25、仲間
「フローラとやら。儂に合わせて歩くのはつらかろう。抱っこしてやろうかのぅ?」
意外といったら失礼かもしれないけど、彼がふつうに人を気遣えることに驚く。
でも、私がうなずく前に侍女が行動してた。
「閣下。僭越ながら私が…」
さっと私を抱き上げて、付き従う素振りを見せる。
形的には従順でも、醸し出す雰囲気は「うちの小さなレディになにするんじゃ~!」と言わんばかりのハリネズミ対応。
対して、余裕の態度を崩さないラビット公爵。
「儂は、女子供にはやさしいのじゃぞ」
「…存じ上げております」
ほ~う、やっぱり有名なんだ。
思わずニヤリとした私に、閣下はなんともいえない表情を見せる。
「…儂の執務室でよいか」
もう広さでは驚かないぞっと覚悟を決めてたのに、やっぱり驚く私。
なに、ここでダンスでもするの? 剣術の稽古だってできるね。
地味な色合いなのに、とってもお高そうな調度品を破壊するのが怖くてできそうにないけど。
「そこに掛けるがよかろう」
勧められたソファに私を下ろして、侍女はその後ろに立つ。
「そなたも掛けたらどうじゃ」
「いえ。お気ちだけありがたく…侍女としての職務を全うさせていただきたく存じます」
「左様か。もっとも、そなたのような美しい女子は、立っていようと座っていようと麗しいことに変わりはない。儂がもう三十も若ければ…」
目で追えないほど素早く動いたラビット公爵は、穏やかな寝息をもらす侍女を支えると、そっとソファーに座らせ、楽な姿勢をとらせる。
ほうほう。いわゆる《スリープ》か。
たぶん、気持ちのガードが固いと掛からない魔法なんだろう。
最近、年下の従僕と付き合い出した彼女は、けして爺専ではないはずだけど、この爺様相手ではその魅力に抗えなかったようで、わざとらしい誉め言葉にほんのり頬を染めていた。
そこですかさず睡眠ホルモンでも、本人の脳から出させればいいのかな?
えーと、メラなんとか。名前は忘れたけど、なんかそれっぽいもの出ろ~。
「一度見ただけで再現するとは…とんでもないやつだ」
なんかぶつぶつ言ってるけど、案の定ブロックされた。
「勝手に魔法を掛けようとしたことについては、お怒りにならないのですね」
「そ~の、胡散臭い話し方、やめぃ」
「御心のままに。…これでいいですか?」
「あまり変わったように聞こえんが」
「さすがに年上の人に、いきなり同年代の友達と話すようには無理ですよ。でも、おいおいもっと砕けていくと思います。期待しててください」
実際、そこまで慣れるには一月くらいはかかるかな。
「…そうしよう」
「ところで、あなたのことはなんと呼べば?」
「爺でも、ロスでも、ノートでも好きに呼べばいい。ただし、ラビットと、公爵や閣下は御免被る」
「わかりましたロス爺。私のことは、フローラかフーと。今後、お前呼ばわりはやめてください。不愉快なので」
前世、思っても言えなかったことがするりと口を突いて出た。
ちょっとドキドキするけど、解放感っていうのかな? とてもいい気分だ。
「相わかった」
ロスはロスで爺っぽい話し方は素じゃないらしい。
「して、おま…フローラの目的はなんだ? 自分の特異性は理解しているな?」
「してます。私はたんに魔法について語り合ったり、それぞれが工夫したことを教え合う仲間がほしかっただけなんです。もちろん誰でもいいわけじゃなくて、知識や技術、ある程度の用心深さを持った人を探してました。ロス爺も、ちゃんと隠してますよね? 言ったとしても国王陛下くらいですか?」
「うむ。よい読みだ。もっともやつが知っているのは、儂が少々人より魔法が使えるということくらいだから、安心してよい。いくらなんでも、自身が治める国の根幹を揺るがすことなど望んではおらぬだろうよ」
「やつ…」
「儂はもともと根無し草なのだ。冒険者というやつよ。やつが若い時分に少々世話をしてな。一度手を出したのだ、最後まで面倒をみるのが道理だと思い、時々助けてやっているのだ。なに、公爵などというのも、一代限りのたんなる肩書。金はもともと十分持っている」
「秘密を知られたところで、いつでも出ていけるし、それで済むってことですね」
「そうだ」
ちゃんと足場は確保してる。逃走ルートもバッチリ。そもそも誰にも負けない力がある。いいね!
あとは、あちら様が私を気に入ってくれるかどうかなんだけど…
「しかし、仲間、魔法の仲間か。いいなぁ。よし、なろう」
「いいんですか?」
まさかこんなにあっさり承知するとは思わなかった。
また例のジェスチャーでもして、爺様なりの罪悪感をあおるなり、おどすなりするようかなと思っていたところ。
エロ爺という欠点さえなければ、好ましく思える相手だし、その欠点も自分の目に触れなければないも同然。
「よかろうよ。儂の知識は深く、儂は強いぞ」
私も自分の身は自分で守れる自信がある。たとえ、ロス爺に裏切られてもだ。
なにせ尽きせぬ魔力を持ってるわけだから、勝負の勝ち負けはあっても、互いに命を取ることはできないはず。
うん。こんな安心感、前世ではついぞ感じることがなかった。
「うれしいです」
「…そうはいっても、魔力の量ではすでにフーに抜かれているがな。お主、もうそれ以上年をとれんぞ」
「ふぁっ!?」
目を見開き、手足をつっぱった私を見て、ロス爺が笑う。
「なんだ、面白いやつだな。儂を幾つだと思っていた? すでに齢二百にも届こうかというところだぞ? つまり百数十年前には、体の成長…老いともいうがな、それが止まったわけだ。その時の儂より格段に多い魔力をすでに保有している。それがどういうことか、理解できぬお主ではあるまい」
いや、ちょっと待ってほしい。
そりゃ、ガンガン思うがままに魔力を増やしてきた。
利点しかないと思ってた。
不老? まさか、そんな弊害があるとは…
「いまさら落ち込んだところで、どうしようもあるまい」
「そ、そうですね。どうにもならないことをどうにかしようとしても意味ないですもんね」
うん。そうだった。
ふぃーっと息を吐いた私は、無理なく笑えた。
なんか、この爺様と一緒にいると気が楽だよ。
難しいことなんかなんにもない気がしてくるし、あったとしても、手に負えないものは投げちゃっていいなんて、蓮の穴をのぞくよりよほど目の前が明るくなるね。
いつ以来だろう?
落ち込んだり、ごちゃごちゃ考え込む前に、言いたいことが言える。
もしかしたら、喧嘩だってできるかも…
魔法仲間ってだけじゃなく、こういう存在ってとっても貴重だ。
彼が嘘を言っているなんて微塵も思わないもの。
「そこまで切り替えが早いと、さすがに驚くぞ」
「いや、ロス爺が言ったんですよね。どうにもならないって…んん~? でも、細胞分裂させて成長させていけば」
「…もう、そこに行きつくか。細胞だの分裂だのはよくわからんが、成長…つまり老いることは可能だ。魔法を使って強引にな。ただし、戻れぬ。若返ることはできぬから、よくよく考えて行うことだ。精霊児の貴重さを知らぬわけでもあるまい」
「精霊児?」
「まさか、そこからか…聖典は?」
「一応、すべて読みました。あ、大人の口をきく幼子のことですか?」
「そうだ。しかし、世間一般では、少々血の巡りのよい子供の一時の姿をそう呼んでいるにすぎん。本来は、お主のように早くに成長を止めた者のことを言っていたのではないかと、儂は思っている」
「精霊の子ですか? 私はふつうに人間の親から…」
転生者がふつうと言えるかどうかはこの際、関係ないよね?
「生まれではない。ごくふつうに魔法を使っているだけでは、こんな体にはならんのだ。精霊と同じように霊力を…フーは魔力をどのように捉えている? いや、見ているな。儂と同じように。何色に見える?」
「金色です。あ、でも、空気中に漂ってる糸状のものは…透明だけど、敢えて言うなら銀色?」
「そうだ。それが霊力だ。それを辿って行けば精霊の里に行きつくぞ」
「ほんとですか!?」
「儂は実際に、何度も訪ねている。人間はあまり歓迎されんがな。フーならば、やつらも少し対応が変わるかもしれん」
「私?」
「見た目が大事なのよ。奴らは幼子は清いと思っている。爺は汚らわしいのだと」
「…ロス爺が誰かれかまわず口説くからじゃないですか? 精霊って美しいんでしょ?」
「ハハッ! わかってしまったか」
わからいでか。
まったく、この爺様は。自由奔放でうらやましいかぎりだ。




