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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
37/63

37、強盗


 夜間、冒険者ギルドには宿直がいて、緊急対応できるようになってる。

 基本的に平民は、日が昇ったら起きて、日が沈んだら寝る生活だ。

 酒場や娼館は営業してるけど、当たり前のように灯火代を料金に上乗せしてくる。

 商家ほどの頻度じゃないけど、たまには冒険者ギルドに強盗に入るアホもいて、半殺しで表に晒されてたりする。

 夜間窓口のカウンターには、それ用の金庫があって、職員はとりあえず要求に従って金を出す。

 強盗犯がずらかると衛兵を呼び、同時にCランク以上の冒険者に指名依頼を出す流れ。

 もちろん電話があるわけじゃない、魔道具があるわけでもない。

 依頼を伝えるにも、相手の宿泊先まで人を遣るわけで、それでも意外に早く物事が進むのは、ギルドの面子がかかってるからだろう。

 報酬を弾むってこともあるけど、お姉ちゃんと盛り上がってたところを邪魔されたり、安眠を妨害された高ランク冒険者たちは、「このやろう」とばかりに獲物を狩る。

 たいてい犯人も冒険者だしね。

 焦げ茶の柱に白い壁、わりとこざっぱりした建物の前にムサイ男女が縛り付けられてる光景は、なかなかシュールだ。

 真向いが宿屋兼食堂で、営業妨害になるかと思いきや、そういう日こそ客足が伸びるそうだから、皆なんというか…たくましいね。

 街門は朝六時に開いて、夜六時に閉まる。

 もっとも、前日に体をつくって森の《結界》で待機してるマーサには、あまり関係がない。

 森の外縁部とはいえ、適当な宿屋から歩くと一時間以上かかるから、日の出と共に活動を開始できるのは、けっこうなアドバンテージ。

 今日は主に、オトギリソウとカンゾウを採取した。

 ここで地球の植生分布を持ち出しても意味がない。植物の種類と名前、効能が同じなんだから十分ありがたいよ。

 どうせなら《マップ》の完成度を上げようと思って、毎回違う場所を歩いてる。

 半透明の地図に《魔力感知》と《鑑定》を連動させてるから、いきなり遭遇戦ってこともないしね。

 かの有名なスライムは、半径一メートル以内に近付かない限りは大人しい。

 群体になるとやっかいだけど、適度な数が別個に存在するなら益虫ならぬ、益魔物だってことは知られてる。

 十歩進むうちに三匹見かけたら、一匹間引くくらいでいいらしい。

 でも、この魔物の場合、魔石=核で、それを壊さないと死なない上に、ほかに素材としてとれるものがないからスルーする冒険者が多い。

 「スライムの核」は、前世で言う雀の涙。

 あの、のそーっとした動きには癒されるけどね。

 一方、角を生やした兎、その名もずばりホーンラビットは好戦的だ。

 そもそも魔物にしろ、それ以外の動物にしろ、草食だからおっとりしてるとは限らない。

 こちらが気配を薄くして遠回りしてるのに、わざわざ背伸びをし、姿を認めると突進してくる。

 まあ、私の足音が消しきれてないせいもあるか。

 はじめは盾代わりに小さな《結界》を張って、そこに角を突き刺させ、鉈の柄で首の骨を折ってたんだけど。

 いずれは人に見られても大丈夫なように、《身体強化》と《高速思考》で、飛び掛かってくる兎の角を掴んで、手刀で首を折るかたちに落ち着いた。

 どちらにしても、ゴキって独特な感覚と、死してもつぶらな目が、目がぁ…。

 回数こなして慣れてきてはいるんだけどね。南無阿弥陀仏。

 《耳目》で見学したかぎり、獲物はそのまま、ギルドの解体場に持ち込む冒険者が多かったけど、どうせなら、なるべくおいしいお肉にしたい。

 例によってこっそり、高級レストランと専属契約してる猟師のやり方を見せてもらった。

 下腹から首元までナイフでざっくり裂く。

 胃と腸を取り出す。

 脚の骨を外す。

 下腹から肛門までしっかり裂いて、ここで初めて動脈を切る。

 ひっくり返して、適当な倒木に押し付けるというか、しぼるというか。

 草で腹の中をきれいに拭って、血抜き完了。

 彼は素手でやってたけど、私は手に魔力の膜をまとわせて…さすがに《アバター》とはいえね。

 ホーンラビットの魔石は、小指の爪ほどの大きさだ。ほかの魔物同様、心臓の右側にこびり付いてる。

 でも、ここで無理に抜くと、無駄に肉を傷めることになるから手は出さない。

 ここまで気を遣っても、冒険者ギルドでの査定は変わらないんだけど、一流の狩人へのオマージュってことで。

 魔石はどんなに小さなものでも、冒険者ギルドがせっせと買い集めて、商人はもちろん、国にも関与させない。

 ドラゴンが飛んできたり、スタンピードが起こったり、災害級の事態に軍が出張っても、なんとしても魔石だけは買い取るらしい。

 魔道具もないのに何に使うんだって不思議だったけど、どうやらダンジョンに入るのに必要らしいよ?

 最後に獲物と自分に《クリーン》を掛けたところで、お客さんがやってきた。

「グゲッ」

「ギャギャ」

 これまたお約束のゴブリン。今日は三匹連れ。

 これ以上、血の臭いに惹かれて来られても困るから、半径五メートルほどの《結界》を張る。

 兎はひとまず手製のクーラーボックスへ。

 はじめの頃は、多数を相手にする自信がなかったから、こういう場合、二匹は《水魔法》で溺死させて、一匹相手に武器を振るってた。

 いまは三匹までなら、薙刀だけでもなんとかなる。

 まず、いきなり仕留めようとはしない。

 スネーッ!

 スネーッ!

 もういっちょ、スネーッ!

 腰布しかつけてないゴブリンには効くね。

 戦闘不能にさせてしまえば、あとはこっちのもの。

 人型ではあるけど、小鬼と言われるくらい体は小さいし、しわくちゃの顔は醜悪。角がある以外はもふもふで可愛らしいホーンラビットを仕留める方が、心が痛むくらいだ。

 まあ、この忌避感はずっとなくならないだろうし、それでいいんだろう。 

 きっちり止めを刺して、《マップ》上でも反応が赤から灰色に変わったことを確認する。

「ふぃー…」

 一休みしたいところだけど、血抜きしただけの兎が私を待ってる。

 ゴブリンも討伐証明部位を切り取って、魔石を抜かなきゃならないけど、食材になるものを先に処理したいと思うのは自然なことだ。

 ホーんラビットを適当な枝に吊るして毛皮を剥ぐ。

 要領さえつかめば、服を脱がすようにするりと剥ける。

 まあ、それまでにどれだけ襤褸にしたかって話。ごめんよ、兎。

 兎肉は…というか、魔物の肉は熟成させた方が美味しいらしいので、猟師もここまでしかやってなかった。右に倣え。

 ただ、ラノベによれば、なるべく早く冷やした方がいいらしいから、動物の胃だか膀胱だかのイメージでつくった袋に《水魔法》で出した氷を入れて口を縛り、ウサの腹に詰めておく。

 布は端切れでもそれなりにするから、冒険者ギルドの買取額じゃ割に合わない。ここは前世の先人にならって、棒葉(ほうば)で包んで小枝で留めていく。

 討伐証明部位の角は、別に包んでポケットへ。

 リヤカーには、二つのクーラーボックスが乗っている。

 《土魔法》で土を固めてつくった箱で、蓋の裏にアルミのバットを取り付けられるようにした。

 そこに氷を入れておけば、半日はもつかな。まあ、溶けたら再び《水魔法》で凍らせればいいわけで。

 片方のボックスは薬草用。もう片方はお肉用。

 ちらりと横目で見たゴブリンを無視して帰りたかったけど。

 これも、そこそこお金になるんだな。

 右耳を切り取って《クリーン》を掛けたのち、これも棒葉にくるんで小枝で留める。当然、お肉とはいっしょにしない。

 ポケットに入れるのも嫌なので、リヤカーの荷台の隅に。

 魔石は例によって、心臓の右側にある。

 死体からはそんなに血は出ないって言われてるけど、まったく出ないわけじゃないんだ…うおぉぉぉ。

 お手製の鉗子と開胸器っぽいものが大活躍だ。

 魔石ともども《クリーン》を掛けて以下同文。

 残りは、大規模討伐の時は燃やしたり埋めたりするらしいけど、普段は放置。

 そうすることを冒険者ギルドが推奨してる。

 魔物も獣も増えすぎたら困るけど、資源として少なくなりすぎないようにってことらしい。

 現に、ホーンラビットの腸を狙って、すでに猛禽類が上空を旋回してるし、さすがにこっちの人たちもどんなに困ってもゴブを食料にしようとはしないけど、これを喰ったボアや猪の肉は平気で食べる。

 …考えすぎないのがうまく生きるコツなのかな。

 棍棒というのもおこがましい、棒切れも放置。

 はぁ、疲れた。

 理屈的には体も脳も疲れ知らずだから、たぶん気疲れってやつだけど。

 帰ろ、か~えろ!

 中身スカスカなクーラーボックス及びリヤカーを引いて、街へ向かう。

 景気付けに頭の中で歌いながら、でも、油断はしてなかったつもりだ。

 《マップ》の街道上に、人間の成人らしき点がうろうろしてる。

 待ち伏せにしては杜撰だけど、用心に越したことはない。

 私は道を逸れて、森の中を遠回りに歩いた。

 ただ、ちょ~っと街道に戻るのが早かったかな。

 背後からザカザカと荒い足音がして、冒険者と思しき男三人に囲まれてしまった。

 このカーブを曲がれば街門まで一直線という、向こうにとっては好都合、私にとってはおしい!という位置。

「一応は冒険者ってところか、小賢しいマネしやがって」

「ほんとだ、手間かけさせやがって」

「そういじめんなって! ほれ、小兎みたいに震えてるぜぇ」

「な、なんか用ですか!?」

 ガクブルしてるのは演技でも何でもない。

 自分より力の強い男に迫られたら、相手が一人だって怖いに決まってる。

 でも一方で、これが《アバター》だってことは忘れてない。最悪、消えちゃえばいいわけだし。

「な~に、その荷物をちょいと忘れていってほしいのよ」

「そーだ、そんなお高そうなもんをこれ見よがしにしてるのが悪い」

「オレたち困ってんのよ。施しって大事だと思わねぇ?」

「た、高いものなんて、ないですよ。薬草がちょっとと、兎が一匹…」

「中身なんかどうでもいいんだよ! まあ、ついでにもらってやるがぁ?」

「そうそう、用があるのはその荷車な」

「ミスリルでそんなもん作るなんて、頭わいてんのか!?」

 下品にギャハハッ!と笑い声を上げる連中を見て、納得。

 そうか、そうか。アルミがミスリルに見えたか。湧いてるのはあんたらの頭だ。

「こ、これはミスリルなんかじゃ」

「いまさら誤魔化そうったって、そうはいかねぇんだよ!」

「いいから、置いてけ! 怪我したくなかったな」

「そうだ。もう少し若けりゃ、可愛がってやったのによっ、オバハン?」

 うっげぇ~…

 頭が悪くて、容姿がまずくて、自分より弱そうな相手からカツアゲしようなんて考えるくらい性根が腐ってる。女にも、相当不自由してるんだろうな。

 物語の中なら、剣の錆にするのが冒険者なんだろうけど。

 まず、私が強奪された側だって証言してくれる目撃者がいない。

 もう何度もこのリヤカーを引っぱって、冒険者ギルドに行ってるけど、これが私のものだって認めてくれるかどうか…かなり怪しい。

 冒険者稼業は基本、自己責任。

 追い剥ぎを撃退したり、捕まえて連行したところで、それが同じ冒険者なら「喧嘩」両成敗で減点されるのが落ちだ。

 常設依頼しかこなさない冒険者には、素で事務的な職員が、さらに冷たいからなぁ。

 公的機関に訴えるにしても、これまた証明するのが難しい。

 怪我をさせたら傷害罪、殺したら殺人罪で、こっちが裁かれたら目も当てられない。

 いや、なに真剣に考えてるんだろう。これ、《アバター》だよ。

 こんなやつらには、まず負けないし、負けてもなにも困らない。

 気持ちさえ強く持てば、周りに人がいないのはむしろ幸い。

 例えば、ゴブリンに試したように溺死させて、その後、肺の水を抜き取れば、自然死で処理されるんじゃない?

 それか《スタンガン》で、魔物に出くわした拍子のショック死を装うとか?

 でも、考えるのと、実際にやるのは別だぁね。

「ひ、ひぇ~!」

 私は踵を返して、バタバタと森へ向かって駆け出す。もちろん荷物は置き去りにして。

 追いかけてきたのが下品な笑い声だけでよかった。

 《水魔法》で霧をつくる準備はしてたけど、まだ、さすがに人をキルする覚悟はできてなかったから。



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