第3話:盗賊団だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)
胸くそ注意警報
ファクトリ村の夜は、通常穏やかであるはずが、この日ばかりは異なった。空気は煙と恐怖で満たされ、村の家々は一つまた一つと炎に包まれていく。その悲劇の中心に立つ一軒の家。炎に照らされたその前に、一人の老人が立っていた。彼の目は焦燥に満ち、声は燃える家々に負けじと強く響く。
「どうか、わしの孫は、リーシェ達だけは連れて行かんでくだされ。金ならいくらでも払う。じゃからこの子達だけはどうか!」
老人の声は懇願に満ちていた。彼の後ろにはアルフィーが立っており、その目は怯えで潤んでいた。
前に立っていたのは、幼き少女リーシェを脇に抱えた屈強な男とその仲間たち。男の表情は冷酷で、その目には一点の躊躇も見られなかった。
「黙れジジイ!」
男は容赦無く懇願する老人の顔を蹴り上げると、何度もそのうずくまる老人の体を蹴った。
「「おじいちゃん!」」
叫ぶ姉弟。そんなことなど気にせず、男は老人の元に行き、その無防備な背中を蹴った。
「力のねぇジジイが俺様に指図すんじゃねぇよ! ガキを返せだぁ? 返す訳ねぇだろボケてんのか! 俺様はこんぐれぇのガキの方がそそるんだからよぉ!」
「出たよ。兄貴の幼女趣味」
老人が一方的に蹴られる光景を愉しそうに笑う男達。だが、村人達はそれを咎めようとはしなかった。
抵抗しないどころか、声すら発さなくなっていく老人の姿を見て、何もできない自分が情けなく涙を流す村人達。その拳は血が滲む程強く握られるが、振るうことはできない。
行っても、どうせ自分がやられるだけ。
勇気を振り絞ろうとすると、その言葉が頭をよぎり、足が止まる。
代わりに自分が殴られたり、蹴られたりする姿が浮かぶと、決意に満ちた目は、怯えに変わる。
「幼女趣味とは人聞きがわりぃな〜? 俺様はただ、どこもかしこも未熟でまだ汚されていないこれぐらいのガキが何も出来ずに泣いている様が最高にそそるってだけよ」
そう言うと、男はリーシェの頬を舐めた。
そのおぞましき行為に、リーシェの表情は怯えに変わり、ジタバタと暴れ出した。
「騒ぐんじゃねぇ」
空いた左手で拳を作り、それを容赦無く、リーシェに振るう男。
少女の頬は赤く染まり、彼女の鼻と口から赤い血が垂れ、その目に涙を溜める。
「や……やめて……くれ……」
最後の力を振り絞るかのような弱々しい声で、ボロボロになった老人が男の足首を掴む。それが気に触ったのか、男の額に筋が浮かぶ。
「触んじゃねぇ!」
最後に大きく蹴り上げ、男は血塗れでうずくまる老人につばを吐いた。
「おじいちゃん!」
うずくまり、動かなくなった祖父の傍らに駆けよるアルフィー。涙を目に溜め、必死に祖父を揺らす。
まったく動かない祖父。それでも必死にアルフィーは祖父の体を揺らした。
すると、小さな呻き声が祖父の口から漏れた。
「おじいちゃん!」
アルフィーの表情に微かに笑みが戻る。そんなアルフィーの頭を、祖父のやせ細った手が撫でる。
「すまない……わしが弱いせいで……」
その言葉を最後に、祖父のやせ細った手がアルフィーの頭から力無く落ちた。
その瞬間、アルフィーは今までの我慢を解放するように、泣いた。
その声が、その涙が、ただ見ているだけしかできなかった村人達に、重くのしかかる。
「うるせぇガキだな。行くぞお前ら」
「おじいちゃん! アル!」
泣きながら助けを叫ぶリーシェ。
そんな彼女を助けるためには、二十人はいる屈強な男達を倒さなければならない。中には剣や斧といった殺傷力の高い武器を持っている人間もいる。
彼らの怖さは、もう何度も見た。
抵抗しようなんて心など、もはや誰も持ってはいなかった。
一人を除いて。
「……なんのつもりだ、ガキ?」
手を目一杯大きく広げ、リーシェを担ぐ男の前に立ったアルフィー。
体は怯えで震え、それでも姉だけは連れて行かせまいと、一握りの勇気を振り絞り、走った。
絶対にここだけは通さない。
ここを通せば一年前に両親を亡くした時と同じく、大切な家族とまた会えなくなってしまう予感がした。
「見逃してやったのがまだわかんねぇのか?」
男が自分の斧をアルフィーの目の前に突き出す。
だが、アルフィーはそこから動こうとはしなかった。
股を、目を濡らしながらも、そこから動こうとはしなかった。
「チッ、じゃあもう死ねよ」
男が斧を振りかぶる。
その姿を見て、アルフィーは手を前に出した。
村の外から来た綺麗なお姉さんが使っていたのを見て、必死にお願いして教えてもらった魔法。
呪文の詠唱もいらない。殺傷力もない。
魔法を学んだ者であれば誰でも使えるという基礎も基礎の初級魔法。
「泡を出す魔法」
アルフィーの手が光り、そこに五個程の手のひらサイズの泡が出現した。
「出来た!」
嬉しそうに喜ぶアルフィー。
そんな彼の喜びを他所に、泡達はふよふよと浮かびあがり、そして、斧を振りかぶる男の目の前で弾けた。
泡が弾けたことによって出来た水飛沫が男の目に入り、男は反射的に目をつぶってしまい、彼の斧は空を斬った。
その事象に村人達は沸くが、目に入った水飛沫など目をこすればすぐに取れるものだ。
男は目をこすり、その怒りに満ちた鋭い目をアルフィーに向けた。
「ガキが恥かかせやがって……殺す!」
男は先程とは比にならない程の速さで斧を振った。
それは間違いなくアルフィーの首を刈り取る速いながらも正確無比な一撃。
その光景を前にして、アルフィーは思わず目を閉じた。
だが、不思議と来ると思っていた痛みは来なかった。
「勇気、出せたじゃねぇか」
肩を優しく叩かれ振り向けば、そこには数日前に優しくしてくれた大好きな海原恭弥の姿があった。
「キョウヤお兄ちゃん!」
アルフィーの嬉しそうな笑みに、恭弥も思わず笑みを返してしまう。
「感動の再会はまた後だな。まずはこの俺の大事な弟分に手を出した落とし前をつけさせるのが先だな」
恭弥の言葉にアルフィーは男の方を見た。
そこには、手に持つ斧の柄を必死に引いたり押したりするなんともダサい男の姿が映った。
そして、それと同時に左手の親指と人差し指だけで斧を摘んで完全に固定させている恭弥の姿が映った。
「危ないからちょいと離れてな」
優しく語りかけてくる恭弥の言葉に従い、アルフィーはその場から離れた。次の瞬間、斧は一瞬でガラスのように粉々に砕け散ってしまった。
その光景に唖然と見る屈強な男達。
「嘘だろ……鉄製の斧だぞ……力を入れただけで割れるような代物じゃ……」
「そんな事はどうだっていいだろ。お前ら、なにしたかわかってんのか?」
目の前で斧を粉々にされたことで呆気にとられていた男が、恭弥の言葉で現実へと戻る。
「な……なにしたって別にいいだろ。俺様達は俺様達のやりたいように……」
突如、弾丸のように速く重い二発の拳が男の体を抉る。
男の体はその拳を認識することすら叶わず、その衝撃によって近くの家の壁に激突してしまう。
彼の傍らに抱きかかえられていたリーシェが宙を舞うが、その体を伊佐敷遥斗が優しくお姫様を抱えるようにキャッチした。
「おいキョウヤ、リーシェちゃんがいるんだから、もっと慎重にやれ」
「すまん。あまりにも理由が馬鹿馬鹿しくてつい我慢できなかった」
「ハハ……まぁ、キョウヤが殴ってなかったら、僕が蹴ってたから人のこと言えないけどね」
「どうする、お前も一発蹴っとくか?」
「いやいい。僕はリーシェちゃんとアルフィー君のおじいさんの治療をする。おじいさんの方、まだ息はあるけど、あんまり時間がなさそうなんだ」
「そうか。そっちは頼んだぞ」
「任せろ」
恭弥の言葉にそう答えると、遥斗は姿を消した。
そして、恭弥は壁が瓦解した建物に目を向けた。
「まだ生きてるだろ? 手加減したんだ。あの程度で死なないように、全力で手加減を頑張ったんだ。まだ生きててもらわんと困る」
「くそがっ、あれで手加減だと……舐め腐りやがって」
「良かったよ。まだ生きててくれて」
恭弥の姿が消える。
どこに行ったのかと、そう考えて辺りを探そうとした。だが、そんな事しなくとも、彼は目の前に現れる。
そして、反応できない男を嘲笑うかのように、両頬に一発、そして無防備な顎にアッパーの合計三発を打ち込み、男の体を宙に浮かせた。
「なに、が……」
「わかる必要なんてない。ただ下を見て偉そうに浸るお前じゃ、この程度ですらついてこれない。ただそれだけだ」
その言葉を最後に、男は自分の眼前に迫る拳の姿を目視した。
負けたのかと、そう思うよりも速く恭弥の拳は男の顔を捉え、その硬い地面に叩きつけ、終了のゴングを鳴らした。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
ノックアウトKO!




