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わがままな義妹なんて荷が重い  作者: 御重スミヲ
11/63

11、嘘から出た実


 手の甲に窃盗犯を示す刻印を入れられたロキは、それでも喚いてたそうだけど、舌を切り落とされ、鉱山に送られてはもうどうしようもない。

 姉エリザベスの嘆きようは…すごかった。

 泣き喚き、頭を掻きむしって、気が狂ったかと思ったほどだ。

 でも、なんだかんだで引きがいい子だ。

 なんということか、チャールズの長兄であるクロムウェル侯爵が卒中であの世行き。

 そして、彼には子供がいなかった。

 すぐ下の弟はすでにワイルダー伯爵家に婿入りし、次期当主となることが決まっている。

 そこでチャールズにお鉢が回ってきた。

 勘当されていた三男が、貴族に返り咲くどころか、当主になるなんてこともあるのだ。

「すごい! パパがこうしゃくさまになるの? じゃあ、あたしはやっぱりおひめさまね」

 手を叩いて喜ぶ彼女を誰が止められようか。

 カトリーヌは、せっせと夫の衣服を整えることで気持ちを示している。

 故人を知らない私としては言えることは少ないけど、人としてこれくらいのことはね?

「…御令兄様のこと、ご愁傷さまです」

「ああ」

 チャールズがめずらしく私の頭に手を置く。

 いろいろ思うところはあるにせよ兄は兄だ。

 ぽんぽんと軽く弾んで離れていった手は、男にしては綺麗だけど、やはり大きかった。

 迎えの馬車に乗る私たちは、なるべくほつれのない服を選んだものの、貴族家に赴くのに相応しい格好とはとても言えない。

 抑えた色目なのはいつものことだ。

「おやしきってどんなかなぁ。おおきいよね、きっと」

 壮麗な馬車に驚いたり、華やかなお仕着せのフットマンにはしゃいだり、夢見る乙女は気楽でいいね。

「あんたは少し黙ってなさい」

 ぺちんと頭をはたかれて、余計にギャーギャーうるさくなる姉。

 まったく心を動かしていない様子のチャールズがちょっとうらやましい。

 下町を出たことは、馬車の弾み方が変わったことでもわかる。

 石畳の上を車輪が回る音。

「わぁ…」

 エリザベスが捲ったカーテンの向こう。

 ガラス越しに立ち並ぶのは立派な門扉や、鋭い忍び返しの付いた長い長い塀。

 合間から見える前庭だけでも広大で、そのさらに奥の建物は屋敷というより城のよう。

 なかでも一際目を引く門扉がスムーズに開き、馬車は止まることなく進む。

「おかえりなさいませ、チャールズ様」

「ああ、クライブ。まさか、こんなことになるとは…」

 執事然とした男の肩に、よろけるように手をかけるチャールズ。

「お部屋をご用意してあります。どうぞそちらへ。ひとまずお休みくださいませ」

「うん…」

 悄然とメイドの後を付いていくチャールズ。

 雰囲気にのまれているカトリーヌを気遣う余裕なんてなさそうだ。

 さすがに小声だが、「すごい、すごい」とつぶやいているエリザベスの度胸はなんというか、すごい。いろんな意味で。

「皆さまはこちらへ」

 若干どころでなく、執事さんの声が冷たいね。

 そろそろと歩くカトリーヌ。

 いまにもスキップしそうなエリザベス。

 その後ろを静々と歩ているつもりの私。…馬車を降りる時から気は抜いてないよ?

 植物を象った鋼鉄で補強された正面玄関をくぐり、色目の違う大理石で整えられたエントランスホールに、パカッと口をあけたままの姉。

 前世の中華な雰囲気を漂わせる、子供が入れそうな壺は色彩豊かに着色されているし、黒光りする馬の彫刻は、いまにも動き出しそうな躍動感がある。

 母も姉もきょろきょろまわりを見回してるけど、それより気にするべきは階段の上。

 私は足を止めて、睥睨する女たちに頭を下げた。

 チャールズ曰く「貴族同士のカーテシーは頭を下げないもの」らしいけど、私はどう考えても平民だし、最上の敬意を表現したい時は貴族でも腰から上を傾ける。

 許しを請う時などは特に深々と。

 場合によっては、膝を突くこともあるとか。

 私はだいぶ腰を落として、上半身を倒す角度は四十五度。

 上から見れば、さらにかしこまっているように見えるんじゃないかな?

「姿勢を直してよいですよ…」

 女たちと言ったけど、一人は大人。一人は子供。

 ちょうどカトリーヌとエリザベスくらいの年齢差で、それぞれいくらか年上に見える。

「若芽がいちばん手入れをされているようね」

「ならばそのまま良きように育てたいものです、お母様」

 親子の会話と見せかけて、ちょうどこちらにも聞き取れる音量。

「だれ?」

 その問いには同意だけども、口に出すのはまずいぞ、姉よ。

 ちらりと見た先の執事はかしこまって、そうするのが正しい相手であることを示している。

 優美に裾をさばいて下りてくるさまが、じつに見事だ。

 私だったら絶対にすっころんでる。

 きつめだけど、その美貌と貫禄はただ者じゃない。

 少女はそのミニチュア版。

 先の侯爵夫人だろうか。

 でも、子供はいないと言ってなかったっけ?

「フローラというのはあなたですか」

 あ、これは直答を許すってやつですね。

「はい。この度のこと、心よりお悔やみ申し上げます。奥様、お嬢様」

 左手で右手の指を隠すようにして、視線は相手の鎖骨当り。

 後継問題にかかわる気はいっさいありませんよアピールは通じたかな?

 気のせいか、ちょっと雰囲気がやわらかくなった気がする。

「私はチャールズ様の正妻、グロリアです。あなたのような可愛い子に奥様なんて呼ばれると、だいぶ年をとった気がしてしまうから、名前を呼んでちょうだい」

 うっひょ! 飛び跳ねなかった自分を褒めたい。

「はい、光栄です。グロリア様」

「本当に可愛いわね。私はチャールズとグロリアの娘、アマンダよ。私のことも名前で呼んでもらえるとうれしいわ」

「はい、アマンダ様」

 こんな衝撃に見舞われなければ、仕事がら人慣れしてる母は、マナー的にはいまいちながらも、それなりのあいさつをしたに違いない。

 少なくとも人の痛みを慮ることはできる人だもの。

 でも、この唖然とした様子では、まるで知らなかったのだ。

 チャールズ~! あのチキンめ…

「え、つまりだれなの?」

 あまりにも向こうの立場が上なので、目の前で袖を引いてあいさつするよう促すのも憚られる。

 アマンダが呆れたようにため息を吐く。

「あなたのお母様が結婚されたチャールズの娘です。こちらは私の母です」

「ああ! なんだ、おねえちゃんなのね。だったら、さいしょっからそういってくれればいいのに!」

 アマンダは問うように執事のクライブを見る。

 首を横に振るクライブ。

 そうですよね~。我ら姉妹は確かにカトリーヌの娘だけど、チャールズの方の籍には入ってないですよね~。

「…その話は後にしましょう。ひとまずお部屋に案内してさしあげて」

 がっつり否定しないところをみると、なにやら思惑がありそうだ。

「フローラはこちらにいらっしゃい」

「はい、グロリア様」

 ちらりと見たママンは、何も目に入らず、誰の声も耳に入らないって感じ。

 我が子が連れ去られようとしてることにも気づいてないね。

 夫に別に妻がいたことが、よっぽどショックだったんだ。

 そりゃそうだ…

 でもさ、これからも生きていかなきゃならないんだから、ひとまず私は私のことに専念させてもらうよ。

 チャールズも一応ここまで連れてきたんだから、カトリーヌを捨てる気はないんだろう。

 エリザベスは行儀はなってないし、頭の中身もなんだけど、対外的には《光魔法》のスキル持ち。

 続柄うんぬんは、このへんがポイントになりそうだ。

 結局、いちばん不安定な立場にいるのは私。

 小間使いでもなんでもいいから、衣食住を保証してもらえたらありがたいんだけど。

 さすがに現段階のこの(なり)じゃ、自立もへったくれもない。

「フローラ、おいしいお菓子があるのよ。一緒にいただきましょう」

「楽しみです、アマンダ様」

「あたしも…」

 ついてこようとするエリザベスの前に、体をすべりこませる執事。

「お部屋をご用意してございます。よろしければお飲み物と軽食もお持ちします。どうぞこちらへ」

「…わかったわよ!」

「フローラは、こっちよ」

 アマンダがやさしく手を握って歩調を合わせてくれる。

 本当の姉よりずっと姉らしい。

 ずっと中身は大人のつもりだったけど、はじめての連続で緊張してたんだなぁ。

「ふふっ、可愛い」

 そう? 少しでも気に入ってもらえたらうれしいけど。

 繊細な少女の指をキュッと掴むことで、少しだけ肩の力が抜けた。



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