15、適性
貴族街にある大聖堂は荘厳で、下町にある教会とは比べものにならない大きさだった。
その一角にある、クロムウェル侯爵家専用の礼拝堂で葬儀は行われた。
身内だけの葬儀なので、彼らに言わせれば小ぢんまりしたものだけど、百人からの参列者がいた。
対外的には一月後に国葬が執り行われるそうで、さすがは侯爵様といったところ。
屋敷に戻ったら、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「離してちょうだい!」
「カトリーヌ様、どうか落ち着いて…」
「ほら、旦那様がお帰りになりましたよ」
ここへ来た時の服装で、はげちょろけのトランクをメイドと引っ張り合ってる我が母。
あぁぁぁ…
「フローラ、フローラ、さあ帰りましょ!」
興奮したカトリーヌの髪は乱れ、目は血走っている。
とりあえず落ち着かせるために気を逸らす。
「お母さん、お姉ちゃんは? まさか置いてくわけにはいかないでしょ」
ハッとしたようにまわりを見回すカトリーヌ。
「エリザベス、エリザベス! どこにいるの? 帰るわよ!?」
私は周囲の方々に深く礼をして、豪奢な玄関に突入していくカトリーヌを追いかける。
息せき切って廊下を進む彼女に並んで、なるべく落ち着いたトーンで話しかける。
《身体強化》? もちろんしてるよ。
小走りしないとついていけないもの。
「お母さん、チャールズ様のこと嫌いになっちゃった?」
「…嫌いになんかならないわよ。でも、ひどいじゃない…ほかに奥さんがいたなんて」
「それはそうかもしれないけど。ちゃんと連れてきてくれたじゃない。お姉ちゃんや私まで。それって、お母さんのことを大事に思ってるからじゃないの?」
「でも、だけど…フーちゃんもお母さんのこと、どうでもよくなっちゃった? ベスは、お母さんとは一緒に帰らないって言うのよ」
あー、ちゃんと連れて行こうとはしたわけね。
でも、あの姉のことだから、当然のようにお姫様生活をとったと。
いや、カトリーヌがいなかったらここにはいられないだろうよ、エリザベス。
「ごめんね、お母さん。私もちょっと浮かれてたみたい」
本当はちょっとどころじゃないけど。
だって、映画のセットみたいなほんまもんの貴族の邸宅だよ?
夢の世界だよ?
母親を一人ほっといた言い訳にはならんけど…
それでも、あんまり罪悪感がわかないのは、カトリーヌがまるで少女か?って感じに感情をこじらせてるから。
「大丈夫。チャールズ様はちゃんとお母さんのこと好きだよ」
「…じゃあ、グロリアって人のことは?」
「お母さん。愛は一つのをわけっこするんじゃなくて、何倍にも増えるんだよ? お母さんは、お姉ちゃんと私、どっちかしか好きじゃないの?」
「そんなことない、どっちも好きよ? …でも、それとこれとは。う~ん、そういうことなのかなぁ」
完全に足は止まって、廊下の隅で考え込んでる、考え込んでる。
前世どっかで誰かが言ってたような言わないような、適当な言葉を並べてみただけなんだけど。
本音を言えば、愛なんて不平等なものだし、わりと些細なことで冷めるし、そのキャパシティーには限界があると思ってる。
でも、それはいま言わなくてもいいことだ。
「お母さんはチャールズ様のこと好きなんだよね?」
「もちろん!」
まあ、そうでなければあんなに尽くさないか。
「なのに知らないことがあってショックだったんでしょ。騙されたって思った?」
「うん。そうなの」
「もし、チャールズ様が謝ったら、許してあげられそう?」
「…うん」
「じゃあ、ここにいてあげなきゃ」
「う、う~ん」
追いかけてきてほしい乙女心はわかるけど、相手はもう侯爵様だからね?
手続等で実際そうなるには、もう少し時間がかかるのかもわからないけど。
貴族家の当主ってとっても忙しいんじゃないかな。よく知らんけど。
「それに…お母さん、月のもの、ちゃんときてる?」
「え?」
まさかの事態にショックを受けたのもわかるけど、あまりに情緒不安定だから、もしやと思って《鑑定》してみた。
魔力を目に集めるなんちゃって《鑑定》
全体的に体がうっすら光っているのは前と同じ。
おへその下あたりの光が少しだけ強いのは、誰でもそう。
でもそれとは別に小さな輝きが…
「え、え、え~!?」
わかってなかったらしい。
「言われてみれば、ここ二月…なかった」
貧乏画家と結婚した人だ。利を説いて納得させられるとは思わないけど。
子供のこととなれば少しは考えるだろう…いや、考えてほしい。
「こういう言い方はなんだけど。いままでだって大変だったのに、子供三人、お母さん一人で育てるのは無理だよ。だいいち、おなかが大きくなってきたら働けない。お産婆さんを頼むのだってただじゃないんでしょ? 産んだからってすぐ働けるとは限らないし」
「た、確かに…」
「だから、ずるい考え方かもしれないけど、ここでお世話になろ?」
「…わかった」
じつはさっきから曲がり角の向こうで、アマンダとグロリアが立ち聞きしてる。
立ってる位置的に、私からは見えるけど、カトリーヌには見えない。
カトリーヌが妊娠しているとわかって、ガッツポーズをするアマンダとグロリア。
えっ、え?
思わず二度見してしまった私。
…そっか、そっか。
どんな理由があるにせよ、望まれているならよかった。
「お母さん、体を大事にしてね」
「うん。フーちゃん、フーちゃんはまだ小さいのに、面倒かけてごめんね。本当はお母さんが守ってあげなきゃならないのに、なんにもしてあげられなくて…」
「そんなことないよ。お母さんはがんばってる。あったかくて、やさしくて…私、お母さんが大好きだよ」
足らんところも多いけど。がんばってることは確か。
赤ん坊の私に、お乳とぬくもりを与えてくれたのを覚えている。
その後は、仕事のためとはいえ放置されてたけど…
私が前世の記憶持ちでよかったね。
ぐずぐず泣く母親をなだめすかして、彼女が与えられてる部屋へ案内させる。
いつの間にか合流していたメイドに後を任せて、忙しなく手招きするアマンダに急ぎ足で近付く。
「すばらしい手並みだったわ、フローラ」
「お褒めいただき光栄です、アマンダ様。…それで、アマンダ様。アマンダ様にお願いが。チャールズ様から我が母へ『黙っていて悪かった。君を愛している』とでも、棒読みでもなんでもいいので、言っていただけるようグロリア様から頼んでいただくことはできませんで…」
「いいわよ! 任せて」
食い気味に返事をくれた彼女は、わくわくしていることを隠しもしない。
「よ、よろしくお願いします」
いまさら気になる、グロリアとアマンダへの罪悪感。
「ふふっ、大丈夫よ。こんなこと言ったら怒られそうだけど、私の父ってあまり親って感じがしないでしょう? 昔からそうなの。カトリーヌさんをあっさり説得したフローラなら、わかるのじゃないかしら」
「はい、わかるような気がします」
私は前世の記憶があるからだけど、素でそう言えるアマンダに恐れ入る。
これが貴族式の教育の成果なのか、彼女の素質なのかはまだわからないけど。
彼女と、さらにその上をいくだろうグロリアが協力してくれるなら、大変に心強い。
ちなみにエリザベスは、私の与えられた部屋の前で倒れていた。
意識はしっかりしてる…しっかりしすぎている。
「なによ! どういうことなのよ!?」
彼女が与えられた部屋に、頼む前にメイドさんが運んでくれる。
そう。昨晩、私は寝入り端に、ふと思ったのだ。
前世で、唯一の楽しみだったネット小説。
気ままな街歩きも好きだったけど、職場環境が悪化するにつれてそんな気力もなくなって、スマホ片手に睡眠時間を削ってたっけ。
その中に、姉のものをなんでも「ずるい」と言って、持っていってしまう妹の話があった。
エリザベスは姉だけど、そういうことを言ったりやったりしそうな人格だ。
シチュエーションもなんとなく似てるような気がしなくもない。
私の部屋はあくまで借りもの。
しかも、せっかくアマンダがあてがってくれたものだ。小物一つも損ないたくない。
そこで、エリザベスだけが入れないようにした。
ドアは開けられる。でも、そこには彼女の魔力にだけ反応する、魔法の《防護柵》が…
それだけではあきらめそうにないので、力づくで押し通ろうとすると、三度目には四肢が痺れるように機能を追加。
内臓や脳には影響がないよう配慮したから、子供相手でも安心だ。
イメージしたのは、長時間正座をした時の痺れ。
見えない防獣ネットが侵入者を拘束し、十五分ほど手足をさらに締め付ける。
痺れてくるまで少々時間がかかるけど、電気柵だと加減がわからなくてさすがに怖かった。
でも、ほんとに懲りない子だから体で覚えてもらうしかない。
私だからまだよいものの、これからアマンダにも迷惑をかけそうで心配だ。
彼女ならそれは上手に躱しそうだけど。
…そうか。
彼女を起点とすれば、エリザベスも私も義妹のようなもの。
私に前世の記憶がなければ、アマンダを羨み、エリザベスと同じような行動をとった可能性は高い。
でも、精神的にはすでにおばさんだからなぁ。
わがままな義妹なんて、演じようにも演じきれるものじゃない。
ちなみにチャールズは情感たっぷりに、「黙っていて悪かった。カトリーヌ! 私は君を、愛している」と言って、母を抱きしめたそうだ。
…画家より、役者の方が稼げてたんじゃないかな?




