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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
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52、コンパニオン


 グローブ王国では、軍人になる女性はまだまだ少ない。

 たとえば宮廷魔法局にしても、攻撃に適した魔法スキルを持つ令嬢本人を欲しがるわけじゃない。

 彼女がそれを受け継ぐ男子を生み、その子をこころよく入局させることを望んでいるわけだ。

 だから、うちのエリザベスがスカウトされる心配はなかった。

 だいたい彼女は教会の紐付きで、だからって聖女になれるほどの能力はないみたい。

 未来予想図としては、子爵夫人あたりにおさまって、信仰心厚く寄付を弾み、イベント時には聖女の添え物として必ず参加してくれれば、教会としては万々歳。

 貴族年鑑に載せるに当たって、王家との間で話はついてるだろうね。

 本来なら教会が囲い込むスキル持ちだけど、貴族家と縁を持った珍しいパターン。

 もっとも、エリザベスがもっと強力に《光魔法》を行使できるなら、問答無用で取り合いになってたはず。

 聖女レベルなら早くに頭角を表すものらしく、でも、化ける可能性も完全に否定はできないから、どちらも付かず離れず様子見ってわけ。

 私は《耳目》で見ただけだけど、魔法局の訓練場に造られた、円形競技場のボックス席に座るエリザベスは、令息たちや金満家の視線を集めてご満悦だった。

 あれで、黙って座ってれば美少女だから。

 クロムウェル侯爵家の実質的トップ、グロリアは、治水工事の候補地を視察に行くとかで領地に帰っている。

 我が母カトリーヌは妊娠中だから、大事をとって外出することはまずない。

 アマンダは王子妃教育のためいつも通り、貴族の女性としては早くに出かけて行って、あっちで第二王子と合流予定。

 クロムウェル侯爵家発、宮廷魔法局デモンストレーション会場行きの馬車に乗るのは、チャールズとエリザベス。少々不安な組み合わせだと思ったのは、私だけじゃないはず。

 一応、エリザベスも一、二時間なら、おすまししてられるようになってる。

 同年代の令嬢たちと、無難にあいさつを交わしたりしてね。

「ごきげんよー」

 顔を見れば嫌味を言いたくなる、彼女たちの気持ちはよくわかる。

 でも、さすがに侯爵の目の前で、そんなことをする令嬢はいなくて、同様に令息たちも、直にアプローチするのは憚られたらしく、代わりに侍女が、大量のハンカチーフを託る羽目になった。

 前世の記憶がある私としては、他人のハンカチなんてウェ~ッと思うけど、この世界で、貴族や裕福な平民が手にするそれはかなり高価だ。

 なにしろ布自体がすべて手織り。なかでもシルクは貴重で、それに手作業で刺繍を施したり、レースで縁取りするわけで、総レース編みなんて、手間的にも値段的にも気が遠くなる。

 だからこそ、とっさの贈り物にできるわけだけど。

 貰い物大好きなエリザベスも、こういう状況のハンカチに返礼はいらないと侍女に教わって、ほっとした様子。あとは純粋に喜ぶだけだ。

 いわゆるファンレターみたいなものかな。もちろん、あわよくばって考える者は少なくないだろうけど。

「また、来たいわ」

「そうだね」

 予想に反して、王宮では特に問題も起こさず、再び馬車に乗り込む二人。

 エリザベスのおしゃべりに、チャールズが言葉少なにうなずくって具合だけど、あの狭いアパートで家族として暮らしてたわけだから、並みの貴族の親子より仲が良さそうだ。

「《ファイヤーボール》を《ウインドカッター》で切ったのはすごかったわ!」

 これについては、ほんとわけわからん。

 サイモン先生が提唱してる通り、火に風をぶち込んで、火力を上げるならまだわかる。あとは、追い風で飛距離を伸ばすとかね。

 あの程度の風で切っても、火元が増えて延焼するだけだ。

 新手の攻撃かとも思ったんだけど、あれはあきらかに防ぐ位置取りだったしなぁ。

 まあ、見た目はそれなりに派手だから、みんな大いに盛り上がってたよ。

「あれなら、どんな敵が攻めてきてもだいじょぶね」

「そうだね」

「でも、ローブ着てちゃ顔がわかんないわ。騎士様たちは制服もきまっててカッコよくて…キャッ!」

 ガタンと音を立てて止まった馬車の中で、チャールズとエリザベスが体勢を崩す。

「どうした?」

「も、申し訳ありません! 馬車の前に飛び出してきた者がおりまして」

「怪我はないのか?」

「は、はい。馬にも馬車にも触れておりませんので、せいぜい擦り傷だろうかと」

 小窓越しの会話。「では、行け」とチャールズがステッキで天井を突く前に、エリザベスが立ち上がる。

「飛びだしてくるなんて、あぶないじゃない!」

 彼女としては楽しくおしゃべりしてたところを邪魔されて、腹が立ったんだろう。

 自分で勢いよく扉を開けて、跳び下りる。

 令嬢にあるまじき振る舞いだけど、まあ、エリザベスだから。

「ご、ごめんなさい。って、あんた、エリザベス!?」

 さすがに、いまにも走り出しそうな馬と馬車の車輪が怖かったのか、後退って、その進行方向からかろうじて外れていた少女が、エリザベスを指差す。

「はぁ? って、あんたリサ? やだぁひさしぶり~」

 土で汚れた手を掴んでぐいっと引き起こすあたり、エリザベスは意外に友達思いだ。

「あんた、まぁ、お貴族さまになったとは聞いてたけど、いい服きてさー。きれいだよ」

「えへへぇ、ありがと。それはそうと、どうしたの、馬車のまえに飛びだすなんて。いちばん気をつけろって、うるさかったのあんたでしょ?」

「うん、それがさ…」

「エリザベス」

 馬車の窓越しにチャールズが急かす。その顔と旧友の顔を見比べるエリザベス。

 彼女からすると、チャールズって怖くないんだろうね。

「リサ。話はうちで聞くから、きなさいよ」

「え、え~!?」

 顔をしかめるチャールズに構わず、尻込みして見せるリサを馬車に押し上げる。

 身長は同じくらいだけど二回りはふくよかな相手に、意外に力持ちだな。

「当主様、この人わたしの友達なの。うちの馬車のせいでケガしたんだから、手当くらいしてあげたいわ」

「…あんた、父ちゃんのことそんなふうに呼んでんの?」

 身を縮めるようにしてるわりには、チャールズにも聞こえる声でこそこそと話しかけるリサに、エリザベスは自慢気に胸を張る。

「なんてったって、ご令嬢なんですからね。これくらいトーゼンよ」

 それだけしか身に付いてないだろうと、チャールズは言いたげだ。

 でも、この男、優柔不断なところがあって、愛する妻の連れ子をまさか置き去りにできなかったわけ。

 チャールズの視線を受けて、戸惑い気味に扉を閉めるフットマン。

「…出してくれ」

 八つ当たり気味に馬車の天井を突いて、あとは窓の外を眺め続ける。

 我関せずの姿勢はいかにも貴族らしいけど、それが本物だろうが張りぼてだろうが、そもそも威厳や風格なんて通用しないエリザベスには舐められるだけだ。

「で、で?」

「え? なに?」

「リサ、あんたの話よ。なんで馬車のまえになんか飛びだしたの?」

「…それがさ。あたい、いま針子として働いてんだけど」

「そういえば、あんたのスキルって《裁縫》だっけ?」

「そうなんだよ。そこのおかみさんがすんごいケチんぼでさ、朝から晩まで休む間もなくあれやれこれやれって、そのくせろくに飯も食わせてくれないんだよ。今日もつかいで、男爵さまのところに届けものにきたんだけど、腹はへるわ、つかれてるわで足がもつれちゃってさ」

 聞くも涙、語るも涙って調子で、薄汚れた前掛けで顔を拭いながら話すけど。

 体はぷっくら、お肌ピチピチ。食事は問題なくさせてもらってる様子。

 傷だらけの指先も、間違って針で刺したと思しきものばかりで、彼女の飲み込みの悪さを物語ってる。

「なにそれ、かわいそ~!」

 エリザベスは言うけどね。

 上級貴族である侯爵と、下級貴族である男爵の住む場所は、同じ貴族街の中でもだいぶ離れてる。

 曲がり角の必ずスピードを緩めるところで、馬車の紋章をしっかり確かめて飛び出した、当たり屋的犯行だよ。

 まあ、下手すれば死んでるけどね。

「そんなとこ、やめちゃいなよ~」

「そうは言うけどね、エリザベス。平民は働かなきゃ食ってけないんだから。うちはまだまだ妹も弟もいるしさ…そういや、あんたんとこのなんだっけ? ほら、いたよね、妹」

「フローラ? うん、いるけど」

 だから、なに?って感じ。ほんと私に興味ないんだよね。いや、興味持たれても困るけど。

「毎日、お城にかよってるんだってね。すごいね」

 うん、平民って意外にいろんなことを知ってるものなんだ。

 プライバシー保護もへったくれもない世界だし、侯爵家に仕えてる人たちも、すべてがすべて忠誠心が高いわけじゃない。

「あ、あたしだって! 今日は王宮に行ってきたんだから」

「ずごいねぇ!」

「ふふ~ん」

 ほんとちょろいよね、うちのエリザベスは。

 私は《マップ》に《魔力感知》と《鑑定》を駆使して、すでにリサを登録済だ。

 ふつうに考えれば、仮病で自室にこもってる私が、彼女と遭遇するなんてありえないけど、なんか知らんロックオンされてるみたいだし、用心するに越したことはない。

 馬車がクロムウェル侯爵邸の門に差し掛かったところですでに、リサはぱかっと口を開けている。

「すんごいねぇ~」

「へへっ。でしょ、でしょ」

 気をよくしたエリザベスは、迎えに出た執事クライブと一悶着。

「どちらのお家のお嬢様でしょう?」

「この子は私の友達で、リサっていってぇ、な~んかひどいところで働かされててかわいそうだから、あとケガの手当てもしてあげなきゃ」

「職を求めるのであれば入口が違いますよ」

 眼光鋭くとがめられて、さすがにリサは震え上がる。

「だーかーらー、わたしの友達なんだってば!」

 足を踏み鳴らすエリザベスをまるっと無視して、主人を迎える執事。

 気まずくて、なかなか馬車から降りられなかったんだよね。

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うん」

「…いかがなさいますか?」

「クライブに任せるよ」

「承知いたしました」

 グロリアやアマンダがいればお伺いを立てられるけど、私は口を出せる立場にないし、まあ、そもそもこれくらいは主人を煩わせるまでもない執事の領分か。

「では、そちらへどうぞ」

 玄関ホール脇の控えの間は、本来、客人に付いてきた使用人の為のものだけど、エリザベスはそんなことは把握してないし、リサが知る由もない。

「すっごいねぇ~」

「すごいはわかったから、ほら、足だして!」

 メイドも顔には出さないけど、いやいや治療してるみたい。

 テキパキとはしてるけど、やさしくそうっとそうっと私の髪を梳く時とはまるで違う雰囲気だ。

 二人共、メンタル強いね。

「…終わりました」

「もう、痛くないでしょ」

「うん、ありがと」

 いちおうお茶を給仕されて、形ばかり茶菓子も付く。

「おいしいね~。器もすっごい高そうで、手がふるえちゃうよ」

「これくらい、ふつうだって」

 それでも十分満足そうな二人。

 エリザベスよ。普段あれだけアマンダに高級な茶器で、おいしいお茶をごちそうになってて、違いがわからないかね。

 確かに私も、美術品に疎いし、貧乏舌だけどさ。

「ほら、もっとおかし食べなよ」

「うん。だけど、帰ってからのことを考えるとさ…」

 いかにも仲が良さそうに見えるけど、一方はあきらかに誘導してるよね。

「あんた、すんごいぶきっちょだもんねぇ~」

「…うん」

 ムッとしかけてそれを隠すのは、彼女の知り合いでいちばん出世したのがエリザベスだからだろう。

「あたし、いいこと考えた!」

「え、なになに?」

「リサ、ここで働いたらいいよ」

「はぁ~? なに言ってんの。むりむり、あたいみたいなのが、こんな立派なところで絶対むりだって」

「やってみなきゃわかんないでしょ~? それに、あれ、なんだっけ? こ、こん、こんぱ?」

「…コンパニオン? 貴族のおじょうさまにはそういう話相手みたいのがつくっていうね」

「そう、それ! リサ、わたしのコンパニオンになるといいよ」

「…そりゃ、あんたと一緒にいられるなら心強いし、それでお給金もらえるなら、とってもありがたいけどさ」

「ならいいじゃない~、ね? きまり!」

「エリザベス、あんたが決めてもさ…」

 自分の行為を棚に上げたリサの言葉に同意せざるを得ないけど、これ案外、ノブレスオブリージュとか言って通っちゃうかも。

 コンパニオンは本来、よいお家の女性がつとめるものだし、エリザベスはまだ子供。もし、困窮した知人に手を差し伸べるにしても、もう少し年上の女性をカヴァネスとして雇うなら、同じでも不自然じゃない。

 でも、家庭教師はすでにいるし、やはりまだ成人してないアマンダには、私がいる。さすがにお目付け役はこなせないけど、生活の面倒をみてもらいながら、お茶をしたり、話をしたり、一緒に服を選んだり…あらためて考えると、やってることはレディース・コンパニオンだ。

 自分が欲しいものはよく見てるエリザベスが、「わたしも」って思ってもおかしくない。

 いま責任者がチャールズしかいないっていうのが痛いわ。

「じゃあ、当主様に聞いてくるね!」

 案の上、エリザベスに突撃されたチャールズは、最終的に「いいだろう」と言ってしまう。

 騒がしい彼女を遠ざけようとして、さらなる厄介事を招くとか。

 当主が許可したわけだから、執事はもちろん、アマンダもグロリアさえもそれは覆せない。

 「お友達を助けられてよかったわね」とか言っちゃうカトリーヌは論外。

 クロムウェル侯爵家、大丈夫か?

 まあ、この家に何かあればアマンダの評判に響く。

 そうなる前に第二王子が手を出すだろうから、そうひどいことにはならないだろうけど。

 私は、自室の《防護柵》にリサの魔力を追加登録。

 弟ダンテと母カトリーヌの生活スペースと、厨房、食料倉庫も同じ《防護柵》で、こっちはリサのみ登録して囲っておこう。

 控室に残されたリサは、エリザベスの分まで菓子を平らげて、ほくそ笑んでる。

 人を騙すやり口は気に入らないけど、生きるための手段だって言えば言える。

 しょせんはガラポンで引いたスキル。その人の適性と合ってればいいけど、真逆だったら貧困一直線。

 変に高望みをせず、誠実にエリザベスと付き合ってくれれば、さほど文句はないんだけどね。



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