第4話:盗賊団頭領だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
恭弥が速すぎた。
無精髭の男が倒れる中、海原恭弥は不思議そうに自分の左拳を眺めていた。
鎧武装を使い、剣は防いだが、攻撃に使う左拳にだけは、あえて使わなかった。
怪我は完治し、痛みがある訳でもない。
ただ、不思議な感覚を覚えたのか、違和感を感じた恭弥は首を傾げた。
「なんだ今の? まるでクッションを殴ったみたいな感覚だったな」
人を殴った時に感じる手応えがまったくと言っていいほどなく、恭弥の疑問は確信に変わった。
そのタイミングで、大の字に倒れている無精髭の男が声を大にして笑い始めた。
「ハーッハッハ……天を仰いだのは久しぶりだな。まさかここまでやってくれるとは、嬉しいぜぇ、あんちゃん」
上体を起こし、愉しそうに話しかけてくる無精髭の男。
利き手ではない左の拳だったとはいえ、一切の加減はしなかった。並の連中なら腹を押さえて悶絶し、汚物を辺り一帯に撒き散らしながら転がりまわるだろう。
それなのに、男にはダメージが入った様子はまったく見られなかった。
「あんちゃん、名前は?」
立ち上がり、ズボンについた砂を払う無精髭の男の質問に、恭弥は少し間を空けて答えた。
「恭弥だ。海原恭弥」
「俺はマルクス、マルクス・レヴィアル。元騎士の今はしがない盗賊団の長さ」
マルクスはゆっくりと名乗り、そして剣を構えた。
恭弥は元騎士という言葉に驚きの色を見せるも、すぐにボクサー特有の構えを取った。
「元騎士が盗賊団の頭領ってか? 悪い冗談だろ」
「色々あるのさ、おっさんにはな」
刹那の沈黙が流れる。
そして、天から零れ落ちた一滴の雫が、静寂を破り、戦いの幕を開けた。
◆ ◆ ◆
ヴィズラコンティが目を覚ますと、全身に広がる鈍い痛みに呻き声をあげた。先程受けた恭弥からの攻撃が頭をよぎり、怒りが彼の心中に燃え上がった。
ターゲットを定め、ヴィズラコンティは一歩踏み出す。
背後から襲いかかろうとしたその瞬間、突如として顔面に瓦礫がぶつかった。痛みは軽微だったが、直前に見た光景が彼の脳裏に焼き付いていた。瓦礫は自分を越えてきたはずなのに、まるで意思を持って引き返すかのように自分に直撃した。その方向を振り返ると、そこには形の歪な瓦礫を楽しそうにリフティングする伊佐敷遥斗の姿があった。
「うちのリーダーのタイマンに割り込むのはNGで頼むよ。相手が欲しいなら僕がなってあげるからさ」
「お前に用はねぇ」
「ふ〜ん……そういえばさっき、キョウヤの上着を着たシュナちゃんが血だらけのリョウさんを泣きながら治してたんだけどさ……あれってお宅の仕業だったりする?」
遥斗の問いに、ヴィズラコンティは嘲笑を浮かべる。
「だったらどうしたってん――」
答えを言い切る前に、再び瓦礫が彼の顔面にめり込み、粉々に砕け散った。鼻血が滴り落ちる中で恨みを込めた眼差しを遥斗に向けるが、その遥斗からはそれ以上の圧迫感が放たれていた。
「僕はあんまりキョウヤ達みたいに好戦的じゃないけどさ、女の子を暴力で泣かせる奴は殺すって決めてるんだ。だから殺すね?」
遥斗の冷然とした言葉が、ヴィズラコンティの怒りと恐怖を引き立てる。彼の運命がこの瞬間に決定付けられたのだった。
◆ ◆ ◆
恭弥のスタイルは相も変わらずボクシングスタイル。だが、マルクスの戦闘スタイルは先程の曲芸のようなスタイルから一転し、剣を大振りする隙だらけのスタイルに変わっていた。
一撃でももらえば死は免れないであろう攻撃の中で、恭弥は冷静に相手を観察していた。
先程までの曲芸のような攻撃を警戒し、一歩下がって回避に専念していたが、五度に渡る攻撃の中で、その影が見えないことを確信した恭弥は一歩踏み込んだ。
(読みづらいぶんさっきまでの方が厄介だったな)
そんなことを思いながら、恭弥は相手の攻撃を紙一重で回避し、渾身の一発を相手の胴体目掛けて叩き込もうとした。
(んっ!?)
叩き込む直前、何かが目の前で弾けるような感覚を覚えた恭弥は反射的に目を閉じた。
目に当たった感覚はただの水だった為、すぐにシャボン玉のような泡だと判断したが、時既に遅し。
目を閉じていた恭弥の腹に強烈な蹴りが放たれ、恭弥の体はあっけなく地面に転がった。
立ち上がり、目についた水を拭い、恭弥は視界を取り戻す。
「これで一勝一敗だな、あんちゃん?」
煽るように言われ、苛立ちを露にする恭弥。
確かに、相手の意表をついたと言う点では、一勝一敗と言っても過言ではない。だが、攻撃をもろに食らった恭弥と、それを防いでみせたマルクスとではとても同じとは言えなかった。
「なるほど。前にアルフィーが見せてくれた泡を出す魔法か。お世辞にもつええ魔法とは言えなかったが、実際使われるとかなりうぜぇな」
「水系統の初級も初級のただ泡を出すだけの魔法バブルス。風を発生させるだけの初級魔法ウィンド、魔法同士の撃ち合いじゃ話にもならない雑魚魔法だが、こと近接戦闘だとなかなかどうして、こうも厄介な武器になってしまう」
マルクスが剣を横に薙ぐ。
蹴られたこともあり、恭弥とマルクスの間は十メートル以上の距離があいていた。距離を詰めなければ絶対に届かない距離であるにもかかわらず、マルクスは一歩も動かず、その場で横に薙いだ。
この戦いを見る者がいれば、何をやっているんだと一笑に伏すところだろう。だが、恭弥はマルクスの行動を見た瞬間、自身の本能に従い、咄嗟に横に転がった。
その行動は正しく、恭弥の背後にあった家屋に突然大きな亀裂が入った。それはあまりにも大きく長い亀裂で、もし恭弥が回避行動に入っていなければ、恭弥の首は間違いなく胴体とおさらばしていたところだろう。
「魔法と剣を組み合わせたタイプねぇ……一度ソフィアと戦ってみたいと思ってたんだが、遥斗が怒りそうだからやめたんだよな」
「さっきといい今といい、見えない風の刃をこうもあっさり避けるとは……やるねぇ、あんちゃん」
スクリと立ち上がる恭弥だったが、先程同様に突っ込む姿勢は見せない。
(剣を避けるだけならそこまで難しくないんだがな、さっきの泡も俺が深く切り込んでいたから剣ではなく蹴りだったんだろうな)
思考に費やした時間はほんの数秒だったが、最終的には恭弥の溜め息で終わった。
「奥の手出し惜しみしてる場合じゃねぇか」
恭弥の両腕が赤い光を発し始める。
「さっき俺の剣を止めた籠手か。なるほど、魔力で作られた籠手か。おもしれぇな」
マルクスは言い終わると同時にその場を飛び出した。微かに遅れて恭弥も飛び出すが、スピードは恭弥の方が早かった。
マルクスの全身全霊の振り下ろしが放たれるも、その先に恭弥の姿はなく、いつの間にか背後に回っていた恭弥が右の拳を放とうとしていた。しかし、突然恭弥の視界に砂がまとわりつき、再び視界を奪われた恭弥の拳は空を切った。
(砂が目にっ!)
目元をこすり、なんとか目を開けようとするも、その視界は霞んでよく見えない状態で、恭弥はあえて目を閉じた。
「目で探せないなら、死の気配を感じればいいだけだ!」
左の籠手が剣を弾く。見えない為、状況がいまいち掴めないが、マルクスが感嘆の声を上げたのを感じ取った。
「今のは流石に殺せたと思ったんだがねぇ」
マルクスは感心するが、恭弥は苛立ちを露にし、小さく舌打ちをした。
(クソッ、まぐれもいいとこだな。今のは相手が油断して攻撃が単調だっただけだ。フェイントで終わってた。……流石に視界がねぇと攻撃まではきついか)
目が完全に見えるようになるまでまだまだ時間が欲しい恭弥は、籠手をそのままに口を開いた。
「なぁおっさん」
「どうした〜あんちゃん?」
「確か元騎士だって話だったよな? なんで騎士をやめたんだ?」
「フッ、見え透いた時間稼ぎだな」
そう言うと、マルクスは恭弥に斬りかかった。だが、完全に回避に専念した恭弥にその攻撃はかすりもしなかった。
「バカにすんな。おっさんのおせえ攻撃なんて避けるだけなら目が霞んでたって余裕なんだよ。ただそれじゃつまんねぇから退屈しのぎにおっさんの昔話を聞いてやろうと思っただけだ」
「なるほどね〜」
それは恭弥のハッタリだったが、マルクスは信じたのかその場で黙り込み、追撃の手を止めた。そして数巡の後、遠い過去を見るかのように虚空を見つめ、口を開いた。
「おっさんの話なんてよくある話さ。とある騎士が貴族に反感して、仲間だった奴からも命を狙われるようになった。ただそれだけさ」
「だったらなんで盗賊団になって村人を困らせる。ここの村人がおっさんになんかしたのか?」
「別にこの村に恨みなんて無いさ。……あんちゃんの雇い主、どっかの貴族なんだって?」
「なんだ雇い主って? なんの話してんだ?」
「隠すのも無理ないだろうな。だが、あんちゃんの雇い主は本当に良い貴族なのか?」
「なに言ってんだお前?」
本当に訳がわからない様子の恭弥の言葉に耳を傾けることなく、マルクスは再び剣を恭弥に向かって振るい始めた。
「俺は十年くらい前までは隣国のヴェルグルって国で騎士をやっててな。今とは違って真面目に国を護る為に日夜戦ってたのさ。そんなある日、団長に一人の新人を任せられた。だが、そいつは有力貴族のボンボンでな。遅刻サボりは当たり前、酷い捨てられ方をされたという女性の訴えも一度や二度じゃなかった。そんなボンボンに頭を悩まされていたある日、冒険者ギルドから一つの依頼が来てな。なんでも郊外に現れたサイクロプスに手を焼いているから騎士団に出動してほしいってものだった」
「サイクロプス、あの一つ目の巨人か」
「そうだ。サイクロプスの強さは凄まじく、俺達は多くの犠牲者を出しながらも、なんとか討伐に成功した。だが、その犠牲者を弔う場にあのボンボンは現れ、取り巻き数人に向かって大声で笑いながらこう言ったんだ。庶民が死んだくらいでこんなに金を使うなんてもったいねーってな。国を命懸けで守った者達を嘲笑う連中を見て、俺は腸が煮えくり返るような思いになってな。気づいたら俺はその場で笑った連中の首を斬ってたよ。まぁ結果一緒に戦ってきた連中が敵に回り、巡り巡って今は盗賊共を率いてるんだから面白いよな」
「はぁ? 何も面白くねぇよ。端から最後まで何一つな」
そう言いながら振り下ろされた剣を素手で掴み取った恭弥の目は、完全に回復していた。そして、恭弥の右手が今まで以上の光を発し始める。
「おっさんが過去にどんなことがあったとしても、この村に危害を加えた時点でそれはもう肯定できるものじゃねぇ。おっさんは道を踏み違えたまま、そのまま間違った道を進んじまったんだ」
「若いねぇ……あんちゃんも大人になったら辛いことが沢山だぜ? 逃げたくなる時だって沢山あるぜ? そうなった時、同じことが言えるかい?」
「言えるさ。俺には間違った道に進みそうになった時、腕を引いてくれる相棒がいるからな」
「……そっか。そいつは羨ましいねぇ……」
マルクスは避けなかった。
攻撃も回避も防御もせず、恭弥の全身全霊の一撃をその身に受けたのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もう7月ですって、速すぎるよ(´・ω・`)




