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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
29/63

29、星の生まれる所


 本を読める時間があって、読みたい本があって、どれから読むか迷えるなんて贅沢だ。

 アマンダの馬車から降りた後、フンハァ~♪っと鼻歌まじりに図書館に入ったら、女官サンダーが待ち構えていた。

 私もギョッとしたけど、司書さんはじめ誰も声を掛けられない様子。ロス爺とはまた違った迫力だ。

「おはようございます。道々ご説明いたしますので、失礼します」

 抱っこ、のち、高速移動ですよ。

 確かに歩いてるのに、なんでこんなに早いんですかね?

 あ、図書館の奧にも出入り口がある。

 うちの侍女、正面扉の前に置いてきぼり…強く生きろよ。

「突然、申し訳ありません。フローラ様。先程、マール様のお部屋に、王太子殿下と王太子妃殿下が押しか…突然、お見えになりまして」

 さよか。だから、サンダー女史がめずらしく焦ってるのか。

 ちなみにただいま彼女が通過してるのは、使用人専用の通路らしい。

 もしもの時に王族が脱出に使う隠し通路とは違って、狭くはあっても窓に面して明るい場所が多い。

 そうでないところには、ちゃんとろうそくが灯ってるし…王家の財力~って、いまさらか。

「お待たせいたしました」

 ほいっと立たされ、対面した初めての王族が王太子と王太子妃とか。

 国王陛下に会わされるよりましかなぁ…あ。そういえば、あとで執務室に連れてこいとかなんとか。

 これ、ロス爺も忘れてるな。あの人の場合、故意ってこともあり得るけど、昨日はいろいろあって私も脳みそ疲れ切ってたし。

 いま、それどころじゃないし。

「どうしてダメなのだ、サイモン!」

 王太子殿下に詰め寄られて、サイモン先生タジタジです。

 構わずカーテシーする私。ほかにどうしろと?

「あなた…」

 王太子妃に袖を引かれて、こちらに向き直る王太子殿下。

「…王太子、カールストン・マキシム・グローブである」

「その妃、キャサリン・バード・グローブよ」

「このような折にごあいさつ申し上げる無礼をお許しください。クロムウェル侯爵が側室カトリーヌの連れ子、フローラ・シャムロックにござます。両殿下にお目もじ叶いましたこと、誠に光栄に存じます」

「まあ…本当に、しっかりしているのね。楽にしてちょうだい」

「恐れ入ります」

 少し冷静になったのか、罰が悪そうにこちらを見る王太子。

 しようがないよ、子供の一大事だし。年齢的には、前世の高校生くらいだもの。

「…此度のこと、誠に大儀である。シャムロック嬢、我が子のことについて、そなたが知恵を授けてくれたと聞いてる」

「とんでもないことでございます、王太子殿下」

「カールと」

「光栄です、カール殿下」

「私のことはキャサリンと。我が子を助けてくれる人ですもの」

 うわっ、期待が重い。

「光栄ですキャサリン妃殿下。ですが私の力ではありません。私は、たまたまサイモン先生の著書の記述を思い出しただけなのです」

「いや、その年で彼の著書を読み、なおかつ理解し、的確に指摘できたことが素晴らしい。おかげで希望が持てた。礼を言う」

「そうよ、ありがとう。どれほど私たちが喜んでいるか、どんなに言葉を尽くしても伝わらないでしょうね」

「もったいないことでございます」

 一息ついて上着の皺を伸ばしてたサイモン先生。王太子殿下に再び見つめられ…にらまれて、冷や汗を流す。

「それであるというのに、サイモンよ。何をためらう。血などいくらでも取ってよいと言っておるではないか」

「そうですよ。我が子のためであれは、グラスの一杯や二杯、なんなら桶でも…」

 それは死にます、キャサリンさん。

 母親として暴走する気持ちはわからないでもないけどね。

「王太子妃殿下、あなた様の体はまだ、完全に回復していないのですから」

「そうは言うけれど、サンダー。我が子があんなに苦しんでいるのに、何もしてあげられない。ええ、私にはわかります。あの子だって、ほかの赤子と同じように乳を飲みたがっている。私たちの指を握って、声を上げて、いろいろなものを目で追って、早ければ寝返りだって…」

「キャシー、落ち着いて。そういうこともできるようになるよ。それには、血だ、サイモン!…だいたい、私たちの子のことであるのに、どうして父上に、それは国王陛下に裁可を仰ぐべきことだとはわかっているが、なぜ、私たちに秘密にするのだ!?」

 「こうなるからじゃろうな」とぼやくロス爺。

 うん。さっきからいるよ。気配を希薄にして難を逃れてるずるい人が。

「申しわけありません、王太子殿下、王太子妃殿下。これはあくまで一つの案でして、まだその効果のほども保証できなければ、安全性の確認もとれておりません。また、どれほどの血が必要なのか、また、どのようにマール様に摂取していただけばよいのか、その検証が…」

「マール? どういうことだ、名付けはまだのはずだが」

「そうです、だいいち命名権は我々が…」

「申し訳ありませんカール殿下、キャサリン妃殿下。尊い存在ゆえ、誰もさすがに『これ』『それ』などとは申しませんが、『あの存在』やら『かの存在』やらと、なんだか寂しくて。妊婦の中には、おなかにいる時から、たとえば『チビちゃん』、『ベビちゃん』などと呼んでかわいがると聞いたことがありましたので。勝手に呼び始めたのは私です。どうか子供の戯言と思い、お許しくださいますよう」

「お顔を上げて、フローラ。そう、フローラと呼ばせてもらいますよ」

「キャシー?」

 予想外にやさしい顔を見せる妻に、王太子殿下は驚いたようだ。

「ふふっ。私も呼んでいたのです、『チビちゃん』と。『チビちゃん元気?』『チビちゃん、ママよ』『チビちゃん、早くでてらっしゃい』などと…ありがとう、フローラ。あの子の、そう、マールね。マールの寂しさを汲んでくれて。やさしくしてくれてありがとう」

「もったいのうございます、キャサリン妃殿下。でも、それでしたら元の通り…」

「いいえ。それではマールが混乱してしまうわ。いまの呼び名に慣れているのでしょう? ねえ、あなた。名付けの儀まででも、そう呼ぶのはどうかしら」

「マール、マールか。悪くない。偶然にせよ、私の名前に似ているしな」

「そういえば、どうしてマールなの?」

「その…まん丸なので。すみません」」

「まあ、ふふふっ、いいのよ。確かに、まん丸ですものね」

「名は体を表すか。ハハハッ! なんだか、こちらの気持ちまで丸くなったようだな」

「ですわね」

 絶妙のタイミングで、女官サンダーが皆をテーブルに促す。

「お茶が入りましたので、皆様、こちらへどうぞお越しくださいませ」

 ひとまず落ち着いたと見たのか、一つ部屋を進んで緑の間へ。

「ふぅー…サイモン、悪かった。そなたの考えを聞かせてくれるか?」

「はい、王太子殿下。まず、血が、両殿下の姿形をマール様に伝える手段として最適なのではないかという考えは、先に述べた通りです」

「うむ」

「ただ、その最適な量と、どのようにマール様に摂取していただくかというのが…」

「あれならどうだ。なんといったか、そなたが父上を手術した時に、腕に管をさして血を足したと聞いているぞ?」

「あ、輸血ですか! それならば、マール様にかかる負担も最小限に…」

 ばっと立ち上がるサイモン先生につられたように、王太子殿下も立ち上がる。

 ああ、せっかく落ち着いたのに。

「そなたは頭はよいのに、どうしてそう迂闊なのだ。そもそも、そなたが開発した手法ではないか!」

「お、お怒りはごもっともです」

 興奮することしきりの二人に、声を掛けるのは勇気がいるけど。

「落ち着いてください、サイモン先生! 血には相性があると著書に書いておられましたよ? 親子であろうとも合うとは限らないのですよね?」

「そ、そうでした」

「どういうことなのですか、サイモン?」

「はっ、王太子妃殿下。人の血には四種類から六種類の種類があると、私は見ています。相性がよければ問題ないのですが、相性の悪い血を輸血してしまうと、体内で血が固まり、輸血された者は死に至るのです」

「なんということ!」

「そんな危険なことをそなたは試みようと…いや、父上の時はどうしたのだ!? 父上もそんな危険な目に?」

「いいえ、いいえ。国王陛下の時には念には念を入れて、絶対に大丈夫な相性のものであることを何度も確かめてから、事に及びましたので」

「他人のものでも大丈夫なのか?」

「はい、相性さえ合えば。ただこの組み合わせがなんとも掴みづらく、いまだはっきりしません。事前に採取したものを混ぜ合わせて確認するしかない次第で、面目ございません」

「ですが、あなた。いくら他人の血が合おうとも、今回は私たち両親、二人共の血が合わなければ…」

「ああ、なんということだ」

 一気に絶望モードの二人。二人共がO型なら、話はだいぶ簡単になるんだけど。

 いやいや、前世とまったく同じとは限らないし、ここは専門家に任せるしかない。つまり、サイモン先生だ。

 実際そんなに量が必要だとは思わないけど、血の一滴とはいえ体内に入れて大丈夫かどうか、私には判断がつかない。

 なんにせよ、ここまで追い詰められてる若夫婦をそのままにしておくのは不憫だ。

 こういう時は、気休めでもなんでもやることがあった方がいい。

「ご提案があるのですが、聞いていただけますか?」

「…なんだ?」

「ええ、なんでもいいわ。言ってちょうだい」

 藁にも縋る気持ちなんだろう。特にキャサリン妃殿下は、いまにも倒れてしまいそうな顔色をしてる。

 産褥期を終えたにしても、心配事は多いし、いまだ体調が万全じゃないってサンダー女史も言ってたよね。

 こんなことでも希望になればいいんだけど。

「輸血等のことはサイモン先生にお任せするしかありません。いま、簡単にできることを試してみませんか?」

 実際、前世知識の通りなら、情報を伝えるには血の一滴でも多すぎるくらいなのだ。

 なにせDNAはそんなに大きくないもの。

「ええ、そうね。なんでもやってみなければね」

「ああ、やってみよう」

「サイモン先生、両殿下の指先にちょっとだけ針を刺して、ほんの一滴、血を滲ませるようにお願いします。ええ、ぷくりと盛り上がらせるくらいで」

「あ、はい」

 手術や輸血をするくらいの医者だ。知識もしっかりしていて、彼の持ち歩いている医療鞄の中には、必要なものがすべてそろっていた。

「では、マールのところへ行きましょう。あ、申し訳ありません。敬称も付けず…ですが、その」

「ええ、わかるっているわ。大丈夫よ。マールがそれに慣れているのでしょう? そのまま呼んであげてちょうだい。…それにしても、フローラの方もずいぶん慣れているのね」

「同じくらいの歳の弟がいますので」

「まあ、そうだったの。道理で。よいお姉様なのね」

 側で聞いていた、王太子殿下のまとう空気までやわらかくなったのは、気のせいじゃないだろう。

 訳のわからない幼女から、共感できる感情を持った子供に昇格したらしい。

 サンダー女史に《クリーン》を掛けてもらって、白の間に入室。

 ロス爺。今日はずっと見学者に徹するつもりなのか。

 でも、いてくれるだけで安心感が違う。

 間違ったことをしようとしたら止めてくれるだろうし、ほかの誰にもどうにもできないことでもなんとかしてくれそうだし、どうにもならなくなったら連れて逃げてくれそうだ。

「王太子殿下、王太子妃殿下。マールに触れてもよいですか?」

「ああ」

「ええ、お願いするわ。私たちに気を遣う必要はないわ。マールのためだもの、いつも通りでよいわよ」

 はい。そう言ってもらえると気が楽です。

「おはよう、マール。マールちゃん。朝ですよ~。おっきしたかなぁ、まだねむねむかな~? いまねぇ、マールのパパとママがきてるの~。そう、うれしいねぇ~」

 ゆっくりと曖昧だった上下運動が、少ししっかりして、速くなった気がする。

「じゃあ、パパとママにかわるね~。またね~。…王太子殿下、王太子妃殿下。お目覚めになったようです」

「まあ。ああ、確かに言われてみれば!」

「そんなにはっきりわかるものなのか?」

「もう、殿方はこれですから」

 言い合いをしながらもそっと我が子に触れる若夫婦。

「マール、いい子にしてたかい。お父様だよ」

「マール。可愛い、いい子。今日も良いお天気よ。歩けるようになったら、お母様と外をお散歩しましょうね」

 やさしく触れる手はそのままに、それからどうすれば?と目で訴えられる。

「サイモン先生、お願いします」

 両殿下のもう片方の人差し指を消毒し、血をぷっくらにじませる。

「両殿下同時に、マールにそれを付けてあげてください。絶対に効果があるという保証はありませんが、もし、この方法が有効ならば、必要な血の量が不明でも、毎日くり返して行けば、いずれ最適な量になるのではないでしょうか?」

「そうか。毎日か」

「ええ。うれしいわ、あなた。毎日、我が子のためにできることがある」

「ああ、私たちにもできることが。…マール、これがマールのお父様だよ」

「マール、これがマールのお母様ですよ」

 二人は示し合わせるでもなく同じ言葉を言い、同じ動作をする。

 私がイメージしてたのは、ウェディングケーキ入刀みたいなものなんだけど。

 共同作業をすると気持ちも寄り添うっていうしね。

 まあ、本当に気休め。

 もし、万が一効果があるにしても、今日明日のことじゃないだろう。

 そう思ってたこともありました。

「え? マ、マール?」

「あなた。マール、マールが!」

 あっという間に一回り大きくなるマール。まるでパン生地の発酵を早回しで見てるよう。そして、まん丸だった体は、見る見るいびつな星形になる。いちばん大きな角が丸くなり、対角する二つの角は長くのび、ついで残りの二つがほどよく伸びて、丸は頭に、長きは足に、続く二本は腕になり。指が生え、爪が形づくられ。同時に、頭の表には凹凸が生まれ、でっぱりは鼻に、へこみは口に、両脇には耳ができ、うっすら別の色が透けたようになった瞼が開くと、濡れた瞳が現れた。まつ毛が生え、髪が生え。気付けば、そこには美しい赤ん坊が。

「マール、マール。おおっ…」

「マール、マール、お母様よ」

「ああ、お父様だよ」

 二人は涙を押さえることもせず、我が子に手を伸ばす。

「あ~」

「まあ、声が。あなた、聞きまして? マールが話しましたよ」

「ああ、聞いたぞ。それに、ほら、手の力もこんなに強い」

「そうですね。私たちの指を一生懸命握って…それに、ご覧ください! この瞳はまさにあなたの色です」

「ああ。髪はキャシー、君の色だ。先がくるんとしているところまでそっくりじゃないか」

「鼻筋の通り方はあなたですわ」

「ぽってりした唇は君だ」

「ああ」

「ええ、なんて幸せなんでしょう」

 あー…こっちまでもらい泣きしそう。って、思ってたんだけど。ここまでくると甘々すぎて、ちょっとウザイかな。

「おっ、それにほら。マールは男の子だったんだな、可愛いな」

「もう、あなたったら! 風邪でも引いたら大変よ。うっかりしていたわ。ごめんなさいね、マール」

 自分の羽織っていたストールでさっと赤子を包むあたり、さすがは母親。

 お嬢様育ちで初めての子供のはずだけど、子を得て学んだのか、年の離れた兄弟でもいたのか。

「よくやった。まさか、こうまでうまくいくとは思わなかったぞ」

 いつもの爺の演技はどこへ行った?って体のロス爺も、やはり感動してるのだろう。

「ロス爺が、下地をつくってくれてたからじゃないですか? 後から思えば、二重三重にいいことやってたんですね」

 うん。ただのエロ爺じゃなかった。

 でなきゃ他人の子のために、毎日毎日三か月間も、授乳まがいのことはしないだろう。

「う~ん。言われてみれば、そうであるかもなぁ。やるな、儂」

 一人の赤子と、その家族を救ったのだ。ちょっと調子に乗るくらいいいだろう。

 実際、はじまりはロス爺の魔力。

 それによってかろうじて命をつないでいた体は、同時に質の良い魔力で満たされていた。

 そして、本能的に子が両親の子でありたいと強く願っていたこと。

 そこへ与えられた遺伝情報のつまった血。

 それらがうまく噛み合った結果…安易に奇跡なんて言葉は使いたくないけど。

 マールが無意識に使った魔法だって言っても、誰も否定はできないんじゃないかな。

 ちなみにクロムウェル侯爵家の侍女は、王宮の中心部に向かう、彼女にとっては限界領域にあたる扉の前で待っていた。

 昼頃になっても私が出てこないので、図書館の扉の前の衛兵から司書に問い合わせてもらい、司書から私が女官サンダーに連れ去られたことを聞いて、こちらだろうと当たりをつけたとのこと。

 自分で考えて行動してる。うん、偉い。

 私も、サンダー女史に抱っこされた時は、また裏口から図書館に戻って、ふつうに正面口から出ればいいやと思ってたんだけど。

 いろいろあってコロッと忘れたからね。

 互いに無駄足踏まずに済んでよかったです。



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