第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(8)
前回のあらすじ。
多種多様の魔法を回避する恭弥に攻め手を失ったバジルは、非戦闘員であるフューイに狙いを絞った。
その作戦は成功し、恭弥を追い詰めていたが、バジルの魔力切れで形勢逆転。
恭弥の必殺技『ハイパー最強右ストレート』が炸裂し、バジル自慢の防御壁を粉砕。
バジルと恭弥の勝負は恭弥の勝利で幕を閉じた。
広々とした玄関ホールの端の方で、伊佐敷遥斗はこの場所にはとても似つかわしくない木製の椅子を真剣な眼差しで観察していた。
椅子の背後に回ったり、持ち上げたりして色々と試みている様子だったが、すぐにその行動は終わり、閉ざしていた口を開く。
「本当にこの椅子があった場所でマサムネが消えたんですか?」
その質問は、遥斗同様椅子をまじまじと見ていたシャルフィーラに向けられてのものだった。
現状、この場に意識がある者はこの二人しかおらず、シャルフィーラもその質問が自分に向けられたものであると理解し、遥斗を見て首肯いた。
「間違いないです。ハルトさんのお連れの方は少し前まで確かにここで戦っておられました。そしたら突然椅子に変わって、お相手の方も何処かへ消えてしまわれたみたいなんです」
「消えるねぇ……」
シャルフィーラの言葉を疑っている訳では無いが、魔法に関して知識がまったく無い遥斗にとって、その現象は到底信じられないものだった。
だが、確かにさっきまでいたはずの仲間の姿もその仲間と戦っていたはずの敵も見当たらない。
扉でもあればそこから出ていったのを勘違いしたとでも言えようが、ここには外を覗ける外開きの窓しか見当たらない。
シャルフィーラの言葉が超常現象や神話の類いをまったく信じていなかった遥斗の頭をこんがらがらせていく。
そんな遥斗の視界に座り心地の良さそうな椅子が再び映る。
「すみませんが、ちょっと考えさせてください」
遥斗はシャルフィーラに断りを入れると、口元に手を当てながら椅子に座って深く考え事を始めた。
(マサムネは日常生活はポンコツだが、実力だけなら本気のキョウヤと渡り合うレベルだし、そうそう遅れは取らないと思うけど……シャルフィーラさんが見た状況が本当に起こったことだとするのなら、相手は人を物に変えられる能力かなんかを持ってるっていうのか? いや、それだと辻褄が合わないか。そんな便利な能力があるなら僕らを物に変えないのはあまりにも非効率な対応だ。となると、別の手段か。マサムネが消えた後で相手も消えたとシャルフィーラさんは言っていた。大学の友達が言ってたテレポートとかそういう類いの能力ってことか? 超能力で言うなら、確か物と物とを交換する……確かアポートだったか? そんなのもあったはず。つまり相手は超能力を使う剣士ってことになるなのか? ……いや流石に突飛すぎるか? だが万が一ってこともあるし、一応シャルフィーラさんに聞いておくか)
頭の整理を終えた遥斗は、失笑されてしまうんじゃないかという不安に苛まれながら、自分の中に浮かんだ疑問を解消するべく一つの質問を行おうとした。
だが、次の瞬間、突如として遥斗が腰掛けていたはずの椅子がなんの前触れもなく消えてしまった。
流石の遥斗も座っていた椅子が消えるとは露ほども思っていいなかったようで、支えを失った遥斗の体は床に激突した。
だが、悲劇はそこで終わらなかった。
椅子が消えて混乱している遥斗のちょうど鳩尾の上に、突然須賀政宗が現れたのだった。
「ごっふぁ!?」
「ハルトさん!!?」
目の前で起こった惨状にシャルフィーラは声を上げるが、政宗は降りるどころかその場で静止したまま辺りをキョロキョロと観察し始めた。
「ふむ? どうやって戻ろうかと思っておったのでござるが、どうやら戻してくれたようでござるな」
落ち着いた様子でそんなことを言い始めるが、未だにそこから動こうとする意志を政宗は見せなかった。
「……わぇわかんねぇこと言ってねぇで……早く下りろ」
振り絞ったような掠れ声が聞こえたことでようやく下の状況に気付いた政宗は、これはすまぬな、と言いながら遥斗の上から降りた。
「だ……大丈夫ですか?」
政宗が遥斗の上から降りたのを見て、シャルフィーラは慌てて遥斗に肩を貸そうとしたが、遥斗はプライドからか、彼女の手助けを手で制し、よろめきながらも自分の力だけで立ち上がった。
そして、何故寝転がっていたのだとでも思ってそうな顔でこちらを見てくる政宗に対し、冷静になれと自分に言い聞かせながら語りかけた。
「マサムネ君、僕ね、すっごく怒ってるの。なんでだと思う?」
「寝ているのを邪魔されたからでござるか?」
「そんな訳ねぇだろ!!」
政宗は本気でわからないと言わんばかりに首をひねった。
そんな政宗の姿が遥斗を一層苛立たせるが、遥斗はいつものように怒鳴ろうとしたところで現在の状況を思い出し、怒りを口から吐き出した。
「はぁ〜……ところで何処行ってたんだ? さっきまでここにいたよな?」
「うむ、それが……ふぁじまあるだったか? そのような名の男の面妖な術によって、よくわからぬ部屋に飛ばされておったのでござるよ」
「面妖な術? それってアポートとかテレポートみたいな超能力だったか?」
「あぽおと? てれぽおと? なんでござるか、それは?」
政宗のよくわかってなさそうな表情を見た瞬間、遥斗は説明が途端に面倒になったので、それ以上の詮索をやめた。
すると、遥斗と政宗の耳にこちらヘと近付いてくる足音が微かにだが聞き取れた。
政宗に向けられていた遥斗の視線がそちらへ向けられ、それにつられてシャルフィーラの視線もそちらへと向いた。
開きっぱなしの両開きの扉、そこから足音は近付いてくる。
だが、何故か政宗も遥斗も一切警戒の色を見せなかった。
暗い廊下にシルエットが浮かぶ。
それは巨漢の男だった。
「ロイド! ノエル!」
先頭を歩いていた山川太一と手を繋ぎながら出てきた二人の少年少女を見て、シャルフィーラは歓喜の悲鳴を上げた。
「「ママ!!」」
シャルフィーラの姿を見た瞬間、容姿のよく似た二人の少年少女は太一の手を離し、母親の元へと一目散に駆けていく。
そんな我が子達を、シャルフィーラは涙を流しながら強く抱きしめた。
もう会えないと思っていた。
それでも会いたいと心から願った。
そんな大切な相手との再会。
先程まで妹を悲しませまいと気丈に振る舞っていたロイドの目にも、大粒の涙が浮かんでおり、ロイドとノエルは誰に遠慮するでもなく母の胸で泣き始めた。
「お疲れ、タイチ。シュウは?」
「邪魔するなだって〜」
親子の再会を邪魔しないようにと、遥斗と政宗は太一の元に歩みより、見当たらない仲間の所在を伺った。
だが、太一は何故か場所を示すのではなく、伝言だけを伝えた。
その直後、太一の開けた穴から悲痛の叫びが木霊した。
「……そうか。それで? 捕まってた子達はそれで全員かな?」
「さぁ?」
太一の後方にいる子ども達の姿を見て遥斗はその質問をしたのだが、太一はいつもののほほんとした雰囲気のまま、首を傾げはじめた。
子ども達を助ける為に下ヘ向かった訳ではない太一が、わざわざ自分から子どもの人数や様子を確認するはずが無かったかと、遥斗は諦めて一人の少女の前に立ち、視線をあわせるべくしゃがみこんだ。
その少女は十代半ばで金髪お下げが特徴的なやせ細った少女だった。
「君の名前は?」
「メ……メアリーです!」
遥斗に優しく微笑みかけられたせいか、少女の頬は上気し、少し上ずった声で自身の名を明かした。
「メアリーちゃんか、良い名だね。ところで、悪い人達に捕まっていたのはこれで全員かな?」
「は……はい! そうです」
「それは良かった。……それで、背中に背負っている子は怪我でもしているのかな?」
遥斗が数ある子ども達の中からメアリーを選んで質問したのは、メアリーがノエルより微かに幼そうな見た目の少女を背負っていたからというのが大きな要因だった。
「いえ……ミシェルちゃんは昨日連れてこられたので、ロイド君とノエルちゃんが来るまで泣いてたんです。それで今は泣き疲れて寝てるんだと……」
「……なるほど。この子が今朝キョウヤに掴みかかったおっさんの子どもなのね」
未だに健やかな寝息を立てているミシェルの顔を見て、遥斗は色々と納得がいったのか、そんなことを呟いた。
例の誘拐事件について遥斗は攫われた明確な人数は知っていても、子どもの顔は知らない。
模倣犯の可能性も考えてはいたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
「監禁生活で君も疲れただろう。その子は僕が背負おう」
その提案にメアリーは一瞬戸惑うも、ちらりとシャルフィーラの方を見てから、お願いしますと背負っていたミシェルを遥斗に託した。
「それでなんだけどさ……」
遥斗がメアリーに要件を伝えようとした時だった。
「おい遥斗、そっちは終わったのか?」
広い玄関ホールにその声は響いた。
声のかけられた方へ遥斗が顔を向けると、何故か上半身が裸になっている海原恭弥が中央奥に見える階段の上に立っていた。
その姿を見ると、遥斗は恭弥に向かって声を張った。
「おいキョウヤ、お前ま〜た服を破いたのか!」
「わりぃ」
「わりぃ……じゃねぇっての!」
苛立ちが爆発したのか、遥斗は近くに落ちていたモーニングスターを蹴りあげた。
勢いよく飛んでいったモーニングスターは恭弥の顔面ヘ直撃するかと思われたが、恭弥はそれを容易に避けてみせた。
「服だってただじゃねぇんだぞ! もうちょいうまく戦えって何度言ったら――」
「違うんです!」
恭弥を庇うように叫んだのは、恭弥の隣に立っていたフューイだった。
彼は顔面蒼白になりながらも、怒りの眼差しを向けてくる遥斗に勇気を振り絞って言葉を紡いだ。
「きょ……キョウヤさんは俺を守ったせいで傷だらけになったんです! ……俺が弱かったせいで庇ってくれたんです。だから悪いのは全部俺で……もちろん服も弁償……」
涙まで流し始めたフューイを見て、遥斗は苛立ちを抑えんと頭をかいた。
そして、怒りの感情を消し、呆れたような表情を恭弥達に向けた。
「別に弁償なんて望んでないし、フューイ君を守って攻撃を受けたってのはわかってるからどうでもいいよ。だいたいそれだってキョウヤがもっと早く敵を倒してたらそれで済んだ話だろ?」
「まったくもってその通りだ。俺が服を燃やしちまったのは俺の弱さが招いた結果だ。フューイが気に病むことじゃねぇよ」
そう言いながら、恭弥は気にするなと言わんばかりにフューイの頭を乱雑に撫でた。痛いですと言いながらも、フューイの表情はどこか嬉しそうなものだった。
「それで? あの男爵のおっさんは? ちゃんと捕まえてきたんだろうな?」
「ん? それならここにいるぞ」
遥斗の言葉で思い出したのか、恭弥は床に転がしていたエルロッド・ディルマーレ男爵の髪を掴んで遥斗にその腫れ上がった顔を見せた。
「逃がしてないならなによりだ」
「それでこっからどうすんだ?」
「あぁ、まずはそのおっさんを連れて来てくれ。それから次の作戦に移行しよう」
そう告げた遥斗の表情は、とても愉しそうな意地の悪い笑顔だった。
◆ ◆ ◆
暗くなった夜道を街灯が照らす。
煉瓦造りの道路は人通りが少なく、それに反比例するように建ち並ぶ家々の灯りが彩りを取り戻していく。
そんな人通りの少ない夜道を二人の男が歩いていた。
「ねぇ先輩、もうそろそろ引き返しません? こんな夜中に事件なんて起きませんって。さっさと帰って屯所でだらだらしましょうよ」
「バカモン! こんな夜中だからこそ、我々が警邏するんだろうが!! さぼるなど言語道断! 国民の税収から給金が出ている以上、衛兵として国民が安心していける街作りを心掛ける。それが衛兵としての義務だ!」
サボリを提案した衛兵は、男の説教に耳を傾けないどころか、大きく口を開けて欠伸をし始めた。
「流石に眠いっすね」
「気を引き締めろバカモン。最近、隣のカルファ村で子どもの誘拐事件が立て続けに起きているんだぞ!」
「あぁ、知ってます知ってます。あれでしょ、近くに人がいたのにいつの間にか消えてるってやつ。噂じゃ神隠しなんじゃないかって説もありますよね」
「いや、神隠しじゃない。おそらく個有能力の類いだろうと上層部は予想しているが、それがどういった能力によるものなのかはまだわかっていない。なにせ個有能力は多種多様。使える者は限られるが、それ故に詳しいところがわからない特殊な力だからな」
「そういや騎士団のところの団長さんもやばい個有能力を持ってましたよね。確か――」
「待てっ、誰か来る」
街灯である程度明るくなっているとはいえ、街灯がない場所は暗く人の姿を視認しづらい。その為、走ってくる足音とぼんやりとしたシルエットだけが、人の接近を気付かせた。
やがて、その姿が街灯に照らされる。
それは見た感じ十代前半の少年と少女だった。
「はいは〜い、ストップね〜。君達こんな夜中に愛の逃避行かな〜。親御さんを悲しませるのはお兄さん感心しないな〜」
衛兵の一人が呼び止めると、走っていた少年少女は足を止めた。
「ちっ……違います。俺達は――」
「ジェルミー君か!?」
衛兵の一人には、少年の顔に見覚えがあったらしく、無警戒でジェルミーの方に近付いていった。
衛兵は信じられないとでも言いたげな顔でジェルミーの両肩を掴んだ。
「ほ……本当にジェルミー君なのか!? なんでこんなところに……」
「おじさん誰……」
「私は君のお父さんの兄のジェファーソンだ。まぁ、最後に会ったのは幼い頃だから君は覚えてないかもしれないな」
「そうなんだ……」
「それでだ。君が誘拐されて行方不明になっているのもお父さんから聞いて知っている。それなのになんでこんなところに……」
「それがさっきまで捕まってたんだけど……逃げてきたんだ」
「なに!? それは本当か!?」
「うん。なんか知らない人達が来て俺達を解放していってくれたんだ。それでその人達が衛兵に知らせてきなさいって……」
「その道中で私と会った訳だな。ハイザック」
「なんすか?」
「お前はこの少女と共に屯所に戻り、応援を呼んできてくれ! くれぐれもサボるなよ!」
「流石にサボりませんて。それじゃあお嬢ちゃん。一旦お兄さんと衛兵の屯所まで行こうか? すぐそこだからさ」
その提案にメアリーは首肯き、二人は屯所の方へと向かっていった。
「それではジェルミー君、私をその悪党のアジトに案内してくれないか?」
怒りが隠しきれていない声に気圧されながらも、ジェルミーは首肯き、自らを伯父と名乗るジェファーソンをエルロッド・ディルマーレ男爵邸へと案内した。
◆ ◆ ◆
ジェルミーに案内され、衛兵ジェファーソンはエルロッド・ディルマーレ邸へと辿り着いた。
「……本当にここであっているのかい?」
「うん、そうだよ」
ジェファーソンもまさか貴族の屋敷に案内されるとは思っていないようで、あからさまに動揺している様子だった。
「ここは勝手に突っ走るのは不味いな。エルロッド・ディルマーレと言えば他国との貿易でかなりの資産を蓄えているうえに、貴族の中でもかなり傲慢で有名な男だ。私一人では殺されて事件自体を揉み消される可能性が高い。どうやら応援の到着を待った方が良さそうだ……」
そんなことを言っている横で、ジェルミーは開きっぱなしの門扉を抜けて屋敷の敷地内へと勝手に入っていった。
「ちょっと待て」
ジェファーソンの声に耳を傾けないまま、ジェルミーは結局屋敷の玄関扉を勝手に入っていった。
勝手に貴族の屋敷に入るのは不味いと理性は理解しているが、容疑者の屋敷に甥っ子を放置するのはもっと不味いと判断したジェファーソンは、後ろ手を引く理性を振り切ってジェルミーの後を追った。
ジェルミーの後を追って屋敷の中に入ると、そこは見るも無惨な状況だった。
壁にはなにかが激しくぶつかったのか大きなひびがところどころに点在し、床には巨大な穴まで出来ていた。
そして、一際目を引いたのは、広々とした玄関ホールの真ん中辺りに、縄で縛られた屈強な男達が座らされている光景だった。
その先頭の男は中肉中背で仕立ての良い服を着て腫れ上がった顔で気を失っていた。
「これはいったい……」
訳がわからずそう呟いたジェファーソンの視界に、一枚の紙が映る。
内容が気になったジェファーソンはエルロッド・ディルマーレの膝に乗せられていた紙を手に取った。
そこには女性らしい丁寧な文字でこう書かれていた。
『ステラバルダーナ参上』と。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
※投稿遅れて本当に申し訳ないです!!
ちなみに最後の部分はこの世界の文字を書けない遥斗達の代わりにシャルフィーラが書いたってわかるように「女性らしい丁寧な文字」と書きましたけど、別に男性の中にも綺麗な字を書ける人がいるのはいっぱい知ってるんで偏見とかじゃないんよ?
単純にあれ以外でシャルフィーラが書いたってわかるような語彙力が私には無かっただけです。




