第3話:盗賊団だろうがなんだろうがかかってこいや!!(6)
前回のあらすじ。
政宗とガンツと分断され、仮面の男と一人で戦う修。
相手のユニークスキルを見破り、敵を倒したと思った修だったが、それは敵の罠だった。
視界がぐらりと歪む。横腹はまるで発火したかのように熱く、呼吸が徐々に困難になっていく。
(しくった……これはまじでやべぇやつかも……)
まるで酔っ払ってしまったかのような千鳥足で、雷堂修は近くにあった木に背中を預けた。
(くそっ、血が止まらねぇ。やられちゃ駄目なところを斬られたか?)
手で強く抑え、なんとか最低限の出血で留めているが、手に込めていた力が徐々に弱まっていくのを修は悟っていた。
ケタケタと嫌味ったらしい笑い声が聞こえてくる。
霞む視界をそちらに向ければ、ナイフで遊ぶ仮面男の姿が映った。
「痛そうやな〜? ポーション貸そか〜?」
仮面男の煽りに苛立ちを覚えるが、怒りに任せて突撃出来るような体力は修に無い。
「あんさん強いし、バカや無いんやろうけど、目が正直過ぎるんとちゃう? 殺し合いはどんなに汚かろうと最終的に立っとった方が勝ちなんよ?」
嫌味ったらしく笑う仮面男の姿が再び修の視界から消えた。
次の瞬間、修の背後にある幹の太い木が轟音を響かせ、地面へと倒れていった。
それと同時に走る激痛。
「〜〜ッッ!?」
背中を背後の木ごと斬られ、修の体がよろめく。
だが、木のお陰か傷は浅く、死には至らない程度。
倒れそうになる体を右足でなんとか支えるが、今にも気を失ってしまいそうな状態だった。
そんな状態の中、修は懐から拳銃型の改造釘打機を取り出した。
何もしなければ、自分は何も出来ずに死んでしまう。
修の虚ろな目に小さなともし火が宿る。
右手で横腹の血を抑えながら、左手で改造釘打機を構える。
いつも以上に重い改造釘打機を必死に固定させ、仮面男の頭目掛けて引き金を引いた。
だが、釘は修の思った通りの軌跡を通らず、仮面男の横を素通りしていった。
苛立ち、歯を食いしばる修。
そんな修を見て愉しそうに笑うと、仮面男は一瞬で姿を消した。
攻撃が来るとわかりつつも、避ける体力は修に無い。
そして、改造釘打機を握っていた左腕が斬られた。
「クッソ」
痛みに顔がひきつる修。
痛みで改造釘打機は落ちるが、修の左腕に出来た傷は修の想像以上に浅かった。
だが、そんなことに疑問を抱くよりも早く、右足の太もも、右肩、左頬と次々と斬られていく。
(いてぇ……けど、いてぇだけだ。こいつ、死なないように地味な攻撃ばかりしてきやがる。政宗君の殺さないという戦い方とは違う。こいつはじわじわと痛めつけて相手の反応を愉しむ快楽殺人鬼タイプか)
死の恐怖を煽るように相手の視界から姿を消し、いつ来るかもわからない不可視のナイフ攻撃。殺しはしないが、絶妙な加減で痛みを与えていき、徐々に徐々に殺していく。
それが仮面男、ジェリック・ピッドの戦闘スタイルだった。
『土塊』という土を操る個有能力で相手を弱らせ、二本のナイフでじわじわと敵を惨殺していく。
ついた通り名は惨殺魔。人を殺す快楽に溺れていなければ、フェンネルと並び称される英雄として、世界にその名を轟かせる程のポテンシャルを持つ男であった。
「どしたん? 威勢がいいんは最初だけやったん?」
手でナイフを遊ばせ、愉しそうに修を嘲笑うジェリック。だが、修に応答出来る余裕は最早無い。
そんな修を見て、ジェリックは指を鳴らした。すると、突然地面が起伏し、ジェリックの意思に応じて修の腹部に重い一撃を放った。
喀血し、地面に転がる修。
今にも意識を飛ばしそうな中、修はゆっくりとその場で立ち上がる。
ふらりとよろめき、右手で横腹を抑えながら、それでも修は立った。
「いい加減に倒れたらどない? 頑張ったって痛いのが続くだけやで?」
「うる……せぇ……」
頭を覆っていた白い手ぬぐいが赤く染まっていく。
それを見て、ジェリックの表情がより愉しそうなものになっていく。
「修殿! 大丈夫でござるか!」
ドンドンと土の球体から音が鳴り、須賀政宗の大声が辺りに響く。
その声を聞いた瞬間、ジェリックは苛立ちを顕にした。
「おとなしくしてなよ。焦らんでも次は自分なんやから」
「待ってろ! すぐにここから出る!」
ジェリックの言葉に歯を軋らせ、政宗は土を殴る手に力をこめる。
その時、今にも切れそうな意識の中、修は笑った。
「大丈夫大丈夫……ハァ……ハァ……政宗君はさ……さっきの戦いで疲れたっしょ? もうちょい寝てていいよ」
口元の血を拭い、修は強がる。だが、修が普段通りではないことは、目で見ずとも政宗は瞬時に理解した。
(暗くてよく見えぬが、この土の球体、刀を振り回せる程の広さではない。刀を引き抜く広さも無いうえに、無闇矢鱈に振り回せば隣にいるがんつ殿に刃が当たりかねん。だからといって時間をかければ……)
突破は急務。だが、土の壁は拳で破るには厚く、刀を振り回す広さはない。
焦りは考えを濁らせ、いつもであれば冷静な政宗の表情が悔しそうに歪んでいく。そんな政宗の焦りを感じ取ったのか、先程から動いていなかったガンツが口を開いた。
「あの子がピンチなのか?」
今にも消え入りそうな声で尋ねるガンツ。彼のいうあの子が修を指すことを政宗は知っていた。
「あぁ、どうやらそのようだ」
「助けにいかんのか? お主ならこの程度の壁、造作もないだろ?」
「言い訳はせぬ。拙者は未熟故、恭弥殿のようにこの壁を拳で壊すことは出来ん。刀を使いたいが、このような狭き場所では刀を抜くことすら叶わぬ」
「……そんなことか、ならばこれを使え」
ガンツは懐に大切にしまっていた紫色の布に包まれた一尺程度の細長い何かを取り出した。
「これは?」
「昔会った剣士が持っていた武器だ。だが、儂にもその剣士にも作り方はわからず、結局長いものは作れんかった。だが、それでも諦めきれなくてな……」
布がなくなると、その細長い何かは姿を現す。
それは日本でよく見た短刀だった。
「儂の数百年の技術を集めてようやく作れた代物だ。この状態ではあの刀という武器よりも短いし切れ味も劣るが、魔力を宿せばその量に応じて切れ味は上がるし、強度も増す。あの子がこの村を出ていく時になったら餞別に渡そうと思っとった代物だ。これであの子を救ってくれんか?」
短刀を渡され、政宗は目を閉じ、大きく深呼吸をした。
その短刀は満足には見えない土の中で、微かに赤い光を発していた。
そして、政宗は薄っすらと目を開けた。
「七天抜刀流を既に何度も使用し、霧天の型まで使った。体は既に限界を迎え、最早動く度に悲鳴をあげている。だが、そんなことは関係ない。ここで動かねば、拙者はこの一ヶ月、なんの為にマーリン殿に師事を願ったというのだ!」
政宗はまるで矢を射るかのように短刀を持った右手を引いた。
七天抜刀流は居合いの型。
技全てが個性的な構えから繰り出す一撃必殺の奥義。
だが、その中に突き技は存在しない。
政宗の取った構えは七天抜刀流ではなかった。
「炎牙」
政宗がその言葉を告げると、短刀はまるで炎を宿したかのように赤い光を放った。
◆ ◆ ◆
(そろそろ殺すか)
先程から何度斬りつけても反応を見せなくなった修を見て、ジェリックは心の内で決意する。
蹴りを入れても、斬りつけても、話しかけても、修は反応しない。だが、立ち上がってくる。
何度倒れようと、何度意識を失いかけようと、その度に足に力をこめ、立ち上がってきた。
とっくに限界を迎えているであろうはずなのに、修は立ち上がってきた。
それがあまりにも不気味だった。
「せめて死ぬ時くらいは声を聞かせてくれると嬉しいんやけどね」
愉しそうに笑い、ジェリックは歩き出した。
相手は虫の息、逃げることは出来ず、避けることも出来ない。
焦る必要も急ぐ必要も無かった。
窮鼠に噛まれる猫のような無様な敗北だけはすまいと警戒だけは怠らず、ゆっくりとジェリックは歩いていった。
次の瞬間、大気を揺るがす程の轟音が響いた。
振り返れば、そこには半分になってしまった土の球と外に着地している政宗の姿があった。
(チッ、早すぎやろ!)
予想外な出来事。だが、ジェリックは冷静だった。
攻撃の意識を向けている政宗に同じ手は通じないと、ジェリックも理解している。
五体満足な相手を前に、ジェリックは油断をしない。
ジェリックがニヤリと笑う。
だが、相手が何をしてこようと既にそこは政宗の間合いだった。
全身全霊、最速のスピードで間合いを詰める。
「七天抜刀流、雷天の型、神速迅雷」
一切の加減が無い本気の一撃。
政宗に斬られ、ジェリックの体は真っ二つになってしまった。
だが、政宗の表情は曇っていた。
「遅かったか」
悔しそうにぼやく政宗。
すると、突然政宗の周りにわらわらと何人ものジェリックが地面から這い出てきた。
「ほらほらこっちだよ」
「こっちこっち」
政宗は先程同様ジェリックを斬るが、その度にわらわらと地面からジェリックが這い出てくる。
「きりが無い」
悔しそうに呟いた政宗を見て、ジェリックは勝ちを確信した。その時だった。
「ようやく俺っちから意識を外したな?」
言葉に気づき、ジェリックは修に視線を向けた。
彼の手に握られたのは金属製の小型の何かだった。
「お前の意識がイチミリでもこっちにある状態で何かを出す素振りをすればお前は俺っちを即座に殺してただろ? でもこのタイミング、この一瞬ならお前は俺っちの奥の手に気付けない」
流暢に喋る修を見て違和感を抱くジェリック。集中し、意識を凝らすと、刺された修の横腹に魔力が異様なまでに集中していた。
「魔力で内臓補強とかアホ過ぎるやろ。そんな芸当出来るんならこっから逃げることも出来たやろうに、時間無駄につこて死にかけるとかむっちゃアホやん。てか今更鈍器で殴る気なん? どこにいるかもわからんのにか〜? 目眩で増えてるおもとるんやったらそりゃあんさんの目がおかしいわけやないよ?」
「ほざけ! てめぇから受けた傷、今ここで返してやんよ!」
全身ボロボロで、意識も今にも無くなりそうな状態の男が、仲間にチャンスを作る為の最後の戯れ言だとジェリックは鼻で笑った。
そして、全神経を政宗に向けた瞬間、政宗が突然耳を塞いだ。
その行動の意図が仮面男にわかるはずもなく、仮面男は何をしているんだと一瞬考えてしまった。
その結果、対応が一瞬遅れてしまった。
「ロックンロオオオオオオオル!!!」
大気が割れるかのような爆音が辺り一帯に響く。
視界が明滅し、ジェリックはようやくそこで事の重大性に気付いてしまった。
(アカン……人形に耳塞がせんと……)
聴覚の無い人形達が耳を防ぐ必要は無い。
耳を塞ぐのであれば、そういう指示を出さなければならない。だが、人形達はジェリックからそんな指示を受けていない。
この場において、耳を塞いだ者は滑稽にも一人のみ。
「七天抜刀流、雷天の型、神速迅雷」
その雷は憐れな道化を貫き、この戦いの幕を引いた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
目茶苦茶待たせて申し訳ありませんでした。
土の人形で分身する仮面男、マイクで叫ぶ修、土の球から脱出して仮面男を政宗が倒すって構想まではできてたんですけど、如何せんまとめあげるのに苦労しました。
あまりにもバラバラすぎて、「これ構想練り直した方が良くない?」って思ったりはしましたが、「異世界に無いマイクで強敵を倒すって面白くない?」という自分の中の何かに従い、書き上げた次第です。
楽しんでいただければ何より嬉しいです。




