11、嘘から出た実
手の甲に窃盗犯を示す刻印を入れられたロキは、それでも喚いてたそうだけど、舌を切り落とされ、鉱山に送られてはもうどうしようもない。
姉エリザベスの嘆きようは…すごかった。
泣き喚き、頭を掻きむしって、気が狂ったかと思ったほどだ。
でも、なんだかんだで引きがいい子だ。
なんということか、チャールズの長兄であるクロムウェル侯爵が卒中であの世行き。
そして、彼には子供がいなかった。
すぐ下の弟はすでにワイルダー伯爵家に婿入りし、次期当主となることが決まっている。
そこでチャールズにお鉢が回ってきた。
勘当されていた三男が、貴族に返り咲くどころか、当主になるなんてこともあるのだ。
「すごい! パパがこうしゃくさまになるの? じゃあ、あたしはやっぱりおひめさまね」
手を叩いて喜ぶ彼女を誰が止められようか。
カトリーヌは、せっせと夫の衣服を整えることで気持ちを示している。
故人を知らない私としては言えることは少ないけど、人としてこれくらいのことはね?
「…御令兄様のこと、ご愁傷さまです」
「ああ」
チャールズがめずらしく私の頭に手を置く。
いろいろ思うところはあるにせよ兄は兄だ。
ぽんぽんと軽く弾んで離れていった手は、男にしては綺麗だけど、やはり大きかった。
迎えの馬車に乗る私たちは、なるべくほつれのない服を選んだものの、貴族家に赴くのに相応しい格好とはとても言えない。
抑えた色目なのはいつものことだ。
「おやしきってどんなかなぁ。おおきいよね、きっと」
壮麗な馬車に驚いたり、華やかなお仕着せのフットマンにはしゃいだり、夢見る乙女は気楽でいいね。
「あんたは少し黙ってなさい」
ぺちんと頭をはたかれて、余計にギャーギャーうるさくなる姉。
まったく心を動かしていない様子のチャールズがちょっとうらやましい。
下町を出たことは、馬車の弾み方が変わったことでもわかる。
石畳の上を車輪が回る音。
「わぁ…」
エリザベスが捲ったカーテンの向こう。
ガラス越しに立ち並ぶのは立派な門扉や、鋭い忍び返しの付いた長い長い塀。
合間から見える前庭だけでも広大で、そのさらに奥の建物は屋敷というより城のよう。
なかでも一際目を引く門扉がスムーズに開き、馬車は止まることなく進む。
「おかえりなさいませ、チャールズ様」
「ああ、クライブ。まさか、こんなことになるとは…」
執事然とした男の肩に、よろけるように手をかけるチャールズ。
「お部屋をご用意してあります。どうぞそちらへ。ひとまずお休みくださいませ」
「うん…」
悄然とメイドの後を付いていくチャールズ。
雰囲気にのまれているカトリーヌを気遣う余裕なんてなさそうだ。
さすがに小声だが、「すごい、すごい」とつぶやいているエリザベスの度胸はなんというか、すごい。いろんな意味で。
「皆さまはこちらへ」
若干どころでなく、執事さんの声が冷たいね。
そろそろと歩くカトリーヌ。
いまにもスキップしそうなエリザベス。
その後ろを静々と歩ているつもりの私。…馬車を降りる時から気は抜いてないよ?
植物を象った鋼鉄で補強された正面玄関をくぐり、色目の違う大理石で整えられたエントランスホールに、パカッと口をあけたままの姉。
前世の中華な雰囲気を漂わせる、子供が入れそうな壺は色彩豊かに着色されているし、黒光りする馬の彫刻は、いまにも動き出しそうな躍動感がある。
母も姉もきょろきょろまわりを見回してるけど、それより気にするべきは階段の上。
私は足を止めて、睥睨する女たちに頭を下げた。
チャールズ曰く「貴族同士のカーテシーは頭を下げないもの」らしいけど、私はどう考えても平民だし、最上の敬意を表現したい時は貴族でも腰から上を傾ける。
許しを請う時などは特に深々と。
場合によっては、膝を突くこともあるとか。
私はだいぶ腰を落として、上半身を倒す角度は四十五度。
上から見れば、さらにかしこまっているように見えるんじゃないかな?
「姿勢を直してよいですよ…」
女たちと言ったけど、一人は大人。一人は子供。
ちょうどカトリーヌとエリザベスくらいの年齢差で、それぞれいくらか年上に見える。
「若芽がいちばん手入れをされているようね」
「ならばそのまま良きように育てたいものです、お母様」
親子の会話と見せかけて、ちょうどこちらにも聞き取れる音量。
「だれ?」
その問いには同意だけども、口に出すのはまずいぞ、姉よ。
ちらりと見た先の執事はかしこまって、そうするのが正しい相手であることを示している。
優美に裾をさばいて下りてくるさまが、じつに見事だ。
私だったら絶対にすっころんでる。
きつめだけど、その美貌と貫禄はただ者じゃない。
少女はそのミニチュア版。
先の侯爵夫人だろうか。
でも、子供はいないと言ってなかったっけ?
「フローラというのはあなたですか」
あ、これは直答を許すってやつですね。
「はい。この度のこと、心よりお悔やみ申し上げます。奥様、お嬢様」
左手で右手の指を隠すようにして、視線は相手の鎖骨当り。
後継問題にかかわる気はいっさいありませんよアピールは通じたかな?
気のせいか、ちょっと雰囲気がやわらかくなった気がする。
「私はチャールズ様の正妻、グロリアです。あなたのような可愛い子に奥様なんて呼ばれると、だいぶ年をとった気がしてしまうから、名前を呼んでちょうだい」
うっひょ! 飛び跳ねなかった自分を褒めたい。
「はい、光栄です。グロリア様」
「本当に可愛いわね。私はチャールズとグロリアの娘、アマンダよ。私のことも名前で呼んでもらえるとうれしいわ」
「はい、アマンダ様」
こんな衝撃に見舞われなければ、仕事がら人慣れしてる母は、マナー的にはいまいちながらも、それなりのあいさつをしたに違いない。
少なくとも人の痛みを慮ることはできる人だもの。
でも、この唖然とした様子では、まるで知らなかったのだ。
チャールズ~! あのチキンめ…
「え、つまりだれなの?」
あまりにも向こうの立場が上なので、目の前で袖を引いてあいさつするよう促すのも憚られる。
アマンダが呆れたようにため息を吐く。
「あなたのお母様が結婚されたチャールズの娘です。こちらは私の母です」
「ああ! なんだ、おねえちゃんなのね。だったら、さいしょっからそういってくれればいいのに!」
アマンダは問うように執事のクライブを見る。
首を横に振るクライブ。
そうですよね~。我ら姉妹は確かにカトリーヌの娘だけど、チャールズの方の籍には入ってないですよね~。
「…その話は後にしましょう。ひとまずお部屋に案内してさしあげて」
がっつり否定しないところをみると、なにやら思惑がありそうだ。
「フローラはこちらにいらっしゃい」
「はい、グロリア様」
ちらりと見たママンは、何も目に入らず、誰の声も耳に入らないって感じ。
我が子が連れ去られようとしてることにも気づいてないね。
夫に別に妻がいたことが、よっぽどショックだったんだ。
そりゃそうだ…
でもさ、これからも生きていかなきゃならないんだから、ひとまず私は私のことに専念させてもらうよ。
チャールズも一応ここまで連れてきたんだから、カトリーヌを捨てる気はないんだろう。
エリザベスは行儀はなってないし、頭の中身もなんだけど、対外的には《光魔法》のスキル持ち。
続柄うんぬんは、このへんがポイントになりそうだ。
結局、いちばん不安定な立場にいるのは私。
小間使いでもなんでもいいから、衣食住を保証してもらえたらありがたいんだけど。
さすがに現段階のこの形じゃ、自立もへったくれもない。
「フローラ、おいしいお菓子があるのよ。一緒にいただきましょう」
「楽しみです、アマンダ様」
「あたしも…」
ついてこようとするエリザベスの前に、体をすべりこませる執事。
「お部屋をご用意してございます。よろしければお飲み物と軽食もお持ちします。どうぞこちらへ」
「…わかったわよ!」
「フローラは、こっちよ」
アマンダがやさしく手を握って歩調を合わせてくれる。
本当の姉よりずっと姉らしい。
ずっと中身は大人のつもりだったけど、はじめての連続で緊張してたんだなぁ。
「ふふっ、可愛い」
そう? 少しでも気に入ってもらえたらうれしいけど。
繊細な少女の指をキュッと掴むことで、少しだけ肩の力が抜けた。




