第4話:怒った村人だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
冤罪で突然胸ぐらを掴まれる恭弥。何故か皿を洗う遥斗。朝は白米派の政宗。飯も食わずに座りながら爆睡決めてる修。皆の分も食べちゃった太一。
そんな訳で始まります。
ようやく終わったと言わんばかりに、フューイは扉の前で大きな溜め息を吐いた。
突然、大切なお客にガディウスが掴みかかった時は、その雰囲気から終わったと絶望したフューイだったが、ガディウスの焦る気持ちを知っているだけに、強く言うことができなかった。
また、一人いなくなってしまった。
しかも、今度はフューイの妹、ノエルと非常に仲の良かったミシェルが、だ。
おまけに元冒険者として村一番の実力と名高いガディウスが傍にいながら攫われたという。
気を引き締めなければと、フューイは心に誓い、扉を開けた。
「お待たせしてすみません……って、何かあったんですか?」
扉を開けて中に入ったフューイはその光景に目を見開いた。
なぜなら、床で山川太一にキャメルクラッチをかけている雷堂修の姿が視界に映り込んだからだった。
「てんめぇえええ!! な〜に俺っちの分まで朝飯食ってんだコノヤロー!!!」
「ごめんなさ〜い! だってお腹空いてたんだも〜ん!」
「腹減ったもクソもあるか!! てめぇ、俺っちが昨日からどんだけ腹減ってんのかわかってんのかコノヤロー!!」
「ごめんなさ〜い!!」
親しみやすそうな見た目ではあるが、それでも巨漢。にもかかわらず、涙目で謝罪しながらも技をかけられ続けている太一を見て、フューイはただただ困惑した。
そして、フューイの困惑した視線が平然と椅子に座る三人の青年へと向けられた。
つい先程、村人達を萎縮させ、村一番の巨漢であるガディウスに膝をつかせた威圧的な青年海原恭弥は、まるでこの世の終わりを見ているかのような表情で虚空を見つめており、朝早く起きてきたと思えばいきなり母を口説き、何故か自ら手伝いを申し出てきた軽薄そうな青年伊佐敷遥斗は床で一方的な格闘をしている二人にやれやれーと煽っており、変わった剣を帯刀している青年須賀政宗は、ただ静かに水を飲んでいた。
何が原因でこうなっているのかはフューイにもわからないが、これだけははっきりと言えた。
このまま暴れられては、この宿屋が壊れてしまう。
「二人とも落ち着いてください! 暴れられては困ります!」
慌ててフューイは止めに入ったが、二人にやめる意思は見られなかった。だが、次の瞬間――
「太一、修、二人とも大人しく座ってろ」
その言葉で、修と太一の体はピタリと止まった。
低く威圧的な声は恭弥の口から放たれたもので、その声量はフューイの声よりも小さい物だった。にもかかわらず、修と太一はその言葉一つで動きを止め、何一つ文句を言うことなくスクリと立ち上がり、黙って自分達が座っていた席へと戻った。
そして、恭弥は先程までとは別人のような笑みをフューイに向けた。
「すまなかったな。それで、話の方は済んだのか?」
「えっ……あっはい。皆さんはお帰りになられました」
未だに困惑していたが、フューイは恭弥に向かってそう答えた。
「マサムネから聞いたよ。なんか僕らを村人達が疑ってるんだって? なんかあったの?」
「はい、それなんですが……」
遥斗が頬杖をつきながら訊いてきた質問にフューイが答えようとした瞬間、ガチャリと扉が開かれた。
フューイが慌てて後ろを向くと、そこにはフューイの弟ロイドと、妹ノエルが立っていた。
「お兄ちゃん遊んで〜」
兄の姿を見た瞬間、嬉しそうな表情を見せたロイドは彼の袖を掴むと、ぶんぶんと振り回しながら上目遣いでおねだりを始めた。すると、フューイは背中の方にも引っ張られる感触を感じた。
首だけで向けば、人差し指を加えたノエルが、ただ静かに反対の手で背中の方を引っ張っていた。
二人のことが大好きなフューイにとって、そのお願いはなんとしても叶えたかったが、状況が状況だけに遊ぶなんて悠長なことをしている場合では無い。とはいえ、可愛らしく上目遣いで見てくる二人にごめんと告げるのは、フューイには不可能なことだった。
「太一、代わりに遊んできてやれ。もちろん、怪我とかはさせるなよ」
「は〜い」
椅子から立ち上がった太一は、巨体を揺らしながら双子の元まで歩み寄ると、目線を合わせるべくしゃがんだ。
「一緒に遊ぼ〜」
ロイドとノエルは太一に驚いたのかフューイの背中に隠れるが、すぐにフューイが、遊んでもらいなさい、と告げたことで、二人はびくつきながらも、太一と共に部屋の外へと出た。
「よろしかったんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。タイチはどうせ話とか聞かないから。聞いたって飯時になりゃ忘れるって」
「いや、そういう意味では……まぁいいです。先程の件についてお話ししましょう」
フューイは迷惑をかけてしまっているんじゃないかと思って尋ねたのだが、遥斗がそう言うのであればと、余計なことを考えるのはやめた。
「実はここ二ヶ月の間、このカルファ村で、誘拐事件と思われる事件が立て続けに発生しているのです」
「誘拐事件?」
遥斗の呟きに、フューイは首肯く。
「はい、最初の事件は二ヶ月前、十四歳になったカン爺のお孫さんで、ジェルミー君と言います。彼はお兄さんと狩りに出掛けていた最中、突然姿を消したそうなんです」
「それってあの魔物とかいう化け物に捕まったとかじゃないのかい?」
「最初はその線で捜索されたんですが、同行者には村一番の狩人であるジェルミー君のお父さんもおり、場所も昼間の広々とした場所だったので、その線は薄いとのことです」
「ん? ちょっと意味がよくわかんないな。つまり親子でその広々とした場所にいたんだよね? それなのに最初は魔物の仕業かもしれないってなったのか? その子の父親とお兄さんは犯人を見てなかったのかい?」
「はい。ジェルミー君は狩りに長けたお父さんとお兄さんの二人が目を離した一瞬の隙に、声も物音も出すことなく忽然と姿を消したそうです」
その答えに遥斗は啞然とした。
ベテランの狩人となれば、その索敵能力は卓越したものだろう。その人物が、自身の近くにいたはずの息子を見つけ出すことすらできなかったという事実が、事の異常性を物語っていた。
「その後の事件も、友達と一緒にいたら突然とか、家族と一緒にいたら突然とかで、事件現場にいながら誰一人として犯人も連れ去られた瞬間も見ていないのです。それで昨日もガディウスさんの一人娘であるミシェルちゃんが夜中に突然いなくなってしまったんだそうです……」
フューイの表情に陰りがさしたのを、恭弥は見逃さなかった。
そして、その事について質問をしようとした瞬間、突然遥斗がテーブルを強く叩いて立ち上がった。
「ミシェルちゃんってことは女の子だよな? 歳は!!」
「えっ!? 歳!? 確かノエルとロイドと同い年だったから十歳くらいかと……」
「なんだまだちびっ子か……」
年齢を聞いた瞬間、心底つまらなさそうに椅子へと腰を戻した遥斗を見て、恭弥は露骨な溜め息をついた。
「要するにあれか。さっきのおっさんはその女の子を俺達が攫ったって思ってるってことか?」
「おそらくそうでしょうね。ただ、俺が庇ってる以上、村の人達もそう簡単には手を出さないはずです。ただ、多少は監視をつけられるかもしれませんが、そこは多目に見ていただけませんか?」
「ねぇねぇ、フューイ君」
フューイは未だに機嫌が悪そうな恭弥を見て、申し訳無さそうにお願いした。すると、そんなフューイに声がかけられた。
「フューイ君はさ、なんで俺っち達を庇ってくれるん?」
その質問は四本脚の椅子を二本脚状態にして座っている修の口から放たれたものだった。そして、修は質問に即答できなかったフューイを見て、再び口を開いた。
「だってそうじゃん。俺っち達って言うならば君達にとっちゃ余所者な訳じゃん? 昨日出会ったばかりでお互いそれまで何をしていたかもわかんない状態……普通疑うっしょ。俺っちだったらそうしてるし」
鋭い双眸がフューイに向けられ、フューイの額から汗が流れ出る。
「な……なにが言いたいんでしょうか?」
「ぶっちゃけさ。俺っち達をここに引き止めてるのって、警察が来るまでの時間稼ぎだったりしない?」
静止した修の口から出たその言葉で、場が一瞬にして凍りついた。
「ちっ……違っ、違います!!! 俺は警邏の人なんて呼んでない!!」
「動揺してんじゃん」
「違っ…………いえ、認めましょう。確かにその通りです。俺はあなたの言う通り、警邏の人を呼ぼうとしました」
からかう修や他三人の表情を見て、フューイは観念したように告げた。だが、その表情からは罪悪感などは感じられなかった。
「ですが、やめました」
「なぜだい? 僕らが数少ないお客様だからかい?」
遥斗の言葉に、フューイは首を横に振った。
「皆さんは確かに冒険者であり、余所者です。冒険者の多くは暴れるし自己中心的だし暴力的だしで好きにはなれませんが、皆さんはノエルとロイドを見つけ出してくれた恩人ですから」
「恩人と言っても僕らは……」
「はい。確かに偶然だったのかもしれません。それでも、俺はノエルとロイドの姿が見えなくなった時、不安で不安で仕方なかった。連れ攫われたんじゃないか。森の奥、肉食の魔物がいっぱいいる場所へと足を踏み入れたんじゃないかって、気が気じゃなかった。だから、皆さんがなんと言おうと、俺はあなた方に感謝し続けますし、あなた方が誘拐犯であるという証拠が見つからない限りは信用して庇い続けます。それが俺にできる唯一の恩返しですから」
その回答を静かに聞いていた修は、あっそうとだけ呟くと、急に席を立ち上がった。
「ねぇねぇ恭弥君さ。確か今日は昨日行った冒険者ギルドってところに行くんだったよね?」
「そうだな。ついでになんか色々買ってくるつもりだったが……それがどうかしたのか?」
「だったらさ、俺っちはここに残っとくよ」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いやいや単純な話だよ。フューイ君には太一君を助けてくれた恩があるからね。少しでも返せるなら返しとかないと。ほら、ここの家具ってなんか古くてガタが来てるじゃん? バイクと違って勝手は違うだろうけど、少しは直せると思うんだよね〜」
「……修がそう言うなら俺は構わねぇが……そうだな、太一もまだ本調子じゃないだろうし、二人はここにいてくれ」
「おけおけ。それでいいよ〜」
「ちょっと待て!! それだったら僕も残る!! 誘拐犯がいつシャルフィーラさんの身を狙うかわからないんだ!! ここは僕が一時も離れず傍にいるべきだ!!」
「遥斗は駄目に決まってるだろ。お前がいないで誰が交渉するってんだ?」
「それはキョウヤとマサムネが…………やっぱり僕も行くわ……」
何故か途中から絶望的な眼差しを二人に向けた遥斗は、項垂れながら同行の意を示した。
「それで、子ども達の方はどうする? 拙者達も捜索に参加した方が良いのではなかろうか?」
「いや、それはやめとこう」
静かに手を挙げながら発言した政宗の言葉に、恭弥は一瞬嫌そうな顔を見せたが、それに否と答えたのは、遥斗であった。
「僕らは言わば歓迎されていない者。そんな僕らが今自由にできるのはフューイ君のお陰でしかないんだ。僕らが善意で動こうと思っても間違いなく煙たがられて村人との溝を深めるだけだろうね」
「なら俺っち達が村から出ていくのは?」
「それも得策と言えない。もちろん向こうに僕らを止める権限は無いし、僕らなら止められても強引に突破できるだろう。でも、そうなったらフューイ君やシャルフィーラさんへの評価は容疑者を庇い、逃がしてしまった裏切り者となる。僕個人としても僕らの愚行でシャルフィーラさんに迷惑がかかるのは絶対に嫌だし、タイチを治療してくれたフューイ君に不義理を働くのはあまりしたくないね」
「ならばどうするのが正解でござろうか?」
「大人しく犯人が捕まる。もしくは僕らへの疑いが晴れるまではここに滞在するのが一番だと思うよ。お金は多分今日でなんとかなるだろうし、食料に関しては森で狩ってきたものを使ってもらえばここにも迷惑にはならないと思う。フューイ君側はそれで問題ないかな?」
「こちらとしてはそれで構いません。予約がある訳でもありませんし、食材の解体はできませんが、料理に関しては母がいるので問題ありません。ただ一応言っておきますが、母は安全の為に夜は近くにある家へと帰らせますがそれでいいですよね?」
「えっ……ちょっ――」
「それで構わない。よろしく頼むぜ」
慌てて何かを言いたそうにした遥斗の言葉を恭弥が顔を押しのける形で黙らせ、フューイの言葉に答えた。
これにより、彼らの方針は決まり、朝の会議は数名が空腹のまま、終わりを迎えた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。