第5話:突然の事態だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
盗賊団との戦いを終えた恭弥達の前に、マーリンが現れる。すると、彼女のダンジョンに匿われていたエンラが再び姿を現し、政宗を選んで契約を結んだ。
状況が理解できぬまま事は終わると、マーリンは契約が終わった政宗を自分のダンジョンへと閉じ込め、自分も旅についていくと言い始めた。
そして、マーリンは語る。自分が恐れを抱いた怪物の話を。
よく晴れた夕刻、空は澄み渡り風もない穏やかな時に、突如として雷鳴が轟いた。エルフたちの暮らす森の奥深くに広がる神秘的な湖は、一瞬にして雷光に照らされ、その後、信じがたいことに湖底が露わになっていた。
咄嗟に木の陰に隠れていたマーリンは、干上がった湖底に浮かび上がる二つの人影を見つけ、その場に立ち尽くした。
「化け物か?」
その言葉は自然とマーリンの口から出た。
湖だった大地に立つ二つの人影の内、一人は黒いフードを目深に被った性別不明の存在、一人は仰々しい黒い甲冑に身を包んだ剣士だ。
二人とも人並み外れた体躯を持っている訳でも、異形の姿をしていた訳でもない。ただ、これまでどんな化け物じみた魔物を見ても余裕を崩さなかったマーリンは、この日初めて自分の身体が震える程の存在を目の当たりにした。
話しかける勇気も、立ち向かう蛮勇すら抱けない程の存在を前にして、マーリンはただ見つからないことを祈ることしか出来ないでいた。
そんな時だった。
「私の領域になんの用かしら?」
突然、空中から少女の声がしたかと思うと、そこに一陣の風が吹く。
黒い剣士が黒フードの前に立つ。
そして、黒い剣士の十メートル程前方の空中に少女は現れた。
エメラルドのような光沢がかった緑色の長い髪を靡かせた幼き姿の少女が、黒フードを見下ろしたように告げる。
「まったく、今日は昔馴染みが絶えないわね。飛び出そうとするエルフの子達を抑えるのも大変なんだからこんな派手な登場はしないでほしいのだけれど?」
「それはすまなかったな。用が済んだらすぐに帰るよ、フウラ」
黒フードの声が低く辺りに響く。
マーリンの予想通り、それは男のものと思われる声だった。
「その口ぶりだと私に用がある訳じゃないのね。残念だわ。エンラの言うことが本当だったなんてね」
「やはり来ていたのか」
「ええ、彼女は今、私の領域で匿っているわ。あの子の言うことは信じがたかったけど、あの子の涙を見てたらとても帰す気にはなれなかったわ。……正直、嘘だと信じたかったわ。本当よ?」
フウラの表情は、何故か悲しそうだったが、それよりもマーリンはフウラが告げた嘘の方が気になっていた。
エンラは確かにフウラの神域に足を踏み入れ、中で会話したと言っていたが、しっかりとその後、マーリンのダンジョンに戻っている。
帰ったと何故告げないのだろうと、この時のマーリンはそちらの方が気になっていた。
「……エンラを渡せ。そうすればここに危害は加えない」
「……あなたはそれでいいの?」
それは黒フードの前に立つ黒い剣士に放たれた質問だった。
だが、黒い剣士は何も告げない。肯定も否定もせず、ただそこに立っていた。
それを答えと受け取り、フウラは黒フードに向かって言い放った。
「帰りなさい。あなたがここで何をしようと私はエンラをあなたに渡さない。これは絶対よ」
「いいのか? ここら一帯が焦土と化すぞ?」
「脅しても無駄よ。エンラは諦めなさい」
「……ふっ、相変わらずだな。帰るぞ」
黒フードはそう告げると、黒い剣士を連れ、再び轟く雷鳴と共に、その場から忽然と姿を消した。
そして、それを見届けたフウラは緊張の糸が切れたのか大きく息を吐いた。
「もう大丈夫よ。出てきてちょうだい」
それは自分にかけられたものだとわかり、マーリンは隠れていた木の陰から姿を現した。
「あなたがしげるさんのお孫さんね。エンラから聞いたわ。自分が生きていられるのはあなたのお陰だって。ありがとね」
「いえ、私はたいしたことは……それより、あの二人はいったい何者なんですか? なんでエンラを狙っているんですか!」
「落ち着いて……」
「私はお祖父様からエンラを守るようにと手紙で言いつけられました。お祖父様からダンジョンでエンラと遊んでいなさいと言われたあの日、エンラがいきなり泣き始めて、お祖父様にどうにかしてもらおうと戻ったら、お祖父様の姿はどこにもありませんでした。縁側にあった大量の血の跡と血のついたお祖父様の刀だけがそこにはあって……お祖父様の姿はどこにもなくて、もしかしたらって想像が浮かんでお祖父様の書斎に入った時、この手紙を見つけました」
マーリンは流れる涙を拭い、懐から一枚の手紙を取り出した。
「お祖父様は自分が死ぬのがわかっていました。わかっていたのに、お祖父様はその自分を殺す相手に会ってた。なんで? 考えても考えても最後まで私にはわかりませんでした。……でも、あなたならわかるんでしょう? お祖父様を殺した相手のことを!」
二人の間に暫しの沈黙が訪れ、やがて、フウラは隠しきれないと悟ったのか、言葉を紡いだ。
「えぇ、知っているわ」
マーリンの感情に衝撃が走る。だが、その衝撃的な言葉には、続きがあった。
「でも、教えられないの。そういう契約でね。エンラがあなたに教えないのもそういう理由よ。巻き込みたくないって気持ちの方が大きいかもしれないでしょうけどね」
フウラは慈母のような優しい瞳でマーリンの足下を見た。
「契約に反するから詳しい話はできないけど、しげるさんは命懸けでエンラのことを守った。私にとって妹のような存在であるあの子をね。だから、今回はあなたを守ってあげたの。でも、次はもう守れない。エンラは私達大精霊の中で唯一神域が破壊された無防備な存在、契約者がいない今、最も殺しやすい大精霊であるということは変わらないわ。でも、どういう訳か、あなたの能力でエンラを隠すとエンラの魔力をこの私でも感知できないわ。エンラが生きているのは、間違いなくあなたとしげるさんのお陰。でも、彼がいる限り、エンラに安寧は訪れない。守りなさい。これから先、契約者が現れるその時まで、あなたがお祖父様の意思を引き継いでエンラを守ってね。お願いよ」
まるで母のようににこやかに笑い、マーリンの頭を撫でると、フウラは一陣の風となってその場から姿を消してしまった。
◆ ◆ ◆
マーリンは一升瓶の酒をグビッと飲み、話を続けた。
「それ以来、私はエンラを外に出さないと決めた。お祖父様が命懸けで守ったエンラという希望を次に繋ぐのが私の使命。だから、貴方達にも今よりもっと強くなってもらう必要があるし、私がついていった方が全てうまくいくのよ」
自分達がまったく敵わなかったマーリンが告げる彼女以上の強敵の話を聞き、伊佐敷遥斗は口元に手を持っていき、少し考えるようなポーズを見せた。
マーリンが告げた敵の容姿は以前会ったオニキスという魔人とは全く異なるものだ。鎧武装という特殊能力を覚えはしたものの、今そのような存在に攻められれば、まず間違いなく壊滅するだろう。
せめて鎧武装を使いこなす時間が欲しいというのが、遥斗の素直な感想だった。
「……なるほど。僕個人としてはマーリンさんがついてくるのは大歓迎だけど、キョウヤはどう思う?」
「別についてくるのは構わねぇが……」
「はいは〜い!」
海原恭弥の言葉を遮り、ミイラ男のように全身包帯まみれの雷堂修が勢いよく手を挙げた。
「俺っちははんた〜い。女を連れて旅とかぜって〜やだ。女はいつも服がどうとか、喋り方がどうとかうるせぇじゃん。男のロマンなんかわかろうともしねぇし、銃やバイクだってうるさいだなんだって文句言いやがる。俺はそんな旅ぜって〜〜〜やだね」
「シュウ、別にこの人は――」
「そうか。お前は諦めるんだな?」
「あ?」
マーリンの放った一言でシュウの目が一気に鋭くなる。その人でも殺しそうな目に遥斗の笑みも引きつるが、マーリンは顔色一つ変えずに言い放った。
「お前は確か、私を倒す武器を造るべくガンツさんの工房に入り浸っていたんだろう? まだ私はお前からそよ風程度の攻撃しか受けていないんだが、まさかもう満足したとは言うまいな? それとも私には天地がひっくり返っても敵わないと悟って諦めてしまったのか?」
「あぁ? だったら今からでもやってやろうか?」
マーリンの煽り文句に額の筋という筋がはち切れそうになるほど怒るシュウを見て、マーリンはトドメを刺すかのように嘲笑った。
「無理をするな。そんな今にも倒れそうな傷だらけの状態で何ができる? 自殺願望に付き合うつもりはないぞ?」
今にも飛び出そしていきそうな修。そして懐から拳銃型の改造釘打機を取り出した瞬間、シュウの視界に恭弥の背中が映った。
「OKだ。旅の同行を許可する」
「はぁ!? 何を勝手に――」
「リーダーは俺だ」
納得いかない修を眼圧で黙らせ、恭弥は悔しそうな修からマーリンに視線を向ける。
「マーリン、あんたの能力は確か、中の設備も自由自在だったよな?」
「迷宮創造で創造したダンジョンは私の想像をダンジョンに反映させることも可能だからね。食材はあんまり出したくないけど、住む場所なら君達の意見を反映させてもいい」
「だったら工房は造れるのか?」
恭弥が告げた言葉の意味を瞬時に理解したマーリンは、顔に浮かんだ笑みを隠そうとすらしなかった。
「もちろん。そういう場所を造ることは出来るよ。私の魔力が材質になっちゃうから材料の採取はそっち負担だけど、竈門や中で使う道具なんかは作り放題だ。階層も分けられるから遮音性抜群だし、試し撃ち用の魔物も用意出来るよ?」
「だとよ、修。旅の最中、お前がもの作りを容易に出来る環境はそうそうないだろ。でもマーリンが来ればこの世界でバイクを造ることだって可能になると思うぞ?」
その言葉に驚いた修の表情は一瞬緩んだが、少し前に反対していた自分を意識してしまい、複雑な表情へと徐々に変わっていく。
「…………わかったよ」
そう言いながら、修はまるで腹を立てた子どものように近くにあった椅子へと座った。
これで誰も文句はないなと全てが決定しそうになったそのタイミングで、シュナが一抹の勇気を振り絞り、声を上げた。
「あの! 私も連れて行ってはくれませんか!」
その場にいた全員が彼女に向かって驚いたような表情を見せるなか、シュナは恭弥に向かって勢いよく頭を下げた。
「料理だって傷の治療だってなんだってします! だからお願いします!! 私も一緒に連れて行ってください!!」
「馬鹿言うな。さっきのマーリンの話を聞いてたのか? 危険な旅になるって言ってんだろ」
「そうだよ。僕個人としてはシュナちゃんと離れなくて済むから嬉しいけど、危険だしあんまりオススメできないな。それにリョウさんだって心配するよ?」
恭弥に続き、遥斗も優しく諦めろと告げる。
二人が自分のことを心配して言っているのはシュナにもよくわかっていた。だが、ここで今までのように引き下がれば、もう二度と恭弥に会えないような気がして、シュナは首を強く横に振った。
「わかっています。危険な旅になることくらい……でも、私も何か皆さんのお役に立ちたいんです! お願いします! 私も連れて行ってください!」
「だけどさ……」
「お願いします!!」
シュナは何度も頭を下げる。
その表情から絶対に何を言われても引き下がらないという意思が、恭弥には、はっきりとわかってしまった。
「……明日の日の出に出発する。少しでも遅れたら連れて行かない。いいな?」
その言葉を聞いた瞬間、シュナは満面の笑みで顔を上げた。
「あ……ありがとうございます!」
「いいから。早く帰ってもう寝ろ」
「はい!!」
嬉しいという感情が爆発したような声で返事をすると、シュナは急いで自分の家へと帰っていった。
そんなシュナの後ろ姿を見て、遥斗は恭弥に声をかける。
「なぁ、本当にいいのか?」
恭弥はその問いに答えなかった。
そして、暫しの沈黙の後、告げた。
「なぁ、遥斗……」
その続きの言葉を聞いた瞬間、遥斗は目が見開くほど驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻し、小さく笑った。
「ふっ、キョウヤらしいな」
そう答え、遥斗は恭弥の頼みに応じたのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、日が上がる前の暗がりの中、シュナは自分が育った家の前で一礼した。
「ごめんなさい、お父さん。私はやっぱり行きます」
前日の夜、恭弥達についていく旨を伝えた際、父親であるリョウに反対され、半ば喧嘩別れという形になってしまった。そのことに幾らかの後悔はあれど、彼らについていくと決めた自分の決意に迷いはない。
溢れた涙を拭い、シュナは育った家を後にした。
恭弥達に貸していた家は村の入口からかなり近い場所にあった為、先日起こった盗賊団の被害に遭い、一晩を明かせる状態ではなかった。
だが、恭弥達の助太刀もあり、村の奥までは被害がなかった為、恭弥達は昔ここに住んでおり、何処かへと旅立ってしまったと聞かされていた村の奥にある青年の家に寝泊まりしているはずだった。
「……明かりがない?」
シュナは家の近くまで来ると、その異変に気付いた。
出発するまでまだ時間はあるが、もうそろそろ日が昇り始める時刻だ。明かりがついていないのはおかしいだろう。
まさか寝坊しているのかとも思ったが、シュナは真っ先に嫌な予感が脳裏を過ぎり、家の扉に向かって駆けていく。
扉は不用心にも鍵が開いていた。
「……嘘……」
それ以上の言葉がでなかった。
家の中はもぬけの殻で、どこを探しても人がいるようには見えなかった。
シュナはその場に立ち尽くし、世界のすべてが急に色褪せていくような感覚に襲われた。
そんな彼女の視界に一枚の紙切れが映る。
テーブルに置かれたその紙切れにはこう書かれていた。
『嘘をついて悪い。やっぱりお前は連れて行けない。悪いな』
拙い文字で、まるで子どもが初めて書いたような文字だったが、シュナには確かにそう読み取れ、溢れてくる涙を抑えられなくなっていた。
彼女の中で、信頼と疑念、希望と失望が激しく交錯する。まるで彼女の心を映し出すかのように、空は鈍色に染まり、涙はとめどなく流れ、頬を伝い落ちていく。
しかし、そんな中でシュナは静かに誓った。
どんなに厳しい現実が彼女を打ちのめそうとしても、自らの力で道を切り開く覚悟を胸に秘めたのだ。
自分の腕にはまったブレスレットを強く握る。
栄光なき決別の朝、彼女の中で新たなる決意が確かに芽生えていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
携帯が壊れ、画面が意味不明な状態になった鉄火市です。
いや~参りましたね。文字をタップすると波打つし、画面がバグって一面緑色になって目が悪くなりそうだし、これはもう修理するしかないと思ってたんですが、画面熱いな〜って思いながら画面触ってたら急に治ったんですよね〜。それからもたまになるんですが、画面を押すと元に戻るの繰り返しなんで修理は結局まだ出してないです。お金きついしねw
でも完全にお釈迦になったら持っていきます(`;ω;´)
今章の最終話の内容はある程度、完成してたんですけど、最後の内容というか終わらせ方に関して苦戦していましたね。最初の構成だと事件をきっかけにシュナが男性恐怖症になって引きこもり、別れる最後にようやく顔を出して恭弥にお礼と別れを告げるみたいな展開も考えてたんですけどね。最終的に、このような形になりました。
次回は新作を上げてからになりますので、時間はかかると思いますが、暫しの間お待ち頂けると幸いです。




