第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(5)
前回のあらすじ
エルロッド男爵はロイドやノエルといった誘拐してきた子ども達を地下の牢屋に閉じ込めていた。
家族に会いたいと願う子ども達。
そんな子ども達の前に光が差した。
暗く閉塞された地下に穴を開け、見事子ども達を救い出した太一、だが、子ども達の移送を命じられていたフェルネという男が、修の前に立ちはだかった。
雷堂修は、他とは変わった不思議な子どもだった。
東京を本拠地とした広域指定暴力団『花巻組』、雷堂修はそこの会長を務める雷堂健吾の孫、いわゆる極道の血筋である。
だが、雷堂健吾の娘であり修の母親でもある雷堂美羽は大の喧嘩嫌いだったうえに極道である父親のことも嫌いだった為、半ば家出に近い形で『花巻組』と距離を取っていた。
だからこそ、修は自身が暴力団の会長と血縁であることを最初は知らなかった。
だが、彼の認知はどうであれ、修の中には確かに極道の血が色濃く流れていた。
小中高と喧嘩で負け知らず、例えそれが年上だろうと大の大人であろうと等しく辛酸を舐めさせ続け、ついた二つ名は『虐殺王』。
相手の悲鳴を残虐でありながらもどこか恍惚とした表情で見る様は敵味方関係なく他者に恐怖の感情を与えていく。
だが、修は内心では喧嘩などつまらないと感じていた。
普通であることなどとうの昔に諦めていたが、自分から手を出すような真似はしなかった。
それでも周囲の人間は修に安寧など与えてはくれない。そしてまた、修の中に眠る血が修に安息を与えてはくれなかった。
母の言うとおり、普通の子どもにならなくてはならないのに、心のどこかで人の悲鳴を渇望している自分がいた。
そんな彼にとって、バイクという存在は唯一その欲求を塗り潰してくれるような心のオアシスだった。
人を殴りたいと思った時は愛車で峠道を快音鳴らして走らせた。
人の悲鳴が聞きたいと思った時はバイクの改造や修理でその衝動を掻き消した。
だが、この世界にその衝動を掻き消してくれるバイクという唯一無二の存在は、存在しなかった。
「普通に逃がしてくれるんだ? あとであのおっさんに怒られるんじゃない?」
修は目の前で二本のナイフで遊び始めた白髪の青年に対し、煽るように告げた。だが、それを青年は鼻で笑った。
「はっ、上にはファジマールさんやバジルがいるんだ。どうせ逃げられやしない。そんなことよりてめぇにはさっきの借りを返さねぇとな」
「さっきのって俺っちがあんたの跡をつけてここを突き止めたこと言ってんの? そんなん逃げ足が遅いあんたの問題じゃん?」
「あれはガキとはいえ二人も人間を抱えてたからだ! だがな、解放された今、てめぇじゃ俺には勝てねぇよ」
そう言うと、フェルネはニヤリと何かを企んでいそうな笑みを見せた。どう見ても負け惜しみとは思えないその笑みを見た瞬間、修はフェルネの一挙手一投足を観察した。
燭台の火が揺らめき、二人の顔に光が差した。
刹那の一瞬、フェルネの姿が闇夜に消えた。
恭弥が見せるような神がかった早業ではなく文字通り消えるように姿を消したと表現するのが正しいのだろう。
「……この世界ってそういうのもありなん?」
修は一瞬驚いたような表情を見せたものの、それだけ言うと溜め息を吐いた。
修の動体視力は恭弥に並ぶ程で、些細な動きすら見逃さない。
その修の目は、フェルネが蝋燭の火で作られた自身の影に潜っていく光景をしっかりと捉えていた。
修は左手に改造釘打機を握ると、フェルネが潜っていった影に三発程撃ち込んだ。
しかし、釘は石造りの床に弾かれ、そのまま転がってしまう。
当然、フェルネは出てこなかった。
(俺っちの釘打機が効かないのか? それとも単純にそこにはいないとか?)
そんなことを考える修の影が突然不自然に揺らめいた。
一瞬、何かが起こったような気がするも、修の視界には何も映らなかった。
直後、修は背中をクロス十字に斬られた。
「ッッ……!!?」
痛みは修の意識を刈り取る程では無かったが、その痛みはかなりのものだったのか、修は顔をしかめた。
「……なるほど、俺っちの影にも入れるって訳ね?」
意識がフェードアウトしそうになり、体が前のめりに倒れそうになるが、修は力強く踏み込んで体の転倒を防いだ。
今にも閉じてしまいそうな瞼で修は独り言のように呟いた。
「そうだ! 俺の個有能力は影狩り。人に限らずあらゆる影に潜むことが出来る最強の能力だ! つまり何が言いたいかって? てめぇじゃ俺には指一本触れることはできねぇんだよ!! そこで無様に足掻いて死ぬがいい!!」
求めていない返答は、おそらく勝利の確信から出たものであることは容易にわかった。
実際、出血が酷いのか焦点が定まらず、力を少しでも抜けば倒れてしまうのではないかと思えるほど修はふらふらとしていた。
そのうえ、フェルネは影に潜り、姿を一向に見せてこない。
最悪な状況に立たされ、修はニヤリと笑った。
「影、ねぇ……」
修は突然ティーシャツの前ボタンを外し始めた。
前開きになった場所からホルスターが見えるが、そこには何も入っていなかった。
それは肩にかけるタイプのホルスターで、修は襟から背中側のホルスターに手を差し込み、もう一丁の改造釘打機を取り出した。その改造釘打機は左手に握る拳銃タイプの釘打機よりも少し大きかった。
修は左手に握っていた改造釘打機を懐のホルスターにしまいこみ、代わりに大容量マガジンを取り出し、改造釘打機にセットした。
「改造釘打機バージョンプロジェクトナインティー、クソジジイのコレクションをパクって改造したこいつはさっきまでのとは一味違う。影に潜れるって言ったって、潜んでる影にさえ当たりゃあダメージがあるんだろ!!」
そう叫んだ瞬間、修は改造釘打機バージョンプロジェクトナインティーを使い、そこかしこに乱射した。
上下左右四方八方に撒かれた音速の釘達は甲高い音を立てて地面に転がっていく。
その様を見て、フェルネは笑いを抑えるので必死だった。
影にいる限り、直接的なダメージを一切受けない自分にとって、その行為はなんの意味も成さないことをフェルネはよく知っていた。
だからこそ、修の姿が滑稽で仕方無かった。
(とんだ間抜けがいたもんだ。そんなことをしたところで魔力をただただ無駄に浪費するだけだというのに……クククッ、笑いがこらえきれねぇ。なんて無様なんだ!)
くつくつと抑えきれなかった笑い声が漏れる。
その声を抑えるべく、フェルネは手を口に当てた。
そこでフェルネは初めて気付いた。自分の手が顕現していることに。
手だけではない。よく見れば顔も体も、影に潜ませていた全てが地上で顕現していた。
「…………は?」
訳がわからないフェルネの時間が暫しの間止まる。
そんな彼の時間を動かしたのは体の節々に刺された釘による痛みだった。
「うっ!!?」
尋常ではない痛みに襲われ、フェルネはうめき声を上げた。
「おいおい、いいのか〜? そんな無防備に姿を晒しちまって〜? 俺っちは敵に猶予や警告を与えてやるほど優しくないよ〜」
改造釘打機を肩に担ぎながらやってくる修を、フェルネは恨めしそうに見た。
そして、仕返しをするべく影に潜ろうとした瞬間、影狩りは不発に終わった。
「な……なんで……なんで影に潜れねぇええええ!!!」
激情からか無策にも正面からナイフで襲いかかってくるが、修の蹴りがフェルネの横っ面を捉え、その体を壁に激突させた。
「あんた、まだ状況がわかってないんだね?」
「なん……だと?」
修の言葉に苛立ちが抑えきれないのか、フェルネは壁によりかかりながらも修を睨んだ。
そんなフェルネのすぐ前にしゃがみこみ、笑った。
「ここでクイズです。俺っちは何を撃っていたでしょ〜か」
「は? ……んなもん、俺……じゃねぇのかよ……」
「惜しい!! 半分正解、半分外れで〜す」
「……半分?」
「確かに俺っちが下に撃ったやつはお前が途中で俺っちの邪魔をしないように撃った牽制の役割を持ってたよ。でも、本命は壁や上にあった照明に向かって撃ったもの」
「照明?」
フェルネが上を向けば、魔石を使ったガラス製の照明が割れていた。それは一つではなく全部で、影に潜って暗闇に慣れていたフェルネはここで初めてこの空間が異常に暗いことに気付いた。
「まさか……」
フェルネの視線が壁にかけられていた燭台へと移る。
そこに火の点いた蝋燭は一本も無かった。
「そっ、俺っちの狙いは影に潜ったお前じゃない。影を生み出す光源だったんだよ。どう? 俺っちの演技、真に迫りすぎて疑いもしなかったでしょ?」
「そ……んな……」
先程までは動くのも辛そうだったというのに、今はヘラヘラとしており、まるで傷など負っていないかのように思えた。
いったいどこから騙されていたのかと思い悩むフェルネの前で、修は改造釘打機バージョンプロジェクトナインティーを床に置き、拳銃タイプの改造釘打機を取り出した。
「さて、クイズに不正解だった挑戦者には当然罰ゲームがあります」
心から嬉しそうな声でそう言われ、フェルネは無性に嫌な予感がした。そんな彼の視界に天井の穴からもたらされた光の円が見えた。
そこへ手を伸ばそうとした瞬間、その手に釘が突き刺さる。
「〜ッッ!?」
痛みに悶えるフェルネの腕を修は踏みつけにした。
「俺っちさ、この世界にがっかりしてんだよね。だってここ、バイク無いじゃん? 勝手に連れてこられてバイクもくれないなんて……本当にストレスが溜まるったら無いよ。それでも恭弥君が一般人に危害を加えるのは駄目だって言うからおとなしくしてたんだ。……でもさ」
修がニヤリと笑う。
「それって君達悪人には何しても良いってことだよね?」
その残虐な笑みはフェルネに恐怖の感情を植え付け、体を震わせる。
そんなフェルネに対し、修はこの上なく愉しそうな笑顔で告げた。
「大丈夫。殺すなんてつまらない真似はしないから。俺っちが聞きたいのは、君の許し乞い願う甘美で魅惑な悲鳴だけ、だからさ」
その後、暫くして山川太一が空けた穴からただならぬ悲鳴が上に響くことになるが、誰も様子を見にいこうとはしなかったそうな。
◆ ◆ ◆
自分を楽しませてくれる強敵を前にして、ファジマールは頬が緩むのを抑えきれなかった。
これまで渡り合った相手がいなかった訳ではない。
剣の腕前だけなら自分以上の相手もそれなりにはいたし、バジルのような魔法使いの中にも自分を楽しませてくれた者はかなりいた。
だが、どんなに強いと思った相手も、最後には呆気なく倒れてしまう。それほどまでに、彼の持つ個有能力は強すぎた。
だが、不思議とこの男にはそのユニークスキルを使っても良いんじゃないかと思えた。
あの能力を使っても、命乞いなどという醜いことはしないだろうと、そう思えた。
ファジマールの周囲が歪む。
須賀政宗はそんな錯覚を覚えた。
そして、ファジマールが強く踏み込み、双剣を構えた。
何かが来る。
政宗は瞬時に理解した。
だが、次の瞬間、足場が地震のようにぐらりと揺れた。
何事かと震源地を見れば、仲間である山川太一が一心不乱に床を殴っていた。
「チッ、邪魔が入ったか……まぁいい」
数メートル離れた距離で舌打ちをしたファジマールから、政宗は一秒たりとも目を逸らさなかった。
太一の方へ向いた時だって、横目でファジマールが体勢を崩していたのは確認していた。
だからこそ、信じられなかった。
剣士にとって必殺の間合いとも言える距離。ファジマールは何故か政宗の懐近くに立っていた。
刀の柄に手を置いてすらいなかった政宗は間に合わないと瞬時に理解した。
ファジマールが双剣を薙ぐ。それを政宗はすり足で後方に移動し回避した。
首を狙っていた刃は政宗に当たらない。
だが、ファジマールの真の目的は政宗の首じゃなかった。
「ここは騒がしい。もう少し静かな場所でやろうか?」
そう囁かれた瞬間、政宗の視界が突然切り替わった。
「ここは……何処でござるか?」
自分以外誰もいない空間で、政宗はそう呟くことしか出来なかった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
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