17、実力者
国葬が終わると、親戚や知人たちは、それぞれの所在地に帰っていった。
クロムウェル侯爵邸に滞在中は、皆さん、いろんなものを私にくれた。
ピンキーリング。髪留め。リボン。コサージュ。
金ボタンはなんと本物の金だった。
なかでもいちばんうれしかったのは、仙人様が持ってるような杖。
額のひろい白髪のおじいちゃまがそれを突きながら、ゆっくりゆっくり歩いていた。
ほえっ! いいな、アレ。
私がよほど物欲しそうな顔をしてたのか。
「ダウンコート侯爵閣下が、よろしければお部屋にお越しくださいと…」
メイドさんに付いていくと、彼が愛用してるらしい三本の杖を並べて見せてくれた。
「こんな爺の使ったもので良ければ、好きなのを一本あげよう」
「よいのですか? では、遠慮なく、こちらをいただきたく存じます」
私が選んだのは、もちろん最初に見た杖だ。
「どうしてそれを選んだのか、爺に教えてくれるかね?」
「はい、ご老公様。そちらは、木が成長中に落とした枝の跡が小粋な模様になっていますし、あちらは、このあたりには自生しない竹の根元の部分が使用されているのですね。どれも甲乙つけがたく素敵ですが、私は個人的にこの密度の高い、なのにどこか飄々とした印象を与える杖を好ましく思いました」
「うんうん、なかなかの目利きではないか、お嬢さん。譲ったかいがあるよ」
「ありがとうございます。大事に、身を守るのに使わせていただきます」
「ホホッ…本当によくわかっているね」
じつは前世で私、高校では薙刀部に所属してたのだ。
毎年、部の存続が危ぶまれるほど部員が集まらず…
私は、弱小と言われる部の中でも、ワースト三、二あたりを争ってたけど嫌いじゃなかった。
大人が手にしても長めの杖は、いまの私の背丈だと薙刀を振るように使える。
最近は転びづらくなったとはいえ、杖の重さになれるまで《身体強化》をする。
「スネー!」
つい声が出ちゃったけど、これを機にやめよう。
恥ずかしいし、そうでなくても弱いのに、攻撃先を教えてどうするんだって話。
もっとも強い人の場合は、声が届いた時には終わってる。
攻撃される側の体感としてはそんな感じだ。
毎日少しずつ、強化の度合いを弱くしながら杖を振り回していると、必要な筋肉がついてきた…気がする。
まあ…百パーセント自力だと、完全に杖の重さに振り回されちゃうんだけどね。
せっかくの可愛い部屋を破壊するつもりはないので、早起きできる時は早起きし、あとは暇を見てテラスに出る。
お高そうな彫像には近寄らない方向で。
それでも十分広い。
気持ちだけ達人になって杖を振ってたら、巡回中の衛兵と目が合った。
本職に見られて、ちょっと照れくさい。
「お仕事、ご苦労様です」
誤魔化すように声を掛けると、ビシッと敬礼してくれた。
でも、どこかコミカルというか、ほほ笑みながらも何か考え込んでる?
手招きされた。
え、なになに?
なんか楽しいことがありそう。
衛兵は姿を見せることが抑止力にもなるけど、目立とう精神は皆無で、その中でも特に日々、真面目に仕事をしてる人だから、ついていっても大丈夫なはず。
もしもの時は《スタンガン》でバチッと…
着いたのは、衛兵の詰め所らしきところ。
その隣にあるのはちょっとした広場。
簡単な訓練ができるようにしてあるらしい。
仲間と引継ぎをすませた彼が、私の相手をしてくれる。
「さあ、どこからでも掛かってらっしゃい」
「よろしくお願いします」
癖で一礼。
「では、いざ参る」
心の中で、メーン! ドウ! スネー!
「むぅ…ほう、いまのはなかなか…おっ、やられた!」
わざと隙をつくって、籠手や脛当てにあてさせてくれるので、すごく楽しい。
完全に接待プレイだ。
正味十五分ほどのお遊びだけど、子供の私にはいい運動になる。
「また、いつでもいらしてください」
「お言葉に甘えて、ぜひ」
日によって時間は違うけど、ほぼ毎日顔を出す私。
彼がいない時でも、仲間の誰かが相手をしてくれる。
休憩中なのに悪いかなと思わないでもないけど、いまだけの子供特権だと開き直って通っていたある日。
『フローラ嬢・当番表』なるものを見付けた。
どうやら遠慮する必要はないらしい。
なかなか気の良いおじ…お兄様たちだ。
もっとも、こんなことをしていられるのも、クロムウェル侯爵家内が通常営業(?)に戻ったからだ。
客がいれば、使用人たちの仕事が増えるのはもちろん、警備面でもより気が抜けない。
メイドたちも以前は、隙間時間にあやとりの相手をしてくれたり、お菓子をくれたりするくらいだったけど、近頃は、大縄跳びやボール投げに、先を争うようにして誘ってくる。
私を全力で遊ばせようとしてるっていうか…子供の成長をサポートしてくれてるのだと考えている。
まあ、私が貴族家のふつうを知るのはこれからだ。
先の侯爵は衛生大臣を務めていたらしいけど、チャールズにはとても無理なので、その役職にはとっくに適任者が就いている。
したがって、クロムウェル侯爵家の王宮内での発言権は大幅に縮小したそう。
でも、領地経営にかんしては、まったく問題がなようだ。
なぜなら、先の侯爵が存命中から、それを取り仕切っていたのはグロリアだから。
「グロリア。お皿はこれでいいと思う? やっぱり壁紙から変えた方がよいかしら…」
「グレイローブ伯爵夫人のご実家が陶器の産地ですから、そちらをお使いになった方が喜ばれるかもしれませんね。壁にはタペストリーを掛けましょうか。先日、ヨーク子爵夫人が話題にされていた、ハイウッドの凱旋シーンを綴ったものが確か…」
お茶会ひとつ開くにも、先の侯爵夫人はグロリアに頼りきりだ。
王立貴族学院の学生だった頃から、そうだったらしい。
先の侯爵は、引っ込み思案の正妻になんの期待もしておらず、書類整理も、人を使うのも、陳情処理も的確に行えるグロリアに領地経営の実務をほぼほぼ任せていたようだ。
別段、おかしなことでもない。
本来は弟であるチャールズがやるべきこと。
しかし、当人は芸術にうつつを抜かし、まるでやる気がないので、能力のあるその妻がフォローしてたというわけだ。
その態勢はいまもまったく変わっていない。
この家の主たるグロリアとアマンダが歓迎し、なにかと気を遣ってくれるので、その意向を受けた使用人たちも私を大事にしてくれる。
とても居心地がいい。
もともと弱っちい自立心なんて、あっという間に休眠期間へ突入だ。
細々としたものを「いつか使うかも」と《収納》する癖はなおりそうもないけどね。
私はエリザベス同様、邸内をうろついていても咎められることはない。
さすがに姉のように、許可もとらずに人の部屋や、空き部屋にもずかずか入ったりはしないけど。
書庫と温室には、ご当主様より許可を得て、出入り自由だ。
温室は、前世の仕事場を思い出して懐かしくなる。
私は、いわゆるフラワーパークのスタッフだった。
もともと植物を育てるのが好きで、運よく近場で募集があったから就いた職だけど、常に人手不足で丁寧に手入れができないことにイライラしてた。
その上、ちょくちょく腰を痛めてねぇ。
なかなか人が入ってこない職場だし、入ってきても仕事内容は多岐にわたるから、すべて覚えるのには時間がかかる。
広大なスペースに、何百種類も植えられている植物。
それぞれ水やりの量も違えば、肥料の種類も与える時期も量も違う。
すべての花が決められた時期にそろって咲くようにコントールして、虫食い厳禁、雑草なんてもちろん生やしちゃいけない。
花が終われば即、植え替え。
冬になったらライトアップ。
少しでも綺麗に見えるように、電球の向きは全部そろえないといけない。
歩道の掃除はもちろん私たちの仕事だし、温室はもちろん、休憩スペースの窓拭きだってする。
作業中でも、お客様に質問されたら、それに丁寧に答えるのも仕事。
迷子の保護、落とし物の管理。
せっかくいろいろ教え込んでも、若い子ほどすぐ辞めちゃうし…
思い出すだけで疲れるし、腹が立ってくるからやめよう。
いまは純粋に、庭師たちが整えた木々や草花を愛でている。
ごくまれに、前世では伝説やフィクションにしか登場しない植物があって感激。
そのほかは種類も名前も、私もよく手入れをしていたものだ。
妄想? 並行? ラノベかゲーム?
どう判断したらいいのか、ちょっと悩んだ時期もあったけど、なんにしろ私はここで生きてくしかないんだし、わかりやすくていいじゃないかと、開き直っていまに至る。
ラノベはわりと数をこなしたけど、あくまでネット上に無料で公開されてたものだけ。
ゲームはしたことがない。
もし、そういう世界だったとしも、どのストーリーと特定できなかったこともある。
「…の書類にサインを」
「うん」
「次は、こちらです」
「うん」
この屋敷で玄関扉の次に厚いと思われる執務室の扉越しにでも、中の様子をうかがえるのは《聞き耳》スキルのおかげだ。
魔力をうっすら広げる《気配察知》や《探索》では、人や物の配置はわかっても音は拾えない。
本当の《聞き耳》がどういう仕組みなのかはわからないけど、私は《風魔法》を利用している、つもり。
風というか、空気や壁、ガラスに伝言ゲームをさせる感じかな。
じつはこのスキル、前庭を隔てた温室に居ても、屋敷の表側の部屋で話し合われていることなら聞き放題という優秀さだ。
現当主チャールズは、グロリアがセッティングした場面で適当にうなづき、グロリアが整えた書類にサインをするだけでいい。
スキル《気品》があって、その上意外に芸達者な彼は、数時間、貴公子として表面をとりつくろうくらいのことはできる。
グロリアは仕事が好きらしく、忙しければ忙しいほど生き生きとしてるので、見ているだけの私も救われる。
「ねぇ、聞いてよ。『あなたの火熨斗しの使い方は、生地を傷めず、かといって皺は残さず、見事ですね』ってグロリア様に褒められちゃった」
「わぁ、いいんだぁ」
「グロリア様って、いつ見てもキリッとしてて華やかで、同じ女としても憧れるよね」
「同じって言うこと自体がずうずうしい」
「アハハッ、言えてる」
「ご当主さまも見目はいいんだけどねぇ」
「ねぇ~」
「まあ、理不尽なことはおっしゃらないだけいいじゃない」
「そ~ね…」
執事はじめ使用人たちも、的確な指示を出し、自分たちの成した仕事を正当に評価してくれるグロリアが、実権を握り続けることを切に願っているようだ。




