18、婚約
いわゆる本葬を終えれば、私的にお茶会を開いたり、王宮に出仕したりしてもかまわないらしいんだけど。
せっかくの慶事にケチが付かないように、婚約するのは一年後までおあずけになっていた。
誰の話かって?
なんとアマンダは、成人した暁には、第二王子妃になるのだ。
かつてクロムウェル侯爵家で開かれた、子供同士の友好をうながすことを目的としたお茶会に、お忍びでいらした第二王子殿下に見初められたらしい。
アマンダ二歳。
第二王子は六歳。早熟…っていうより、いろいろツッコミどころ満載だぁ。
「当時お父様は子爵ではあったのだけど、その身分では王族とご縁を結ぶには憚りがあったのね」
うん、それはメイドの噂話で知ってた。
聞いた時はびっくりしたよ。
名誉子爵にしても、それなりの年金はもらってたはずで、いったいそれはどこへ?
それがあれば、カトリーヌは働かなくてもよかったんじゃ…
でも、チャールズは先々代に勘当される時、「爵位もお金もいりません。私は絵を描いて食べていきます」って啖呵を切ったらしい。
そもそも正妻であるグロリアと、その子であるアマンダにこそ優先権があるわけで。
貴族としての義務も、夫としてのつとめも放り出して、家出したのだ。
残された妻子は相当嫌な目にあったはずで、元凶を袋叩きにしてもいいくらいだ。
閑話休題。
とにかく、侯爵令嬢となったアマンダは、誰にはばかることなく王族と縁を結べる。
第二王子が侯爵家に婿入りしてもよさそうなものだけど、そうするには惜しいほど優秀らしく、新たに公爵家を立てることになるようだ。
「災い転じて福となしましたこと、合理をよしとした先の侯爵閣下も寿がれるに違いないと存じます」
「ふふっ。ありがとう、フローラ。あなたの物言いは、あいかわらず気が利いているわ」
「恐れ入ります、アマンダ様」
呼んでもないのに一緒にお茶をしている我が姉エリザベスもあいかわらず。
「なにそれ! ず…いいなぁ。あたしも王子様と結婚したい!」
『ずるい』を禁止されたエリザベスは、多少は人の話を聞くようになり、言い換えをするなどの小技を身につけたものの、性格が変わったわけでも、頭が特に進化したわけでもない。
「いつかあなたにも、その時のあなたにぴったりの王子様が現れるわよ」
「ほんと? 姉様、いつかって、いつ? あした? あさって、しあさって?」
「まあ、そんなに早くはいらっしゃらないと思うけど。でも、何があるのかわからないのが世の中ですから、それに備えておかなければね」
「…つまり、どういうこと?」
「マナーの習得や、お勉強をがんばりましょうということよ」
「うへぇ~…」
せっかくつけてもらった家庭教師を撒くことばかり考えてるエリザベスには、耳の痛い話だろう。
でも、この子、見目だけはいいからなぁ。
アマンダはグロリアによく似た、いかにも賢そうなきつめの美人。
エリザベスは庇護欲を誘う、いわゆる男好きのする美少女だ。
中身は全然可憐じゃないのに、そんなふうに讃える手紙をよくもらってる。
こっちは見たくもないのに、見せてくるんだ。
そんな女を「花」とか「虹」とか「妖精」とか。恋文じゃなくて変文の間違いじゃないの?
実際、もらった本人が「よくわかんない」婉曲表現が多く、「だってこの人、王子様じゃないんでしょ?」と、にべもない。
「その気がないなら受け取るべきではないし、これまでいただいたものには、きちんとお返事を書きましょうね」
アマンダに諭されて、「…わかったわ」とは言ったものの、なんで私を見るかなぁ。
しぶしぶ代読は引き受けても、返事の代筆は断固拒否する!
もっとも、純粋に姉の見た目にポーッとなってるのは三割くらいで、あとは将来を見据えて計算してる子、さらに大人の思惑なんかも絡んでたりする。
前世の記憶持ちとしてはマセすぎだと思うけど、平均寿命を鑑みれば、倍速とまではいかないまでも生き急がなきゃならないんだろう。
エリザベスの教会通いが続いてるのも、侯爵家というより教会側の意志による。
当然、彼女が向かう先はあの下町の教会じゃなくて、貴族街にある大聖堂だ。
修練の場として通されるセルは狭く、可能なかぎりシンプルにあつらえてあるらしいけど、そこでは毎回、お茶やお菓子が用意され、魔法の指導も見目のいい見習い司祭がマンツーマンで行うんだとか。
それだけ《光魔法》に価値があるってことだね。
なにせ、極めれば《浄化》を行えるようになる。
実際、聖女によって《浄化》された場所では、人々の不調が起こりにくい…らしい。
教会がこれでもかと誇る、神の恵みだ。
でも、話を聞く限り、それで予防されてる人々の不調って、食中毒や風邪の症状っぽいんだよね。
つまり《浄化》は、紫外線による殺菌じゃないかと私はにらんでる。
まあ、そんな理屈はともかく「光」って言葉自体、イメージが良くて大衆に受けがいい。
教会は宣伝したがるし、本人に隠す気はないし。
侯爵家の馬車に乗って、週に一度、大聖堂に通うご令嬢はそれなりに噂の的だ。
立場の微妙さも、当然知っているに決まってるけど。だからこそ?
教会内で偶然を装ってアプローチしてくるのは下級貴族の子弟。
馬車の窓から顔を突き出すエリザベスに見惚れるのは商家の子弟。
王都内を巡回中の警備兵は、さすがにアウトじゃないかって私は思うんだけど…こっちの人たちは、男の方が年上な分には寛容だ。
「あ、あれ可愛い! 止めて!」
気になるものがあれば、護衛の制止も聞かずに馬車から跳び下りる。
「お可愛らしいレディ。あなたの可憐さには遠く及びませんが、どうぞお受け取りください」
「あら、いいの? ありがと!」
初めは無意識だった行いが隙につながり、ちょっとしたプレゼントを貰えたことで味を占めてしまったらしい。
本来、そういったものは後見人のクロムウェル侯爵を通すのが筋。
付き従っている侍女や護衛が受け取りを拒否したり、処分してしまってもまったく問題ないわけだけど。
「あたしがもらったのよ! あたしのものよ!」
それが通じる相手なら苦労しないよね。
クロムウェル侯爵家の使用人たちには相当に嫌がられてるんだけど、気にしないどころか気付きもしないあたり、うらやましいというかなんというか…




