46、魔女の処刑
《アバター》フローラを起動した時には、すでにスーザンは身支度すませ、ジャガイモを茹でつつ、バジルソースを作っていた。
マーサは、夜のうちに引き摺ってきた倒木を切り分けて、薪割りをしてる。
「あ、おはようございます!」
「おはよう」
溌剌とした笑顔がまぶしい。
「朝ご飯作ってくれてるんだ。ありがとね」
「はい! 大したものはできませんが」
「調子はどう? 疲れてない?」
「はい、おかげさまでぐっすり眠れました。あと、すごくさっぱりしてて。マーサさんが言うには、フローラ様が《クリーン》の魔法を掛けてくださったそうで、ありがとうございます」
「どうしたしまして」
「あ、マーサさんは、おかずはハムエッグがいいって言ってますけど、フローラ様はどうしますか?」
「私もそれがいい。卵は一個でいいけど、スーザンは育ち盛りなんだから、二個でも三個でも、好きなだけ食べなさいね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく二個食べます。あ、マーサさんは卵何個いきます?」
「一つでいいよ。でも、ハムは三枚ちょうだい」
「わかりました~」
私は軽く動作確認をした後、《土魔法》で薪の置き場所を作る。前世でお世話になった、バス停前の簡素な待合スペースのイメージだ。
「…おぉぉぉ!」
スーザンは声を上げはするものの、特に不思議がるとか怖れる様子はない。
いわゆる鵜呑みにしてる状態なんだろうけど、フローラやマーサはそういうものなんだって、彼女の中では納得がいってるみたい。
木の洞から食材が次々現れることにも、テーブルや椅子が見る間にできあがっていくのにも、「すごい」「便利」と喜んでた。
「お待たせしました。どうぞ、召しあがれ」
「うん。「日々の糧に感謝を」」
「え…と、日々の糧に感謝を」
スーザンの料理の腕はなかなかだった。
薬作りをしてきただけあって、火加減がうまいのかな。
特にソース作りが上手。
大鍋に湯を張って、小鍋をいくつか浮かせるなんて工夫にも感心した。
「おいしい」
「おいしいよ」
「ほんとですか、よかった。…うん、まだちょっと味が若いけど、ほんとおいしぃ~」
自作のトマトソースをかけたハムを口に押し込んで自画自賛してる。
シンプルな料理がワンランクアップするってこういうことか。
非加熱の緑のソースは、茹でただけのジャガイモによく合う。
これ、パスタを絡めてもおいしいだろうな。
「さて、今日の予定だけど」
後片付けは《クリーン》で済ませて、食器を収納棚に片付ける。
マーサや私がいないと取り出せないんじゃ不便だろうから、もう一つ屋根付きの収納スペースを作ってみた。
「昼過ぎにスーザンの処刑があるけど、見にいかない?」
「無理にとは言わないけど、区切りにするにはいいかと思うよ」
せっかく気分よく過ごしてたところ悪いけど、自分が置かれてる状況を甘く見られても困る。
でも、そんな心配もいらなかったみたい。
「はい、行きます! でないと私、どっかでまた変な期待をしちゃいそうなので」
うん。こういう子だから、私も自身の魔法を包み隠さず見せられる。
実際に自分が処刑される様を見たら、怒りや恨みつらみが強くなる可能性は高いけど、王侯貴族や教会が敵っていうか、相容れない立場なんだって自覚してくれると、世間一般的には異端な魔法も受け入れやすいと思うんだ。
「じゃあ、変装してみよう」
「おー!」
「は、はい…」
場を盛り上げてるマーサの外見をいじる気はないけどね。
スーザンを鏡の前に座らせて、《治癒魔法》を掛ける。
シミとソバカスは違うんだっけ。
でも、ようは無駄に居座ってる色素を除ければいいわけでしょ?
「あなたのチャームポイントでもあるから、気に入らなかったら戻すけど」
日を浴びれば、少し時間はかかるけど自然に戻ると思う。
「とんでもない! すごいです…どんな薬草を試しても、ちょっと薄くなるくらいだったのに。私もう、一生フローラ様に付いていきます!」
「そう? ありがと。気が変わったらいつでも言ってくれていいんだけど、こういう魔法も少しずつ教えていくからね」
「はい、お願いします!」
あとはお下げ髪を解いて、結い上げるだけでもだいぶ印象が変わる。
もともと年齢のわりに背が高いから、成人してるって言われても違和感がない。
「スーザンって、年いくつ?」
「たぶん、十三歳です」
「たぶん?」
「孤児院ではよくあるんです。赤ちゃんだったり、それなりに育ってても、そこに来るまでのことをよく覚えてなかったり」
「そっか」
私ってけっこう恵まれてたんだな。
「はい、そうなんです」
さらに《光魔法》でブルネットの髪を麦藁の色に見せかけ、グレイの瞳に青を足してみる。
「ふぉぉぉぉ! 素敵です、私じゃないみたい」
ふつう、急激な変化は脳が拒否するっていうか、その違和感を不快に感じるものだけど、スーザンはむしろ歓迎してる。
うきうきとした様子で、顔の角度を変えながら鏡を覗き込む。
顔の造作が変わったわけじゃないから面影はあるけど、それに気付く人がいたとしても、姉妹とか従妹だろうって勝手に納得しそうだ。
まして、目の前で処刑されようとしてるスーザン本人だなんて、誰が思うだろう。
声は意外とネックなんだけどね。
声帯に魔力を貼り付ければ、高さを変えることくらいはできる。
「なんですか、これ。おもしろ~い」
少し高めにしただけで華やかな印象になる。
大々的に街で活動するのは、ほとぼりが冷めてからってことになるけど、無理に隠そうとするより、思い切って目立つのもいいかもね。
ただ、いまの段階では用心するに越したことはないから、はじめから認識阻害はするつもりで、必要ないっていえば必要ない小細工だけど。
新生スーザンとして、形から入るのも悪くないんじゃないかな。
「名前どうしようか?」
「へ?」
「スーザンが死んだら、同名でも別人だって言い張れるけど、せっかくの好きな名前を名乗れる機会だから」
「好きな名前…あ、あ、アビゲイル。アビゲイルでお願いします! へ、変ですか?」
「そんなことない、素敵な名前。よく似合ってるよ、アビゲイル。愛称はなんだろう。アビー? ゲイル?」
「アビーがいいです」
「じゃあ、アビー」
「はい!」
「どう?」
下で装備を作ってたマーサが顔を出す。
「あ、マーサさん。私、今日からアビゲイルになりました。アビーって呼んでください」
「了解、アビー」
上機嫌で報告するアビゲイルに、マーサが装備を手渡す。
「本当にこんなのでいいの?」
「はい! ありがとうございます」
アビゲイルに「どんな格好がしたい?」って聞いたら、「マーサさんみたいのがいいです」って言うから。
女三人わいのわいのと着替えをし、またそれを手伝う。
眼帯で視界を遮るのはさすがに危ないから、幅広のヘアバンドみたいな感じで額を覆う。
アビゲイル的に、例の目のマークは外せないらしい。
「お揃いですね!」
「う、うん」
自分の厨二臭さを見せつけられて、マーサはちょっと引いてる。
まったく同じっていうのも芸がないから、服は淡い黄色系にして、防具や靴を黒に。
武器はとりあえず、薬草採取用のナイフだけ腰に差してる。
骨格がしっかりしてるとはいえ、太ってるわけじゃいし、マーサより確実に細い。
なかなかオシャレに決まってるよ。
「想像以上にカッコイイよ、アビー」
「そうですか? よかったぁ!」
自分でも鏡を覗き込んで何度もうなずいてる。
「まだ少し時間があるから、ちょっと魔法の練習をしてみようか」
「は、はい!」
忙しない気もするけど、今日の予定が予定だし、余計なことを考える暇なんてない方がいい。
三人で下におりて、木陰に敷物を広げて座る。
「いまさらだけど、アビーのスキルってなんだっけ?」
「《加工》です」
「へぇ…」
「じゃあ、魔法の練習をしたことなんかは?」
「ないです」
「だよねぇ」
まずは瞑想からかな。
胡坐をかいて皆で深呼吸。
「いや、気持ちのいい日だねぇ…」
「はい、風が気持ちいいです」
「やばい、寝ちゃいそう」
雑談をしながらもなんとなく穏やかな気分になってくる。
「息を吐いて~、吸って、吐いて~、吸って」
「ふぅ~~~」
「おなかの臍の下あたりに、なんかあったかいものがないかな?」
「ん、ん~~~、あー、これですかねぇ?」
「それをぐぐっと胸のあたりまで持ち上げてみよう」
「力は入れない方がいいよ。息、吐いて~、吸って、吐いて~」
「む、むぅ…ふぅ~~~、わ、あ、なんかあったかいのが動きました]
「じゃあ、それをまず左腕に流してみよう」
「はいぃ~!」
「手までいったら、一度胸に戻して」
「はぃぃ~!」
「おなかまで下げて、今度は左足~、おなかまで戻して、右足~、で、胸まで上げて右腕~」
「は、はいぃ~…」
「じゃあ、右手の人差し指にそれを集めてみよう」
「薬草にお願いする時のイメージで」
「わ、わ、指からなんか出てますっ!」
「おーっ!」
「じゃあ、それを光らせてみよう。昨日、見たでしょ?《ライト》」
「《ライト》!」
もともと無意識に魔力を操ってただけあって、アビゲイルの魔法習得は早かった。
まさに朝飯前って感じ。まあ、次は昼食だけど。
「《光魔法》で教会に連れて行かれるのもおもしろくないから、対外的には《火魔法》あたりにしとく?」
「料理とかにも使えて便利だよ」
「はい、そうします!」
「指から少し離れた位置で燃やすイメージで」ってだけ注意して、アビゲイルがろうそくのような火を灯すのを見守る。
「…できました」
「「おー!」」
思わず拍手しちゃうよ。
「これなら冒険者登録できるね」
「しちゃう?」
「します!」
思い立ったが吉日。
この子の場合、用心も必要だけど、まだ若いんだからノリも大事だ。
アビゲイルは自分の足で溌剌と歩き、街道ではマーサの代わりにリヤカーを引いたりもした。
街門の門番が、サニー号の主オルソンじゃないのはツイてる。
《アバター》に不自然さは感じないみたいだけど、隠した気配は拾ってくるからなぁ。
認識阻害の《結界》でなんとかなるはずだけど、ああいう実力者相手だとちょっと心配になるよね。
私は消しちゃってもいいんだけど、枯れ木も山の賑わいっていうか。今日一日は絶対に、アビゲイルに付いていてあげたい。
マーサだけが冒険者カードを提示して通過する。
足跡とかは消せないから、彼女の引くリヤカーの荷台に、アビゲイルと二人無理に乗ってみた。
「今日は大荷物だな」
「まあね」
認識阻害の《結界》がいい仕事してるみたいで、門番からするといつものクーラーボックスの上に、なんかわからんけど荷物が乗ってた。あとから考えても、やっぱりなんだったかわからんってことになる。
アビゲイルの胸を突き破るんじゃないかってくらいのドキドキが、抱っこされてる私には伝わってくる。
後から聞けば、この日いちばん緊張した瞬間だったそう。
路地に入って、私たちが降りたリヤカーをマーサが背負った頃には、アビゲイルは一仕事終えたような顔をして、いい感じに力が抜けていた。
冒険者ギルドに入って諸々の手続きをしてる時が、その日二番目の緊張具合だったそうだから、まあ、本人的にはマシというわけ。
ここで認識阻害してるのは私だけで、まわりからすると冒険者マーサがなんか抱えてるけど、それがなんだかわからないって状態。
アビゲイルは髪と目の色から適当に、北の辺境から来たってことに。
「アビゲイルさん、十五歳。ノースエンド出身で、スキルは…こちらでよろしいですね」
文字が読めないアビゲイルの代わりに、脇からマーサが覗き込んでうなずく。
相変わらず愛想のない職員たちだけど、《火魔法》なんてやたら口にしないところは好感が持てる。
「パーティー申請をされるということですが、パーティー名はどうしますか?」
あらかじめ決めとくように道中話してたんだけど、アビゲイルが私に付けてほしいって言うから。
「グラシーズで頼む」
「はい、グラシーズですね」
薬草採取専門ってこともあるけど、踏まれても踏まれても立ち上がる的な?
…べつに眼鏡でもいいけど。目のマーク付いてるし。
マーサのカードにも追記されて、冒険者カードを受け取ったアビゲイルは、それはうれしそうに踵を上げ下げしてる。
なんかニョロニョロみたいで可愛い。
「グラシーズのアビゲイル、うれしいです。あらためてよろしくお願いします、マーサさん」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
冒険者は根無し草の代表みたいな職業だ。
にもかかわらず、カード一枚でそれなりに身分が保証されるのは、獲物や採取物の買取の際、少なくない手数料を引かれてるから。
そこから各街、各村を通して貴族へ税が納められるわけだよ。
表向きギルドは国とは関係ない組織ってことになってるから、その本部なり支部の建物が立ってるところの地代って名目でね。
「なんか軽く食べてく?」
「いや、やめておいた方がいいよ」
「ですね」
冒険者ギルドを出てからは、アビゲイルを認識阻害の《結界》でがっつり包んで、マーサが誰かと一緒にいるけど、それが誰だかわからない状態になってる。
「おい、魔女の処刑見に行くか?」
「当たり前だろ」
「でも、ほんとに魔女なのかい?」
「年端もいかない娘ってのがねぇ…」
眉をひそめながらも興奮を隠せない人たちが、中央広場に向かうほどに増えていく。
人の流れに逆らわず歩いてたら、広場の入口と火刑台のちょうど中間あたりに来ていた。人が多すぎて、もうここから移動できそうにない。
マーサがすでに抱っこしてた私に続いて、アビゲイルを抱え上げ、もう一方の肩に座らせるようにする。
「見える?」
「はい」
けしていい気分のはずがないんだけど、アビゲイルはあっけらかんとした様子だ。
「みんな、暇なんですねー」
「誘っておいて何だけど、大丈夫?」
あまりにも姦しくて、その中で多少おしゃべりしたところでなんてことない。
むしろ怒鳴るくらいじゃないと、隣の人の声も聞こえないほどだ。
「はいー! なんか、完全に他人事で。あの子ほんとに可哀そうだなぁって」
広場の中央には木製の舞台が作られ、恰幅のいい神父がうろうろしてる。
処罰を司る貴族家の当主は、さすがに堂々としてるけど、彼はあくまで見届けるだけで、直接手を下すわけじゃないからね。
異様なのは根元に目一杯、柴が積み上げられた柱。舞台からそこまで渡された橋の頼りないことといったら。
護送車が広場に到着すると、群衆の興奮は最高潮に達する。
通路を確保する兵士たちが可哀そうなくらいだ。
舞台に引き摺りだされたスーザンは、簡素な生成りのワンピーズ姿で、自分で歩くこともできない。
えーと、こう、こうかな。
魔力線を引いて、いちおう生きてるかのように、もがく動作をさせる。
でも、彼女の手には枷が嵌ってるし、両脇を支える兵士が跪かせるままにその場にうなだれる。
神父がなんか言ってるけど、聞こえない。
どうせろくな内容じゃないだろうから、聞こえない方がいい。
それにしても、群衆心理って怖いね。
「悪魔」とか「魔女」とか、その死を願う言葉をしきりに叫んでる。物を投げる者もいる。
アビゲイルは何を思ったか、同じように声を張り上げてる。
ちょっと怖い。
「私、こんな人たちの為に、寝る間も惜しんで薬を作ったりして、ほんと馬鹿でした」
吐き捨てるようなつぶやきを聞いて、ほっとしたくらいだ。
これは今後、薬を作らせるのは無理かな。
「あなたの作るソースは本当においしいから、あれを瓶詰にして売らない?」
「えー? 何を言ってるんですか、こんな時に。でも、いいですね! そのお金でいっぱい砂糖を買うんです」
前世同様、魔女は火刑に処されると決まってるらしい。
兵たちの成すがままにスーザンは柱に縛り付けられ、柴に火が着けられる。
はじめ小さかった火はじわじわと燃え移り、しばらくすると一気に燃え上がった。
冷静に考えれば火に炙られるより、煙で肺をやられる方が早いと思う。
でも、その恐怖と苦しみは想像を絶する。
アビゲイルが拳を振り上げて叫んでいる。
「馬鹿野郎! ざまぁみろ! 私は生きているぞ!」
吹きこぼれる涙を拭いもしない。
あとは無言で、じっと燃え盛る炎を見ていた。
時間にすれば十数分も経たないうちに、人々の熱は冷め、どこかばつが悪そうに、言い訳めいたことを口にしながら去っていく。
「…ありがとうございました」
アビゲイルはさっぱりした顔で、私とマーサに礼を言った。
「お疲れ様。帰ろっか」
「うん」
「はい!」
まだ柴は燃えてるし、人の形をした何かもなんとなく透けて見えてるけど、もう私たちは振り返らない。
一応、タンパク質とかカルシウムとか意識して作ったから、残骸もそれっぽく残るだろう。
「帰りは、冒険者カードで街門を通ってみる?」
「…やってみます!」
力むアビゲイルを包んでた《結界》を少しずつ薄れさせていく。
「む。はじめて見る顔だな」
「は、はい! 今日、冒険者になりました」
生まれてから死ぬまで一度も王都から出ない人も少なくない。
一方で、ちょくちょく出入りする冒険者は、良くも悪くも顔を覚えられてしまう。
「私の連れだ。真面目そうだから、手子によさそうだって前から目を付けてたんだ」
マーサが慣れた調子でカードを提示する。
「なるほど、マーサと組むってことは採取中心か。がんばれよ」
「はい、ありがとうございます」
固くなってるのも、「初々しい」って良いように受け取られたようだ。
街道を少し進んで緊張が解けてくると、アビゲイルの歩調は意気揚々といったものに変わる。
「まずは材料の採取からですかねー。ソースも薬もいっぱい作りますよ!」
「あれ、いいの? 薬作るの嫌じゃない?」
「あくまでお金儲けの手段だって、割り切りました。もちろん、作るからには手は抜きませんよ」
「そう? 無理はしなくていいからね」
「はい!」
マーサと顔を見合わせる。
まあ、私がちゃんと見張ってればいいだろう。
「そういえば、道具はどんなのが必要なんだろう」
「せっかく街に出たんだから、買ってくればよかったね」
「いえいえ、街で売ってる出来合いのものはオモチャみたいで。ご迷惑でなければ、フローラ様に魔法で作ってほしいです」
「いいよ」
「やったー! 私が使ってたのはこれくらいの大鍋と…」
アビゲイルの身振り手振りを交えた説明によると、拠点にある三連式の竈をさらに大きくしたものと、フローラが屈めばすっぽり入れるくらいの鍋が欲しいらしい。
あとは、やはり大きなまな板と包丁。鍋をかき回すためのへら。一抱え程もある石臼。
理科の実験室で使ってたような器具を想像してたけど、考えてみればプロは作る量からして半端じゃない。
拠点に着いてからは、ひたすらアビゲイルの要望を聞きながらトライアンドエラー。
ツリーハウスの北側に、竈と大鍋を設置し、それを守るように換気のよい作業小屋を作った。
なんちゃってステンレス素材に、アビゲイルは狂喜してたよ。
翌日、マーサと薬草採取に出かけて、山ほど素材を集めてきた。
その処理も手慣れたもので、合間に食事を作ったりする。
本来、食べる必要のない私たちの分まで作らせ続けるのは気の毒だし、どの道、打ち明けるつもりだったから、まず、私の《アバター》を消滅させて、一から作っていくところを見せた。
「ほわぁぁぁ…すごいんですねぇ」
わかってるのかいないのか、丸っと受け入れて、私に心酔するのをやめようとしない。
「マーサも私なんだよ」
「あー、言われてみれば話し方とか、似てます? …もちろん、フローラ様の言うことを疑ってるわけじゃないんです。でも私、ちょっとまだよくわからないし、フローラ様のこともマーサさんのことも好きなので、このまんま、いままで通りでいいですか?」
「いいよ」
「うん」
そうして、相変わらず三人分の食事を作ってくれるわけだ。
ありがたくいただいてるよ。
クロムウェル侯爵邸や王宮で口にする気取ったコース料理も好きだけど、たま~に不思議な組み合わせになっちゃう家庭料理も大好きだ!
自分で作るのも楽しいけど、おいしく作ってくれる人がいるとなおいいね。
「でも、作業しながら、しんどくない?」
「私も作るよ」
「いえ。慣れちゃえば、手を離して大丈夫なタイミングがわかるので、そんな骨でもないですよ。だって、ここでは掃除も洗濯もしなくて済むし、むしろこんなに楽でいいんですかね?」
パメラ何某のところで、そうとう扱き使われてたみたいね。
もう街に住むこともできると思うんだけど、そんな気はまるでないみたい。
「時間があったら、魔法の勉強をしようか。ほかにも、本とか読みたかったら持ってくるし」
「あ、私、字が読めません」
「そうだった」
「じゃあ、その勉強からか」
働き者のアビゲイルは、処理を終えた薬草をザクザクすごい勢いで細切れにして、湯を張った大鍋に投入。
「いい子にな~れ、いい薬にな~れ」
それを煮詰めていく様は、魔女…というより職人だね。
火加減に気を付けながら、汗だくになって、ペースト状になるまで掻き回し続ける根気と腕力に頭が下がる。
彼女曰く、薬草は毎回「濃さが違う」ので、冷ましたペーストを手の甲に薄く広げて透かし見て、さらに舐めて味で成分を確かめ、配合する分量を変えるんだそう。
魔女呼ばわりされるきっかけになった例の三薬は封印して、擦り傷や切り傷をきれいに早く治す軟膏や、腹痛に抜群に効く丸薬、粉薬では、これまた効果の高い熱冷ましや、頭痛薬なんかを作ってる。
「こんなキレイな器、使っていいんですかー?」
不透過のガラス容器に小躍りする少女薬師。
煮沸消毒も習慣付いてて、まあ、すぐに《浄化》も使えるようになるだろうし、ソースの瓶詰まで任せて安心。
先の薬と、「トマト」「オニオン」「ブラウン」のソースを試しに、スーパーガスターに持って行ったところ、一週間もしないうちに、「次はいつですか」って催促されるくらい。すでにリピーターがいるようだ。
「薬師ギルド? うちが入っていますから大丈夫ですよ。だいいち、その薬が効かないというならまだしも、よく効く薬を売ることに何の問題もありません」
買い取り担当タイロンの太鼓判もあるしね。
アビゲイルは、そのお金で香辛料を買い漁って、新しいソースの開発に余念がない。
砂糖だけは私に頼りきりだけど。
「幸せです」
その笑顔の前には、これくらいお安いご用よ。




