24、兎
やっとこさ、王宮図書館の入館許可証を手に入れることができた。
「ありがとうございます、アマンダ姉様」
少し前から彼女は、「気持ちの上では間違いなく姉妹なのだから」と言って、私にこう呼ばせている。
「何かあったらすぐに、まわりの人に助けを求めてね。きっとみんな親切に、あなたを手助けしてくれるわ。なんといってもこんなに可愛いんですもの、フローラは」
姉馬鹿に拍車が掛かっているようで、義妹(仮)としては少々心配だ。
学院生である上に、政務にも携わってるせいで忙しすぎる第二王子とは、会わずに済むのがありがたい。
本来なら、王宮入場許可の口添えに、お礼を申しげなければならないわけだけど。
緑のヘンタイさんだけでおなかいっぱいなので、ほかの濃そうな人たちとは、まだ当分会いたくない。
身支度した私はいそいそと、件のイヤリングを身につけた。
まあ、魔力保有量だけでもわかると思うけど、念のため。
いちばんは、相手の驚きをできるだけ濃縮させて、その顔を見たいから。
馬車から降りて、「知らない人についていったら駄目よ」とさらに念を押す、心の義姉(十一歳)に手を振ってわかれる。
侍女も付いてきてるけど、入館許可証のない彼女は図書館内には入れないんだそう。
「こちらでお待ちしております」
適当に息抜きしててほしいけど、そう言うのは相手のプライドを傷付けることになるらしい。
「お願いね」
せいぜい可愛らしくお願いするくらいだ。
プロのお姉さんの笑顔が眩しいぜぃ…
「なにかお探しですか?」
司書らしきお姉さんも、これまた美人でやさしそう。
せっかくなのでお願いしてみよう。
「魔法やスキルについて知りたいのですが」
「ではこちらです、ご案内します」
こっちの歩幅まで気遣って、ゆっくり歩いてくれる。
「お取りしましょうか?」
誰もいなければ、魔法の《手》で取っちゃうけどね。
「お願いします。そちらの『魔法一覧』と、『スキル辞典・改訂版』と…」
三冊ほど棚から出してもらって、閲覧用の机まで運んでもらう。
「お手数をおかけしました」
「いいえ。必要でしたら、またいつでも声をおかけください。では、ごゆっくり」
じつはこの辺はすでに目を通したものばかりだから、読んでるふりで、空気中の魔力の糸をどんどん取り込む。
宮廷魔法師のいる王宮でなら、素ではまだ紛れてた私だけど、光量三を超えたあたりで反応があった。
私の現段階での光量十を超える魔力の塊が、どんどんこちらに近付いてくる。
私はかまわずどんどん魔力を取り込みむ。
そして、光量十三。満タンの十三倍だ。
「なんじゃ、お前…」
立ち上がって待ってた私の前に、緑のヘンタイさんこと将軍サマがいる。
両膝に手を置いて、尻が床につくぎりぎりまで屈み込んでも、まだ私より頭が上にある。
さらに下げられ前に突き出される顔。
「図書館では、お静か…」
さっきの司書さんかな?
鋭く発せられた決まり文句も、尻切れトンボになるはずだ。
えらい存在感、すごい迫力だもの。
私が持ちこたえられているのは、これが魔法の変態だって知ってるから。
「目が潰れそうじゃの」
文句を言うなら、そんな間近で見るのやめればいいのに。
たぶん、魔力でフィルターでもつくって防御してるんだろう。
コンタクトみたいなサングラス?
いいかも。この爺様も、人のこと言えない眩しさだから。
私もさっそく自分の目を防護。
光があること自体はわかるけど、眩しくなくて、あー、楽。
ほんと、この人と会うだけで、魔法にかんしてはいろいろ進むなぁ。
まじまじと人の耳、正確にはイヤリングを見ているヘンタイさんに向かってカーテシー。
「む」
すっと立ち上がった姿勢のよい老人は、まさに壁だ。
「ラビット公爵、ロス・ノート・ラビットじゃ」
兎! 緑のヘンタイで巨人な爺様は兎さんだったよ…
驚愕に目を見開かないようにがんばって、なんとかそれを達成した私。
「クロムウェル侯爵が側室カトリーヌの連れ子、フローラ・シャムロックと申します」
「うむ。楽にせい」
ここまでは貴族の定型文ってやつかな。
「なんなんじゃ、もう…ボイン、バイーンの妖艶な美女だと確信しておったのに」
私が小さな手で「ちゃちゃつぼ」をして見せると、将軍サマはがくりと項垂れた。
「こんなちんまいガキんちょに、儂はなにを…」
私が想像してた以上のダメージがあったらしい。
いや、去勢する必要がなかったようで、よかったよかった。
「こ、ここは皆様がべ、勉強する場所です。お静かにできないのでしたらっ、ご退出を!」
その後、私たちは、勇気を振り絞った司書に図書館から追い出された。




