第3話:盗賊団だろうがなんだろうがかかってこいや!!(5)
前回のあらすじ。
村人を治療するソフィアの前に、盗賊団の一人が現れる。Sランク相当の魔物を操る彼女を相手に、太一も戦うが、彼は突然ソフィアを攻撃し始めた。
一瞬、何が起こったのか、ソフィアは理解できなかった。
普段は温厚で、食事のことばかり考えている。
それが山川太一という男の印象だった。
だが、今は目を充血させる程真っ赤にし、獣のようにグルルルと唸っている。
「彼に何をしたのですか?」
ソフィアの言葉に、シャティは最初に吹き出すように笑うと、高らかな笑い声を発した。
「知りたい? あたしがそこのおでぶちゃんに何をしたのかを?」
もったいぶるような口ぶりのシャティにソフィアの目が細くなっていく。
「そんな敵意をあたしに向けちゃっていいの? そこのおでぶちゃんはあたしの指示に従うのよ? こんなふうにね」
シャティが鞭で空を打つ。
ピシャリという音に反応し、太一がソフィアへと迫っていく。
「その馬鹿力でその傲慢な女を絞め上げな!」
シャティの怒声に応じるかのような猪突猛進をする太一。だが、ソフィアは冷静に詠唱を始めた。
「我は空に描く」
華麗な足取りで太一の初撃をかわすソフィアの体に、水色の粒子が集まっていく。
「世界は止まる。永劫にも終わらぬ時の中で何人もその氷の前では無力と知れ。氷結陣」
次の瞬間、ソフィアの詠唱が終わると太一の足首から徐々に氷漬けになり、その巨体全体を凍らせ、停止させた。
(彼の攻撃力を考慮して氷属性の上級防御魔法『氷結陣』を使いましたが……流石にやりすぎだったでしょうか?)
完全に氷に飲み込まれた太一の姿を見て、顔色を曇らせるソフィア。だが、そんな彼女の前で氷にひびが入っていく。
「う……嘘ですよね? Sランクの魔物ですら身動きが取れなくなるとされる氷結陣ですよ? せめて一時間は耐えて欲しいのですが……」
そんなソフィアの願いは氷と共に、儚く砕け散ってしまった。
そして、その動揺はソフィアの足をその場に固定させ、太一の前に無防備を曝す要因となってしまった。
「クッ!?」
太一の巨体によるタックルがソフィアの細い身体を吹き飛ばす。
瓦礫となった家の壁へと激突し、背中を強打するソフィア。直前で鎧武装を使い、その痛みを軽減はしたものの、魔力が残り少ないソフィアの鎧武装では威力を相殺しきれなかった。
痛みで呼吸をすることすらままならない。
目が霞む中、ゆっくりと歩み寄ってくる太一の姿だけがソフィアの視界に映った。
「……どうにか、彼の目を覚まさせなくては……」
ゆっくりと立ち上がり、掠れた声でそう告げたソフィアを、シャティは嘲笑う。
「馬鹿ね! あたしの個有能力『調伏』が解ける訳ないじゃない! この鞭で叩かれた奴はね。例えそれが人間だろうが魔物だろうが、あたしの命令通りにしか動かない。能力の解除なんてあたし以外にはできないんだよ!」
興奮気味に鞭を振り回すシャティ。
絶体絶命の状況を前にして、ソフィアはふらつく足を自制し、諦めず前を向き続けた。
(調伏……厄介な個有能力ですね。人を操る能力は聞いたことはありますが、意思に関係なく操られると想像以上に攻撃しにくい。……万事休すですか)
戦う策を出せば出すほど、自分の死が容易に想像できてしまう。ジャイアントスネークを軽々と投げ飛ばす怪物を前に、魔力も味方もいないこの状況はソフィアにとって絶望そのものだった。
(例えタイチさんを倒せたとしても、マンティコアもいる。こうなれば私の命と引き換えにしても村人達を逃がすしか……)
残された選択肢はそれしかなく、ソフィアはマンティコアに向かってレイピアを構え、魔法を放とうとした。だが、次の瞬間、想定していなかった光景が目の前に広がった。
「ソフィア様を絶対に守れぇええええええ!」
「「うおおおおおお!!」」
それは先程まで恐怖で怯えていた村の男達の雄叫びだった。
彼らは表情に怯えを出しながらも、震える足を全力で動かし、太一やマンティコアへと突っ込んでいった。
「チッ、ゴミ共が調子に乗って。あんた達、そいつらを殺りな!」
苛立ちを隠そうともしないシャティの言葉に従い、マンティコアが暴れ出す。
村の男達の手には木の棒や瓦礫しかなく、マンティコアに向かって投擲する者もいるが、その度にマンティコアの爪に引き裂かれたり、獰猛な牙で身体を食われていく。
恐怖が足をすくませるが、それでも彼らは足を止めず、何度も突貫していった。だが、マンティコアにダメージはなく、ただ村人達が怪我を負っていくだけだった。
「何をやっているのです。早く逃げなさい!」
「貴女こそ逃げてください!」
ソフィアは喉が張り裂けんばかりの声で彼らに逃げるように言うが、村人達は応じはしなかった。
「俺達は貴女にこの命を救われたんだ! だから今度は貴女の為にこの命を使うんだ!」
村人の言葉がソフィアの目頭を熱くさせていく。
(……あの人ならどうするでしょうか? 目の前で奮闘している者達がいる。私と違い、魔法の才能も剣も持たない者達が戦っている。そんな者達に背中を向ける行為をあの人は果たして許すでしょうか?)
ソフィアの目に再び闘志の炎が宿る。
魔力はほとんど残っていない。それがどうした。
怪我を負い、ろくに動けない。それがどうした。
それでも果敢に戦う者達がいるというのに、自分だけが逃げるなど、許せるはずも無かった。
(……?)
戦う意志を持ち、戦況を俯瞰した時、初めて違和感を覚えた。
村人達が思っている以上に善戦していたのだ。
十人以上の村人達が戦っている状況なのだから、本来であれば違和感を抱くことではないのだが、相手は勇者の一人でもある太一とSランク相当の魔物のマンティコア、シャティ自身に戦闘力がほとんど無いとはいえ、とっくに全滅していてもおかしくはなかった。
その違和感の原因を探ると、不思議なことに太一がほとんど動いていなかった。
明確には村人達を殴ろうとしては腕が止まり、蹴ろうとしては足が止まりを繰り返し、ダメージを与えないようにしている印象を受けた。
(能力が解けた? いえ、それなら村人達と協力してマンティコアに向かっていくはず。なら何故?)
太一の意味不明な行動に疑問符を浮かべていると、ソフィアはとあることを思い出した。
想像するとあまりにも馬鹿馬鹿しく滑稽で、そんなはずは無いと思おうとしても、不思議としっくりきてしまう。そんな内容だった。
(そういえば、キョウヤさんが出発前に言ってましたね)
ソフィアは周囲の空気を吸い込んでいく。
そして、周囲一帯に聞こえる程の声を発した。
「村人達がもし怪我したら飯抜きですよ!」
ソフィアの意味不明な発言に全員が頭に疑問符を浮かべるが、たった一人だけ不自然に動きを止めた人物がいた。
何故か逃げようとしないソフィアが放った意味不明な発言に呆気にとられた村人達。その内の一人にマンティコアは狙いをすます。
先程からちょろちょろと蝿のように逃げ回る人間。
その人間が目の前で止まっているのはマンティコアにとってチャンスでしか無かった。
そして、マンティコアはその村人に向かって飛びついた。
「うわぁああああ!」
逃げ遅れた村人は顔を腕でおおった。
もう自分の人生はここまでかと悟り、村人はすぐに来るであろう痛みに備えた。だが、いつまで経ってもその痛みは来なかった。
村人が恐る恐る目を開けてみると、そこには自分を守るように立ち、丸太のように太い腕をマンティコアに噛ませた太一が立っていた。
「村の人守らないとご飯抜き。村の人守らないとご飯抜き」
ぶつくさと謎の言葉を吐きながら、太一はマンティコアの鬣に右手を伸ばした。そして、腕に食らいついているマンティコアを引き寄せ、一本背負い投げをかました。
背中の激痛で噛みつきを解いていしまうマンティコア。そして、太一は自由になった両手で自分の両頬を思いっきり叩いた。
「ご飯抜きは絶対に嫌だ!!」
(((ええええええ!?)))
意味はわかるが意味不明な言語を羅列しながらあっさりと個有能力を解いてしまった太一に、その場にいた全員が呆気にとられてしまう。
「い……いったいどうやって、あたしの調伏を解除出来る人間なんているはず……」
「残念ながらあなたの個有能力はご飯に勝てなかったようですよ?」
目の前で意味不明かつあり得ない現象を目の当たりにし、隙だらけになってしまったシャティはソフィアにいつの間にか背後を取られており、抵抗することすら出来ないまま、彼女はあっけなくソフィアに捕まってしまったのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。




