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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
57/63

57、オアシス


 ドアの周囲は、もちろん認識阻害の《結界》で覆ってるけど、あまり興奮した状態で町に出没して、悪目立ちするのもなんだ。

 まずは《転移》を体験してもらおうと、二人を荒野に連れて行った。

 お気に入りの場所を自慢したかったっていうのもある。

「わぁぁ!」

「あれ、まぁ」

 まず驚いて、青いドアを出たり入ったりする二人。

 それから広大な景色を眺めやる。

「広いね」

「広いですね」

 私が日々、魔法を無駄遣いしてるエンプティーエッグ。

 どちらかといえば中央部寄りで、ここから先はずっと砂漠という所だ。

 事後、適当に均してるから、見える範囲に余計な穴などないし、そもそも吹き抜ける風が丘を作り、またそれを崩し、刻々と地形が変わる。

 なんともいえない造形美に、空の青が映える。

「…森も、川もないんですね」

「なんにもないね」

 十数分後にはテンションが下がってる二人。

「ええっ?! 何もないのがいいんじゃないですか」

「それは、フローラ様くらいの力があれば、そうかもしれないですけど」

「こんな過酷な環境では、私たちはとてもじゃないけど生きていけない。つまりフローラ、あなたが頼りだ。ここに来るにも、脱出するにもね。もちろん信用している。だけど、あなたに何かあったら? 要するにここにいると不安だってこと。アビーは森と川と、そこに少しの動植物が存在すれば生きていけるだろう。私はそこに、さらに人のコミュニティーが欲しいね」

 ドロシー先生の言葉に、アビゲイルが何度もうなずいてる。

「すみません…」

「いや、よいものを見せてもらったのは確かだよ。ありがとう」

「はい。ありがとうございます」

 それでも、青いドアをくぐって海辺の町に出てると、喜ぶというより、ほっとした様子の二人。

 自分がだいぶズレてきてるのを自覚。

 でも、卑下する気もない。

 時と相手によって気をつければいいわけだし、おかげさまで、過酷な環境でもふつうに過ごせるだけの力がある。

 潮風を吸い込んで、わくわくする気持ちはそのままに、もう一体 《アバター》を作って、荒野に送り込む私。さしずめ呼び名は、モザってところかな。

 こっちも十分楽しむつもりだけど、好き勝手する気満々の彼女が、少しうらやましい。

 大魔法を使うのも楽しいけど、思いつくままにものを作るのも私は好きだ。

 それこそ、いつ何が起こるかわからないし、拠点はいくつあってもいい。

 確かになんにもないのがいいんだけど、そんな所に自力で何かを出現させるのも夢がある。

 エンプティーエッグはあまりにも広大で、私がちょっといじったくらいで、その印象が変わるはずもないしね。

 谷は深く長く、でも、それはいかにも地割れといった感じで、水は一切流れていない。

 あとは延々と続く砂と、岩と、ちょっとした山と、その裾野にちょぼちょぼ生える短い草。

 そこを縦横無尽に潜ったり、たまに飛び出したりしてるのは巨大なミミズの魔物、ギガントアースワーム。

 あと、気付くとそこにいるって印象のサソリ、ミッドナイトスコーピオン。これもまた大きい。

 この二匹が争ってると、どこの怪獣映画だって迫力だもの。

 よそより魔力が豊富なことは確かで、でも、その分布は空気中に漂ってるものにしろ、地中に含まれてるものにしろ均一ではない。

 岩山っていうか、丘っていうか、トカゲや亀や猿なんかを思わせる形のそれらがあるあたりは濃い。

 ちょぼちょぼ草が生えてるのもその周辺。

 直径二ミリほどの双葉は、黄緑に裏側の紫が透けて見える感じ。

 それ以上葉は大きくならず、数も増えず、直径一ミリほどの、チューリップみたいな形の白い花を付ける。

 種の大きさはお察しだし、一株に一粒しか種ができない。

 王宮図書館所蔵の『幻想薬草事典』によれば、どうやらこれが伝説の魔力草らしい。魔力欠乏症の特効薬なんだって。

 つまり魔力回復薬、いわゆるMPポーションも夢じゃない。

 アビゲイル自身は、ドロシー先生共々《吸収》を覚えたから、無理に開発する必要はないわけだけど、頼めばとりあえずチャレンジしてくれるだろう。

 でも、いまのまま採取しちゃうと根絶やしにすることになるし、第一こんな小さいのをちまちまちまちまやってられない。

 『幻想薬草辞典』の著者は数百年前の人だけど、ちゃんと実物を探して観察したらしく、いくつかの特徴を挙げている。


  一、魔力草を育てるには魔力と水が必要。

  二、朝露のような極々わずかな量で生育可能。

  三、一つの種でなぜ増えるのか不明。


 偉い学者にわからないことを、私がわかるわけもないんだけど、単純に考えて、必要なものが足りなければ省エネモードになるのは生き物も機械も同じ。

 森の土を取ってきて、水をたっぷりやれば、まあ、育つこと育つこと。

 これくらいのことは誰でもしてそうだけど、古の学者はたぶん、この種を自分たちの住む領域に持っていって育てたんだと思う。

 魔力草は、養分や水以上に、魔力を半端なく必要とするわけだ。

 私ははじめ、ドラム缶サイズのポットを作り、土の配合を変えたものを三種、三つずつ用意して、与える水の量も少・中・多と変えてみた。

 この一塊をAグループとして、同条件のB、Cをつくり、与える魔力の量を調節。Cグループには、魔力草がもう吸い上げられないところまで、魔力を追加してたんだけど、自身を親指姫に例えたくなる花のサイズは、いくらんでも育ち過ぎだと思う。

 面白いのは種のサイズは変わらずに、丈夫でやわらか、さらりとした手触りの袋に、これでもかと大量に詰まってること。

 これ、ビーズクッションだよ!

 アビゲイルやドロシー先生にもあげたいし、それはそれで確保して、結果はちゃんと受け止める。

 ようするに、ここで自生させるなら、私の魔力は余計だったみたい。

 そこそこ栄養豊富な土と、たっぷりの水と、山の裾野に存在する程度の魔力があれば、いかにも常識的なサイズになる。

 成長しても背丈は三十センチほど。花も大人の握り拳くらいで、それより一回り大きな葉っぱが十枚ほど付く。

 葉はむしると次は出てこないけど、最低二枚残しておけば、枯れずに種ができるところまで育つ。

 莢のサイズはバラの実くらい。そこに百五十六から百八十粒の種が入っている。

 私が拠点に選んだのは、トカゲ型の山の側だ。

 本を読むばかりじゃなくて、他の冒険者の装備を見たり、商店や武器屋の倉庫を覗いたり、なんだったら王宮の宝物庫も制覇してるから、《鑑定》内容も充実してきてる。

 だから、その山にオリハルコンの巨大な鉱脈があって、それが恐竜の骨格標本を思わせる形をしてることもわかってる。そのトカゲには羽があったってことも…

 エンプティーエッグのど真ん中を選ばなかったのは、私の慎ましやかな性格ゆえだ。

 魔力草は、からりと乾燥した空気…湿度二十五パーセント以下の湿気でも育っていたようで、辺りには当然のように川も池もない。

 地下深くに水脈があるのは確かなんだけど、そこにたどりつくまでに、ものすごく頑丈な岩盤がね。

「うぃっさ~!」

 それに負けない頑強さをイメージした、直径一キロほどの《結界》を球状に張って、中身ごと上下を反転。

 岩盤と砂は中央に寄せて一塊に。ちゃんと水脈を抉れたようで、この勢いなら十日ほどで、ドーナツ型の湖になりそう。

 あー…でも、どっかの国のどこかの村で、水不足なんてことになったら申し訳ないな。

 まず必要なのは、不純物を取り除く《結界》か。その中に青いドアを出現させて海とつなぐ。

「うぉっ! 待って、待って」

 欲張って十カ所も設置したから、フィルター掃除が大変だったけど、思いがけず大量の塩と、海産物が手に入ってほくほくだ。

 本命の人造湖は、数時間で完成。喜び勇んで《結界》を解いたら、恐ろしいほどの勢いで水位が下がっていく。

 うん。周りの砂にしみ込んでるね。

 …いや、適度に湿り気もほしいかったんだ!

 慌てて、直径三キロほどの《結界》で覆って、注水アゲイン。

 沼地をつくりたいわけじゃないから、《結界》から外へ水が透過するようにして、その程度はのちほど微調整予定。

 少し周囲を盛り上げて、カルデラ湖風にした周辺の地面に、ギガントアースワームや、毒腺を除いたミッドナイトスコーピオンの細切れ、森のあちこちから持ってきた腐葉土を混ぜる。

 そう、砂に有機物を混ぜただけじゃダメなんだ。

 ちょっと考えてから放射線状に水路を造って、《結界》の内側にもぐるりと堀を掘る。

 スムーズに水が流れるようにするには、高低差を考えないとならない。

 それがめちゃくちゃ難しくて、何度も手直しするはめになったけど、アビゲイルやドロシー先生の言う通りだった。

 水があるといいね!

 気分が盛り上がった私は、水路の水を使って魔法で雨降らし。下手をすると、地中からも水分を回収することになるから、これでも気を遣ってる。

 あとは放っておけば、自然といい感じになると思うんだけど、興が乗ってる時は急ぎたいよね。

 そんなわけで《発酵》させておこう。

 相変わらず、適当なイメージを大量の魔力でなんとかしてる状態だけど、これでヨーグルトも作れたから大丈夫なはず。

 じゃあ、次は緑だとばかりに、あちこちの森から木を百本ほど移植。

 魔力製のトンネルを拡張して、青いドアも大きくして、大ぶりで元気そうなのをがっつり土ごと、根切りや根回しを省く代わりに、細根まで全部そのまま持ってきたんだけど、環境が過酷すぎたのか、私が早まりすぎたのか、速攻で元気がなくなる木々たち。

 えっ、なんかごめん。

 言い訳をするなら、樹木については専門外。でも、みるみる葉が萎れていく様には心が痛む。

 まあ、はっきり言って慌ててた。

「これで、なんとか頼みます」

 魔力を行き渡らせて、強引に《成長》を促す私。

 ざわざわざわざわ

 パキパキ

 ずももももっ

 皆、元気になったのはいい。

 ただ、古木って感じの木が何本か、根を足のようにして勝手に移動してるんだけど…《結界》の外には出ようがないから気にしなくていいだろう。

 ちなみに、マルコムラ国の海辺の町アーサントでは、魚介類のカルパッチョもシーフードカレースープも、シンプルなイカ焼きも、ついついお代わりしちゃうくらいおいしい!

 正確にはマルコムラ海洋国というこの国は、前世の記憶持ちの私からすると、見た目はアジアンテイストで、ノリはラテン系って印象。

 ただ、歴史学者などは、まず二面性ってところを指摘する。

 なんでも、彼らの開放的で人懐っこい性格は、八十年ほど前に、他大陸から大船がやってきたのを機に、疑似的に獲得したものなんだとか。

 本来は、頑固で閉鎖的な民族らしい。

 海洋船が出入りする港街は、石造りの建物が多く、一見整然としてるけど、人が多く雑多で喧しすぎる。

 だからといって村までいくと排他的。

「のんびり海と食と、人との交流を楽しむなら断然こっち」

 実情を知るドロシー先生のお勧めは、ほどよく観光地化された町アーサントだった。

「どう? お嬢さんたち。うちの料理は」

「とってもおいしいです。なので、こちら、お代わりください」

「ははっ! すごいね。うん、ちょっと待っててね」

 パレオを思わせる一枚布を纏ったぼんきゅっぼんなお姉さんが、笑いながら空いた皿を下げていく。

 私は認識阻害の《結界》にちょっと細工をして、十三歳くらいに見せかけてる。

 もっとも、サイズの合わないお面をかぶってるようなものだから、私をよく知る人たちは騙せない。

 ここにいないことにしたり、誰かいたけど誰だっけ?って状態にする方が簡単だなんて、人の脳ミソは優秀なんだかアホなんだか。

 衣服は、グラシーズのメンバーと一緒でも違和感のないようにしてるけど、さすがに森にいる時よりうす着で、皆でわいわいコーディネートするのも楽しい。

「アビー。お魚、口に合った?」

「はい! この貝っていうのもおいしいですね」

 魔力使用量のせいなのかわからないけど、いつの間にか大人顔負けに食べられるようになってる私。

 もちろん《アバター》の場合は、食べなきゃ食べないでもいられるんだけどね。

 おいしいものを心置きなく食べられるって幸せだ。

「はぅ、このドレッシングがまた!」

 アビゲイルは料理に舌鼓を打ちつつ、くるりと上を見て調味料の配合に見当を付けている様子。

「デモル イッチ~!」

 ドロシー先生は上機嫌で、隣の席の人たちと乾杯をくり返す。

 変な欲のない私たちの豪遊なんて高が知れてる。

 そもそも、この半野外のレストランを併設した宿を選んだのも彼女たちだ。

「せっかくだから、いちばんいい宿屋に泊まってみる?」

「いえ、そんなのお金がもったいないですよ」

「そうそう。もし泊まるんだったら、そんな気取ったところより、中程度にしておいた方が、気軽に人と交流できて楽しいよ」

 一先ず宿を押さえた後は、浜辺で波と戯れつつ、貝殻や昆布を拾い、出店を冷やかしつつ、焼きそばを思わせる醤油味のパスタや、焼きとうもろこしを食べ、その他に買ったものといったら、ぼろぼろになるまで読み込まれた絵本や、怪しげな壺。

 言うまでもなく、戦利品の前者がドロシー先生で、後者がアビゲイルね。

 あとはそれぞれ記念に、色鮮やかな一枚布を…なんだかんだ、これがいちばん高かったくらい。

 ギガントアースワームの牙を一本、ガスター商会アーサント支店に持ち込んだだけで、当分お金の心配はしなくて済みそうだ。



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