26、霊力
私はそこまで度胸が据わってないから、心配事はすぐに解決したくなる。
「…人間が霊力を使ったら、精霊は怒りませんか?」
「気にする必要はないぞ。霊力はやつらのものではないし、やつらもそのように考えている。太陽の光と同じだ」
なるほど。よかった。
「ただし、霊力に死骸を乗せて飛ばすのはやめた方がいい」
「あー…《ネクロマンシー》は嫌われますか?」
「いや、そういうことではない。親しき者の遺骸を利用されでもしなければ、やつらは気にもしないさ。ただ、フーだとて、自分の家の庭先に、故意に虫の死骸を投げ込まれたら、少々気分が悪かろう? その程度の話だ」
「わかりました、気をつけます。アドバイスありがとうございます」
今回はたまたま、対象のロスがキャッチしたからよかったものの、あのまま距離を伸ばしていたら、精霊の里をまで届いて、妙な挑発と受け取られてもおかしくなかったわけだ。
怖いもの知らずと思われてるみたいだけど…実際、知らないって怖いなぁ。
それでなくても、納得する端から疑問が湧いてくるから困ったもんだ。
「…精霊って体、あるんですか?」
「あるといえばある、ないといえばない」
どっちだ。
「ようは霊力の塊なのだと思うが、中には変わり者もいてな。ほれ、お主も目や耳をつくっているではないか。そうやってつくった体で畑を耕し、牛を飼い、人のような暮らしをしている者が数は少ないがいる。精霊の死とは霊力として霧散することで、まあ、そんなこともまずないから、フーが考えたような精霊の死体など、さすがに儂も見たことがないな」
ふむふむ。
「勉強になります」
かえすがえす、自称二百歳弱の爺様の話を鵜呑みにしてる自分が不思議だ。
侍女が《スリープ》を掛けられた時のように、不自然な魔力の流れはないから、私がなんらかの魔法の影響下にある可能性は限りなくゼロに近い。
それが嘘を吐かれてないって証拠になるわけじゃないけどね。
違う世界ではあるけど、それなりに人生経験を重ねて、信用していい相手かどうかかなり正確に見分ける自信がある。
それでも、前世ではもっと警戒してた。
王宮にいる時点で、身元がしっかりしていて、社会的信用があることは確かなんだけど。
これがものの本で読んだ、不良が猫を拾ったら…って状況と心情かな?
エロい変態だと思っていたら、意外に責任感があって、博識で、親切だから。
いまのところあくまで自己申告だけど。
じーっと見てても、目を逸らしもしない。
「なんだ、儂に惚れたか?」
「…いつも、そんなことばっかり考えてるんですか?」
「当然だ。男がスケベでなくてどうする」
堂々と言い切るか。
「せいぜい、後ろから刺されないように気を付けてください」
「おう!」
これはもう病気だ。お医者さまでも草津の湯でも治せないってやつだ。
「…キャンバスが白いと便利だなと思って見てたんです」
「ほう?」
相手はかなり年上で、経験も知識も技量もずっと上だから、気にする必要はないかもしれないけど。
仮にも仲間を名乗るなら、何かしらお返ししたい。
たんに、このいろんな意味ですごい老人をびっくりさせたいって気持ちもある。
そういうの好きそうだし…
私は、わかりやすく指先に青い光を灯す。
それを薄く広げていって、ピンクのドレスに重ね合わせる。
紫のドレスだって、きっといまの私には似合うはずだ。
生地を染め変えてるわけじゃないから、重ねた色付きの光を散らせば、元の色に戻る。
「光に色をつけるなど考えたこともなかったな」
「ちまちましたことが好きなんです。もとの色より薄い色にはできないって欠点もありますし…」
光をまとわせることで、金髪を白金に見せることはできるけど、銀髪は無理ってこと。
「謙遜する必要はない。十分、面白いではないか」
「一度見ただけで」とか人のことを言ってたけど、それはこの爺様も同じこと。
いきなり髭と髪を濃い金色にしてる。
もともとの色がそうだったのかな。
すぐには脳が慣れなくて、私としては違和感がすごいけど、本人は至極満足そうに摘まみ上げた髭をながめている。
《収納》からとはわからないように手鏡を取り出して差し出すと、何度も角度を変えてチェック。
「うむうむ。これはいいな、だいぶ印象が変わる」
見る間に、赤毛、焦げ茶、そして黒へと変えていく。
スムーズ過ぎて怖いくらいだ。
「ますますモテてしまうな、ヒヒヒッ」
堂々としてるからか、ヒヒ爺って印象からは程遠い。
本人がいちばん落ち着くらしい、ダークゴールドのライオン丸だとよけいに。
「十歳は若返りますもんね。でも、女性には誠意をもって当たってくださいね」
「言われんでも」
個人的には白髪がいちばん似合ってると思うけどね。




