36、装備
いまの私の実力じゃ、装備込みで《アバター》をつくるのに一日かかる。
なので、一日がかりで態勢を整え、翌日、冒険者として働き、次の日、また体をつくってというサイクル。
正直、かなり面倒くさい。
いちいち回収せずに、森の一角に《結界》でも張って隠しておくことも考えたけど、魔力操作の訓練としてこれ以上のものはないし、面白くもあるので続けることにした。
数分ずつだけど、つくる毎に所要時間が短くなってるのは確か。
この調子でいけば、一年半後にはシュルル~ン✧と、数秒でつくれるようになるはず!
マーサは《水魔法》の使い手として、冒険者登録をした。
単純に、王都近郊の森で活動するなら《火魔法》はないなって理由からで、それなら《風》でも《土》でも、武術系のスキルでもよかったんだけど、いろいろな冒険者を観察した結果、何かと便利で自分に都合のいいものを選んでみた。
「冒険者登録をしたいのですが」
「では、こちらにご記入を」
まず、専用カウンターで申請書に名前と出身地域、スキルを書き込む。
平民は多くが文盲だから、頼めば代筆もしてくれるけど、私がすんなり書き出したので、その案内は省略されたようだ。
多少薹は立ってるものの、せっかく綺麗なお姉さんなのに愛想がない。
イケメン青年冒険者にも、むさいおじさん冒険者にも、ぼやけた印象のおばさん冒険者にも同じ対応だから、平等といえば平等。
「問題ありませんね。これを持って、地下訓練場に行ってください」
「はい」
渡されたのは、さっき自分で記入した書類。
職員の指さす方向に階段があった。上に向かう方には絨毯が敷かれてるけど、下に向かう方は板張りで、かなり擦り減ってる。
訓練場は、テニスコート十六面分くらいは軽くありそうな広さ。
太い柱のせいで、自然と何区画かに別れるかたちになってるけど。
《土魔法》かなぁ? 柱も壁も、アーチを描く天井も土を硬く固めたように見える。
足元は普通の地面。怪我の防止と、《土魔法》を使う人のためだと思われる。
その一角で、例えばスキルが《力持ち》なら、取っ手の付いた岩を持ち上げ、《剣術》などの武術系なら演武を見せるわけだけど。
弱すぎればボコられるし、強すぎれば公的機関に引っぱられる可能性がまったくないとも言い切れない魔法使いには、ちょっとだけ気を遣うらしい。
「あのー、冒険者登録の…」
「ああ、はい。こちらです。そこに掛けてください」
書類にサッと目を通した青年に付いて衝立の影に回り、小さな机を挟んで向かい合う。
「どうぞ」
「…はい」
私は、試験官の腕章をつけたギルド職員の前で、コップ一杯の水を出しただけだ。
「結構」
ベンッ!
「これを持って、上へ行ってください」
書類に合格を示すハンコを押されて、再び一階の受付カウンターへ。
「少々お待ちください」
ギルドカードが発行されるまでの間、待合スペースの棚にある冊子を読むように言われる。
ここからは代読にも料金が発生する。
ギルドの成り立ち、システム、禁止事項、罰則、王都近郊の大まかな魔物の分布図と植生図。
疑問に思ったことは尋ねれば答えてくれるけど、訊かなければ何も教えてくれない。
どれも《耳目》で把握してたことだけどね。
すべてが事務的で、その割に待たされるのは前世と変わらない。
ギルドマスターは《指導》、解体担当の職員は《解体》スキルを持ってるらしいけど、職員の大半は、見るからに事務系のスキル持ち。つまり、ひょろい。
でも、いかにもな冒険者たちを恐れる素振りはまるでない。
むしろ、話の通じない動物を見る目っていうの?
例え本当に馬鹿でも何も感じないわけじゃないから、ケッって顔をする冒険者も少なくない。
カウンターのあっちとこっちで温度差がすごいなぁ。
実際、金網が張ってあるし。こっちから見ると、檻に入ってるのはギルド職員なんだけど。
こんなところに女一人でいて、絡まれる心配? 端からしてない。
トラブルに際して、ギルド職員はたんたんと、でも容赦なく減点切符を切る。そう、「自分たちの目の届く範囲内」の「禁止事項に載ってること」にはね。
たとえば「唾吐き」で一点、「喧嘩」両成敗で二点ずつ減点。十点溜まるとギルドカード取り消し。
からかうくらいは見逃すにしても、そういうのは綺麗なお姉ちゃんか、育ちの良さそうな男の子が対象だから。
私マーサは、ちょいポチャの中年女だ。
癖のある黒髪をポニーテールにして、右目に黒い布製の眼帯をしてる。
眼帯には白糸で、目をモチーフにしたシンボルマークが縫い取りされてる。厨二じゃないよ?
《アバター》の容姿をおいそれと変えられないから、少しでも工夫しようと思って。
女は髪を上げるか、垂らすかするだけでもだいぶ印象が変わる。
あくまで聞いた話で、魔物や獣に効くかどうかはわかならないけど、人間の脳は、目や顔を連想させるをものに反応しないではいられないらしい。
装備に目が行けば、それだけ容姿の印象は薄くなるはず…
目のマークに魔力製の《目》を貼り付けてるから、視界は良好。
ただ、人目を誘導することばかり考えて、森で魔物相手に目立つのも馬鹿げだから、アースカラーの男物の上下に、革製の胸当て、籠手、安全靴に脛当て。その上から、迷彩柄のフード付きマントを羽織って、リヤカーを引いてる。
リヤカーは立てると、ハンドルがマーサの頭を少し超えるくらいの大きさ。
その都度、お金を払って預けるのも馬鹿らしいから、底板裏の金具に、ショルダーハーネスを取り付けて背負えるようにしてある。
馬車を参考になんとか形にした、魔物の革タイヤ以外は総アルミ製で、空なら十五キロ程度だから、さほど負担でもない。
できれば折りたたみ式にしたかったけど、そこまでの技術がねぇ。
もっとも荷台の左右に一本ずつ薙刀をセットしてるから、これでいいんだ、これで…
こっちの人たちにはちょっと形の変わった槍に見えるだろう。
あとは腰に解体用のナイフと、ブッシュを切り開くための鉈。
言うまでもなく、すべてが魔力でつくったそれっぽい何かなんだけど。
個性を主張したがる冒険者の中では大人しい方じゃないかな。
地味派手のマーサは、常設依頼の薬草を採取しつつ、出くわした弱めの魔物を狩っていくスタイル。
王都内に宿をとるでもなく、森からやってきて森に帰るのは、《アバター》をつくるにも、回収するにも場所を選ぶから。
どの道、人も魔物も侵入不可の《結界》を張るから、どこでもよさそうなものだけど、ただぶらついて楽しむにはよい街中も、集中して何かをつくりだすのには向いてない。
ようは、なけなしの金を叩いて、狭くて不衛生な部屋を借りるなんてことはしたくない。




