第3話:魔人だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
遥斗の危機を知った恭弥が湖に行くと、そこには怪我を負い気を失った遥斗と土汚れ一つついていない執事服に身を包んだ魔人という存在がいた。
そして、怒りに支配された恭弥が無謀にも殴りかかると、何故かダメージを負ったのは恭弥だった。
自分がどのような攻撃をされたかわからない。
そんな事象を、海原恭弥は初めて体感していた。
攻撃を受けるのであれば、それが銃であろうと剣であろうと見切ることは出来る。
先日戦った魔法使いの見えない風の刃でさえ、直感で察知することが出来る。それが例え背後からの奇襲であろうと。
しかし、今の攻撃に限って言えば、恭弥は攻撃を見切るどころか、攻撃されたということさえ、ダメージを負うまで知覚することすら出来なかった。
気を失った伊佐敷遥斗を見て冷静さを失っていたとはいえ、何をされたかもわからないというのは恭弥にとって屈辱でしか無い。
幸いなことに、背中への痛みはそこまで酷くなく、多少痛む程度で血が流れた訳では無い。
恭弥は立ち上がると、大きく息を吐いて再び拳を構えた。
「一応聞くのですが、貴方達は召喚されたばかりの異世界人なのですよね? 先程の青年もそうですが、何故今ので戦意が挫けないのでしょう?」
「知るか」
わずかに戸惑った様相を見せる上級魔人オニキスを前に、恭弥は再び間合いを一瞬で詰め、右フックを放とうとした。
だが、不思議と恭弥の右腕は空を切った。
長年戦いの中に身をおいてきた恭弥が間合いを誤るはずもなく、恭弥の表情には明らかな動揺が見てとれた。
しかし、先程のような押し返されるような感じではなく、むしろ、昼間に感じた浮遊感のように感じられ、恭弥はすぐに犯人の顔が頭に思い浮かび、苛立つように歯を軋らせた。
「邪魔すんなフェンネル!!」
辺り一帯に響く怒声。邪魔されたことに対する怒りや憎しみが込められたその声でなにかを察したのか、魔人オニキスが自分の右側面に視線を向けた。
直後、森の茂みから最低限の装備を身に纏ったフェンネル・ヴァーリィが現れ、先程の恭弥と同じように渾身の威力を込めた拳を魔人オニキスに向かって振るった。
だが、魔人オニキスはその攻撃に対してなにかするでもなく、ただ直立不動の状態で傍観していた。
フェンネルの拳が魔人オニキスの顔に当たるかと思われた次の瞬間、フェンネルの拳は直前で止まり、まるで巨大な圧力で押し返されたかのようにフェンネルの身体は跳ね返された。
しかし、恭弥と違い、フェンネルはまるでそうなることがわかっていたかのように強く踏ん張っており、長い軌跡が芝生の張った地面に造られた。
「なるほど、キョウヤが飛ばされたのはこれか……」
理解がいったように呟くフェンネル。その表情には愉しげな笑みが浮かんでおり、その様相のまま、恭弥の方を見た。
「キョウヤ。悔しいだろうが今のお前にこいつの相手は手に余る。そこの気絶している仲間を連れてさっさと村の連中と一緒に避難してろ」
「知るか! こいつは遥斗をやったんだ! 俺がやる」
ボロボロな状態でありながら、見ているこっちが威圧されそうなその迫力を前に、フェンネルは笑みが抑えられなかった。
「まったく……少しは年輩者の言うことを聞いてほしいんだがな。まぁいい。悪いが俺も今回ばかりはお前らに気を割いていられそうにない。自分の命は自分で守れよ。……さて魔人、言葉は通じてないかもしれないが、これだけは言っておく」
フェンネルの放った言葉は、言語形態の異なる魔人オニキスには意味が通じない。だが、フェンネルの放つ雰囲気が、魔人オニキスの口角を釣り上げた。
「最後までがっかりさせてくれるなよ?」
フェンネルの言葉は図らずも、恭弥だけでなく魔人オニキスの視線も鷲掴みにし、一人の人間の存在を誰にも気取らせなかった。
そして、魔人オニキスの背後で完全に気配を殺していたフィル・マーフィンが、フェンネルの声によって渾身の刺突を繰り出した。
「おやおや、音も気配も感じさせないとは、流石の私もびっくりですよ。まぁ、不意討ちでどうこうなる私ではありませんが」
落ち着きはらった声で魔人オニキスは背後にいたフィルを見る。
フィルの表情には隠しきれない苦悶の色が浮かんでおり、その原因は目に見えて明らかだった。
フィルの腹部が真っ赤に染まっていたのだ。
転移能力が使えるフェンネルと違い、フィルは普段の私服と変わらない。動きやすさを重視し、彩りが地味なその衣服に防御機能などあるはずもない。
(こんなことなら軽装だけでもつけとけば良かった……)
後悔の念で押し潰されそうになっていると、フィルの視界が転換し、すぐ横に苛立つ顔が見えた。
「無事か?」
「はい。問題ありません」
フェンネルの煽るような質問に、プライドからか素っ気ない答えを返すフィル。しかし、その表情は微かに青ざめていた。
「どうやら攻撃そのものを跳ね返すものではなく、衝撃や威力を跳ね返すもののようです。レイピアが身体に刺さった訳でもないのにレイピアで刺された時のような傷ができました」
「避けれそうか?」
「難しそうです。万が一に備えて回避行動も取っていたのですが、取ろうとした時には既に傷が出来ていました」
「背後からの奇襲に気付いていた様子は無かったし自動で発動する能力なのか? 厄介極まりない力だな。さてお次は――」
「我は空に描く」
森の中から聞き覚えのある女性の声が聞こえ、フェンネルはそちらに顔を向けた。
そこにいたのは赤い光の粒子を手に集中させているサキュラ・シュテリングスだった。
「熱く燃ゆる炎を纏いし翼をもって、我に仇なす敵を穿て」
しなやかかつ滑らかな指の動きで指揮者のように魔力を操り、繊細な魔法を造りあげていくサキュラ。
そして、彼女の詠唱に反応した光の粒子は紅く煌めき、湖の上空に炎で出来た巨大な鳥を顕現させた。
「あんたのせいで……ハァ……めっちゃきつくて……ハァ……マジ許さないんだから! 焼き尽くせ! 炎炎鳥!!」
肩で息をし、怒りに身を任せて発動した炎炎鳥はサキュラの指示の下、魔人オニキスの元へと奇声を発しながら飛んでいった。
それはここら一帯の木々を燃やしつくさんが勢いの火力で、生身で受ければ火傷どころでは済まされないだろう。
しかし、魔人オニキスの表情に焦りは見受けられず、むしろ感心しているかのような余裕な表情を見せていた。
「人間にしては素晴らしい出来の魔法ですね。反射を警戒してか方角も考慮し、しっかりと対策が為されている。並の魔人であれば黒焦げだったでしょう。まぁ、並の魔人なら、の話ですが」
サキュラの放った炎炎鳥が防御姿勢を取るどころか避ける素振りすら見せない魔人オニキスに向かって突っ込んでいく。そして、直撃する直前、魔法はなにかに当たり、威力そのままに、疲労困憊で膝を押さえているサキュラの元へと向かっていった。
「はっ!? 嘘嘘ちょっ、やばっ!」
サキュラに炎炎鳥が届くかと思われたその時、彼女の前に突然人影が現れ、左手を炎炎鳥の方へと伸ばした。
次の瞬間、赤く燃える炎で構成された鳥はその男の手によって一瞬にして霧散してしまった。
「まったく……うちの部下共は世話が焼けるな」
「団長〜」
呆れた声でへたりこんでしまったサキュラを見下ろすと、フェンネルはそのまま左腕だけでサキュラを物のように軽く持ち上げ、右手に一振りの剣を喚び出した。
「ちょっ、団長!? 私の魅力に気付いてくれたのは嬉しいんですけど、こんな物を持つようにじゃなくてもうちょい優しく――」
「黙ってないと舌噛むぞ?」
急に持ち上げられて赤面するサキュラに顔色変えずに忠告すると、右手に握った剣に力を込めた。
「サキュラの魔法がまったく通じてないどころか、攻撃をそのままサキュラの方へ返すとはな。だが、魔を討ち滅ぼすと言われる聖剣キュラメデスの一撃を防ぎきれるか?」
フェンネルの持つ聖剣キュラメデスが一閃する。
それはサイクロプス戦で見せたあの一撃よりも少し遅く、見ていた恭弥も微かに違和感を抱いた。
避けようと思えば避けることは可能な一撃。
ただの人間に過ぎない恭弥からしてみてもそう思える一撃を、魔人オニキスは避けようとすらしなかった。
そして、目に見えていた光の刃は、魔人オニキスに当たる直前で、その姿を消した。
だが、不思議とその光の刃がフェンネル達に向かうことはなく、それどころか誰かに向かって来る様子も見られなかった。
「聖剣持ちまでやってきていたのですか。ということは貴方が武功だけで騎士団長にまで昇り詰めたと噂のフェンネル・ヴァーリィでしたか。配下の者達から聞いてますよ。毎度毎度貴方が沖合で進行を邪魔してくるせいで侵略が行き詰まっていると。……なるほど、今の眠たくなるような攻撃も万が一防がれた時用の備えですか。つまり、貴方に向かって返しても特に意味は無いということですね」
「……っ! 回避行動!!」
魔人オニキスがにやついた瞬間、魔人の言葉を理解できないフェンネルであっても、不思議と魔人の考えていることがわかり、喉が張り裂けんばかりの大声を出した。
次の瞬間、魔人オニキスの周囲に突然、聖剣から放たれたものと酷似した光の刃が発生し、恭弥や遥斗、フィルのいる方に向かって放たれた。
恭弥とフィルは怪我で動きが鈍っていたものの、すぐにフェンネルの言葉の意図を理解したお陰で、かろうじて攻撃を回避することに成功した。
だが、未だに目を覚まさない遥斗は、攻撃を避けようともしない。
「遥斗!!」
恭弥は仲間のピンチと見るやすぐに駆け出そうとするが、急激なめまいに襲われふらつき、一歩を踏み出すことが出来なかった。
「くっ……そがっ! 遥斗!」
苦悶に満ちた顔で恭弥は遥斗の名を呼んだ。
しかし、遥斗は死んだように目を覚まさない。
巻き込まないと距離を離していたフェンネルも急いで遥斗を助け出そうと個有能力を使おうとしたが、不思議と転移は発動しなかった。
「くそっ……使い過ぎたか!」
今朝早くも騎士団の遠征部隊を大距離転移させた上に休み無しで国境付近のウィール大平原まで飛んだのだ。
もはや今のフェンネルに転移を使う程の魔力は残されていない。
重りを投げ捨てるようにサキュラを投げ、フェンネルは間に合わないとわかりながらも、地面を蹴った。
そんなフェンネルの耳に、一つの声が届いた。
「七天抜刀流、雨天の型、豪雨打翔」
それは凛とした青年の声だった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
・ずっとモヤモヤしていたので魔法名変えてみました。




