第2話:ダンジョンモンスターだろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)
前回のあらすじ。
フェンネルの師匠、マーリンによって唐突にダンジョンに落とされる恭弥達。
クッションと間違われる太一。
靄となって消えるダンジョンモンスターに困惑する政宗。
ボールになった夢を見る修。
まったく懲りない遥斗の四人を連れて、恭弥は二週間でダンジョンの十階層を目指すのであった。
黒い靄から生まれた存在に、生まれた時の明確な記憶は存在しない。
ただ、周囲にいる同じ黒い靄から出てきた者達は仲間で、そうでないものが敵だというその確固としたルールだけが、彼らを突き動かした。
生まれた理由だとか、自分が何者なのかなど考える必要は無い。
何故ならそういったものを考える前に、彼らは戦い、倒され、靄となってしまうからだ。
だが、彼は他の魔物と違った。
多くの仲間と共に生まれ、仲間と共に一人の男へと立ち向かおうとした。
だが、その男が持つ圧倒的な強者としての格を見せつけられ、彼は本能に逆らい、逃げ出した。
以降、考える。
何故、自分はこの世界に産まれ落ちたのだろう、と。
◆ ◆ ◆
海原恭弥、伊佐敷遥斗、須賀政宗、山川太一、雷堂修の五人は、少し離れて歩くソフィアとマーリンの二人を連れて、一階層の探索を行っていた。
「別れ道に行き止まり、トラップばかりで嫌になってくるね。正直土煙や壁に激突したせいで汚れてるから早く風呂に入りたいんだけど」
「ここに風呂は無いよ~」
「マジですか」
マーリンの返答に遥斗が心底嫌そうな顔を見せるが、彼よりもソフィアの方が絶望していた。
「あっ、ソフィアちゃんに関しては大丈夫だよ〜。わたしがいればいつでも外に出入り出来るからお風呂や寝床はわたしんちのを使えばいいよ〜」
「ありがとうございます」
綺麗な所作を心掛けていたのだろうが、その表情からは嬉しさが隠しきれていなかった。
遥斗はそれをうらやましいとは思いながらも、ずるいとは思わなかった。
「正直この先の見えない広々としたダンジョンをたったの二週間で終わらせるとか意味不明なことを言ったと聞いた時はキョウヤも頭を殴られたんじゃないかと思ったもんだけど、風呂が無いなら話は変わって来るな。二週間と言わず一週間でクリアしよう」
「なんか遥斗君までバカなこと言い出したんだけど」
「そうは言うがな、修。こんなところでちんたらやってたら俺達も日本に残してきた連中も、再会する頃には爺さんになっちまうぞ? それでもいいのかよ?」
「……それは確かに嫌だけどさ……まぁいいや」
口を窄めながら修はそう告げると、手に握りしめていた拳銃型改造釘打機を前方に構えて発射した。
修の目が睨む先、そこには三体程の犬顔の二足歩行の魔物が走って来ていた。
修が放った三発の釘は的確に魔物の首を穿ち、一瞬にして魔物の動きを止めてしまう。そうして動きの止まった魔物の首を、政宗が流れるような太刀捌きで斬る。
そんな光景をソフィアだけが信じられないとでも言わんばかりの反応を見せた。
「す……凄いですね。コボルトは闇に紛れて奇襲することで有名なダンジョンモンスターなのですが……それをあんな遠くで、それどころか的確に動きを止める遠隔狙撃を行うなんて……」
「そう? 結構見え見えだったよ?」
「こんな光源も心許ない空間でですか!?」
「王女様、そんなことは気にするだけ無駄っていうものですよ。なんせシュウは夜の光源が少ない山道で毎日バイクを乗り回してましたからね。シュウにとってはこの程度の暗さなんて日光の下と大差無いですよ」
「ばいく?」
「バイク……思い出さないようにしてたのに……バイク……」
「あっ、ごめん」
本気で涙ぐんでいるのか自分の頭に巻いてた白い手拭いを目深に被る修に、遥斗はすぐさま謝った。
「おい、なんか変な扉があんぞ?」
修の行動に遥斗があたふたしていると、先導していた恭弥から突然声がかけられた。
遥斗はその言葉で恭弥達の方へと向くが、いつの間にか距離が出来ていたようで、恭弥達は十メートル程先にある曲がり角に立っており、遥斗達に対し、手招きをしていた。
すぐに合流すると、曲がり角の先には天井すれすれの大きな両開きの扉があり、そこで行き止まりになっていた。
「ここは第一階層のボス部屋だね〜」
「ボス部屋?」
一升瓶に入った酒を飲み、ぷはぁっと酒臭い息を吐いたマーリンから扉の正体を告げられ、恭弥が聞き返す。
そんな恭弥に答えを返したのはソフィアだった。
「ボス部屋というのはその名の通りボスが住む部屋ですね。ボスというのはダンジョン特有の存在で、これまで見たどのダンジョンモンスターよりも強く、倒したとしても一ヶ月周期で復活する手強い相手です。マーリンさん、ここにいるダンジョンモンスターはどういった魔物なのでしょうか?」
「内緒〜」
煽るように告げられるが、ソフィアはその答えがわかっていたようで、特に食い下がることはなかった。
「だ、そうです。ここまでの道中を見れば、皆さんがどれ程強いのかはわかりました。道中のダンジョンモンスター相手であれば余裕を持って勝てるでしょうが、ここにいるダンジョンモンスターはレベルが違います。まずは一旦様子見から始めて……って、ちょっとなにをしてるんですか!」
ソフィアの提案を無視して扉を開ける恭弥と修の姿を見て、ソフィアの滅多に変わらない顔が驚き一色に変わる。
「なにって……なんかここにいるボスってやつを倒せばいいんだろ?」
「なんか!? ちゃんと説明聞いてました!? すっごく強いダンジョンモンスターがいるんですよ!!」
「大丈夫大丈夫。やってみりゃなんとかなるって。」
「なんとか!? まさか策も無いのに突っ込むつもりなのですか!?」
「策なら遥斗が考えんだろ」
「無茶ぶりがすぎる。別にいつものことだからいいけどさ」
未だに呆れているソフィアを無視し、恭弥と政宗の二人は扉を開けきった。
すると、一面緑の異様な光景が映った。
恭弥を先頭に、次々とボス部屋の中に入っていくが、太一は足を踏み入れた瞬間、その足を止め、クンクンと臭いを嗅ぎ始めた。
「この臭いは……」
太一の目がキランと光る。
「ウェズの実だ!!」
大興奮といった様子で走り出した太一。そうなった太一の足は異様に早く、一瞬で五十メートルの距離を走り、恭弥達を突き放した。
そんな太一の姿を呆然と見送ったソフィアが一番近くにいる修に向かって尋ねた。
「あの……止めなくてよろしいのですか?」
「俺っちに死ねと?」
明らかに冗談としか思えない内容でありながら、修の表情からは冗談という確証を得られなかった。
ソフィアが困惑したまま視線を部屋の中へ戻すと、得体の知れないなにかが部屋の中で動くのが見えた。
「危険です!! 今すぐその場から離れてください!!」
騎士としての本能か、ソフィアは自身の父親を襲った罪人であるはずの太一に対して警告の声を発した。
しかし、ウェズの実を満足気に頬張っている太一はまったく聞く耳を持たなかった。
「ゔもおおおおおおお!!!」
部屋全体に轟く咆哮。
耳を守るように押さえる恭弥達の視界に筋骨隆々の牛頭半人の魔物の姿が映った。
「あれはミノタウロス!? Sランクの冒険者でも苦戦するような魔物が一階層のボスなのですか!!? いけません! ミノタウロスの突進攻撃が来ます!! 早くその場から逃げてください!!」
喉が張り裂けそうになりながら必死に叫ぶソフィア。
しかし、ソフィアの警告虚しく、さっきまで太一が食事していた場所に、ミノタウロスの強烈な突進攻撃が突き刺さった。
った。
目の前で人が無惨にも轢き殺される光景を見て、ソフィアは足の力が抜け、その場でへたり込んでしまった。
うつむき、涙を流すソフィアの目が鋭くなって恭弥を睨む。
「仲間が死んで……なんとも思わないんですか?」
「は?」
「仲間が死んで、なんでそんな平然としていられるかって聞いてるんですよ! 貴方が考え無しに扉を開けたから彼は死んだんですよ!! それなのに、何故涙の一つも流さないんですか!!」
「……」
顔色一つ変えない恭弥の姿を見て、ソフィアは立ち上がり、胸ぐらを掴んだ。
「貴方達は仲間が不敬罪で処刑されそうになった時、国家を敵に回しながらも戦ったと聞きました。その時、私は心の中でとても仲間想いの素晴らしい方々なのだなと思ったのです。それなのに……ッ……何故そうも平然としていられるのですか!!! あのアホ団長でも仲間を見捨てるようなことはしませんでしたよ!!」
「さっきからなに勘違いしてんだ? 太一があの程度で死ぬ訳ねぇだろ?」
「えっ……」
恭弥の言葉でソフィアは視線を太一のいた方へと目を向けた。
そこには、赤い水溜りの上で壁にぶつかったままのミノタウロスの姿しか映らなかった。
勘違いなどありえないと、再び恭弥を詰め寄ろうとした次の瞬間、部屋の中に聞き覚えのある声が響いた。
「僕ちんの……ご飯を……踏んだな」
怒りに満ち満ちた声がボス部屋に響くと同時に、ソフィアは名状しがたい悪寒を感じ、身体が無意識に震えていることに気付いた。
「ど……どういうこと?」
ソフィアがその言葉を震える口で紡いだ次の瞬間、部屋全体が恐怖を感じたかのように震えた。
再び部屋の中に視線を戻すと、そこにはひっくり返ったミノタウロスの姿と、怒りで我を忘れた太一がミノタウロスを見下ろす姿だけが映った。
「いくら魔物とはいえ、太一君の食事を邪魔するなんてとんだ命知らずもいたもんだね〜。なんか相手の牛君も丈夫そうだし、こりゃ久々のプロレスが始まるかもね〜」
「プロレス? プロレスとは何なんですか?」
恭弥の胸ぐらから手を離したソフィアが興味深そうに尋ねる。
そんなソフィアに対し、五芒星の刻まれた白いポケットからマイクのようなものを取り出した修は、ただ一言だけ、見てればわかるよと告げ、マイクのスイッチを入れた。
『さぁ始まりました。第六回、太一君ブチギレプロレスのお時間です。実況はわたくし雷堂修、解説はお馴染みの伊佐敷遥斗君でお送らせていただきます。よろしくお願いします』
「……いや、なんでマイクなんか持ってんだよ」
『そりゃ、こんな時の為に作っといたのさ。因みに音魔法の魔石が仕込んであるから、電機要らずの優れものだよ!』
「地味にすげぇの作ってるし……」
『お〜っと、そうこう言っている内に太一選手、ミノタウロス選手の両足を掴んだ~!!』
「ねぇ、そのマイク僕のぶんはないの?」
『今度作っとくわ』
「よろしく」
『うぉっほん、気を取り直しまして……太一選手! ミノタウロス選手の両足を掴むやいなや、まるで砲丸投げのようにぐるぐると回りだした!!』
「タイチ選手と比較しても倍近い体格差を持つミノタウロスを相手にジャイアントスイングをしますか。これも偏にタイチ選手の膂力の強さあってこそでしょう」
『なるほど。おーっと、今度は投げ飛ばしたミノタウロス選手の背中に乗った? 彼の体重ならそれだけでも充分すぎるダメージっぽいが……あーっと首を掴んでキャメルクラッチが決まる!!』
「先程からミノタウロス選手の悲痛の叫びがここまで届いてきますからね。相当痛いんでしょう」
『食事を邪魔された恨みはまだまだ消えない! 太一選手、キャメルクラッチを解いたかと思えば、ミノタウロス選手の巨体を持ち上げジャーマンスープレックスだ!!!』
「これは痛い。もうほぼ瀕死と見て間違いないでしょう。願わくば死ぬ前にタイチの怒りが少しでも晴れていることを願います。あんなの耐えられる気しないんで」
「お気持ちはすっごくわかりますので、ミノタウロス選手にはもう少し頑張ってほしいところですね」
その後も数多のプロレス技をミノタウロスにぶつけた太一は、一切の反撃を許すことなく、ミノタウロスというボスモンスターを相手に、無傷で圧倒的な勝利を収めたのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
・あっさりミノタウロスを倒してはい終わり。じゃ味気ないので、太一による圧倒的なプロレスによってボスをボコボコにすることにしました。
普通ならありえないと思えるはずなのに、怒り狂う太一ならやってもおかしくなさそうと思う辺り、私はそろそろやばいかもしれん。
というかシリアス展開から唐突なお巫山戯マイク実況に繋がったけど見た人に怒られたりせんかな? 超不安。




