第7話:白蛇だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
恭弥と修、遥斗、ソフィアの4人はジャイアントスネークのネームドを討伐に向かっていた。
恭弥は久々に暴れられると大喜びで飛び込んだのだが、そんな恭弥に討伐を任せ、暢気に話していた修と遥斗の元にジャイアントスネークが襲いかかってきたのだった。
土煙から目を守るように腕を前にしていたソフィアは、土煙がやんだのを確認すると前を見るべく腕を戻した。
数瞬前まで暢気に語り合っていた雷堂修と伊佐敷遥斗。二人がジャイアントスネークの攻撃に勘づいた様子は見られなかった。
戦場での油断は命取り。
そんなことは幼い頃から教えられる常識だ。
(まさかこんな場所で警戒すらせずに暢気に話すだなんて……。完全に私の監督不行き届きです……)
悔やむ心を鎮め、ソフィアの動揺に充ちていた眼は一瞬で冷ややかなものへと変わった。
そして、左の腰にかかったレイピアを鞘から引き抜こうとしたその時、柄を握っていた右手に手が置かれた。
「おっと、今回王女様はもしもの時の支援だけって約束でしたよね?」
その聞き覚えのある声に驚きが隠せず、ソフィアは驚いたように声のする方へと向いた。
そこにはにこやかに微笑む遥斗と暢気に欠伸をする修の姿があった。
「……攻撃を食らったはずじゃ……」
「攻撃? 普通に避けましたけど?」
さも当然であるかのように告げる遥斗に、ソフィアは未だに驚いた表情を戻せなくなっていた。
だが、すぐに今の自分が淑女にあるまじき痴態を晒しているのだと察し、口元を手で覆った。
「失礼。私は貴方達を見くびっていたようです」
「別に構いませんよ」
遥斗は再びにこやかに微笑むと、修の方を向いた。
「僕はここで王女様を守るから、修は行ってきていいよ」
「あっそ。一応言っておくけど女の子と二人っきりだからって押し倒しちゃだめだからね」
「あはは、僕だって場はわきまえるよ」
場さえわきまえれば押し倒す気なのかとソフィアの冷ややかな眼差しが向けられるが、遥斗はそれに気付いた様子は見られなかった。
そんな二人を見て安心したのか、修はその場で軽く屈伸をし始めた。
「確かジャイアントスネークの弱点はあの鼻に見えるサーマル機能だったよね?」
「ああ」
「オッケ、ちょっくら鼻っぱしらをぶっ叩いてくるわ」
「そんな! 危険過ぎます!」
ソフィアの警告は、既に飛び出していた修の耳には届かない。
ジャイアントスネークを足で翻弄する海原恭弥との距離は既に十メートルを切っていた。
(修のやつ、なんか面白そうなことしようとしてる時の顔してんな)
ジャイアントスネークの尾による打ち下ろしを悠々と躱した恭弥は横目で修の姿を見ると、ジャイアントスネークから距離を取った。
その恭弥の行動を見て、修の口角が吊り上がる。
「期待にはちゃんと答えないとね!」
そう叫ぶと、修は突然、ハンマーを地面に力の限り叩きつけた。
次の瞬間、地面が爆発し、その衝撃が周囲の木々を揺らす。
その風圧は凄まじく、流石の恭弥も目を守ることと体を踏ん張らせるので精一杯だった。
そして、恭弥の視界が再びひらけた時、修の姿は木よりも高いジャイアントスネークの顔の前にいた。
「くたばれデカブツ! 爆裂ハンマー!」
遠心力を利用した振りかぶりから放たれた一撃は、虚を突かれたジャイアントスネークの顔面にクリーンヒット。そして、二発目の爆発がジャイアントスネークを襲った。
「キッモチイーーー!」
喜喜とした叫びと共にハンマーを持った修の姿は木々の中へと消えていく。その一方、ジャイアントスネークは大ダメージを負いながら、その身をよろめかせる。
そんなチャンスを恭弥は見逃さなかった。
「修のやつ、またおもしれ~もん作ったな〜」
恭弥は楽しそうに笑い、そして、愉しそうに笑った。
零から百へ。静止していた恭弥の加速は一瞬でトップスピードへと到達し、残像が消える頃には既にジャイアントスネークとの距離は半分へと到達していた。
(強烈な一発をお見舞い……ッ!!)
そこで猛烈に嫌な予感が恭弥を襲った。
まるで自分の首に死神の大鎌が突きつけられたかのような悪寒。
これ以上進めば、自分は死ぬと、恭弥の直感が彼の足にブレーキをかけた。
直後、恭弥の数メートル先の地面に紫色の液体が着弾した。
咄嗟に口元を右腕で守り、バックステップを取る恭弥。そんな彼の視界に映ったのは、溶解していく地面だった。
「なるほど……これが毒ってやつか」
興味深そうにジャイアントスネークを見る恭弥。
だが、その双眸に恐怖の色は見られない。
感情の高ぶりに、漏れる笑みが隠しきれなかった。
そして、恭弥は動いた。
その速さはさながら韋駄天が如く、大地を縦横無尽に駆け、飛んでくる毒の液を躱し、徐々にジャイアントスネークとの距離を詰めていく。
その結果、距離はボクシングのリング程の距離へと詰まった。
拳を強く握りしめる恭弥。
そこで恭弥は思いだす。
遥斗との約束を。
「……くそっ」
硬直は数瞬。右の拳で得意のストレートを放とうとした恭弥の意識が、ファクトリ村でした遥斗との約束によって戦闘を忘れさせた。
直後、恭弥の頭上に毒の液が撒かれた。
回避は間に合わない距離。いつもであれば攻撃を受ける覚悟を決めるが、今回ばかりはそういう訳にはいかない。
「毒から彼の者を守り給え! ヴェノムバリア!」
凛とした声音から放たれた詠唱によって、恭弥の頭上にオレンジ色の半透明の円が形成された。
それは毒の液体から恭弥を守ろうとしているように見え、恭弥の意識が再び攻撃へと向いた。
「助かったぜソフィア」
恭弥は回る。踏み込んだ左足を軸にその身を回し、一閃。渾身の回し蹴りをジャイアントスネークへと叩きこんだ。
その威力はジャイアントスネークをくの字にさせる程の威力で、ジャイアントスネークは威力そのままに多くの木々を薙ぎ倒していった。
「いや~あぶね〜あぶね〜。流石に死ぬかと思ったわ」
「へいへ〜い。そんなドジだから怪我すんだぞ〜」
緊張感をかけらも見せない笑みを浮かべる恭弥に、いつの間にか戻ってきていた修が煽ると、突然ジャイアントスネークが怒りの咆哮をあげた。
「うるせぇ蛇だな〜。そういえば修、さっきのハンマーはどうした?」
「ん? あ~、あれね〜、実はそれぞれの面に魔石嵌め込んでんだけどさ〜。よくわかんないんだけどそれぞれ一回ぶっ放すと一時間くらい空けないとぶっ放せなくなっちゃうんだよね〜。だからしまっちった」
「なんだそりゃ。あの吹っ飛ぶの面白そうだったから俺もやりたかったんだがな」
「わかる〜。あれ超気持ちい~んだよね〜。ごめんけどまた今度ね」
「ふ~ん、まぁしゃあねぇか。だったら少し離れといた方がいいぞ。俺もようやくギアが上がってきたところだ。巻きこんだらわりぃからな」
「おけおけ。僕もちょうどあそこの姫さんに用があったし、頑張ってね〜」
「おう。ついでにさっきは助かったと伝えといてくれ」
「それは自分で伝えなよ〜」
「ははっ、それもそうだな。こいつぶっ飛ばしたら伝えるとするわ」
そんなことを笑いながら告げた恭弥は、まるで消えたかのような加速で瞬く間にジャイアントスネークとの距離を詰め、再びその持ち前の速さで翻弄し始めた。
そんな恭弥に手を振り、修はてくてくとソフィアの元へと戻った。
ソフィアの元に来た修は彼女に声をかけようとしたが、ソフィアは近付いてきていた修に気付いた様子を見せず、ぶつくさと感心したように呟いていた。
「初めて見た時も驚きましたがあの時よりも格段に速い。あまりにも速すぎる。速さだけなら『鎧武装』をしていない平常時の団長に勝るとも劣らないレベルです。勇者に選ばれる程の実力者だから? いえ、聞いていた話だと彼が居た世界は魔法も魔王もいない平和な世界だと……」
「ねぇねぇ姫さん」
いきなり声をかけた修に驚いてか、ソフィアは過剰とも言える程驚き、後ろに下がりながらレイピアを抜いて修の方に向けた。
だが、修の方はレイピアを向けながらニコニコした表情でソフィアを見ていた。
「シュウさんでしたか。驚かさないでください」
修の姿を見ていくらか落ち着いたのか、ソフィアは文句を言いながらレイピアを鞘に収めた。
「まさかそんなに驚かれるとは俺っちも思わなかったからさ。まぁそんな話は置いといてさ、姫さんも『鎧武装』ってやつを使えるんだよね?」
「使えますが……それがどうかしたのですか? 今はキョウヤさんのカバーを優先すべきではありませんか? 先程も毒の液を浴びかけていましたよ?」
「大丈夫大丈夫。避けることに徹した恭弥君に攻撃を当てるなんて芸当、うちのマシンガン部隊連れてこなきゃ到底不可能だよ。ましてやあんな偏差も不意打ちもしないようなとろい攻撃、当たる方が難しいね」
自信満々の修の言葉でソフィアは恭弥の方を見た。
そこには、とんでもない速さで毒の液を置き去りにし、悠々とヒット&アウェーを繰り返す恭弥の姿が映った。
ジャイアントスネークは混乱しているのか顔を忙しなく動かしており、恭弥の姿を捉えきれていないのがわかった。
「……それで、私に何を聞きたいのですか?」
「あの酔っぱらいがさ、一升瓶に魔力を集中させてたじゃん? あれのやり方を教えてくんね?」
「武器の威力を上げるあれですか? もちろん構いませんが、あれは一朝一夕で出来るようなものではありませんよ。ましてや貴方、まだ『鎧武装』すらまともに使えないですよね!」
ソフィアの説教は修に欠片も響かず、修は愉しそうな笑みを見せた。
「さっきさ、あの酔っぱらいから面白いことを聞いたんだよね~。ちょうど良い実験体がいるんだからやらなきゃ損じゃん」
「ぶっつけ本番だなんて危険すぎます! まずはしっかりと教えてもらい、十全な準備と共に……」
「失敗怖がってたら物なんて作れないじゃん」
修の言葉が予想外だったのか、ソフィアは言葉を詰まらせた。そんなソフィアに対し、修は言葉を続けた。
「失敗するなんてまだわかんないじゃん。失敗するかもしれないから何? それでもやってみたいと、そう思うから挑戦するんじゃないの? その気持ちを貫かなきゃ漢じゃねぇっしょ!」
修の言葉に、ソフィアはただ黙り込んだ。
未完成な状態で『鎧武装』を使えば魔力酔いになり、酩酊したような状態となってしまう。
その為、こんな危険な森ではなく、安全な場所で行うのが基本だ。
当然、経験のあるソフィアもそれはわかっていた。
「…………異常が出たらすぐに知らせてくださいね」
それが修の覚悟に対するソフィアの答えだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。




