48、自律
アビゲイルを確実に自由にするためには、身代わりを細部まで丁寧に作る必要があった。
でも、悠長に時間をかけてる余裕はないだろうってことで、用意したのが《コピー》の魔法。
そのおかげで《アバター》の作成時間が大幅に縮んだ。
最初は苦労したけどね。対象が他者の場合、保有してる魔力の質が違うから、なんの問題もなかっただけなのに、うっかりしてた。
《コピー》するべきもの、つまり自分の体に魔力を満たす段階で、もともと自分の中にある魔力と、《コピー》するために浸透させた魔力が混ざっちゃって…
その点にかんしては、薄っすら色付けするイメージで《コピー》用の魔力を区別することで無事解決。
いままでと同じレベルの《アバター》だったら、十五秒くらいでできるかな。
息を吐いてる間に体に魔力を満たして、吸ってる間に《コピー》して、また吐いてる間にその型に魔力を流し込んで《アバター》完成。
でも、これ、《コピー》できる型があってこそだから、マーサには使えない。
そちらは地道に作って、少しずつレコードタイムを更新するのみ。
ただ、体はそうやって作っても、それに搭載する脳はフローラの脳を《コピー》したものでも問題ないことがわかった。
《診断》を併用してCTやMRIのイメージで《コピー》してるから、それだけで十五分は掛かる。魔力もバカ食いする。
もっとも、私の場合、魔力については次々取り込めるから問題ないし、日々魔力タンクを拡張し続けるのもやめてないからね。
以前、自分の中で新たに魔力単位を作った時の光度十三が、いまの基準値つまり満タン状態だから、さらにその十三倍まで魔力を溜めておくことができる。甘味は別腹と同じようなのが十三ある感じ。
そこから魔法へ魔力を供給すると同時に、減った分だけタンクに魔力を取り込む。
なんでこんな手間をかけるかっていうと、もし、周囲に魔力がない事態になっても、しばらくは持ち堪えられるように。
そんな状況に陥らないのがいちばんだし、毎日欠かさず薙刀の訓練も続けてるけど、そっちの腕は高が知れてる。
どう考えても、私は魔法を使った方が強い。
でも、新しい魔法を作るのも、《アバター》を改良するのも、いちばんはそれが楽しいから!
この脳の複製、時間を掛けるだけの価値がある。
脳を一つ作るのに、はじめは三十分以上かかってたから、これでもだいぶ縮まったんだよ。
いまは二つとか、三つとか同時に作ることもできる。
練習がてらたくさん作ってはみたものの、不気味だし、こんなにあってもしかたがないやね。
いままでの《アバター》は有線で、私がクロムウェル侯爵邸や王宮にいる場合、行動範囲は王都近郊に限られる。
その代わり、情報伝達にタイムラグはない。
私が持ってるイメージが黒電話だから、国際電話ならともかく、隣町との通話くらいで、そこまでのズレは生じないわけだけど。
この凝り固まったイメージを変えることは、まず不可能って気がしてきた。
そのせいで、何かあって魔力線が切断すれば《アバター》を回収することも、霧散させることもできなくなる。
なんとか無線でも操れないかって、いろいろ試してはいたんだけど。
数秒だけ切って、すぐつなぎ直すことはできた。
でも、それ以上、周囲に違和感を感じさせないまま、切断時間を伸ばすことはできなかったよ。
魔力線がつながってなくても《アバター》は消えないけど、そうなると完全に機能停止の状態で、動かせないのはもちろん、その場の状況を把握することもできなくなる。
切れた魔力線の先に《耳目》を作ってフォローすることはできるけどね。
切断した《アバター》も、いつかは風化すると思うけど…実験的に放置してある一体に、いまのところ変化はない。
そんな状態でも《アバター》を動かすにはどうしたらいいだろう。
私が最初に思いついたのはAIだ。
私の指示が届かなくても、とりあえず問題なく行動してくれればいい。
でも、AIってどうやって作るの?
構造も仕組みもまるでわらない上に、いろいろとものすごくたくさん学習させなきゃならないんじゃなかったっけ。
頭を抱えてたところに、《コピー》の魔法だ。
あれ? 思考って電気信号だよね。
それが伝わって、それを脳並みにやり取りできる環境があれば、《並列思考》を移せるんじゃない?
それじゃ、脳並みと言わず、脳を作ろう。
確か主成分は脂だったはず…ホーンラビットにだいぶお世話になって、なんとか詳細にイメージできるようになった。
こんな時、ゴブは最初からいないものと考える。ウェェ。
もちろん欠点もあるよ。
《並列思考》を移す時は、《アバター》と魔力線でつながってることが必須。
切り離したら、こっちの意志はあっちに届かないし、むこうの状況も考えも行動もまるでわからなくなる。
でも、私は私だからね。想像はつく。
たとえば、どこにしまったか完全に忘れたものを探す時、私だったらここにしまうなって場所を探せば、たいてい見つかるのと同じ。
ただ、何か突発的なことがあって、行動を変更することもあるだろうし、そういった場合は予測のしようもないから、ある程度、落ち合う場所や連絡方法、符牒なんかは決めてある。
魔力線をつなぎ直した段階で、それまでの記憶は共有できるんだけど、あんまり離れてると私がつまらない。
あの時は楽しかったなぁって思い出すのも悪くないけど、やってる時がいちばん楽しいに決まってるし、こっちが籠の鳥状態で、向こうが気ままに行動してると羨ましいっていうか、どうしてもずるいって思っちゃうよ。
まあ、どっちも私なんだけど、こうなるともう別人格って考えた方がいいのかな。
それを証拠に《並列思考》を搭載してる間は、その《アバター》を消すことができない。消滅=死ぬのはごめんってことなんだろう。
魔力線を伝って《並列思考》を回収してから、《アバター》を構成する魔力を吸収するって一手間が必要になる。
同時に、魔力タンクに入りきらない魔力を捨てなきゃならないし、それがひと所に淀まないように、満遍なくそっと拡散。なんかこっそりおならでもしてる気分よ。
我ながら融通が利かないとは思うけど。
これで隣町に行くことも、なんだったらこの国を出ることも可能になった。




