第3話:魔人だろうがなんだろうがかかってこいや!!(4)
前回のあらすじ。
先生!!
魔王の配下『貴晶鉱爵』のオニキスが強過ぎて攻撃が当たりません!!!
どうしたらいいですか!!
七天抜刀流の開祖、須賀剣之助は自分の子孫達にこう残した。
『人はどれだけ身体を鍛えようと、どれだけ技を極めようと、天災という自然の脅威に勝つことは出来ない』と。
だが、それは諦めの言葉では無い。
植物を枯らし、水を干上がらせ、逃れることの出来ない苦痛を与える極悪の日照りも。
家も、人も、植物も、全てを押し流す洪水のような大雨も。
それらをイメージし、刀で模倣すれば、それすなわち、最強の流派が完成するだろう。
そうして完成した天災を元に造られた七つの技は、その一つ一つが一撃必殺の奥義であり、門外不出一子相伝の流派となった。
◆ ◆ ◆
どこからともなく現れた青年は、未だに気を失っている伊佐敷遥斗の前に立つと、突然刀の持ち手を極端に下にした構えを取り、空中に跳んだ。
少し離れた場所でその一部始終を見ていたフェンネルはそれを回避行動だと判断したが、すぐに改めることとなった。
その青年は空中で腰につけた刀を引き抜くと、まるで空間をえぐり取るかのような斬撃を可視化した光の刃に向けて放った。
「七天抜刀流、雨天の型、豪雨打翔」
上から強烈な一撃をもらった光の刃はその形状を維持することができず、途端に砕け散ってしまった。
そして、光の刃を砕いた青年は軽やかに着地すると、刀を鞘に収め、こちらを見ている海原恭弥に向かって笑顔を向けた。
「どうやら間に合ったでござるな」
後ろで一つに縛った群青色の髪を靡かせる須賀政宗。
そんな政宗の登場で恭弥は安堵した様相になるが、すぐにその表情に焦りを見せた。
「遥斗は!」
「大丈夫みたいだね〜」
それは政宗の口からではなく、政宗の背後から聞こえてきた。
そしてすぐに声の主が政宗の後ろから顔を出す。それは、政宗同様恭弥のチームメンバーである雷堂修だった。
「外傷は打撃の痕だけでそんなにたいしたことはないっぽいよ。ただこれだけの傷でこの出血なら内臓とかやられてんじゃないかな? とりあえずはフューイ君からもらってきた回復ポーションってやつを使うけど、早く病院に連れてった方が良さそうだね」
真剣な声音で語る修の言葉が、時間的な余裕がないことをありありと伝えてくる。
恭弥の表情を焦りが侵食し、その恨みのこもった鋭い眼差しが、直立不動で政宗と修の方を見る魔人オニキスに向けられる。
「遅くされていたとはいえ、聖剣の一撃をたった一撃で消し飛ばすとは……充分過ぎる収穫です。これ以上は必要なさそうですね。今日のところはここで退くとしますか」
魔人オニキスは独りでに納得すると、そんなことをのたまい始め、それが修の怒りを買った。
「おいおいお前さ、遥斗君をこんなにしといてただで帰れると思ってんの?」
「もちろん、今日は挨拶のつもりだけでしたので。まぁ、攻撃されたので防御手段は取りましたが、私からは一度も手を出していませんよ?」
「ふ〜ん。だったら挨拶代わりにそれももらっとけば? 太一君、そいつやっちゃえ」
「は~い」
暢気な声が聞こえた直後、魔人オニキスは突然自分の防壁が強烈な反応を見せた為、背後を確認した。
そこには返ってくるダメージを一身に受けながらも未だに全体重を乗せたアームハンマーを繰り出している山川太一の姿があった。
温厚そうな表情でありながら、その一撃はとても温厚とは程遠い。
そんな一撃を放ち続けていた太一だったが、やがて彼の身体はその返ってくる自分の一撃に耐えきれなくなり、後方にあったいくつもの木々をなぎ倒しながら、数十メートルほど吹き飛ぶと、ようやくその巨体は止まり、地面に転がった。
その光景には、魔人オニキスも思わず目を点にさせていた。
「……あの巨体をあそこまで弾きとばす威力とは……本当に貴方達は数日前に来たばかりなんですよね? 聖剣の一撃まで叩き切るし、実はもう契約終わってたりしてます?」
「何言ってっかわかんねんだけど、とりあえず死んどいてくんない?」
額に筋が浮かんだ修が右手で構えた拳銃型の改造釘打機を連射した。
しかし、その釘達はオニキスに当たる直前で半旗を翻し、修の肩や顔を狙って舞い戻ってきた。
「はぁっ!? なんで戻ってきてんの!?」
修はその意味不明な現象に慌てつつも、すぐに照準を定め直し、向かってくる釘を撃ち落としてみせた。
しかし、何が起きたかわからない修の表情には未だに困惑の色が見られ、追撃する様子は見せない。
対する魔人オニキスも手を出すつもりなど無いかのように、恭弥や修といった者達の方へ視線を向けている。
それが、彼らに相談する時間を与えた。
◆ ◆ ◆
「団長、相手に攻撃が通らない以上ここは一旦退いて体勢を立て直すべきなんじゃ……」
顔色を真っ青にさせ、サキュラは腰砕けた状態でフェンネルの袖を引いた。
自身の渾身の魔法を返された挙句、聖剣の一撃すらあっさり返されたことが彼女の戦意を喪失させたのだろう。
だが、彼女と違い、フェンネルの表情に怯えや諦めといった様子は見られなかった。
「確かに攻撃が返される以上聖剣は使うべきじゃないな。俺だけならともかくお前達や気を失っている者に被害が出るのなら使わない方が良いだろう」
「だったらどうするんですか? また自分が裏をとって死角から攻撃しましょうか?」
赤く染まった腹部を抑えながら進言してくるフィルの言葉に、フェンネルはあまり乗り気な様子ではなく、そのオールバックにした赤い髪をかき、表情を曇らせた。
「あんまりそういうの好きじゃないんだよな~」
「戦場に好きも嫌いも無いでしょう」
「そりゃそうなんだが気が乗らねぇんだよ。だいたいさっきそれ失敗したばっかじゃねぇか。その傷なんでついたか忘れたのか?」
フェンネルの言葉に歯噛みするフィルを見て、フェンネルは更に続けた。
「まぁいい。サキュラ、俺に防御力向上の支援魔法をかけてくれ。あの魔人に悟られないように無詠唱でな」
「それだと多少長くなっちゃいますよ?」
魔法の詠唱を省く場合、相手に悟られにくいという利点はあるものの、通常の倍は時間がかかるうえに効果も通常時に比べて低くなるというデメリットが付随する。
それは魔法を知る者にとっての常識であり、サキュラも例外では無い。
ましてや、魔人相手の戦闘においてデメリットでしか無いだろう。
だからこそ、サキュラはあまり得策では無いと言いたかったのだが、フェンネルは不安そうにする彼女に向かって、ニヤリと笑った。
「問題無い。俺が認めた男なら、それくらい稼いでくれる」
◆ ◆ ◆
状況は最悪に近いものだった。
政宗、修、太一の三人が援軍に駆けつけてくれたものの、既に太一がダウンし、修の改造釘打機による射撃も一切通じなかった。
攻撃が効きにくい相手であれば過去幾度となく対面したことはあるが、全ての攻撃に対して全く効かない相手は産まれて初めてだった。
「恭弥殿、ここは拙者が請け負おう。恭弥殿は急ぎ遥斗殿を医者の元まで」
恭弥の隣に立った政宗が声をかけてくるが、恭弥はその提案に対し首を横に振った。
「だめだ」
「悔しいのはわかるでござるが、まずは遥斗殿を病院に連れて行くのが――」
「そうじゃねぇ! こいつは単なるカウンタータイプの相手じゃねぇんだ! 攻撃に対してその攻撃をまるごと返す。さっきフェンネルの連れが剣であいつを刺した時、まるで腹を刺されたかのような傷が出来ていた。しかも、避けることすら出来ずに、だ! つまりあいつと刀は相性が悪い! 政宗! お前は遥斗を守ってろ!」
政宗はまだここに来たばかりでこの戦闘に関わったのはわずかだ。
だからこそ、切羽詰まった剣幕で訴えてくる恭弥の言葉に納得し、政宗は一歩下がった。
刀は相性が悪い。だからといって拳が相性いいのかと言われれば否だった。
こういった状況でいつもなら自分じゃ思いもよらない策をくれる優秀な相棒は、倒れて動けない。
ならば自分が動かなければならないと、恭弥もわかっている。
わかっているのに動かない。動けない。
いつもであれば突っ張っているというのに、まるで足が見えない根に絡みつかれたかのように動かない。
(……びびってるってのか? この俺が?)
攻撃を繰り出せば、先程のように何がなんだかわからない攻撃を受けて倒れ伏すかもしれない。
人並み外れた体格を持つ太一ですら呆気なく弾き飛ばされた。
体重も体格も、彼の半分にも満たない自分が吹き飛ばされないはずがない。
恭弥は頭に浮かんだそういった考えをかき消すかのように頭を振った。
「くそがっ! びびってんじゃねぇ! あいつは遥斗をやった仇だ!! そんな相手にびびってられるか!」
足に絡みついた見えない根をぶち抜き一歩、恭弥は踏み出し、黙って静観していた魔人オニキスの元へと走った。
「最強右ストレート!!」
一瞬にも感じるその強力な一撃は魔人オニキスに向かって放たれるも、その威力は丸々全てが恭弥へと返り、恭弥の身体は地面に何度も叩きつけられながら木に叩きつけられた。
「恭弥殿!」
恭弥が弾き飛ばされる瞬間を目の当たりにし、政宗は恭弥の元へ駆け出そうとした。だが、その前に恭弥が手を地面について顔を上げた。
その顔は土や血の汚れでかなり酷いものだったが、恭弥は何故か笑っていた。
「ほら……どうってことねぇじゃねぇか……」
自分にそう言い聞かせ、恭弥はゆっくりと身体を起こし、ふらつく足取りで立ち上がった。
まともに構えをとることすら出来ていない。
そんな状況でありながら、恭弥は再び魔人オニキスに向かって駆け出し、渾身の威力を込めて右拳を放った。
だが、恭弥の右拳は魔人オニキスに届く直前で止まり、無情にもその威力は恭弥へと返り、恭弥の身体は再び地面へと転がった。
転がった地面の芝生には明らかに赤い血の痕があり、見ている修の怒りを爆発させた。
修は背中に仕込んでおいたプロジェクトナインティー型の改造釘打機を取り出し、魔人オニキスに向けて放とうとした。だが、その直前で、彼の視界に邪魔が入る。
それは、政宗の左腕だった。
「……おい、その手はなんのつもりだよ……まさか俺っちに黙って見てろって言うんじゃないだろうな!」
「拙者達は手を出さない」
「バカなの? 仕組みとかは訳わかんないけどあれじゃいくら恭弥君でももつ訳ない!! ほら! またやられた! 無理なんだよ、恭弥君だけじゃ! 黙って見てないで仲間なら援護とかするでしょ!」
「信じて待つのも仲間でござろう!」
こうなった政宗はてこでも動かない。
それがわかっている修は露骨に歯を軋らせ、改造釘打機を下ろした。
恭弥の拳には、彼が乗せられるだけの全力がこもっていた。
重く、鋭く、自分に返ってくるのがわかっていながらも一切手は抜かない。
だが、傍から見ていれば誰もがわかっていた。
恭弥の吹き飛ぶ距離が、徐々に狭まっていることに。
「もう諦めたらいかがですか?」
地に這いつくばる恭弥の姿を見下ろしながら、魔人オニキスは冷酷な声で、その言葉を告げた。
だが、恭弥は頭から血を流しながらも、そのふらついた足に力を入れる。
「なに……言ってやがる……まだ、テンカウントのゴングは鳴ってねぇだろうが!!」
「……理解に苦しみます。私と貴方の実力差は歴然。それは貴方も重々理解しているはずです。ましてや私は貴方に攻撃すらしていません。これ以上やってなんになるというのですか?」
「んなもんわかってんだよ!!」
張り裂けんばかりの声を上げ、恭弥は口から流れた血を腕で拭った。
「わかってんだよ……そんなことはとっくに。……だがよ、俺を信じてついてきてくれた仲間に、びびって逃げる背中なんか見せらんねぇだろうが!!」
「くだらない。そんな意地の為に貴方は命を捨てるというのですか?」
「そうだ。てめぇにとっちゃくだらねぇと一蹴するこのプライド……最後までとくと味わえや!!!」
地面を蹴り、まさに気力を振り絞ったパンチを放つ恭弥。
それはおそらく、防御などせずとも、魔人オニキスならば傷すらつかないであろう一撃であった。
しかし、非情にも恭弥の一撃が魔人オニキスに届くことはなく、返ってくるダメージに耐えきれなかった恭弥の意識は、遂に闇の中へと誘われ、その場で倒れ伏す……そう、誰もが思ったその時、恭弥の右足が一歩、前へと踏み出した。
「っっ……!?」
恭弥の意識は既に無く、立っていることすらおかしかった。
だが、そんなことよりも周囲を驚かせたのは、恭弥が無意識状態で放ったその右拳が、今までどんな攻撃を受けても跳ね返してきた魔人オニキスのバリアを突破し、魔人オニキスに届いたことだった。
寸でのところで魔人オニキスは腕を前でクロスしその一撃を防ぐが、その威力を殺しきれず、地面に軌跡を作りながら、数メートル後方まで吹き飛ばされてしまった。
そして、明らかに驚きが隠しきれていない表情で、自分に攻撃を届かせた恭弥を見た。
意識の無い恭弥が立った状態でいることは不可能だった。
そして、ふらつきながら地面へと倒れ伏そうと頭から突っ込んだその時、恭弥の身体が一本の腕で受け止められた。
「よくやった、キョウヤ。お前のお陰で希望が見えた。後は任せろ」
恭弥を支えたフェンネルがそう言うと、恭弥の表情が少しだけ微笑んだように政宗の目には映った。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
・なんか最後の一文で恭弥が若干死んだ感出てますが、死んでませんからね(笑)




