身体強化》してなかったら、私は後ろにすっ転んでるから。

 さらに、礼と言わんばかりに、マッドクラブを鼻先で押すんだけど、えーっ…胃液まみれのそれを私に食べろとでも?

 しかも、人に差し出しつつ、惜しそうにダラダラ涎を垂らすとか。

 仕方がない。

 まず砂を固めて大きな台を作る。

 蟹に《クリーン》を掛けて、足をぶっちぎり、ぱっかり甲羅を開けて差し上げた。

「どうぞ」

 人の顔をちらちら見ながらそっと口をつけ、それからガツガツ食べ始める。

 そうか、うまいか。

 ゴリゴリ音がしてるのは魔石かね?

 よしよしと頷きながら、足の殻を割る。

 あ、身がみっちり詰まってておいしそう。

「ちょっと、ここんとこもらっていい?」

 ぶるるっ

 さっきから、いいって言ってるじゃん的な?

「…いただきま~す」

 いちおう《浄化》してから、《念動》で支えたままの足を《火魔法》でじわじわ炙る。

 ほわぁぁ、いい匂い。やっぱりここはポン酢醤油かな。

 《収納》から取り出した器に、魔力で用意。

 なんかめっちゃ見られる。

「…桶でいい?」

 取り出した二つの桶に《クリーン》を掛けて、それぞれの桶にあふれんばかりに、カニの身を盛る。《念動》で殻を割って身を取り出すだけだから、指が痛いとかもない。

 片やポン酢醤油、こなた刺身醤油を上から適当に注ぐ。

 どちらも魔力製のなんちゃってだし、どう見てもふつうの馬じゃないから、濃い味がどうとかの問題はないだろう。

「どうぞ」

 またもやそっと口をつけ、直後、我を忘れたようにモッシャモッシャ食べる。

 空になった桶の、ポン酢醤油側にスタンバイしてるので、そちらへカニの身を追加して、さらに彼が気に入ったと思しき調味液を注ぐ。

 十分にカニ刺しを堪能しただろうに、人の焼きガニを物欲しそうに見るので、ほぼ空になってた甲羅に、まだまだあった足の身と、胴にたっぷりこびり付いてたカニ味噌を乗せて、《火魔法》でじっくり炙る。

 私の分の足にいい感じに火が通ったので、箸で身を解しなら、ポン酢醬油に付けて一口。

「うまっ!」

 なんということでしょう。

 もともとカニはおいしいものだけど、魔物はもっとおいしかった。

 ちゃんと君の分はいま焼いてるから、そんなうらやましそうに見ないでほしいんだけど。

 まあ、マッドクラブの場合、小指ですらも私の胴より太いから、ふつうの人間は欲張ったところで食べきれるものじゃない。

 適量残して、湯気の立つ身を桶にあける。ポン酢醤油をかける。

「熱いから、気を付けてよ?」

 勢いよく頭を上下させて、でも案の上「あちっ」って感じに一回引いたけど、またすぐ食い付いた。よほどおいしく感じたんだろうね。

 その後、焼き上がった甲羅の方も、きれいに平らげてた。身を食べ終わった後は、殻の方もバリバリと。

 でかい図体で人にスリスリしたあと、ざぶざぶと海に帰っていったよ。

 だいぶ沖に行ってから尾鰭が見えた気がしたから、やっぱりシーホースだったのかな。

 だいぶ間抜けな魔物だったけど、なんか憎めないね。

 …なんて思ってた時もありました。

 当たり前のように海に潜ったシーホースは、十分と立たないうちに浜に上がってきた。その時は当然のように四本足。

 さっきと違うのは、口にパープルモーレイっていうウツボの魔物を咥えてること。

「え、なに。また捌くの? 焼くの?」

 さっき、あれだけ食べたでしょ。

「違う? そう、くれるの…ありがとう」

 言葉は通じないし、でもなんとなく仕草と嘶き、それから《念話》とまではいかないけど、イメージというかビジョンみたいなのが伝わってくる。紙芝居並みに断片的だけど。

「おぉー…」

 新鮮な驚きと感動。よほど力を持った生き物なんだろう。

 せめて礼がわりに渡そうと思った魔石を、食欲に負けてぼりぼり食べてしまったことを反省してるらしい。

 いつからか人がそれに価値を見出したのを理解してるみたいね。

 なので、このウツボは丸ごとくれると。

 遠慮なく《収納》にしまうと、馬の顔なのに驚いたような表情に見えるから不思議だ。

 いや。さっきも目の前で、いろいろ取り出したりしてたじゃないの。

 確かに、前世でいうコモドドラゴンくらいの大きさで、なかなかの存在感だったけど。

「これで貸し借りなしね。元気でね」

 名残惜しい気持ちはある。

 とにかく大きくて、鼻息一つとってもすごい迫力だけど、きれいな馬であることは確か。

 せっかくマーサが乗馬や御者の技術をかじっても、それを活かす機会がまったくなくて、やり方を忘れそうだし。

 馬がいればなぁ。

 金額的に買えないこともないんだけど、置き場を確保したり、世話が必須なのを考え合わせると、それより断然便利な移動手段が私たちにはあるわけで…

 ちらと振り返ると、付いてきてる。

 え? 二度見しちゃったよ。

 その巨体で足音もないって、さすがは魔物。

「でも、さすがに騒ぎになっちゃうと思うよ?」

 ぶるぶる

 なにが悪いのかって?

「まず、大きすぎる」

 うん、全身が発光して縮んだね。

「ふつうの馬には牙とかないもの」

 ヒヒ~ン

 剥き出しにした歯は草食動物のそれで、嘶きまでふつうを装ってる。

 その代わりというように伝わってくるビジョンは、湯気の立つマッドクラブ。

 あと、さっきのパープルモーレイはもちろん、ビッグフロッグとかデッドブルとか、クイーンアントからも湯気が立ってて、そこにポン酢醬油がフラッシュバック!

「えーと、そこは別のソースにしようよ。そう、ほかにもおいしい味付けはいっぱいあるんだから」

 さすがに私は、蛙や蟻を食べたいとは思わない…っていうか、陸上の魔物も喰ったことあるんだ? そして、今度は調理されたものを食べてみたいと。

 ぐいぐい鼻面を押し付けてくる。

「わかったよぉ。その代わり、たまには背中に乗せてね」

 ヒヒ~ン

 どうやらオーケーらしいけど。

 私たちグラシーズに振り回されたら、ふつうの馬はその環境の変化についていけないと思う。

 その点、この魔物はとっても頑丈そうだ。

 野放しでもそうそう魔物にやられたり、人間に狩られたりしないだろう。

「いきなり人間に食い付いたりしないよね?」

 …なるほど。

 喰うとしたら、盗賊とか愉快犯を選んで喰うわけね。

 薄汚い男たちがバリボリと嚙み砕かれる絵面はなかなかえぐいなぁ。

「…バレないようにやってよね」

 ぶるるるっ

 「もちろん」ですか、そうですか。

 初対面の魔物をどうして信じられるのかって話だけど、傍若無人なタイプなら、とっくの昔に大騒ぎ。討伐対象になってるはず。

 少なくとも、一応のぞいた冒険者ギルド・アーサント支部の掲示板に、それらしきものはなかった。

 そもそも、ある程度頭が回って、理性があって(食い気にかんしては除外)、力のある存在がその気になったら、そう簡単には止められないわけで。

 悪人しか襲わないって言い伝えと合わせて、現段階で問題がないなら、それを信じるしかない。

 あとはそれなりに生きた自分の勘と、第一に、胃袋をつかんだことが大きいね。



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