第2話:ダンジョンモンスターだろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
飯の時間を邪魔された太一が狂気乱舞して一階層のボス撃破したそうな。
それはソフィアにとって、なんとも言い難い光景であった。
ほんの数分前まで鬼人の如き形相で、倍以上の体格を持つミノタウロスを圧倒した怪物が、今は純真無垢な子どものように美味しそうな表情でウェズの実といった果実を食べている。
普段であればたいして気にすることはないのだが、状況が状況なだけに、彼の一挙手一投足が気になって仕方なかった。
「ところでマーリンさん、さっきからタイチが食べてる果物はなんなんですか?」
伊佐敷遥斗は変わらず一升瓶の酒を口に運んでいるマーリンに不思議そうな表情で尋ねた。
「見たところ中にはファルベレッザ王国で見られた果実なんかも見られますが、ここは日光の届かない閉鎖空間なんですよね? とても植物の育つ空間とは思えないんですが。それに長袖でも少し肌寒かったファルベレッザ王国と比べ、ここは半袖でも暑い気温でした。どういった仕組みで出来ているのかお尋ねしても?」
「えっ、知らないけど?」
「知らないのかぁ……せめて毒とか無いかくらいは聞きたかったんですけどね。王女様は何か知りませんか?」
本当に知らなさそうな顔を向けられ、遥斗は太一に怯えているソフィアの方へと質問した。
その質問に対し、ソフィアは自信無さげに答える。
「私も確証がある訳ではありません。ただ、ファルベレッザ王国は魔王の住む地が近いこともあって、その影響で他の国々とは異なる植物や魔物が生息しているのです。学者の見解では魔王の魔力によって生態系の変化が起こったのではないかという話ですが、人体への影響は魔力保有量が増えたり魔法の威力が上がったりと好転的なものが多い為、ファルベレッザ王国の国民はむしろ積極的に食べています。……なので、ここのボス部屋にこういった植物が多いのは、魔力が濃い空間だからなのではないかと」
「魔力ねぇ……植物が育つ為に必要な栄養素を魔力ってのが補完しているからここにも果実が出来るっていうことなのか? 相変わらず意味がわかんないな。魔力ってのは」
そうは言いながらも、遥斗はボス部屋になっていた名前も知らない奇妙な形状の果実を食べる。
それはぶどうのような皮に包まれた蜜柑のような歯ごたえの果実であった。噛むたびに口の中いっぱいに広がるジューシーさと、酸味の中に混ざる甘味がなんとも言えないアクセントを生み、一瞬にして遥斗の手からは果実が無くなっていた。
「なるほど。これはタイチがハマる訳だ」
納得したように呟き、次の果実を取りに向かった遥斗を横目に、雷堂修は海原恭弥に尋ねた。
「それでこっからどうする? 多分このダンジョンに潜って一時間も経過してないけど次の階層に進んじゃう?」
「俺は別にどっちでも構わんが、修は大丈夫なのか? ここまでの戦闘はほとんど修がやってただろ?」
「俺っち的には問題無し! むしろ雑魚すぎて物足りなかったんだよね〜」
「そうか。政宗はどうだ?」
恭弥は笑顔でグッドサインを向けてくる修から、正座で静かに果実を食べている須賀政宗に目を向け、同様の質問を向けた。
本来であれば恭弥が政宗の体調を心配することは無いのだが、政宗が昼間に放った晴天の型が人並み外れた膂力と速さを要求してくる大技であり、一発放てば、全身、特に腕に無理の代償が返ってくることを知っているからこそ、政宗の容態を尋ねたのだった。
政宗もまた、恭弥がそのことを案じていることを察している為、即答せず手をにぎにぎして調子を確かめた。
「腕以外は既に常時と変わらぬ調子ではござるが、神速迅雷を放ったのもあり、腕はまだ痺れがあるでござる。少なくとも、今日一日は七天抜刀流は使わぬ方が良いだろうな」
「だったら今日はやめとこう。騎士団本部を走りまわったお陰で太一も動く気ゼロみたいだし、フェンネルが何年もかかったダンジョンだ。少しは慎重に行こうや」
恭弥の言葉に修は予想外とも言いたげな反応を見せた。
「へ〜珍しい。まぁ、確かに太一君が動く気無さそうだけど、恭弥君ならガンガン行くと思ってたよ」
「ま、俺もたまにはだらけない時もあるのさ」
何気ないように恭弥は告げる。
それのせいか、修は笑って調子を合わせるが、遥斗だけは修達とは違う視線を恭弥に向けていた。
「それならわたし達は地上に戻るか〜」
「い……いえ! 私が彼らから目を離す訳には……」
フラフラと立ち上がったマーリンに、ソフィアは慌てて否と返すが、マーリンはしち面倒くさいようなものでもみたかのような顔をソフィアに向けた。
「いいから帰っとけよ。俺らは男で力も強ぇ、対するお前は若い女だ。襲われても知らねぇぞ?」
「貴方がそんなことをするような男には見えません」
ソフィアの返しに恭弥は少し驚いたように目を見開くが、すぐに小さく笑って、調子を戻した。
「そりゃあ嬉しい信用だが、お姫様、遥斗に対しても同じようなことが言えるか?」
「おいバカキョウヤ! それはいったいどういう――」
「マーリンさん、お願いしてもいいですか?」
「ちょっと!? いくら僕でも女性を襲うような卑劣な真似はしないよ!!?」
「貴方は……少し信用できなくて……」
「間ぁ!! その間は絶対少しじゃないでしょ」
「うるさい」
遥斗の頭をマーリンの投げた一升瓶が襲い、顔面にもろに食らった遥斗は為す術なく地面へと倒れた。
遥斗が倒れると、そちらに視線を釘付けにされていたソフィアの腰に手を回し、マーリンは慌てふためくソフィアを肩に担ぎ、恭弥に向かってひらひらと手を振った。
「それじゃあまた明日〜。十時くらいに起きれたらくるよ~」
「へいへい。また明日な」
恭弥が呆れたようにそう返すと、マーリンの足下に正方形の四角柱が出現し、突如として空いた天井の十平方メートルの穴から外へと脱出していった。
◆ ◆ ◆
修は思っていた。
少し暴れ足りないな、と。
いつもであれば、こういった日は愛車を引っ張りだして人気の無い山道で走りまわって発散するのだが、この場所にはバイクという修の欲求を満たしてくれるものは存在しない。
だが、心を満たしてくれるものは何もバイクだけでは無い。
自身の中に流れる血が語りかけてくる。
赤くどろりとした血が見たい。人の表情が歪み、苦しむ様が見たい、と。
バイク程ではないものの、それらは修の欲求を満たす。
破壊衝動を抑えるのは、気分の良いものではなかった。
だが、この場にいるのは修が心を唯一許している仲間だ。
それを壊せば、この心地よい居場所を無くしてしまうと、彼は理解していた。
だから、辛くても抑えようと自分に暗示をかけ続けていた。
「なぁ、遥斗君……やっぱり俺っち行ってきていいかな?」
すぐ隣濡らしたタオルで上半身を拭いていた遥斗が、修の言葉に首を傾げる。
「行くって……果実を取りにって意味じゃないよな? さっきタイチが寝てたし、もう時間的には夜の九時半過ぎぐらいだろ? こんな時間に行くのか?」
「そりゃあそうなんだけどさ、ぶっちゃけ暴れ足りないんだよね〜」
「……マジか」
遥斗にも修の言わんとしていることがわかったようで、少し考えるような素振りを見せる。
「正直、一人で行かせるのは反対かな。でも、そうだなぁ……キョウヤは、便所か?」
「そうなんじゃない?」
マーリン曰く、フェンネルにこのダンジョンで便所する時はどうすりゃいいの、そこら辺で適当に済ませればいいの等々面倒なことを言われたので、各階層のボス部屋にはセーフティルームがあるとのこと。
そこにはダンジョンモンスターも湧かず、個室のトイレやベッドルーム等を付けているとのことで、太一は現在そのベッドルームで安眠中なのである。
これも全て、マーリンの個有能力『迷宮創造』の自由性があってこその離れ技であった。
「しゃあないか。目が覚めたらハリネズミにでもされてたら洒落にならんし、二階層のマッピングを頼むわ。でも、くれぐれもボス部屋に行くんじゃないぞ?」
「別にいいじゃん、ボス部屋くらい」
「男が顔を膨らませたところで僕の心は靡かんぞ? ってそんなのはどうだっていいんだよ。とにかく、これが守れないんならキョウヤとのスパーリングに予定を変更してもらう。それでもいいのか?」
「そこは自分が是が非でも止めるって言えばいいのに」
「僕が腕力でお前らに勝てる訳無いだろ!」
「アハッ、逆に清々しいね〜。了解了解、大人しくボス部屋前辺りで発散してくるよ」
「ちゃんとマッピングもしてこいよ」
「わかってるって。じゃあ行ってきま〜す」
嬉しそうな表情で遥斗にむかって手を振ると、下の階層へと進むであろう蔦に覆われた階段へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆
二階層にいたのは主にオークと呼ばれる豚顔のダンジョンモンスターだった。修を遥かに上回る体躯でありながらも、その手に握った包丁を機敏な動きで振り回し、修も防戦一方……なんてことは無かった。
「豚顔だし、焼いたら美味いのかな〜」
そんな暢気なことを言いながらも、修はオークの攻撃を回避しながら機敏な動きで改造釘打機のマガジンを変えていく。
その表情に焦りはなく、むしろ楽しんでいるようにも見えた。
「ごめんね、豚さん。待たせちゃって。今、殺してあげるからね♪」
恍惚とした修が告げると、オークは身の危険を感じたのか、雄叫びを上げ、今まで以上の速さで包丁を振り回す。
だが、不運なことに、オークの包丁は空を切るばかり。
修が、オークに向かって改造釘打機を構える。
「ばいばい豚さん。次会う時は調理場かな♪」
修が引き金を引いた。
すると、次々と発射された釘がオークの硬い皮膚を貫いていく。
それに対し、オークは成す術もなかった。
自分の命がそう長くないことは明白だった。
ただ、せめて最後の一撃で目の前にいる男の息の音を止めようと腕を伸ばした。
だが、その手は修に届くことはなく、空を掴み、そして黒い靄となって霧散した。
「あ〜あ、せっかく美味そうなのに黒い靄になっちゃった。まぁ、上のダンジョンモンスターも殺ったら靄になってたし、暫くの間は肉は諦めるしか無いか……太一君暴れないといいけど」
そんなことを言いながら、修はダンジョンの奥地へと進んでいった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
・修の話はね、本当はもうちょい長くする予定だったんですが、次回に伸ばすことにしました。




