第5話:突然の事態だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)
前回のあらすじ。
マーリンとエンラには復讐したい相手がいるらしい。
薄暗くなり始めた夕暮れの中、マーリンは包帯でぐるぐる巻きになった身体を引きずるリョウと共に、小さな丸太小屋の前に立っていた。
「ここだ。あとは君に任せるよ」
リョウは静かに言い、マーリンに微笑みかけた。
「ありがとね、リョウ君」
「いや、話を聞いて、全てを納得しているからね。礼はいらないよ。それに、村長としても、最愛の娘を汚されそうになった一人の親としても彼らには何かしらの罰を与えないと気がすまないからね。その提案はねがったりでもあるよ。それじゃあ私は村の人達に彼らは騎士団に預けたと言ってくるよ」
そう告げたリョウは、小屋に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。足取りは重く、汗に濡れた包帯がその心境を物語っていた。
マーリンが小屋を開けると、そこには縄で固く縛られた屈強な男達がいた。
「君達がうちの村を襲ってくれた盗賊団だね?」
「ヒューヒュー、綺麗なねーちゃんじゃねぇか。俺達と遊ばねぇか?」
そんな声を無視し、マーリンは言葉を続けた。
「ちょっとこっちの事情で魔力が入り用でさ。協力してもらっていいかな? まぁ、答えは聞いてないんだけどね」
その言葉の直後、マーリンの足下が黒くなり何かがうねうねと這い出してきた。
それはどこからどう見ても植物の蔓ではあったが、まるで生き物かのように確かな意思を持って動いている。
「なっ!?」
「魔物!?」
「魔物使いが、シャティの他にもいたのか!?」
ざわつく盗賊達を前に、マーリンはニヤリと笑った。
「この魔物は厳密には魔物じゃない。ダンジョンモンスターってやつだ」
「ダンジョンモンスター? ここはダンジョンじゃないぞ!」
「まぁそれを詳しく説明してあげる義理はないんだけど、まぁこれだけは言っておくよ。私は一度倒した魔物をダンジョンモンスターとして再現できるんだよ。その特性と共にね」
マーリンが指を鳴らす。
その瞬間、マーリンの背後にいた魔物の蔓が盗賊の一人を捕まえた。
「なんだこれ……は……」
抵抗しようともがく男、だが、次の瞬間には彼の顔はみるみるうちに水分を奪われたかのようにやせ細っていく。
そうして十秒が経った頃、魔物の蔓が男を解放する。
その男の姿が、盗賊達を絶句させた。
先程まで筋肉質で元気だったはずの男の体が、食事を何日も絶たれたかの如きミイラ状態となっていた。
「あの村の人達はね。お祖父様が死んで一人になった私を受け入れてくれた心優しい人達だったんだ。それをお前達は自分達の欲を優先し、勝手に殺した。到底許されるはずがないよね? だから、あの人達の綺麗な手を汚させない為に、その罰を、私が代表して下す。やれ」
無慈悲な命令が冷やかに響き、ダンジョンモンスターたちは黙々と従順に動き出した。ダンジョンモンスターは一切の躊躇を見せず、周囲にいる人間たちから魔力や生気を容赦なく吸い取っていく。
薄暗い小屋の中に、次々と命を刈り取られていく犠牲者たちの姿が浮かぶ。
わずか数秒で肉体を保っていたものたちはしわがれ、乾いた音を立て朽ち果て始めた。まるで時を急速に進められたかのように、人々は次々と無力なミイラへと変わり果ていく。その光景はある種の非現実的な美しさを伴い、圧倒的な恐怖を一層際立たせた。
◆ ◆ ◆
「イッテーーーー!!!」
夜の静かな空間に絶叫が木霊する。
炎の松明が作った明かりの下で、包帯だらけの雷堂修が目に小さな涙を浮かべて、シュナから治療を受けていた。
「お……大人しくしていてください。包帯がちゃんと巻けません」
「もういいって! もういいから! もう充分すぎる量巻いてるから!! これ以上はイデデデデ!」
「無茶言わないでください。全身切り傷だらけでなんでこれで生きているのかも不思議なくらいなのに」
暴れる修にシュナが困っていると、彼女の背後に伊佐敷遥斗と海原恭弥の二人が立つ。
「シュナちゃん困らせんなよ、シュウ。シュナちゃん、こいつが暴れるようなら、その包帯で首を一回絞めるといいよ」
「それじゃ死んじゃいますよ」
「大丈夫大丈夫。それくらいで死ぬようなたまじゃないから。なんなら代わりにやったげよっが!?」
ニコニコとシュナに近付いていく遥斗の頭に拳骨が落ちる。
「お前がシュナを困らせてどうする。それにしても修、お前がそんなに傷を負うなんて珍しいな」
「当たり引いたってことだよ」
「そいつはラッキーだったな。どんなやつだったんだ?」
「なんか分身作ったり、土の檻作ったりでやりづらい相手だったよ。相手が俺っちをなめていたぶらなかったら普通に死んでたかも」
「ほ〜う。なぁ遥斗、盗賊の連中ってこの国の騎士団が連れてったんだろ?」
「リョウさんがそう言ってたぞ。縄で縛って森の中にある小屋に入れといたろ? 一時間くらい前に受け渡したって聞いたけど」
「なら、追いかけて頼み込んだらやらせてくんねぇかな」
「流石に無理だろ。むしろ、脱獄幇助だのなんだの言われて捕まって投獄されるのがオチだって」
「拙者も遥斗殿と同意見でござる」
恭弥と遥斗が話していると、焚き火の傍で正座していた須賀政宗が話に入ってきた。その横には謎の肉を焚き火で焼いて美味そうに食べている太一の姿があった。
「あの者の力は逃げることに特化した力。分身で時間を稼ぎ逃げられでもすれば、無辜の民に被害が及ぶ。何もせぬが吉でござろう」
「政宗もやんねぇ方が良い派か。まぁ戦えねぇならしゃあねぇもんな。そんで遥斗、皆と話したいことがあるんだろ?」
「そうだね。治療も終わったみたいだし、そろそろ話すか。あっ、シュナちゃんも村人代表ってことでいてもらえる?」
空気を察して出ていこうとしていたシュナだったが、遥斗の言葉で足を止めた。
「私なんかでいいんですか? 父を呼んだ方が」
「いや、村長として色々忙しいだろうからね。それに不確かな情報で混乱させたくないし」
珍しく真面目な面持ちでそう言われ、シュナは流されるまま近くの椅子に座った。
「まず今回の盗賊騒ぎ、シュウ以外の僕ら四人はたいした怪我もないが、圧倒的な敗北、で異論はないね?」
「あぁ、ダンジョンに潜ってたなんて言い訳にもなりゃしねぇ。あのちっこいのが異変を感じてなかったら全てが手遅れだっただろうからな」
恭弥の言葉で、修と政宗の表情が悔しそうに歪む。
「うん。僕も同意見。タイチがここら辺の危険な魔物をあらかた倒した時から警戒は強めるべきだった。僕らのせいで盗賊達にとってこの村は魔物もいないうえに強い冒険者もいない狙いやすい村になってたんだ」
「だからって太一は責められねぇな。ファクトリ村にとって危険な魔物をあいつが倒した功績は村人の歓迎ムードから目に見えて明らかだ」
「そうだね、これは参謀という地位を任せられてる僕の責任だ。この辺りに貴族の屋敷すら狙う危険な盗賊団がいるという情報はギルドからもらってたんだ。危険な魔物を減らしすぎるのが村にとって危険だと早々に気付くべきだった」
「だからって今更どうにもならんだろう」
「それについては心配らいよ〜」
ガチャリと小屋の扉が開けられ、中に入ってきたのは、一升瓶を片手にベロンベロンに酔ったマーリンだった。
「私の能力でこの辺り一帯をダンジョンにすれば万事解決! 村人達に危害を加えないよう命令してこの村をセーフティゾーンにすれば村人達に危害無し! めっちゃ強いダンジョンモンスター作ってそこら辺徘徊させとけば人も寄り付かんでしょ!」
酔っ払い特有のテンション高めな説明に、遥斗は言葉を失った。そんな遥斗の代わりに恭弥がツッコむ。
「この非常事態に飲んでたのかお前?」
「おいおい師匠に向かってお前はないんじゃないの〜?」
ふざけた返しにシラけた目を向ける恭弥に対し、マーリンも真面目な表情を見せた。
「そう怒るなよ。ちょっと野暮用のせいで気分がよくなくてね。もちろん飲んだのは今さっきさ。私にとってこの村の人達は家族同然だからね。何もできなかった自分が情けなくて仕方ないよ。だから、今後ここを守れない私の代わりに、私の能力を残すって訳」
「ここを守れない?」
マーリンの言葉に引っかかる部分を覚えたのか、遥斗が問う。
「私は君達についていくことにしたのさ」
「あぁ!?」
「盗賊如きに苦戦してる君達に彼女を預けられないからね。一緒について行って君達を鍛えあげるつもりだよ」
「ちょっと待ってください!」
マーリンの言葉に今まで黙っていたソフィアが声を荒げる。
「確かに貴方が修行をつけ、彼らは成長しました。ですがまずは自国に帰って――」
「どうやって?」
「どうやってって……団長が……」
「フェンネルの馬鹿なら来ないよ」
マーリンが懐から出し、ソフィアの前に投げおいた紙の束は、日本の新聞紙によく酷似していた。
「……嘘……」
新聞の内容を見た瞬間、ソフィアは信じられないとでも言いたげな様子でその場にへたり込んだ。
ソフィアが手放した新聞を拾った恭弥には文字の内容まではわからなかったが横から覗きこんだ遥斗がその文字を読み始める。
「ファルベレッザ王国に魔人率いる大群の魔物襲来、追い払いはしたものの、戦線に出ていた第一王子が戦死、騎士団長のフェンネル・ヴァーリィは消息不明って、嘘だろ?」
遥斗の読み上げた文に、恭弥は数日前に見たあの夢の内容を思い出す。
追い込まれたフェンネルとフードを目深に被った性別すらわからない謎の存在。
夢など起きた瞬間ですら曖昧だというのに、未だにくっきりと覚えているその夢が、恭弥は真実なのではないかと思い始めていた。
「団長……お兄様……」
今まで気丈に振る舞っていたソフィアの目から大粒の雫がポタポタと落ちていく。
「フェンネルが死んだとは到底思えねぇが、それでもフェンネルを圧倒する奴がいるのも事実だな」
「そう、あんた達だけじゃ、あいつは倒せないのよ」
その言葉はこの場にいる誰のものでもない声だった。
突如、マーリンの横に炎が出現し、そこからダンジョン内で見た手のひらサイズの小さな少女が現れた。
そして、彼女はゆっくりと悔しそうに喋りだした。
「あんた達のことを認めた訳じゃない。アタシが心から認めた契約者はこれまでもこれから先もしげるただ一人。……でも、しげるの村を守ってくれたことに免じて、あんた達にアタシの力を貸してあげる」
エンラが指を差す。
その先にいたのは、あぐらをかいて座っていた政宗だった。
そんな政宗の胸目掛けて赤く細い光が放たれる。
あまりにも突然なことで反応できなかった政宗は目を見開くが、光が消えても不思議と体に違和感を感じなかった為、首を傾げた。
「これで契約は終わり。これで悲しいけど、契約を破棄しない限りあんたと一緒って訳」
「めっちゃ嫌そうじゃん」
「当たり前でしょ! アタシが認めた男は世界にただ一人しげるだけ。しげる以外の男と組むなんて本当なら死んだって嫌なの! でも、あいつに復讐する為には契約者がどうしてもいるの! だから仕方なくよ!」
おちょくる修に対して怒鳴るようにそう言うと、エンラは炎となってその場から姿を消した。それを見届けたマーリンが指を鳴らすと、政宗の足下に突然穴が空き、足場を失った政宗は訳がわからず、そのまま穴の中へと落下していった。
何事かとマーリンを問いただそうとする恭弥の機先をマーリンがとる。
「政宗君には悪いけど、彼にはしばらくの間、私の能力で作られたダンジョンで生活してもらう。理由は一つ、エンラを私のダンジョンから外に出すことはできないからだ」
「出すことはできないって……流石にその理由くらいは聞いても?」
遥斗の質問にマーリンは否とは言わなかった。
「私のお祖父様は松山しげるという百年以上前にこの世界にやってきた異世界転生者よ。そのお祖父様が死ぬ間近、私に手紙で指示したの。狙われているエンラを私の能力で外に出すなって。それから私はあの日を除いて彼女をダンジョンの外に出していないの」
「あの日というのは窺っても?」
「ええ、それも話すわ。……私は二十歳を過ぎた時から、Sランクの冒険者として世界各地を回ってきた。というのも、私の個有能力は私が倒した魔物をダンジョンモンスターとして創り出すことができるからなの。お祖父様の仇を討つには生半可な実力じゃ叶わない。それがわかっていた私の決断にエンラもここを離れることを許してくれた。そんなある日、私は風の大精霊フウラが眠ると言われているエルフの国に赴いた。大精霊の住む地は異空間でね、この世界の人間は入れないという制約がある。だから、エンラに頼んで私を入れてもらえるように説得してもらおうと思い、エンラを外に出した。だけど、結局それは叶わなくてね、私は渋々エルフの国を離れることにしたわ。そして、その日の夜、私が池の畔で火を焚いていると、突然、池に巨大な雷が落ちた。夜ではあったけど、雨もなく、それどころか雲すらない満点の星空だったにもかかわらずね。衝撃に備えて私はすぐさまダンジョンに潜って衝撃を回避したわ。そして、地上に戻ってきた私の目に映った光景。それは、全ての水が干上がった大きな窪地と、その中心地に立つ二つの人影だった」
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
ようやくコロナ後の辛い咳が治まってきた鉄火市です。
先日26の誕生日を迎え、お祝いに焼き肉を食べに行ったのですが、不思議なものでお腹いっぱい食べたにも関わらず、次の日にはまた食べたくなってしまうというね。
まぁ、南海トラフが起きて焼き肉どころではなくなったらどうしようと考えてましたが杞憂で済んで良かったです。
次の話でとりあえず第4章は締めとさせていただこうと思ってます。そんで新作書いて5章突入かな~。
元々この小説はゆっくり書きながら時折新作の予定だったんでこればっかりは許してほしいですね。
第4章の最後に納得するまで軽く半年使ったけど、上手く書けるかは私次第。
とりあえず頑張って4章仕上げて新作頑張ろうと思います。




