16、ファミリーヒストリー
一週間ほどで王家の認可が下り、チャールズはクロムウェル侯爵家当主となった。
正妻はそのままグロリア。
本来であれば妾がせいぜいのド平民、カトリーヌはしかし、クロムウェル侯爵のお子を身ごもったということで側室として迎えられた。
もちろん、これも王家の許可あってのことだ。
今回、私は侯爵家の権力と財力の威力を垣間見た。
ある男爵の私生児であった(ことになった)カトリーヌは、落ち目だったその男爵家が折よく(侯爵家のテコ入れで)持ち直したので、遅ればせながらその家の末娘として認知された(注;させた)
あとは男子を産み分ければ、彼女の地位は安泰だ。
まあ、生まれてきた子が女であっても、次がんばればよく、いよいよとなれば婿をとらせるという手もある。
そのかわり、エリザベスと私の立場は中途半端なままだ。
「おひめさま、ルルル~」
エリザベスはまるで理解してないけど。
私たちがクロムウェル侯爵の養女になる確率は、とてつもなく低い。
これから生まれる子が順調に育たなかったり、なのにその次の子が望めず、さらに、親戚のめぼしい男子に不幸があった時だけなんだから、願うこともしたくないね。
ただ、側室カトリーヌのイメージアップを図るため、私たち姉妹の実父は、魔物討伐時に殉死した騎士ということになった。
わぁー…魔物、いるんだ。正直、そっちの方に驚いてた私。
ちゃんと正式な記録としてそうなっている、らしい。
カトリーヌのつぶやきによれば、実父が故人であることだけが事実で、若かりし日の彼女を夢中にさせたのは、街の片隅で扱き使われるしがないパン焼き職人だった。
ちなみにカトリーヌのぼんやりとした記憶では、彼女の父は行商人で、流行り病で若死にした母と兄ともども、何十年も前に鬼籍に入っている。
男爵の孫で、騎士の子。後見人は侯爵。
正式には貴族ではないけど、下級貴族の催し物に招かれて、出席することを目こぼしされるくらいの身分ではある。
でも、エリザベスの場合、とにもかくにもマナーがね…
「ずるいー! ずるいずるいずるい! どうしてフローラばっかり。アマンダはおねえちゃんなのに、ドレスとか、かみかざりとか、なんであたしにはくれないの!?」
私の部屋に突入することをやっとあきらめたエリザベスは、日々アマンダ相手にダダをこねている。
「たしかにフローラもエリザベスも、私の妹のようなものだけれど。私がフローラにいろいろプレゼントているのは、姉だからじゃないのよ?」
「じゃあ、どうして?」
「ご褒美よ。きちんとごあいさつできたから。上手にお食事をできたから。つっかえずに聖典を読めたから」
「あ、あたしだってできるもん」
「そう? では、こうしましょう。これから一週間、廊下を走らず、誰に対しても『ずるい』と言わず、メイドを蹴ったり叩いたりしなければ、ドレスを一枚あげましょう」
「…えーと。いま、もらえない?」
上目遣いにおねだりするエリザベスに、アマンダはにっこり笑う。
「逆に教えてほしいわ、エリザベス。私は街に出て買い物をしたことがないからわからないけれど、もし、お金を払わずに屋台で売っているものを食べてしまったら、どうなるのかしら」
さすがのエリザベスも顔を青くする。
久しぶりにロキ君のことを思い出したかな?
「…かってにひとのものをとると、てにいれずみされて、うそつくと、したをぬかれるの」
まあ、後半は不敬罪にたいする罰則の軽いものなんだけどね。
「一週間、がんばってね…できれば、その後も続けてほしいけれど」
「よーし! やるわよ」
張り切って廊下をスキップしていく我が姉。
心優しいアマンダは、ぎりぎりセーフと判定したようだ。
「お見事です、アマンダ様。本来は私や母がしなければならないことですのに、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
「貴族のご令嬢たちに比べればかわいいものだから、気にすることはないわ。…あなたも苦労するわね、フローラ」
すごいな、アマンダ。
その度量、その指導力。まだ少女だとはとても思えない。
私はダメだ。あの姉を見ただけで「うわぁ、めんどくさ…」と思ってしまう。
前世、よく結婚しようと思ったなぁ。
私にはとても子育てなんてできそうもない。
アマンダが次々とぶらさげる、おいしそうな人参につられて走った結果、エリザベスは、令嬢たちに嗤われながらもなんとか茶会の席に存在を許されるくらいにはなった。
それ以上はどうしても進歩しなかったけど。
物事を俯瞰でき、根気のあるあのアマンダができないことを、ほかの誰もできるはずがないのだ。




