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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
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12、着せ替え人形


「お母様。フローラには喪服以外にも、私の小さい時のお洋服をあげたいと思います。お茶をいただくのは、私の居間でどうですか?」

「あら、よい考えね」

 連れて行かれたアマンダの居間とやらは、いま私たちが住んでるアパートの二間を合わせたより広かった。

 内装や家具の華麗さは言わずもがな。

 屋敷の外観を見た時点でわかったつもりになってたけど、侯爵家の財力って半端ない。

 衣裳部屋なんてウォークインクローゼットどころか、ほんとに部屋だ。

 まっさきに黒いドレスを私にあてがい、サイズ調整を指示した上で、「この襟は流行遅れだから取りましょう」「ここにリボンを足したらどうかしら」などなど。

 知恵をしぼってくれたのはありがたかった。

 私、今世ではまだ喪服は持ってないもの。

 ただ、ここまできたら葬儀に出るのは確定だぁ。

 侯爵邸に連れてこられた時点でそういう流れだったんだけど、血縁じゃない上に幼児ってことで、そうならない可能性もあった。

 それなりの者として存在を認められることは、これから生きてく上で重要だとわかっていても、冠婚葬祭って面倒くさいよね。

「だったら靴は、これかこれね」

「サイズはどうかしら? 履いて、歩いてごらんなさい。当たるところがなければよいのだけど」

 身内を亡くしたにしては悲壮感がないのが気にはなるけど、義理ともなればいろいろとあっただろう。

 前世の私くらいの年齢になれば、それなりに落ち込みつつ割り切れるものなんだけど、まだ少女のアマンダまで、こうも平然としてられるのは貴族だから?

 まあ、完全部外者の私がとやかく言うことでもない。

 本来、葬儀の準備や、弔問客を受け入れるのに忙しいはずのところ、時間を割いてくれてるわけだし…

 いまのところ、地位や財産が転がり込んできてどうのっていう、ゲスい雰囲気は微塵もない。

「では、そちらはそれで決まりね」

「何から何までありがとうございます、グロリア様。アマンダ様」

「いいのよ。それより…」

 これからが本番とばかりに、いそいそと部屋の一角に向かうアマンダ。

「これはフローラに絶対に似合うと思うわ」

「あら、懐かしいわね。あなたったら、せっかく作ったのに、泣いて泣いて一度も着なかったのよね」

「それは仕方ないです、お母様。私の赤毛にこの青はないです」

「そうねぇ…お祖母様がどうしてもとおっしゃって。悪かったわ」

「いいんです。いまこうしてフローラに着てもらえるのだから。それより、これなんかも似合うと思いませんか?」

「ええ、そうね。フローラは色も白いし、その金髪碧眼なら、どんな色とも喧嘩しないわね。ほら、このレースも…」

 娘に付き合っているだけかと思いきや、グロリアもノリノリで、「これも」「あれも」と次々着替えさせられる。

 もちろん一人では着られないので、メイドが着せてくれるわけだけど。

「お手数をおかけします」

 先輩になる可能性が高い相手だ。頭を下げておいて損はない。

 侯爵家だけあって、使用人のレベルも高いのだろう。

 基準にできるものがないから、じつはわからんけど。

「仕事ですから」

 子供の浅知恵と侮ることもなく、やさしく微笑むメイドさん。

 当たり前のように巻き毛も整えてくれるから、鏡に映る私はお人形のようだ。

「やっぱり、可愛い。ほんと可愛い。次はこれね」

「アマンダったら、もうそのへんにしておいたら? フローラが疲れ切ってしまうわよ」

「…では、またにします。今回着た分は、フローラのお部屋に運ばせるわね」

 次もあるんだ…

 こんな容姿に生まれたら着飾るのだって楽しいし、お下がりとはいえ、あきらかに高級品をもらってうれしくないわけはないんだけど。

 こっちが接待してるように感じるのも気のせいなんかじゃない。

 「仕事ですから」と、まるで崩れないアルカイックスマイルのメイドさんを見習いたいものだ。

「ありがとうございます、グロリア様。アマンダ様」

 ある意味、絶妙なタイミングで「くぅ~っ!」とおなかを鳴らした私に、居合わせた人たちが目を丸くする。

 次いで、グロリアとアマンダは上品に、メイドたちは控えめに笑い出す。

 仕方がないよ。

 きれいな姿勢で立つために魔力をたくさん使ったから、おなかがぺこぺこだ。

 常に視線にさらされて、外から取り込む暇もなかった。

「お茶にしましょう」

 子供用の高めの椅子も用意されていて、出てきたのは生クリームたっぷりのケーキと紅茶。

 ヒャッホイ!

 ケーキなんて口にするのは、生まれ変わってから初めてだ。

 もちろん、紅茶も。

 バクバクいきたいのをぐっと堪えて、グロリアたちが手を付けるのを待つ。

「お砂糖はいくつ入れる? ミルクもあるわよ?」

 なにかと世話を焼いてくれるアマンダ。

「ありがとうございます、アマンダ様。ケーキもありますので、はじめはストレートでいただいてみようと思います」

「そう? 必要だったら遠慮せずに言ってね」

「はい」

 アマンダ自身は控えめに角砂糖を一つだけ入れている。

 グロリアはミルクだけ多めに。

 小さくフォークで切り取って口に入れたケーキが、ガツンと脳を歓喜させる。

 紅茶もおいしい!

 大好きだったアッサムのセカンドフラシュと同じ味だ。

「はぁ~、おいしいです」

 五臓六腑に染み渡るぜぃ…

 中身の実年齢がにじみ出てしまったか。

 グロリアとアマンダがクスクス笑う。

 けして馬鹿にした感じではないから不快じゃない。

「口に合ったならよかったわ」

「おかわりもあるわよ」

「ありがとうございます、ケーキはこれで十分です。おなかと相談して、可能でしたら紅茶をもう一杯、今度はミルクティーでいただいてみようと思います」

 なにを言っても「可愛い」と笑われる。

 立場的に、どう考えても歓迎してもらえる理由はないんだけど。

 どこまでも下手にでたのは正解だったんだろう。

 いままでなんの役にも立たなかった、容姿や年齢も味方してくれてるみたい。

 だからって調子に乗っちゃいけない。

 相手の好意を無にするのもダメだけど。

 高貴な人の気まぐれって、怖いなぁ。

 いま好かれてても、いつ嫌われるかわからないなんて、どこでも誰が相手でもそうなんだけど。

 私が一心地つくのを待っていたかのように、うってかわって生真面目な雰囲気を漂わせたグロリアに、背筋を正して注目する。

「細かなところは旦那様ともよく話し合って決めるけれど。フローラ、あなたはここに住むことになります。もちろん、ご家族もいっしょですから、安心してちょうだい。…それにあたって希望はありますか? 何か欲しいものとか、してみたいことなど…思いつくまま言ってみてちょうだい」

「お気遣いいただきありがとうございます、グロリア様。…でしたら、大したことはできないでしょうが、私でも可能な仕事をくださいませんでしょうか。それから、皆さまを不快にさせないようマナーを教えていただきたいのと、できるなら本を読みたいです」

「まあ、フローラ! 仕事なんて…あなたの年齢では遊ぶのが仕事よ? マナーも現段階で何も問題ないわ。でも、より磨きたいのなら、私と一緒に習いましょう」

「アマンダの言う通りです。あなたは自由に体を動かし、よく笑って、健やかに成長しなければなりません。マナーにかんしては、就学可能な年齢の者たちと比べても、出来すぎているくらいです。しかし、ここまででよいというものでもないことも確か。アマンダが毎日指導を受けていますから、無理のない範囲で同席して見習うとよいでしょう。本にかんしては、書庫に入る許可をくださるよう、私から旦那様にお願いしておきます」

「ありがとうございます、グロリア様」

 よかった、生活の目処が立った!

 しかも、これまでと比べてかなり上等で、希望まで聞いてもらえる。

 相変わらず子供としてふるまわないとならないし、微妙な立場だってことは忘れるわけにはいかないけど。

「フローラは、もう文字が読めるのね。えらいわ」

「やっと聖典が読めるようになったところですが…」

「十分よ。聖典が読めれば、たいていの本は読めるわ。わからないことがあったら訊いてちょうだい。本の中身にかぎらずね」

 見たところ十歳前後でそう言える、彼女こそ偉いと思う。

「はい。よろしくお願いします、アマンダ様」

 メイドに持ってこさせて、さっそく私物の本を貸してくれたのがうれしい。

「そろそろフローラはお眠かしら? ふりまわして悪かったわ」

「そうね。フローラはまだ小さいのに。しっかりしてるから、つい。ごめんなさいね」

「とんでもございません、グロリア様。アマンダ様。とても楽しかったですし、とてもうれしかったです…ケーキも罪深いほどおいしかったですし」

 共犯者のように微笑み合う。

 女に生まれてスタイルを気にしつつ、やめられないのは世界が違っても共通らしい。

「またね、フローラ」

「はい。失礼いたします」

 二人の視界から外れて、廊下を歩きだしたら、どっと疲れが出た。

 メイドが送り届けてくれた部屋の内装を眺める余裕もなく、寝巻に着替えさせてもらって、天蓋付きのベットに潜り込む。

 あぁぁぁ、歯磨き!

 布に塩をつけて拭うんじゃなくて、ここなら本物の歯ブラシが、あるかも、なの、に。プースー…

 母や姉のことを露ほども心配しなかった私は薄情なんだろうか。



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