第2話:ダンジョンモンスターだろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
マーリンが迷宮創造の能力で造ったダンジョンは彼女の意のままに自由自在。ボス部屋であろうが、どこだろうがトイレにベッドになんでもござれ。
ボス部屋には攻撃してくるちょっと特殊なルームメイトもいますが、そこには人体に無害な植物がたくさん成っており、永久的に食べられます。
こんなダンジョン、皆様も住んでみたくありませんか?
海原恭弥は、ふとなにかに気付いたのか、辺りをキョロキョロと見回した。
「なぁ、修の姿が見えないんだが、何か知らねぇか?」
すぐ傍で刀の手入れをしていた須賀政宗も、恭弥の言葉で辺りを見回すが、結果は同じく、ボス部屋には伊佐敷遥斗を含めた自分達三人しか居らず、雷堂修の姿は何処にも見当たらなかった。
「確かに居らぬな。もう寝ているのではござらぬか? 修殿はまだ回復しきれていない拙者を案じてか、人一倍魔物を倒しておったからな。疲れも溜まっているのでござろう」
「いや、だったら太一と同じくセーフティルームにいるはずだろ? ちょっと前にトイレ行った時には太一しかいなかったぞ」
「そうなのでござるか? では遥斗殿が何か聞いているのではござらぬか?」
「ん? なんか呼んだ?」
この世界の本と思しき物を読んでいた遥斗が、自分の名前が聞こえたことで顔を上げた。そんな遥斗に恭弥が問う。
「修がどこ行ったか知らねぇか?」
「ん? あぁ、シュウなら下の階層行くってさ」
「はぁ? そりゃどういうことだよ、遥斗?」
少し不機嫌そうな声で言われた為か、遥斗は本を閉じた。
「なんか極道の血が疼いて仕方ないんだって言うからさ、下の階層のマッピングを頼んどいたよ」
「一人でか?」
「ん? まぁ、僕はようやく返ってきた本の続きが読みたかったからね。万全じゃないマサムネを行かせる訳にもいかなかったし、道中程度ならいいかなって……なんかまずかった?」
恭弥の雰囲気に何かを感じたのだろう。遥斗は少し不安そうな表情で恭弥の方を見た。
「いや……なんか嫌な予感がしてな」
「ふ~ん。まぁ、今のシュウは普段は抑え込んでいた残虐性が全開って感じだし、ボス部屋にさえ入らなきゃ大丈夫なんじゃない?」
「だと、いいんだけどな……」
そう言いながらも、恭弥の表情からは愁いの色が無くなることは無かった。
◆ ◆ ◆
薄暗い空間の中で、燭台に取り付けられた灯火が揺らめく。
自分が意図的に点けた訳では無い以上、全自動的な絡繰りなのだろう。いったいどういう仕組みになっているのかと、修の興味は、弱すぎるオークからそちらへと移り始めていた。
「時計無いからわかんないけど、もう三十分は歩いてんのかな? 罠や迷宮の仕組みは上とあんまり変わんないみたいだし、雑魚相手とはいえ結構発散できたし、そろそろ戻るかな」
修の中で数分前まで喚いていた破壊衝動は既に見る影も無い。
牢屋の中に閉じ込められていたのもあって、だいぶ溜まっていたのだろうが、これなら暫くの間は問題無いだろうと、修は判断した。
「複雑怪奇な道という訳でも無いけど、いつも通り道中には釘を刺して道の方向は完璧だし、これで自由行動の採算は合うでしょ。いや〜、捕まる前日に釘を大量に買っといて良かった〜」
伸びをしながらそんなことを言っていると、修の足が突如として止まった。
「……なんだこの気配……」
先程までお気楽を体現していた修の表情が一気に真剣味を帯びる。
殺気というには禍々しく、怒気というには荒々しい、言葉では名状しがたい悪寒とも言うべき何かが、修にこの先へと進むなと訴えかけてくる。
「……そういや前に側近を殺されてクソジジイがブチギレたことあったな〜。多分雰囲気的にはあん時と似てるかな。近付いたら殺される。そう思わせてくるオーラというか覇気というか……とにかくこいつはやばいな。せめてピクマル型の釘打機がねぇと話になんねぇ……しゃあない。一旦戻って報告するか」
修の中で出た結論は撤退。
元々今回の二階層進出は修の中の暴れる獅子を発散させることが目的であり、現状でそれは既に解決している。
ダンジョンのマッピングも大半が終了し、道標も作った。これ以上の成果は必要なく、準備が万全ではない状態で無茶をするのは修にとってハイリスクローリターンといったところだろう。
せめてどんなダンジョンモンスターかは見ていきたいところだったが、あの時の魔人のように見逃してもらえる保証はどこにも無い。
「ん?」
突如として、急に周りが暗くなったような感覚に陥る。
それはあまりにも不自然で修は光源である燭台の蝋燭に目を向けた。
そして、修は見た。
ダンジョンモンスター達が現れる時や消えて無くなる時に発生する黒い靄が、燭台の蝋燭を囲み、光源を消しているところを。
「やっば!」
修は自身の足に鞭を打ち、来た道を走って戻った。
自分の存在を気取られたのだと、本能が警告してくる。
徐々に減っていく光源、見えづらくなっていく足下。事前に刺しておいた釘が無ければ、道に迷っていただろう。
だが、自分の走るスピードよりも早く、黒い靄が迫って来ているような感覚を覚えた。
(やべぇやべぇやべぇ! 追いつかれんぞこれ!! 戦う? ざけんな! こっちは道標用と戦闘用に釘撃ちまくって残弾ほとんどねぇんだぞ! まともにやり合っても勝算薄いってのにこんな状態で勝てる訳ねぇだろ!)
修の足は止まらない。
今出せる全力の脚力で右へ左へ、釘を頼りに入口へと向かっていく。
だが、そんな修に危険が迫る。
次の行き先を示す釘を見つけ、修はその釘から左の通路へ曲がろうと走った。
次の瞬間、その釘に上空から何かが襲いかかり、地面を抉った。
「うおっ、あっぶね!」
修は慌てて足を止めた。
修の視界に映るのは灯りの乏しい闇の中でもはっきりとわかる黒色の刃。それが何本にも分裂し、修の行く手を檻の格子のように阻んでいた。
「逃げ道塞いじゃう感じ? 壊す……暇は与えてくれなさそうだね……」
ちらりと背後を向く。
そちらからはゆっくりと、だが確実に一歩ずつ歩み寄ってくる何かがいた。
修の存在に気付き、慌てて点いた蝋燭の火を一本、また一本と消しながら、そいつは修の前に立った。
その存在は、全身を隠すような黒く可視化された魔力の靄で覆われながらも、真っ赤な双眸を修へと向けていた。
「恥ずかしがりやなのかな? だったら回れ右してお互いに帰るってのはどうかな?」
自分の中に芽生えた恐怖の感情を誤魔化すように、修はあっけらかんとした様子で冗談を告げる。
だが、当然の如く、目の前のダンジョンモンスターは言葉を返さなかった。
ただ、手と思われる部位を、修に向けた。
次の瞬間、その手から修に向けて五本の黒い刃が伸びてきた。
「流石にその程度じゃ死んであげられないな〜」
一瞬の判断ミスが命取りになる。
それを悟った修は右手に握っていた改造釘打機を宙に投げ、服に仕込んでおいた二本のモンキーレンチをそれぞれの手に装備し、五本の刃を叩き折ってみせた。
「はっはー! 俺っちのモンキーレンチをそんじょそこらの一般ピーポーが持ってる奴と一緒だと思うなよ。こいつはな。俺っちのクソジジイがいつ敵勢力に襲われても大丈夫なようにって無理矢理持たせてきた特注も特注のオーダーメイド品なんだ! そこらのモンキーレンチとは硬さがちげぇんだよ!! おら、その身で味わいやがれ!!」
修が右手に握っていたモンキーレンチを黒い靄のダンジョンモンスターに投げると、何故かダンジョンモンスターは避ける素振りすら見せなかった。
硬度は言わずもがな、当たれば即死の投擲攻撃。
例え倒せなくとも怯ませれば後ろの刃を壊して逃げようと、修はそんな淡い幻想に、胸をはずませた。
だが、それは叶わなかった。
ダンジョンモンスターに当たったモンキーレンチは、あまりにも呆気なく靄の中に取り込まれ、その姿を修の視界から完全に消し、落ちる音すら聞かせることは無かった。
あまりにも予想外の展開だったのだろう。
修は驚きのあまり、口を開けて呆けていた。
「確かに味わえって言ったけどさ……まじで食うかよ普通……」
一瞬絶望で染まりかけるが、修はすぐに切り替え、上空から降ってきた改造釘打機を右手でキャッチし、怪物に向かって三発発射した。
だが、先程のモンキーレンチ同様、発射された釘はダンジョンモンスターの身に取り込まれていくだけだった。
「くっそ……意味わかんなすぎだろこいつ!!!」
声を張り上げ、目の前の非現実的な現象に文句を言うが、状況は悪化する一方だった。
硬質化した黒い靄が刃となり、弾丸のような速さで修の身体を貫かんと伸びる。
だが、修もその人間離れした反応速度でその全てをモンキーレンチで叩き落としていく。
モンキーレンチを一本失ったことで、修の表情は必死なものに変わっていた。
一瞬でも気を抜けば死ぬ。
その緊張感の中で、修は無数に伸びてくる黒い刃を的確に叩き、その隙をついて、右手の改造釘打機で無防備な怪物へと放った。
釘は先程と同様に怪物へと当たるが、ダメージがあるようにはとても見られなかった。
(こりゃまじで死んだかもな……)
ちらりと背後を見るが、そこはまるで檻の格子のような状態になっており、修の行く手を阻んでいた。
それを壊そうと試したことはないが、それが先程から叩き落としている黒く伸びる刃と同等の硬さであれば、今の修に壊す手段は無い。
小さく溜め息を吐き、再び視線を前に戻す。
そこには十本はあろう黒い刃を飛ばそうとするダンジョンモンスターの姿があった。
「……せめて死ぬ時はバイクの上で死にたかったな〜」
修は両手を腰に置き、空を仰ぐ。
その表情に涙は微塵もなく、諦めたような虚しい笑顔だけが張り付いていた。
そんな修に、容赦なく十本の刃が迫った。
次の瞬間、空間内に第三者の声が響いた。
「七天抜刀流、雨天の型、豪雨打翔」
聞き覚えのある声に修は後ろを振り向くと、強烈な衝撃波に身体が叩かれるような感覚を覚え、その身を壁へと激突させた。
背中から全体へと響き渡る激痛に顔を歪め、瞼を上げれば、先程まで自分が立っていた位置に二人の青年が見えた。
「遅くなったな、修」
いつも通りの能天気な声で告げた恭弥の表情は、その声とは裏腹に怒りで歪んでおり、明らかに激高しているのがわかった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
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・GWを皆楽しんでね




