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第6話:巨大な蛇だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)

 前回のあらすじ。

 恭弥達がマーリンにボコられた一方、魔王城では不穏な動きを見せる者達がいた。


 海原恭弥(かいばら きょうや)は不思議な空間にいた。

 自分の足下には大地があるのに立っている感覚はなく、一糸纏わぬその姿はまるで幽霊のように半透明と化していた。

 握ることは出来る。

 ジャブも可能。

 しかし、走り出そうとしたところで身体はその場から動こうとしてくれなかった。


(なんだこれ?)


 声を出そうとした瞬間、気付く。

 声が出ないことに。

 口元を探れば口がなく、声が発せないのはそのせいだと恭弥はすぐに理解した。

 その直後、恭弥の耳元を斬撃が通り過ぎた。

 声が出ない違和感など一瞬でどうでもよくなってしまった恭弥は、斬撃の飛んできた方向へと身体を向けた。

 そこにいたのは、膝をつき、全身を赤黒く染めて疲弊しきった姿のフェンネルだった。


(フェンネル!)


 傷だらけになったフェンネルの姿を見て反射的に声を出そうとするが、その声が発されることはない。

 そして、気付く。

 フェンネルの前にもう一人いることに。

 全身を黒いローブで纏い、姿形を一切見せないその者は、傷だらけのフェンネルとは対象的に平然とした状態で立っていた。

 その状況を見た恭弥はすぐに理解した。

 フェンネルはこの黒ローブに負けたのだと。

 信じられない気分ではあった。だが、そんな恭弥の耳に声が届く。

 それはフェンネルの声だった。


「もはやここまでか……後は任せたぞ。キョウヤ、ソフィア」


 そして、最後の言葉の直後、右手を向けた黒ローブから周囲を一瞬で白に染める程の強烈な光線が放たれ、恭弥の視界も暗転してしまうのだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 目が覚めた時、恭弥の視界いっぱいに女性の顔が映った。

 心配そうな眼差しをこちらに向けていた女性は背中までかかった朱色の髪が特徴的で、十代後半ぐらいの若々しい少女だった。

 恭弥が目を覚ましたことに気付いた少女は、その身体をびくつかせ、慌てるように部屋唯一の扉へと向かい、一目散に部屋から出ていってしまった。

 見知らぬ少女にいきなり顔を覗かれ、逃げられるという経験を恭弥は未だかつてしたことがなく、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。

 恭弥が困惑していると、扉が再び開かれ、今度はよく見知った顔の男が現れた。


「あれ? 思ってたより元気そうじゃん。ほれ、これお見舞い」


 そう言いながらりんごによく似た黄色い果実を放り投げてきたのは、茶色い紙袋を持った伊佐敷遥斗(いさしき はると)だった。

 恭弥は投げられたりんごを左手で取ろうとするが、そこには白いギプスがつけられており、りんごは弾かれ、布団の上に転がってしまった。


「ギプスの着いてる方で取ろうとしてどうすんだよ」

「うっせぇな、てか笑ってんじゃねぇよ」

「はいはい。やっぱキョウヤにはギプス似合わね〜な〜。もう一ヶ月経ったしそろそろリョウさんに頼んで外してもらうか?」

「ん? 今なんて言った?」

「リョウさんに頼んで外してもらうって」

「いや、その前だ」

「その前? あ~、なるほどね」


 遥斗はなんて言ったかをすぐに思い出し、納得したような表情を恭弥に向けた後、部屋にあった木製の椅子に座った。

 そして、深刻な顔で告げた。


「一ヶ月だよ、キョウヤ。お前があの日、マーリンさんに負けてから、もう一ヶ月も経ったんだよ」

「一ヶ月もだと!?」


 それは恭弥にとってあまりにも衝撃的な内容だった。すぐにでも遥斗が、嘘だよ〜、と軽々しく告げることを本気で期待した恭弥だったが、遥斗の表情からそれは無いのだと察した。


「わかってるみたいだけど、これは冗談じゃない。僕らは一週間も経たずに全員起きたんだけど、キョウヤに関してはまったく起きなかったね。揺すっても叩いてもまるで起きやしないから結構心配したんだぜ? 流石にタイチがヘビーボンバーかまそうとした時は全力で止めたけど、一応出来る限りの方法は試したよ? まぁ、リョウさん曰く左手以外の外傷は治ったし、死ぬような危険な状態じゃないってことだったから、そのうち目を覚ますだろうって安心したんだけどね」

「リョウさん?」

「この村唯一の医者だよ。この空き家を貸してくれたり治療してくれたりで結構世話になってんだぜ? 治ったらちゃんと挨拶にうかがえよ」

「だったら今行くか。遥斗、俺の服は?」

「服ならそこに畳んで置いてあるよ。……って今行くのかよ!」


 恭弥の発言に一拍遅れて驚く遥斗をよそに、恭弥は遥斗の指差した先にある服を着始めた。


「そりゃそうだろ。怪我まで治してもらったっつーのに、出向かねーは俺の嫌いな不義理だ」

「そうは言ってもお前一ヶ月も昏睡状態だったんだぞ? まともに動けんのかよ」

「不安ならここでブレイクダンスでも踊ってやろうか?」

「……はぁ、オーケー、やめてくれ。わかったよ。部屋の外にいるから準備が終わったら教えてくれ」


 そう言って椅子から立ち上がった遥斗の背は扉の奥へと消えていく。

 そして、遥斗がいなくなると、恭弥は窓の外へと視線を移した。


「大丈夫なんだろうな、フェンネル……勝ち逃げなんて絶対(ぜってぇ)許さねぇからな」


 ◆ ◆ ◆


 晴れ晴れした空の下、恭弥は遥斗の隣で見知らぬ道を歩いていた。

 巨大な山の麓にあるこの村は、歩けば麦穂の実った田園があちこちに見られ、のどかな雰囲気を醸し出していた。

 それなりに若者もいるが、殆どは老人や十にも満たぬ子どもばかり。どこか懐かしい田舎のような雰囲気を恭弥は感じていた。


「ここは僕らがいたラウルスト山岳地帯から少し離れた『ファクトリ』って村なんだ。郊外にある村だから若い女の子は少ないんだけど、村人は優しいし、のどかで良い村だよ。今は夏のような季節らしいから麦の収穫はまだ先らしいけど、食糧には困らない感じだから結構良い生活が出来てるよ」

「食糧に困らないって、太一がいるのにか?」

「そうだね。おっ、ちょうど戻ってきたよ」


 少し騒がしい事に気付いた遥斗が向いた先に、恭弥も視線を合わせた。

 そこには村人が人垣を作っており、その中央には百メートルはありそうな巨大な蛇をたった一人で引きずっている山川太一(やまかわ たいち)の姿があった。

 その太一の姿に村人達はまるで英雄の凱旋とばかりに騒ぎ立て、流石の恭弥も言葉を失ってしまった。


「王女様の話によると、タイチは一番最初に目覚めちゃったらしくてさ、優しいファクトリ村の住民達が食糧を分けてくれたんだけど全然足りなかったらしくて〜、なんか村の備蓄倉庫を絶やしかねない勢いだったらしいんだよね。そこでそれはまずいと感じた王女様が自分の食べたい分は自分で狩ってきなさいって言ったら、その日から村の周囲の魔物を狩りまくっちゃって〜。魔物に困ってた村人は大喜び、魔物の素材を売ったお金で色々資材を買ってきて僕やシュウは大喜び、おまけにタイチも腹が膨れて大喜びってな感じで一石二鳥ならぬ一石三鳥ってな感じよ」

「……そっか、迷惑をかけてねぇんなら良かった。それでシュウとマサムネは?」

「シュウは自分の釘打機がマーリンさんに通じなかったのが悔しかったらしくてさ、リョウさんに空き家借りて色々作ってるんだって。たまにタイチと一緒に狩りに行って試し撃ちとかしてるけど、いつも最後には、こんなんじゃあいつには当たらねぇ、とかなんとかぶつくさ言いながら部屋に戻っていってるから今もなんか作ってんじゃないかな?」

「珍しいな。修が武器作りに没頭するなんて。いつものあいつなら武器よりバイク製作に取り掛かるだろ」

「ははっ、同感。よっぽど悔しかったんだろうね。マーリンさんに完膚なきまでに負けたのが」

「ところでマサムネは――」


 恭弥が姿の見えない政宗の今について聞こうとした瞬間、向こうから走りよってくる人影が見えた。

 一人は目が覚めた時に目の前にいた朱色の髪の少女で、彼女が慌てるようにもう一人の小太りの中年男性の腕を引っ張って走っているようだった。


「あれ、シュナちゃんとリョウさんじゃないですか。そんなに息を切らして大丈夫ですか?」


 シュナと呼ばれた少女は遥斗と恭弥の姿を見た瞬間、中年男性の腕を引っ張るのをやめ、慌てるように中年男性の後ろに隠れ始めた。

 そんなシュナの姿を見て、まだだめかと残念そうに呟く遥斗。

 そして、隠れたシュナに代わり、小太りの中年男性が額の汗を拭いながら、恭弥達の方に声をかけた。


「こんにちわ、ハルト君。隣にいるのはキョウヤ君で間違いないのかな?」

「そうですよ、リョウさん。髪を整えたから別人みたいに見えますけど、彼が僕らのリーダーのキョウヤです。キョウヤ、この小太りの一見さえなさそうに見えるおっさんがリョウさんと言って、この村で医者をやりながら村長までやってるわりと凄い人なんだ。そんで後ろの恥ずかしがり屋の可愛い()がシュナちゃんと言って、将来の僕の嫁候補だ」

「相変わらずだな、お前は。リョウさんと言ったな? 俺はこいつらと一緒にチーム組んでる海原恭弥ってもんだ。すまない。本来なら世話になってる俺の方から挨拶に向かうべきなんだろうが、遅れたばっかりに手間を取らせちまったな」


 遥斗の変な紹介を適当にあしらい、恭弥はリョウに向かって手を差し出した。

 一瞬キョトンとしたリョウだったが、すぐに顔に笑みを浮かべて恭弥の手を握った。


「いえいえ、怪我人だったのですから気になさらないでください。それよりも大丈夫なのですか? つい少し前まで昏睡状態だったはずですが……身体に違和感はありませんか?」

「それについては大丈夫だ。お陰でこの通りピンピンしてるぜ」


 恭弥はギプスの付いている左手を使った素早いジャブを見せるが、すぐに遥斗からの手刀が入った。


「だめだよ、キョウヤ。まだ骨が完全に治りきってないんだから安静にしとけよ。すいませんリョウさん、うちの馬鹿が変なこと言っちゃって。本当は僕がリョウさんを呼んでくる手筈だったんですが、自分も行くって聞かなくてですね。多分まだ万全じゃないんで、完治までお願いしてもいいですかね?」

「ははは、もちろん構いませんよ。ハルト君達のお陰で隣町への山道が安全になりましたからね。あなた方のお願いならなんでも聞きますよ」

「え? 本当ですか? だったら娘さんを――」

「はぁ?」


 刹那、温厚そうな顔立ちのリョウに並々ならぬ殺意の表情が見られ、遥斗は二の句を告げるのをやめた。


「あっはっは、冗談ですよ冗談」

「ですよね〜、相変わらず遥斗君は冗談がうまいんだから。すぐ騙されてしまいますよ〜」

「「あっはっは」」


 快活な笑い声をあげるリョウと遥斗。そんな遥斗の姿を見て、またやったのかと恭弥は溜め息を吐いた。


「冗談はさておき、リョウさん、こいつのこと、よろしくお願いします。……いいか、キョウヤ。キョウヤのことだから何度も言わなくてもわかると思うけど、リョウさんが良いって言うまでぜぇぇぇええええええったいに、左腕を使うなよ?」

「はぁ……流石に仕方ねぇか」


 鬼のような形相でこちらに念押ししてくる遥斗を見て溜め息を吐くと、恭弥は仕方無しに遥斗の言葉に了承するのだった。


 ◆ ◆ ◆


 そんなこんなで一週間が経ち、恭弥は平和な億劫とした日々を過ごしていた。

 恭弥はリョウの許しを得てギプスは外してもらえたものの、完治はしていない為、包帯を巻かれており、最低限の日常生活程度しか送れないでいた。

 とはいえ、戦いに飢える獣が大人しく完治を待てるはずもない。

 借り屋の裏手に見つけたちょうどいい太さの木の枝に足だけでぶら下がり、今も腹筋を鍛えていた。

 そんな恭弥を今も射るように見つめる視線が一つ。

 この一週間、外に出てくる度についてくる少女。

 声は小さく、ハキハキと聞き取れない声で何を言っているのかもわからない。

 父親であるリョウの手伝いだからと、毎日のように部屋へとやってくる癖に、話しかけてはビクッと驚き逃げていく。

 そんなシュナに、恭弥は正直うんざりしていた。

 迷惑という迷惑をかけられていないのだから文句を言うのは筋違いだとわかってはいるが、訓練の間中、ずっと木陰から見つめて来るのだけはやめてほしかった。

 だが、そのことを言おうとすれば、また逃げ出してしまう為、何も言えないでいた。


(どうしたもんかね……)


 彼女のことも気になるが、恭弥にはもう一つ気がかりがあった。

 目が覚める前に見た夢の光景。

 フェンネルが敗北し、殺されてしまう光景が、今も脳裏に刻まれて離れない。

 遥斗に相談したものの、近くの町にある冒険者ギルドにはフェンネルが負けたという情報は入っていなかったという。

 だが、同時に安心しきるには早いとも言われてしまった。

 遥斗曰く、この一ヶ月間、フェンネルがこの場所に来ることは無かったという。

 自分達だけならともかく、ソフィアというファルベレッザ王国の第三王女がいる以上、ただ放置するというのは考えられない。

 あの遠距離転移の力を自分には使えないのかもしないし、行けない理由が出来たのかもしれないが、一ヶ月以上も放置するのは流石にあり得ないだろう。

 そう考えると、恭弥が見たのは実際に起こった出来事で、なんらかの魔法で見れたのかもしれないという結論が遥斗の口から出された。

 もしそうだとすれば、あのフェンネルが手も足も出ないような強敵がいるのかもしれない。

 早く強くならないといけないというのに、腕の怪我のせいでまともな修練が積めない。

 自分の中にモヤモヤとした何かが溜まっていくように、恭弥は感じていた。

 そんな時だった。


「すごいったらすごいんだから!」


 つんざくような甲高い声が、借り家の方から聞こえてくるのが、恭弥の耳に届いた。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。

 その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。

 こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。


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