20、イヤリング
はじめは紙を蝶々の形に切り抜いて、部屋の中で飛ばしてみたけど…これはどう考えても悪目立ちする。
関係ない人たちにまで気付かれちゃうからね。
そこで庭先に落ちてたトンボの死骸を使うことにした。
…ナムナム。
私の魔力で満たして羽ばたかせる。
む、むぅ? 羽の角度や、動かす順番なんて知らないからなぁ。
しばらく激しく乱高下。
あきらめて、「まあ、生前通りにやってみてよ」って気分で本人(?)に任せたら、うまく飛ぶようになった。
この魔法を便宜上、《ネクロマンシー》と呼ぶことにしたけど、当然トンボが生き返ったわけじゃないし、あえて魔力で補強するのはやめたから、そう遠くないうちに風化して土に還るだろう。
私が込めた魔力の減り具合をみるに、放っておけば数時間後には墜落する。
例によって空気中の魔力の糸をつなげて、半永久機関のできあがり。
まあ、トンボさんの羽がもげるまで?
あとは魔力の糸が切れやすいって欠点を、私の魔力でコーティングすることで解決する。
ずずずいっとな…
指先から魔力を出しながら、かつコーティングしながら、わざと木のまわりを一周してみると、トンボにつながる見えない紐は見事に木の幹を透過した。
「行っといで~」
はじめは半径一キロくらいから始めようかな。
少しずつ範囲を広げて、三日目にヒット!
慌てて侯爵邸のいちばん高い塔に登る。
釣りはしたことがないけど、魚が餌に食いつくとこんな感じなのかな。
心なしか軽くなった後、なんとなく手応えが重い。
すぐに引っぱっていいのか、もう少し待った方がいいのか。
《鷹の目》でも、せいぜい三キロ先の人の目の色がわかるくらい。
いや、十分すごいと思うけど、いま対象はその倍くらい先にいて、しかも深い森の中だ。
試しに少しだけ引いてみると、テグスのような魔力ががピンと張られる感覚。
魔力を集めた目には、キラキラと光る糸…魔力線とでも呼ぼうか。それが北東の方角、川を二つ越えたあたりまで続いているように見える。
距離がある上に、私が不慣れなせいで、微妙に移動してる感じだけど、それが徒歩なのか、何かに乗ってるのかさえ判断がつかない。
これ以上は引けないなぁ。
でも、向こうに強引に引っ張られているわけでもないし、線を切られたりもしていない。
相手がいま何をしてるのかは、想像するしかないけど。
私だったらまず調べる。興味を持ったら、コンタクトをとろうとする。
相手が何かメッセージ的なものを添付してるなら、邪魔はしたくない。一日くらいは余裕で待つつもりだけど。
…せっかく有線なんだから、画像とか音とか送れないもんか。
後から思えば、トンボの死骸をカメラ及びマイク代わりに、データに変換してこっちに送らせようなんて考えたのが、そもそもの間違いだった。
ふわっとすら理解できてないものを形にできるわけがない。
目や耳、脳に直接つなぐのは怖い気がして、手鏡とグラスを使った点は自分を褒めたい。それくらいは《収納》に入ってるからね。
QRコードもどきの白黒の模様と、男か女かもわからないガサガサした歌声らしき音。
がっかりした私の手元で、魔力線がピンピンッと微かに揺れる。
気持ちが一気に持ち直す。
引けってこと!?
待てましたとばかりに高速で回収。
シュルルルーーーッ
やっておいてなんだけど、よく建物に激突してバラバラ、なんてことにならなかったものだ。
ちゃんと自力(?)で飛行するなんて、トンボさんよくがんばっ…
命なきものを労おうとして、私はその場で文字通り跳び上がる。
ウギャァ! へ、変態だぁぁぁ!!
私のトンボにもう一匹、トンボがくっついてるのはいいとして、なぜに交尾の形にした!?
私だっておぼこを気取るつもりはないけど、これに直接触るなんて汚らわしいわ!
瞬時に手に魔力の膜をまとわせ、エロトンボを掴んで引き剥がす。
ブチッとな。
「お、おぅ…」
すごい。
興奮して気付かなかったけど、イヤラシトンボは完全に魔力だけでできていた。
正確に言うと目だけは違う。
ぽろぽろと零れ落ちて、柵の向こうに転がって行こうとするそれを慌てて拾う。
ええ~、ナニコレェ…
私にコレをどうしろと?
緑色だからエメラルドかな…って思うくらいで、本当のところはわからない。
真っ先に《鑑定》しなかったことを反省しながら、《気配察知》や《探索》まで駆使してみたけど、宝石(仮)にも周囲にもそれらしき魔力の残滓は見あたらなかった。
あくまでふつうの魔力が、あるべき形、あるべき濃度で存在してるだけだ。
これまた、すごい!
自分の外の魔力を自在に操って、物体化できるってことでしょ?
ふつうに魔法を使うと、その人の魔力がほんのわずかだけど、しばらくその場にただよってるものだからね。
生き物も、モノも保有する魔力はそれぞれ違う。濃度っていうか粒子の配置っていうか…魔力紋とでもいえばいいのかな。
それはともかく、外の魔力を直に使えるなら便利だ。
自分の中に取り込むっていう一手間が省けるし、そこで魔法を使ったって証拠を残さなくて済む。
いや、別に悪いことをする気はないし、いまのところそういう調査ができる人は限られてるだろうから、そんなに気にする必要はないと思うけどね。
手本を示されたも同然で、「できるはずだ」っていくら自分に言い聞かせても、手や指をもにょもにょ動かすだけで終わってしまった。
こんなつながりのない状態じゃ、せっかくトンボの形にしても、うまく飛ばせないだろう。
…だからこそのあの形か。
納得はしたくないけど、自然界ではああやって飛んでるのよく見かけるもの。
なんかすごい魔法使いがいることはわかった。
あっちの方が明らかに上手で、それ以外、どんな人物なのかまるでわからない。
でも、あまりにも高速で回収したせいで、向こうも私を特定できなかったんじゃないかな?
方角くらいは把握しただろうけど、あれだけの距離があるとね。
せいぜい王都の貴族街ってくらいしかわからなかったはず。
トンボの目玉に、物理的に細工がされてることはされたけど、どうやってか金箔が二、三埋め込まれているだけで、視覚的に特徴を与えたつもりなんだろう。
宝石としての価値は損なわれてるはずなのに、綺麗だし、技術的にも見事だ。
前世でもこんな高価なプレゼントはされたことがないから、相手が変態であることに目をつぶれば、わりと浮き浮きしてる。
いやいや。ふつうに考えて、見ず知らずの人間へのメッセージに宝石なんか使うはずがない。
ガラス玉かなんかだよ、きっと…うん。そういうことにしておこう。
それでもここまで綺麗に加工してあると、それなりに高そうだけど、そっちの方が気楽で、私には丁度いい。
これだけ露骨にエロいと教会関係者じゃないことは確かで、その点では安心だし。
たぶん、これを身につけていれば、向こうが私を「見つけるよ」的なメッセージなんだろうな。
うわっ、怖っ。キモッ。
私は両腕を擦りながら、そのくせ《収納》に溜め込んだ貴金属の何が合うかなんて考えてる。
「よくやった」って上から目線のご褒美だったら、それはそれで業腹だけど。
私だって、魔力の具現化くらいできるんだから!
まあ、一度、自分の中に取り込んでから…つまり、自分の魔力でしかできないんだけどね。




