41、ティータイム
本来、アマンダにとってはお茶の時間さえも学びの場なんだけど、すでに彼女のマナーは完璧。
加えて、若い二人に逢瀬の時間がまったくないのは不憫だってことで、多忙な第二王子にとっても完全な休憩時間になっている。
私、完全にお邪魔虫なんだけど…
もっとも身分ある彼らが完全に二人きりになれることはまずない。
いまも、侍従や侍女、メイドや護衛騎士に囲まれて、さらにアマンダのマナー講師でもあるビーチャム公爵夫人が少し離れて座ってる。
ところ変われば役割が変わって、アマンダのお目付け役として存在してる彼女に、私が挨拶する必要はない。むしろ、したら睨まれるだろうな。
「アマンダ嬢、フローラ嬢。よく来てくれた」
「お会いできてうれしゅうございます、エイベル殿下」
「お招きありがとうございます、エイベル殿下。また、ご卒業おめでとうございます」
第二王子殿下の御名は、エイベル・レスター・グローブという。
はじめて会った時に、マールスのことで礼を言われ、名前を呼ぶことを許された。
先月、王立貴族学院を卒業して、あとは成人の儀を済ませれば、正式に大人の仲間入り。
すでに大人顔負けに働いてるけどね。
本人はすぐにでもアマンダと結婚したいだろうけど、女性の成人年齢は十四歳。
それまで待たなければならないから、彼の生殺し期間はまだまだ続く。ご愁傷様としか言いようがない。
「アマンダ嬢、私も会えてとてもうれしいよ。フローラ嬢、弟マールスのこと助かっている。これからもよろしく頼む」
「光栄でございます。至らないことばかりではござますが、精一杯務めさせていただきます」
「さぁ、堅苦しいお話はこれくらいにして、楽しくお茶をいただきましょう」
好きすぎるアマンダにこう促されれば、第二王子に否やはない。
「今年も君の名を付けたバラが見事に咲いてうれしい」
「今年もお送りいただけて、私もうれしかったですわ。窓辺に飾って毎日楽しんでおります」
「君にかんすることを忘れたりするものか」
私はいかにも子供らしく、お菓子に集中。
演技でも何でもない。実際、おいしいんだもの。
でも、この二人、ラブラブモードが続かないんだ。けっして私のせいじゃなくて。
「ベルの奴が最近、よそよそしいのだ」
「まあ、喧嘩でもなさったのですか?」
「まさか。どうも懐具合がよろしくないようなのだが、私に頼るのはおもしろくないと見える」
「では、サラさんに、私からお手紙を差し上げてみましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
これ、友人関係の相談のように聞こえるけど、国際問題についての会話なんだよ?
仕事人間ここに極まれり。
いや、二人がいいならいいんだ。実際、すごく息が合ってるし。
アマンダの方も第二王子に愛情を示されて、けして嫌そうではないけど、こういう難しい話をしている時の方が生き生きしてる。
第二王子の方は、隙あらば手を取ろうとしたり、さりげなく椅子を近づけたりしてるんだけど、不適切な距離になるとビーチャム夫人に咳払いされちゃうからね。
それにしても、今日は第二王子から視線を向けられる回数が多い。
なんか話でもあるんかいな?
それに気付いてから私は、お茶と菓子をいただく速度を極端に落としていた。
「あら、フローラ。口に合わなかった? それともおなかでも痛いのかしら?」
「いいえ、アマンダ姉様。おいしすぎてもったいなくて、ゆっくり味わっていました」
「そう! ならばよいのだけど。…ああ、もうそんなお時間なのね」
アマンダは女官に耳打ちされて、名残惜しそうに私と第二王子を見比べる。
第二王子は、そんな彼女にやさしく微笑んで見せた。
「私は偉いから、君よりは時間が自由になる。フローラ嬢に一人でお茶をさせるなんてことはしないから、君は安心して自分の課題をこなしたまえ」
「まあ! ふふっ。そんな偉い方にお願いするのは気が引けてしまいますが、どうぞよろしくお願いいたします。フローラ、遠慮なく甘えさせていただきなさいね」
「はい、アマンダ姉様。お勉強、がんばってください」
「ふふっ。ありがとう…では。エイベル殿下、楽しいひと時をありがとうございました。また、お会いできるのを楽しみにしております」
「ああ、私もだよ、アマンダ」
綺麗な礼を披露し、楚々と立ち去るアマンダの姿が見えなくなるまで第二王子は見送ってる。
その間に、菓子の残りを食べてしまおう。普通の速度でいけば、三口で終わってしまう。
もう少し味わって食べたかったけど仕方がないね。
お茶で口の中をさっぱりさせて。さてと。
「…本当に、君は聡い子だね」
「お褒めにあずかりまして、恐縮です」
本物のさとりに褒められてもなぁ。
「そんな君には言うまでもないことかもしれないが、アマンダのことで相談があるのだ。立場的に言いにくいこともあるだろうが、私から頼んで答えてもらうのだから、無礼だとかそういうことは気にせずに、率直に答えてもらいたい」
「承知いたしました。お気に触ったところはお忘れいただけますと幸いです」
「うん。そうすると約束しよう」
上司の「無礼講だ」は絶対に信じちゃいけないって、ヒラの常識なんだけどね。
アマンダはこの道を行くってすでに覚悟を決めてるようだし、それなら第二王子との仲はうまくいっているに越したことはない。
前世込みの人生の先輩としても、できることなら協力するよ。
第二王子にかんして言えば、あれだけ嫉妬の目を向けられて、我ながら人が好いとは思うけど。
冷静に考えれると、彼は前世でいえば、まだ高校生。か~なり年下の少年だ。
彼女の身内にまで嫉妬しちゃうくらい彼女が好きで、余裕がなかったってことで、勘弁してあげよう。
なんか偉そうなのは、自分の恋愛もうまくいってなかったのに、なんで?って憤りがちょっと。
「君から見て、アマンダは私のことを好きだと思うか?」
うぉーぃ、そっからか。
でも、不安になる気持ちもわからないではない。
アマンダが令嬢として完璧すぎるんだ。
「間違いなくお慕いしていると思います」
自信はないけど自信を持って答える。臣下の末席にも座ってないけど、それがここにいる者の務め…だてに社会人経験してないわ。
まずは第一関門突破というように、安堵のため息を吐く王子様。
好きな子のこととなると、日頃の余裕はどこへやらだね。
まあ、こんなちんまい女児に相談してる時点で、恥も外聞もない。よほど覚悟を決めているとみえる。
「しかし、なんというかな。壁を感じるのだ」
「それは立場上、仕方のないことかと存じます」
「うん。わかってはいるのだが…もう少しこう、抑え切れない気持ちというかな」
うーん。はっきり言ってしまえば、アマンダが第二王子をどう思ってるかは彼女にしかわからないし、もっと言えば本人にもわかってないなんてことは往々にしてある。
あくまで憶測から、二人の仲がこじれないようにするとか、なかなか難易度高いわ。
でも、いまの私の立場でノーコメントはありえない。
王の気に入る受け答えをしながら、思うように国を動かしていく宰相とか、ほんと尊敬するよ。
「あくまで私の推測ですが、年齢的なものもあるかと。アマンダ様は大変大人びていらっしゃいますが、実際はまだ十一歳です」
苦しいような顔をする彼自身がいちばんわかってることだろう。
なんか、すまんね。
「ご本人自身、すでに大人として振る舞われて、そのことになんの不満も持っていらっしゃらないでしょうが、どこかに少女の気持ちを隠し持っています。いいえ、これは年齢は関係ありませんね。自分に似合わないと思ってあきらめた色、もう大人なのだからと片付けさせた人形、そういった、いかにも少女が憧れるものを愛でる気持ちは、けしてなくなるわけではありません。いくつになっても、女性はどこかで、少女でありたいと思っているものなのです」
第二王子の視線を追うと、自然な流れで私のお目付け役にスライドしたビーチャム夫人を見ることになる。
美しくも老境に入った女性が、ほんのり頬を染めている。
本来、壁に徹するはずだけど、王子の御下問には答えねばなるまい。
「そちらのご令嬢のおっしゃる通りです、殿下」
「ありがとう、ビーチャム公爵夫人」
ええ、なかなか答えにくいことですからね。
こういう心遣いができるだけでも、大した人物だと思う。
「具体的に申し上げますと、あと二年半ほどは、殿下にとっては大変おつらいでしょうが、大人の男としての欲を見せず、兄のような気持ちと態度で接しられるのがよろしいのではないかと愚見いたいます」
本当のところ、これだけの身分の人にこんなことを言うのはドッキドキなんだけど。
この人はアマンダに惚れてるだけに、彼女がお気に入りの私には厳しいことを言えないし、できない。
これでけっこう腹黒らしいから、その点では助かってるけど、完全に虎の威を借る狐だね。
もちろん、ものには限度ってものがある。
第二王子には部下の進言を聞き入れる度量があるって評判だし、それを信じてこの際だ、言ってやろうではないか!
「君、はっきり言うなぁ…いや、私が望んだことだった」
第二王子は長い長い溜息を吐く。
うん、ほんと彼には可哀そうなことなんだけどね。
想像してみよう。
自分が小学五年生の女の子だとして、従兄でも近所のお兄さんでもいいけど、高校生男子に本気で迫られたらどうだい?
いくら好意を持ってる相手だったとしても怖いよね。
まあ、世の中にはおマセな子もいるから、一概には言えないのかもしれないけど。
「そうか。二年半…我慢か」
うわぁ。怒ってないのはいいけど、第二王子の纏う空気がどん暗い。
ヤンデられても困るから、ちょっとはフォローもしておくか。
「そうすれば、アマンダ様も安心してエイベル殿下に甘えられますし、そのうち気持ちが追い付いてくれば、アマンダ様の方がそれでは物足りなく感じられるようになるのではないでしょうか」
お? 背筋が伸びてきた。
「…兄は妹に対してどんなふうに接するものなのだ?」
「アマンダ様には叱るようなところはないでしょうから、主に褒めることになるでしょうが、容姿やそのやさしさばかりでなく、彼女が下した厳しい判断などにも共感を寄せられると、心強く思われるのではないでしょうか。また、豪華な花束や宝石を送られるのも結構ですが、たとえば、殿下が手作りなされた小物なども喜ばれると思いますよ。アマンダ様は案外に可愛らしいものがお好きなのです。あの大きなテディベアは、殿下よりいただいたと聞いております」
「ああ、いまだ持っていてくれたのか。そう、あれは彼女の五歳の誕生日に送ったものだ」
クロムウェル侯爵邸で、いま私が使わせてもらっている部屋は、アマンダの心の秘密の場所なんじゃないかと思ってる。
ある程度成長して周囲の求めに応じ、また、自分でもそうあろうって姿に合わせて新しく部屋をあつらえてなお、ああして大事にとっておいたもの。
「きれいな香水瓶や、貝殻細工の小物入れなども大切に取って置かれていますよ」
王子様が幸せを噛みしめている間に、私は紅茶で喉を潤す。
さりげなくお代わりを注いでくれてる侍女の優秀さが光る。
「だが、じつは私は手先がとても不器用なのだ」
「まぁ…」
それじゃ、やたら木彫りなんて勧めて怪我をされても困るな。
「いえ、なんでも工夫次第ですよ」
私は侍女に頼んでアームタオルを借りる。
ドビー織で私の求めるふわふわ感はないけど、ハンカチよりは厚みがあるから何とかなるかな。
あとは輪ゴムがあると楽なんだけど。なければ糸でもリボンでも。
ダメもとで聞いてみたら、メイドがポケットに輪ゴムを持っていた。
ここには食べかけの煎餅の袋なんかないのに、何に使うんだろう?
たぶん魔物かなって原料についての予想も含めて、小さな謎はあとで《耳目》を使って解くことにして、タオルを丸めたり折ったり膨らませたりすることに専念する。
「ほぅ、これはクマか。器用なものだな」
ちゃんとそう見えたのならよかった。
彼の自己申告がどれほど確かか知らないけど、私もあまり王子様のことは言えないからね。
前世、小学校時代に流行ったのをなんとか思い出して、ぶっつけ本番。いや、冷や汗かいた。
「仕上げに首のところにリボンを巻くと可愛いですよ」
「ふむふむ」
さっそく第二王子も挑戦するんだけど。うん、ほんとに不器用だった。
「エイベル殿下、そろそろ」
「む。もうそんな時間か。アンソニー、代わりにお前が教わっておいてくれ。その後、きちんと彼女の希望の場所まで送るように。では、フローラ嬢、世話になった。この礼はいずれ」
「こちらこそ、ご無礼つかまつりました」
忙しなく、でも優雅に去る王子様を礼をもって見送る。
視線を上げて、侍従アンソニーと見つめ合った。
「…もう覚えましたよね」
「…はい」
王侯貴族を着替えさせるのも侍従のお仕事。
あの複雑な襟のヒダとか毎日きれいにつくるんだもの。タオルハンカチで動物を作るくらいお茶の子さいさいだろう。
それでもさすがは王子の侍従。ほかの種類も作れるならばと、予備の知識を仕入れるのに余念がない。
くっ。また記憶を呼び起こしつつ、己の不器用さと戦うのか。
犬、兎、猫…このへんで勘弁してください。
案の上、侍従の作ったものの方が上手で可愛い。
でも、考えようによってはよかった。これなら殿下作がよほどアレでも、私のせいじゃないもの。
第一あの王子様のことだからアマンダの為ならば、肌触りがいいのはもちろん、複雑な模様を織り込んだり、刺繍をしたタオルや、シルクやレースのリボンに宝石を付けたものなどを用意するだろう。
つまり、間違っても貧相にはなり得ない。
「…お仕事を増やしてしまったようで、すみません」
「なんの。ご婚約者様に何を贈ろうかと延々悩まれたり、お贈りした後も気に入ってもらえたかとうじうじ考え込まれたり、それに付き合わされるのに比べたら、することが決まっていて、その上、気に入っていただける保証があるのですから、仕上げに、根気強く教え込むくらい何の苦労がありましょう…いえ、いまの発言は忘れてください」
「はい」
なにかとストレスの溜まるお仕事、ご苦労さまです。
「私には侍女も護衛も付いておりますので、どうぞ第二王子殿下のもとへ」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
侍従が侍ってなくてどうするって話で、でも、私のお見送りはしてくれるんだよね。
ビーチャム公爵夫人もなんとなく私を見守ってくれてる雰囲気で、まあ、実際お目付け役をしてくれてたんだけど、ゆっくり瞬きを二回。
よくやりましたね的な意味なのかな。よくわかんないけど、否定でないことは確か。
私もゆっくり一回瞬きを返しておく。ありがとうございます的な?
人間も動物も変わらないっていうか。猫を飼った経験があると、こういうニュアンスはけっこうわかるかも。




