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第3話:魔人だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)

 前回のあらすじ。

 魔物の解体を終えて、遥斗は同行者である太一と政宗と共にカルファ村へと戻ってきた。

 そんな遥斗を待っていたのは、一人の女性であった。


 伊佐敷遥斗(いさしき はると)がシャルフィーラに案内されたそこは、カルファ村からウェルザム大森林に入って十分程歩いた場所にある湖だった。


「森の中にこんな場所があったんですね」

「ここはモハン湖と言って、夕方になると陽の光が水面をキラキラさせて綺麗なんですよ。死んだ夫に教えてもらった思い出の場所です。あっ、危険な魔物はいないのでそこまで警戒なさらなくてもいいですよ」


 シャルフィーラが言う通り、湖の周囲には鹿や兎のような魔物がいるものの、遥斗達を見て襲いかかってくるような魔物は見当たらなかった。

 元々この辺りは肉食の魔物がまったくいないエリアである為、遥斗もそこまで警戒をしていたつもりではなかったのだが、以前、自身の失態でシャルフィーラを危険に晒してしまったことで、無意識に警戒を強めていたのかもしれないと、遥斗は周囲への警戒を解いた。

 すると、シャルフィーラは遥斗に向かって笑みを見せた。


「ありがとうございます。……ハルトさんにはここ最近迷惑をかけてばかりですね。あの話も相当重荷に感じてらしたんでしょう?」


 数日前、遥斗はシャルフィーラから一緒に宿屋をやってほしいと告白を受けていた。当然、それがどういう意味なのかを遥斗は理解していたし、理解したからこそ、遥斗はその言葉を茶化すことなく真剣に受け止め、答える時間が欲しいと彼女に告げた。

 そして、今日この日、夕暮れとなるこの時間に答えを出すと、遥斗はシャルフィーラに伝えていた。


「別にそんなことはありませんよ」

「じゃあなんで宿に帰ってきてくださらないんですか?」


 一切真剣な顔を崩さない遥斗の答えに、シャルフィーラが物哀しい表情で遥斗を見る。

 その表情が、言葉が、遥斗の心を揺さぶっていく。

 これまで多くの人と付き合い、多くの人と関係を持ってきた遥斗にとって、ここまで心を揺さぶられてきたことは無かった。


(僕は……最低の人間だな……)


 遥斗は自分のことを蔑みながら、それを顔に出すことなく、穏やかな表情でシャルフィーラを見た。


「シャルフィーラさん、貴女は僕がこれまで出会ってきたなかで誰よりも美しく、心の綺麗な女性です。重荷? 僕があの時、どれほど嬉しかったか、貴女にはわからないんでしょう?」

「じゃあなんで――」

「でも、僕は貴女の想いに応えられない。別に同性愛者(ゲイ)という訳じゃないですよ。ちゃんと女性が好きです。いつかは結婚したいし、最愛の女性と幸せな生活を送りたいと心から思っています。でもそれは今じゃない。……今じゃないんです……」


 遥斗の表情が暗くなっていくのと同時に、遥斗の声が小さく辛そうなものになっていく。


「二年前、僕の親友であるキョウヤは、僕なんかのせいで夢が潰えてしまったんです。それなのにキョウヤは僕に気にするなと言った。僕が弱かったせいで親父さんとの夢が叶えられなくなったっていうのに!! あいつは僕に気にするなって言ったんです!」


 遥斗の激昂で、周囲にいた魔物達が逃げていく。

 それでもシャルフィーラは、遥斗の前から逃げなかった。

 その激昂が自分にではなく、遥斗自身に向けられたものであることがわかってしまったから。


「これは僕の罪……キョウヤがあの夢に代わる夢を見つけて叶えるまで、僕はあいつの隣でその障害となりうるものを排除する。それまで僕は、幸せになっちゃいけないんです」

「……そうなんですね……」

「だから、僕はシャルフィーラさんと一緒になれません。貴女にはきっと僕なんかよりふさわしい人が――」


 突然、遥斗の頭は抱き寄せられた。下を向いていた遥斗はそれに反応することができず、遥斗の顔はシャルフィーラの豊満な胸に無理矢理うずめられてしまった。

 呼吸をすることも困難なその状況の中で、遥斗は自分の頭に雫が落ちるのを感じた。


「辛かったんですね。……私なんかじゃ想像がつかない程、貴方は苦しんだんですよね。でも、貴方は悪くない。悪くないんです」

「でも僕はっ……!」

「わかってます。貴方はきっと自分を責めるでしょう。これから先も自分のことを責め続けるんでしょうね。それでも私はあえて言います。例え世界中の全員が貴方のことを悪いと責めたてようと、私だけは、絶対に貴方を責めません。今日のようにこうして、貴方が悪くないと、そう何度も伝えます。だから、いつか自分が許せるようになったら、またここに戻ってきてください。あっ、そう何年も待てませんよ? 私はハルトさんより先におばあちゃんになっちゃいますからね」


 見上げれば聖女かと思わんばかりの慈悲深き眼差しで真っ直ぐに見返してくる。

 断るつもりだった。傷つけ、もう二度と会わない覚悟もして、この場所までやってきた。

 自分は最低な人間で、聖母のようなこの人に好かれる資格なんて無いと、この数日、宿屋には帰らなかった。

 色々と言い訳は用意した。だが、この人を前にした途端、嘘で自分を守るようなことはしたくないと思った。

 そう思ってしまった。


「……一年や二年の月日じゃないんですよ?」

「もちろん覚悟の内です」

「もしかしたらもうここには戻ってこないかも……」

「それでも待ちます。ハルトさんの帰りを信じて」


 遥斗の目に、にこやかに笑うシャルフィーラの姿が映る。

 この人には敵わないなと、不思議とそう思わせてくる彼女は、遥斗を解放すると、遥斗に向かって手を差し出してきた。


「息子達もお腹を空かせてるでしょうし、帰りましょうか」


 白魚のような手を差し出され、遥斗は、はいと、短く返し、その手に自分の手を置こうとした。

 だが、次の瞬間、遥斗の手は空を切った。


「…………ぇ?」


 先程まで確かにそこにあったはずの手が消えた。

 それはシャルフィーラによるいたずらという訳では無い。

 むしろ遥斗にとってはそちらの方が何十倍もましだっただろう。

 何故なら、遥斗の目の前から消えたのは、シャルフィーラの手だけでは無いのだから。


「シャルフィーラさん? ……何処に行ったんですか!」


 まばたきをした訳では無い。

 目を離した訳でも無い。

 それにもかかわらず、シャルフィーラという一人の女性が消えたことに、遥斗の頭がこんがらがっていく。

 恭弥程でないにしても、遥斗も目には自信があった。

 あらゆる盤面において最適解を見つけるべく特化したその目は、遥斗にシャルフィーラが消えたと容赦なく伝えてくる。

 周囲に目を向けるが、当然の如く、シャルフィーラの姿は見えない。


「ハルトさん!」


 異変を感じ取ったのか、近くにあった木の影からシャルフィーラの嫡男であるフューイが焦ったような面持ちで遥斗の方に駆け寄ってきた。

 だが、遥斗の方は彼の存在に気付いていたようで、そこに驚いた様子は見られない。


「いったい何があったんですか!」

「わからない。いきなりシャルフィーラさんが消えて……!?」


 一瞬、視界の隅にちらりと映った存在を、遥斗は思わず見間違いなのではないかと感じてしまった。

 事の顛末を気にしていたフューイの存在には気付いていた。例えその姿が見えずとも、なんとなくそこにいるんだなとわかっていた。

 だが、その存在はこれほど近くにいたというのに、今の今まで察知することが出来なかった。それどころか堂々と姿を現しているというのに、その存在を今の今まで認知することが出来なかった。

 その存在は動いていない。攻撃する意思すら向けてきていない。

 それなのに、遥斗は猛烈に嫌な予感がして、その存在に向かってジークンドーの構えをとった。


「お前……いったい何者だ? いつからそこにいた?」


 遥斗の言葉で少し遅れてフューイもその存在を認知し、そちらに目を向けた。

 それは森の中では異質な黒い執事服を身に着けた見た目二十代前半くらいの青年。モノクルをつけたその黒い瞳からは一切の感情が読み取れないものの、それほど気になるものではなかった。

 遥斗とフューイが目を奪われたのはその白い髪の上にある婉曲した二本の角。禍々しく、茜色の陽に照らされてなお黒いその角が、遥斗とフューイの警戒心を跳ね上げる。


「あれってまさか、ま……魔人……なのか?」


 遥斗が横を見れば、青ざめた様子のフューイが映り、そのお陰で、遥斗はいくらか冷静を取り戻せた。


「フューイ君はあの人間を知ってるんだね。魔人と言ったか? それは例の獣人って人達と一緒なの?」


 遥斗の質問にフューイは首を横に振り、震える声で返す。


「いえ、魔人は人より優れた魔力と魔法技術を持ち、獣人を遥かに凌ぐ身体能力を持っている種族でして、その数こそ少ないものの、一人で何千人を容易に相手出来る化物の集まりです」

「ハハ……それはなんというか……すっごくありがたい情報だけど、この状況じゃ聞きたくない情報だったかな……」


 高校時代の後半から恭弥の隣で日夜戦いの日々を送ってきた遥斗ではあったが、自身の戦闘能力を過剰評価していない。

 圧倒的な威圧感を放つ目の前の化物(魔人)を見て、今すぐにでも逃げ出したいというのが本音だった。

 だが、そう出来ない理由がある。


「フューイ君、その魔人ってのは会話できんの?」

「……無理だと思います。そもそも言語体系が違うと思うので意味すら通じないかと。うちの近くに住んでる獣人の人達も元々は獣人達が住んでた区域の言葉を使ってましたし……」

「外国人ってよりも動物と人間みたいな感じか。でも――」

「貴方が勇者ですね?」


 突然声をかけられ、遥斗は魔人に向かって驚いた表情を向けた。


「やっぱりなんか喋ってるみたいですけど意味はさっぱりですね」

「はぁ!? 今はっきりと勇者はお前なのかって言ってたじゃん!」


 そう口にして、遥斗はある事に気付いた。


(そういえば……なんで僕らはこの国の文字は読めないのに言葉はわかるんだ? 今まで通り日本語が通じてたせいで見落としてたけど、これって彼らが日本語を話していたというより、僕らが彼らに通じる言葉を喋ってたってことなんじゃないのか? となれば原因は最初に僕らが召喚された時、床に描かれていた巨大な紋様のせいか? その紋様の効果に言語理解系の効果があったせいで僕にはこの魔人とかいうやつの言葉がわかったのか? いや、正否は今はどうでもいい。言葉が通じるってんなら……)


 遥斗は思考の渦から抜け出すと、魔人に対して睨みをきかす。


「さっきまでここにいた女性。シャルフィーラさんに対してなにかしたのはお前だな?」

「私の質問に答えて欲しかったですが、まぁ、いいでしょう。なにか、というのは明確ではありませんね。明確に言うならば宙に浮かせたのが私です」


 魔人が上に向かって指差したのを見て、遥斗はすぐに見上げた。

 上空五十メートルはあろうか。そこにはふわふわと落ちる気配もなく漂っているシャルフィーラの姿があった。

 そして、遥斗達がシャルフィーラの存在に気付くと、魔人の表情が残酷な笑みを型取った。


「そして、今から叩き落とすのも、私の仕業です」

「やめろぉおお!!!!」


 魔人の上に向けていた指が、一切の躊躇もなく下に向けられると同時に遥斗は叫ぶ。

 しかし、その叫びはなんの意味もなかった。

 指が下を向くと同時に、まるで彼女を支えていた糸が切れたかのように、シャルフィーラは地面へと垂直落下していく。

 その高さから落ちれば、死という最後が彼女を待ち受けていたのは明白だった。

 しかし、地面へと落下する寸前、遥斗はなんとかシャルフィーラの身体を横からかっ攫うことに成功し、その残酷な未来が訪れることは無かった。


「シャルフィーラさん! 大丈夫ですか! シャルフィーラさん!!」


 横抱きにしたシャルフィーラに声をかけるが、シャルフィーラの意識が戻る様子は見られなかった。だが、幸いにも呼吸に異常はなく、単に気を失っているだけというのが見てとれた。

 その様子を見て安心するのと同時に、遥斗は心の奥底からどす黒い邪気が溢れ出て来るのを感じた。


「フューイ君」


 低く通るその声に呼ばれ、フューイは遥斗のそばに駆け寄っていく。すると、遥斗から唐突にシャルフィーラを渡された。


「すぐにカルファ村に戻ってマサムネ達を呼んできてくれ」

「まさか……ハルトさん一人で魔人と戦う気ですか!? そんなの自殺行為です! それなら俺もっ」

「バカ言うな。今この場でシャルフィーラさんを前線から遠ざけられるのはお前しかいないだろうが」

「だったら俺が残ります」

「お前如きじゃ十秒すら保たねぇよ」


 その言葉に言い返せず、フューイは悔しそうな表情で自分の母親(シャルフィーラ)を背中に担いだ。


「すぐに戻ってきます」

「はぁ? バカかお前、マサムネ達呼んだら家に帰ってガクブルしてろ、お荷物野郎。お前じゃ盾にすらなんねぇんだから」

「〜っ! 絶対戻ってきます!!」


 自分の非力さを呪うが如く、フューイは叫ぶように言い残し、カルファ村の方へと走っていった。

 その姿に一切視線を向けることすらしない魔人に、遥斗は違和感を覚えた。


「お前、シャルフィーラさんが狙いじゃないのか?」


 遥斗の質問に、魔人は何を言っているのかわからないとでも言いたげな表情で首を捻った。


「私の目的は勇者である貴方一人ですが?」

「勇者っていうのの意味が非常に気になるところではあるが、その前に一つ聞かせろ」

「何でしょう?」

「目的じゃないならなんでシャルフィーラさんを殺そうとした?」

「貴方が拒んでいたから手助けしただけですよ?」

 

 その端的かつ意味不明な答えに遥斗の表情が驚き一色に変わる。そんな遥斗相手に、魔人はさらなる追い打ちをかけた。


「あの女性は拒もうとする貴方に執拗な執着を見せ、意地でも貴方を自分のものにしようとした。だから困っている貴方の力になってあげようと思っただけです」

「まさか、そんな理由で殺そうと?」

「はい」


 一寸の曇りなき眼で言われ、遥斗は自分の表情を隠すように右手で覆い、露骨な溜息を吐いた。

 そんな遥斗を、何故溜息を吐いたのかわからないとでも言いたげな表情で見る魔人。

 次の瞬間、魔人は遥斗の凄みが増したように感じられた。


「おい魔人とやら、こっちの世界じゃなんて言うか知らないけどさ、僕の世界じゃそういうの、余計なお世話って言うんだよ」


 その怒りにみち満ちた言葉が、二人の戦いの火蓋となるのだった。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。

 その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。

 こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。

 もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。 


 前回の圧死した魔物や政宗が感じ取った殺気は今回登場した魔人の仕業ですね。

 自己紹介はきっと次回してくれるはずです。

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