第3話:未知の魔物だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
第4階層のボス、鬼人を圧倒した恭弥達に驚くマーリンはようやく彼らが異世界から来た住人だと認めたのでした。
誰よりも早く五階層へと降り立った海原恭弥は、真っ先にその異変を感じ取った。
目に見えることは無いが、それでも感じ取れた力の集合が、ここではまったく感じられなかった。
その異変に眉を寄せる恭弥の後ろで、マーリンが呟く。
「魔力が……無い?」
マーリンも同様に異変を感じ取っていたようで、その言葉に反応した伊佐敷遥斗が彼女に問う。
「魔力が無いってどういうことなんです?」
遥斗の言葉にマーリンは少し考えるように口元を押さえると、信じられないとでも言いたげな表情で語り始めた。
「君らには言ったと思うけど、ここはわたしの個有能力『迷宮創造』で造られたダンジョンだ。中にいる魔物も罠も構造も自由自在。だが、それはわたしの魔力がこのダンジョン全体に満ち満ちているからなんだ」
「だからあんたでもあの二階層で俺っちが戦った魔物を知らなかったってわけね?」
「そういうこと。君が戦ったあの黒い靄で覆われ、物理攻撃が効かない魔物なんてわたしは設定してないからね。聞いた時は酔っ払ってんのかなこいつ、と思ったくらいよ」
「あんたに言われちゃおしまいだよ」
ケラケラと笑いながらツッコむ雷堂修の後頭部に一升瓶が激突すると、マーリンは再び真剣な表情で語り始めた。
「魔力で造られたダンジョンモンスターが生まれる為には魔力が必要だ。だから、ここまで魔力が無い状態だと、ダンジョンモンスターすら生まれないかもね」
「こういうことって過去にもあったんですか?」
「う〜ん、ここまでの規模となると流石に無かったかな。まぁ、作って随分経つし、なんかの手違いでこの五階層だけ魔力が供給されなくなってたのかもな。まぁ、君らにとっちゃラッキーだったじゃないか。ここは道中のダンジョンモンスターを気にせず、トラップとボスさえ倒せばいい訳だしね」
「そう言われればそうですね……どうした、キョウヤ?」
マーリンの言葉に同意した遥斗が、未だに立ち止まったまま動こうとしない恭弥に声をかける。だが、恭弥は先を睨んだまま動こうとしない。
「まじでどうした!」
流石に異様に感じた遥斗が恭弥の肩を引っ張り、現世に引き戻す。そこでようやく恭弥は遥斗の声に気付いた。
「あっ、いや、すまねぇ。なんだ?」
「キョウヤお前、凄い顔してたぞ。どうかしたのか?」
「いやな、その魔力ってのはいまいちよくわからねんだが、なんだか無性に嫌な予感がしてな。まるであの湖にいた魔人って奴と対峙した時に感じたような……」
恭弥の言葉に息を飲む遥斗。
恭弥が告げた湖の魔人が、オニキスという先日戦った魔人であることは聞くまでもなくわかった。
攻撃をしても威力をそのまま返してくるその能力に遥斗は手も足も出ず、血を吐くことしか出来なかった。
あの日の屈辱は今も鮮明に思い出せる。
「あの魔人がまた居るってことか?」
遥斗は恭弥に気の所為だとは返さなかった。
恭弥の隣に長年経った遥斗だからわかる。
こういう時の恭弥の直感ははずれない。
「あくまであの魔人レベルってだけの話だ。あの魔人がいるとは限らねぇ」
「……この世界が、あんな怪物がポンポン出るような世界だったら僕は帰って布団にくるまって寝ていたいよ。流石に今日ばかりはその直感が外れていてほしいと願うしかないか」
大きく息を吐きだし、叶わぬ希望とわかりながらも現実から目を背けようとする遥斗は、再び歩みだした恭弥の隣を歩くのだった。
◆ ◆ ◆
マーリンの言う通り、この階層の道中でダンジョンモンスターに襲われるようなことは無く、道中に点在していたトラップだけが、恭弥達を襲った。
道中のトラップは転がる大岩という殺傷力の高いものだったが、恭弥が一撃で粉砕したり、山川太一が容易に受け止めたり、須賀政宗が一刀両断したりと、まったく歯牙にもかけないものとなっていた。
また、ダンジョン特有の迷路のような複雑な道も修のお陰でほとんど迷わなかった為、恭弥達がダンジョン五階層のボス部屋に到着した時刻はちょうど太一の腹時計が十八時を告げた頃だった。
「恭弥君お腹減ったよ〜」
ばてたとでも言わんばかりに地面へとヘタれる太一に、思わず恭弥は苦笑した。
「あと少し我慢しろ太一。ここにいる奴さえ倒せば飯が食い放題なんだ」
「でもまたあのフルーツだけなんでしょ? 僕ちんお肉食べたい」
「肉だ〜? ……確かにあのフルーツは美味いが流石に昨日の晩からずっとだもんな。流石に俺も肉が食いて〜な〜」
「その気持ちは僕も非常に理解できるが、肉なら無いぞ。肉狩って、ポケットに収納する前にオニキスに襲われたからな。文句ならあのモノクル執事に言ってくれ」
「ねぇもんは仕方ねぇか。我慢しろ太一」
恭弥の一言に頬を膨らませる太一だったが、恭弥はそれを無視して、マーリンの方を向いた。
「ここにいるボスってのはどんな奴なんだ?」
その質問に思わず目を見開くマーリンだったが、すぐにニヤニヤし始めた。
「おやおや〜? 今まで聞かなかったくせに一体どういう風の吹き回しだ〜い? もしかして攻略のヒントでもほしくなったのか〜い?」
五階層突入時の真剣な表情はどこへやら。
マーリンの顔は完全に高潮し、呂律も回っていない状態になってしまっていた。
そんなマーリンを見て、恭弥は呆れたように溜め息を吐いた。
「いいから話せよ酔っ払い」
「まったく〜、最近の若いもんは口の聞き方がなっちゃないな〜。こういう時は、教えてくださいお願いします〜靴をベロベロしますから〜だろ〜?」
「聞いた俺が馬鹿だった。てめぇら準備はいいな――」
「まぁ待てって、キョウヤ。お前が感じた嫌な気配の正体が道中にいなかったってことは、十中八九このボス部屋の主がその原因ってことだろ? だったらここは聞いておいた方がいい。情報は武器。お前もよく知ってるだろ? ここは僕に任せてくれ」
マーリンに苛立って扉を開けようとする恭弥の肩を叩くと、遥斗は酔っ払ってソフィアにうざ絡みしているマーリンの元へと向かった。
「マーリンさん、ここにいるボスの情報をお聞かせ願えないでしょうか?」
まばゆい爽やかイケメンスマイルを見せる遥斗。
そんな遥斗の表情をしばらく見ていると、マーリンは右手に握っていた一升瓶を遥斗の顔面に向かって投げた。
いきなりすぎた一升瓶を遥斗は避けることが出来ず、一升瓶が顔面に深々と突き刺さり、そのまま背中から倒れていった。
そんな遥斗の元に、修がしゃがみこむ。
「もう諦めなよ遥斗君。人には好みってのがあって、全員が全員遥斗君のスマイルに靡く訳じゃないんだよ。現に姫さんドン引きしてるし」
倒れた遥斗に追い打ちをかけると、修はマーリンの方を向いた。
「そんで? このボス部屋の先にはどんな怪物がいるんすか?」
「ん〜? ここにいるのはね〜サイクロプスって巨人型のモンスターだよ〜」
「サイクロプスってあのサイクロプスか?」
「あれ? 恭弥君知ってんの?」
恭弥の反応に、修はマーリンから恭弥の方に顔を向けた。
「あぁ、言ってなかったか? 俺はあの日、フェンネルとそのサイクロプスって魔物を討伐して帰ってきた帰りだったんだ」
「あ~はいはい、あの時のやつね。ってことは一度勝ったことがある魔物って訳ね。こりゃ今回も楽勝かな〜」
「いや、残念だがそうとは言えん。俺は前回、あのサイクロプスを相手に一発KOを食らったからな。倒したのもフェンネルだったしな」
その言葉を聞き、修の表情が驚き一色に変わる。
「恭弥君が一発KOって正直信じらんないんだけど……一体どんな魔物な訳?」
「見上げる程デケェ化け物だ。足一つ取っても太一の体長より長く太い。攻撃力、スピード、防御力、どれ一つとっても俺達人間とは格が違う化け物だったな」
「巨人ってやつ? この世界そんな怪物いんの? うわっ、超絶日本に帰りたくなってきた」
「だが、どん臭いという印象も持った。普段は食べ物を前にした太一と同じぐらい早いが、身体に乗れば普段の太一程度にしか動かなかったな」
「わかりやすいような、わかりにくいような、とりあえず身体に乗ってチクチク攻撃すればいい訳ね。そんじゃあ俺っちはモンキーレンチで近接するか〜。巨人相手じゃ釘は効果薄そうだし」
「拙者もここまで七天抜刀の構えは使っておらぬ故、いつでも可能でござるよ」
「頼もしい限りだな。そんじゃあ政宗の七天抜刀流でサイクロプスの足を攻撃した後、体勢が崩れたところを俺と修、それから政宗が身体に乗って追撃、全体の指示は遥斗に任せるか」
「太一君は?」
「機動力が今回の作戦には必要だろ? 太一にはいざという時の為に遥斗達を守ってもらう。いいな、太一。ちゃんと仕事しねぇと飯抜きだからな」
「は~い」
不貞腐れたまま返事をする太一を満足げに見ると、恭弥は両開きの扉に手をかけた。
「今回の奴は今までの奴とは別格と思え! 集中力を切らして一発でもまともに貰えば死ぬ。気張って行くぞ!!!」
その掛け声と共に、恭弥が扉をゆっくりと開いていく。
ドーム状のボス部屋の壁にかけられた燭台がゆっくりと火を灯し、中央に立つその巨体を暗闇から出現させた。
ドームの天井すれすれの体躯、返り血を全身に浴びたかのような真っ赤な肌、そして、一つしか無いにもかかわらず、顔面の大半を占める大きな目。
あの日、自分一人では勝つことの出来なかった怪物が、目の前にいる。
自ずと拳が握られ、いつもの構えを取ってしまう。
あの敗北の過去を吐き出すように、一つ大きく息を吐いた。
そして、恭弥の鋭い目が、サイクロプスを睨みつける。
「行くぞ!!」
ボス部屋全体に恭弥の声が響き渡り、全員の目が変わる。
だが、次の瞬間、サイクロプスの身体がよろめき、突如として恭弥達の前に倒れ込んでしまった。
「…………は?」
何が起こったのか、恭弥には理解出来なかった。理解しきれなかった。
あの日のリベンジを誓い、心して扉を開けた途端の出来事。
あまりの出来事に、脳がフリーズし、何が起こったのか理解することが出来なかった。
ただ、一つ確かなことがあった。
恭弥の目の前で、一つ目の巨人が黒い靄と化し始めたのだ。
「えっと……もう終わり? なに? バグ?」
訳が分からなかったのは恭弥だけではなかったようで、修も恭弥と同じように訳がわからないと言いたげな表情を恭弥達に向けた。
直後、政宗が激昂する。
「気を抜くな! 前になにかいるでござる!」
その言葉で、その場にいた全員が、そちらへと目を向けた。
そこに居たのは、先日修を襲った黒い靄の不定形な怪物だった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
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・来週もコンテスト用の小説で手一杯になる可能性があるので、最悪更新が遅くなるかもしれません。




