4、魔法
魔法、ヒャッホ~イ!となる姉の気持ちはよくわかる。
「おへそのしたあたりにあったかいものがあるから、それをかんじるんだって」
食事をしながら一生懸命、母カトリーヌに報告している。
私もちゃ~んと聞いてるよ。
「ベスはまだわかんないけど。それができたら、そのあったかいものをうごかすんだって」
「へぇ~。お母さんのスキルは《計算》だから、そういうのよくわからないわ。すごいわね」
「えへへ~。で、うごいたらそれをからだじゅうにまわして、ゆびさきにあつめて…」
母親は時々「馬鹿な客がしつこく誘ってきて気持ち悪い」とか、「入荷が遅いのは私のせいじゃないのに」とかぼやいてるから、どこかの店で働いてることは確か。
酒や煙草の匂いがしたことはないし、そもそも夜は必ず家にいるから、堅気の商売をしてるところの売り子だろうと思う。
だからスキル《計算》と言っても、せいぜい四桁の足し算と引き算ができるくらい。
それでも十分すごいことらしく、井戸から水を汲み、薪で煮炊きし、汲み取り式のトイレを使用する世界で、女手一つで子供二人を育てることができる。
そもそもスキルとはなんぞや?
「懐かしいわね。お母さんもスキルがわかってから、いまのお店で教えてもらいながら一生懸命、計算の練習をしたのよ?」
そう、修練なしには使えない。
そして、あのガラポン。
技能にしろ魔法にしろ「それが使える」「それしか使えない」と、思い込ませるための小道具なんじゃないかな?
エリザベスが「クロムウェル侯爵令嬢が誕生祝に贈られたティアラのレプリカ」をねだって速攻で却下されてたから、王様がいて、貴族がいて、この国を支配していることは確か。
そんな封建社会においては、じつに有効なシステムだと思う。
スキルはその後に就く職業に直結するわけだから、前世日本の士農工商じゃないけど、農民を何割、商人を何割と確実に確保できるわけだね。
だから向き不向きはあるにしろ、習えばたいていの技能は身につくし、たいていの魔法は使えるんじゃないかっていうのが私の考え。
姉の努力は意外に続いてて、三週目には豆粒くらいの光を指先に灯して見せた。
「ねね、しゅご~い!」
拍手すると、姉はそっくり返って後ろに倒れた。
「まあっ、ベス、大丈夫?」
「いったぁ~」
こぶたんのできた後頭部を濡れ布巾で冷やしてもらいながら、それでもニヤニヤする姉。
気持ちはわかるけど、ちょっと怖い。
「きょうは、せいじょさまがきて、ひかりまほうをつかってみせてくれたの。せいじょさまがいうには、イメージってのをするのがだいじなんだって」
なるほど。
私たちレベルの生活だと、光源と言えば日光か、ストーブの火くらいのもの。
獣脂のものでもろうそくはとっておきで、だからいつも早く寝る。
前世のように映像にふれる機会は皆無だから、魔法を行使した結果を思い浮かべることは、本来はむずかしいわけだ。
姉はあいかわらず昼間は外に出て、近所の子たちと遊ぶことが多いので、私には一人になれる時間がたっぷりある。
おへその下、いわゆる丹田に魔力を感じることは比較的簡単にできた。
冬場、カイロを貼ってた時の温かさを思い出したら、なにやらじんわりと。
そこから動かすのには少々苦労したけど。
動き出せば、あとは血流を意識して体中を巡らせる。
指先に集中させるのもさほど難しいことではなく、指先が光ってるさまを想像してたら、気付けば指先が輝いていた。
「ひょう~!」
大興奮した直後、魔力が枯渇したらどうなるか…最悪の事態を想像して怖くなる。
焦りながらも、懐中電灯のスイッチを切るつもりになったら即消えた。
それ以来もどかしく思いながらも、魔力らしきものを体内で回すだけにしてたんだけど。
頭に濡れた布巾を乗せたまま、床に腹這いになってる姉は気を失うでもなく、別段苦しそうでもない。
「ねね、ぴかー! ちゅかれない?」
「なーにー?」
「お姉ちゃん、魔法を使って疲れないかって心配してくれてるんじゃないの」
母のフォローに、うんうんとうなずく。
「つかれるっていうより、おなかすいてふらふらする…」
「あらあら、それを早く言いなさいよ」
早めのおやつをもらって、姉はさらににっこにこだ。
「ふー、も~」
「はいはい」
蒸しただけの芋だけど、甘味は貴重だ。
「んま、んま」
潰されたさつまいもを味わいながら考える。
魔力は食べることで回復するのか。
こっそり魔力を回す。
それを目に集めてみる。
芋はほんのり輝いていた。
「ふぉ~!」
「ど、どうしたのフーちゃん?」
「…お、おいも、おいひぃ」
「そう、よかったわねぇ」
誤魔化しながらさりげなく部屋を見回す。
エネルギーを補給した姉はもちろん、スキル《計算》しかないはずのママンもうっすら輝いている。
やっぱり魔力あるじゃないか。
「さぁ、そろそろお夕飯の準備をしないとね。ベス、手伝って」
「えぇ~! あたまいたいからいや」
「もう、しょうがないわね」
テーブルも椅子も、ほんのわずかだけど。
そしてなにより、空気中にキラキラキラ。
それは均一じゃなくて、ある種の絵で風を表現する時のように光の筋が波打っている。
あれを捕まえられたら?
ひょいと手を伸ばす。
「なにやってんの?」
姉はあきれたように言って、でも、その直後には興味をなくしてる。
彼女には見えないのだ。
雨粒をまとった蜘蛛の糸のようなそれを掴む。
きっと掴もうと思うことが大事なんだ。
たしかにふわっと温かな感覚があって、引くと両側数十センチを残してふつふつと切れる。
手元に残ったものがしゅるりと手の中に消えると、ちょっとだけ体が温かくなった気がした。
「あぁぁぁ。…ちょっとお塩買ってくるわね」
タイミング的にびっくりしたけど、彼女が自分のポカに声に上げるのはめずらしいことじゃない。
小走りに家を出ていく母。
これ幸いと数分後には、元気に出かけいく姉。
どうせまたロキ君のところだろう。
私は一人、魔力を回す。
魔力が枯渇する心配がないなら、安心して魔法を使うことができる。
指先が光る。
どんどん明るくする。
「まぶちぃ」
適度に光度を落して代わりに色をつけてみる。
赤青黄色、緑、紫、ピンク。自由自在だ。
ペンライトのように振り振りした後、てんとう虫が飛び立つように、光を浮遊させた。