第7話:誘拐事件だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
村の者達の士気を上げ、怪しい男を追った修の後を追った恭弥は、再び王都へと入る。
目立たぬように少数精鋭で再び後を追うと、彼らはエルロッド男爵の本邸へと辿り着いた。
そこで彼らはエルロッド男爵の待ち伏せの罠にかかってしまい、五十を超える敵に囲まれてしまう。
そして、開戦の火蓋が切って落とされた。
圧倒的な人数差、向こうには足手まといまでいる。
それにもかかわらず、元Aランク冒険者のファジマールは険しい顔で戦況を見ていた。
部下は全員がBランク冒険者とさして変わらぬ実力を持っているのだから、いつもなら余裕を持って戦況を見ていられた。
だが、ファジマールはどうしても嫌な予感が拭えなかった。
敵は自分が名前すら知らぬ程度の低ランクの冒険者であり、警戒などする意味すら無いのだろうと、ファジマールも理屈ではわかっていた。
それなのに、自分の中にある元冒険者としての勘が、この場から逃げろと警告してくる。
「どうかしたんすか?」
自分と同じくエルロッド・ディルマーレ男爵の警護をしていたバジルが、こちらの様子に勘付いたのかそう尋ねてきた。
ここでいつもなら問題無いと答えるのだが、そう答えることすらはばかられた。
「バジル、お前はエルロッド様を奥の部屋で警護しろ」
「え〜? 嫌っすよ。俺もこいつらの死に顔見たいんすから」
「主の命がなによりも最優先だ。おとなしく言うことを聞け」
「おいおいファジマールよ。お前は俺様に逃げろと言うのか? あの平民如きに恐れをなして尻尾を巻いて逃げろと?」
バジルとの会話はすぐ後ろにいたエルロッド男爵にも筒抜けで、エルロッド男爵は明らかに苛立った様相でファジマールに詰め寄った。
だが、ファジマールは冷静だった。
「いえ、そうは言いません。ただ、どうしても嫌な予感が無くならないのですよ」
「……まぁいい。お前の勘はよく当たるからな。ここはおとなしく引き下がっておこう。行くぞ、バジル」
「え〜」
「いいか、ファジマール。くれぐれも被害は軽微で頼むぞ。あ、いや……数人程度なら見逃して構わん。出費が少なくなるからな」
その言葉にファジマールは応とも否とも返さなかった。
そのぶっきらぼうな顔は不満そうにも見えるが、少なくともエルロッド男爵は気にした様子もなく、露骨に不満そうな顔を見せるバジルを引き連れて扉の奥へと去っていった。
◆ ◆ ◆
視界の端でエルロッド男爵が何処かへ行ってしまったのを見て、伊佐敷遥斗は苛立ちを表すように舌打ちをした。
敵の戦力はたいしたことないが、同世代の男達よりかは遥かに頑丈な男達に、遥斗は思いの外苦戦を強いられていた。だが、遥斗が彼らより弱いという訳では決してない。
彼が苦戦を強いられていたのは、遥斗の戦闘スタイルが集団戦よりも個人戦に特化していたからだろう。
遥斗は高校の時に習い始めたジークンドーという武道を使った近接戦闘を得意としていた。
一年生でサッカー部のエースとしても活躍していた彼の身体能力は凄まじく、習い始めて三ヶ月で師範に膝をつかせる程の実力を身につけていた。また、中学時代のキャプテン兼司令塔としての経験が活きたのか視野が非常に広く、目まぐるしく変わっていく戦況の中でも冷静に勝ち筋を見つけ出せる地頭の良さもあり、彼は恭弥の隣でチームを勝利に導く参謀として名を上げてきた。
だが、それはあくまで日本での話だった。
ここは異世界、相手は自分達の命を一切の迷いもなく取りに来ている。
殺すことを禁じられた日本では殺す気でいっても最後には互いに生き残っているものだ。
だが、彼らは本気で自分達を殺しに来ている。
しかも、非戦闘員であるシャルフィーラとフューイを優先して殺しにかかっているのだ。
後先考えない敵の恐ろしさを、遥斗は今、肌身で感じとっていた。
「ねぇねぇ遥斗君、僕ちんまだ暴れちゃだめなの?」
シャルフィーラとフューイと共に壁まで下がった山川太一が、遥斗の背中に不満気な声で文句を告げた。
背に庇っている為顔は見えないが、相当鬱憤が溜まってるのだろうと遥斗は容易に想像できた。
「悪いがタイチはまだだめだ。シャルフィーラさんとフューイ君を同時に守りきれる体格の持ち主はお前だけだからな。いいか! 絶対に僕が良いと言うまでそこから動くんじゃないぞ。シャルフィーラさんにもしものことがあったらお前に肉は食わせないからな!!!」
「う〜……わかったよぉ〜」
不満気な様子を隠そうともしないが、流石の太一も肉無しは嫌なようで、否とは答えなかった。
そんな太一に目を向けていた遥斗を、上段から振り下ろされた片手剣が襲う。
だが、片手剣が斬ったのは屋敷の床だけだった。
確実に捉えたと思っていた敵の大男は、血痕どころか姿すら消えてしまった遥斗に首を捻った。
直後、大男の頭に強烈な回し蹴りが直撃し、その巨体はあっさりと床に沈められた。
軽やかに着地すると、遥斗は視界の奥にいる海原恭弥に焦点を合わせた。
「キョウヤ!!!」
敵の一人を強烈なパンチで地に伏せさせた恭弥に向かって遥斗が大声で叫ぶ。
その声は恭弥にも届いたようで、彼は露骨に機嫌の悪そうな顔を遥斗の方に向けてきた。
「なんだ遥斗! こっちは今イラついてんだ! 後にしろ!!」
「あの男爵のおっさんが逃げたぞ!」
「あぁ? 男爵芋がなんだって?」
「ちげぇよ、エルロッドなんとかっていう男爵だよ! さっき偉そうにしてた奴!」
「あぁ、あのおっさんか。それで? そいつがどうしたって?」
「僕らがちんたらしてる間に逃げたって言ってんだよ! 逃げられると面倒なんだから、さっさとお前はあのおっさん探し出してぶっ飛ばしてこい!! それで全部終わるんだからこんなところでじっとしてんじゃねぇ!」
話している最中にも敵は邪魔をしてくるが、遥斗はそれを意に介した様子もなく、敵を蹴っ飛ばしながら恭弥に指示を伝えた。
その指示の意図は恭弥にも伝わったようで、恭弥の視線がファジマールのいる位置に向けられる。
「ったく、大将が戦場から逃げ出すなんて、男としてありえねぇだろ。わりぃおめぇら、ちょっとここ任せるわ」
そうはさせまいと敵の二人が斬りかかる。
しかし、 その二人の胸に突如としてなにかが撃ち込まれ、その体は恭弥の前で倒れ伏す。
撃ってきた方向へ恭弥が目を向ければ、そこには愛用の改造釘打機をリボルバーのように回す雷堂修の姿があった。
修は恭弥にニカッと笑った。
「行ってきなよ、恭弥君。ここは俺っち達で充分だから、さ」
再び修は改造釘打機を敵に向けて撃った。その瞬間、攻撃態勢に入ろうとしていた敵の手に釘が撃ち込まれ、その男は痛みで剣を放してしまう。
その姿を満足気に見る修の姿を見て、恭弥は中央階段に向かおうとした。
「ちょっ……ちょっと待ってください!!」
その声で、恭弥の足が止まる。
振り向けば、そこには太一の背中から出てきたフューイがこちらに向かって走ろうとしてきていた。
遥斗と太一は止めようとしたが、その一瞬の隙を狙ってか敵が猛攻を仕掛け、その対処で二人は手一杯になってしまう。
当然、敵の手はフューイにも伸びようとしたが、その手の全てを修の釘が薙ぎ払う。
その結果、フューイはなんとか恭弥の前まで辿り着くことが出来た。
そして、フューイは恭弥の目を見て告げた。
「俺も連れてってください! 足手まといになるかもしれませんが、俺だってノエルとロイドを連れ去ったあいつが許せない!! だから俺にもあいつを殴らせてください!! お願いします!!!」
フューイの真剣な眼差しが恭弥の鋭く威圧的な目を正面から見据える。
その結果、先に折れたのは恭弥だった。
彼は小さく笑うと、気にいったと言わんばかりに笑った。
「いいぞ、フューイ。お前もついてこい。ただし、俺より前に絶対出るんじゃねぇぞ。じゃなきゃ守れねぇからな」
「はい!」
恭弥の言葉が余程嬉しかったのか、フューイの声色は喜々としていた。
恭弥とフューイのやり取りを階段の上で見ていたファジマールは、背中に差した二本の剣に手を置いた。
少しずつだが次々と倒れる部下達の姿が、ファジマールの視界に入る。
一人、また一人と倒れていく。
その度に、彼の冷静な顔に怒りの灯火が点火されていく。
ファジマールは、部下達を薙ぎ倒しながらこちらへと向かってくる恭弥に視線を向けた。
その瞬間、ファジマールは床を思いっきり蹴った。
二本の剣を空中で鞘から引き抜き、恭弥に向かって振り下ろす。
落下の勢いとファジマールの膂力で威力を増した剣が、恭弥の命を刈りとるべく勢いよく迫る。
だが、ファジマールの剣が恭弥に届くことはなかった。
「……これを止めるか……」
ファジマールが呟く。
その視線の先に立っていたのは黒髪の青年ではなかった。
細い馬の尾が如き群青色の髪を揺らした青年の目を、ファジマールは敵意を持って見つめる。
「一目見た時からお主とはこうして剣を交えてみたいと思っていたでござる」
須賀政宗の顔がニヤリと笑みを浮かべた途端、ファジマールは大きく後ろに飛んだ。
そして、ファジマールは余裕の笑みで政宗を見た。
「いいだろう、少年。どうやら私の部下達では君の相手は荷が重かったようだ」
そう言うと、ファジマールは構えを取った。
「私の名はファジマール!! 異国の剣士よ。その手並みを私に見せてみよ!!」
その名乗りを聞いた瞬間、政宗の表情には明らかに狂喜とも言えるような笑みが浮かんでいた。
そして、正面から堂々と立ち合うべく、政宗は刀を鞘に収めていつでも引き抜けるように構えを取った。
だが、政宗は名乗りの前に、後ろに立つ恭弥に声をかけた。
「この男の相手は拙者がもらおう。お主達は先に行け。決して邪魔立ちはしてくれるなよ?」
「そんな野暮な真似はしねぇっての。行くぞ、フューイ」
「は……はい、マサムネさんもお気をつけて」
その言葉を残し、恭弥とフューイは階段の方へと上っていった。
当然、階段の途中に立っていたファジマールの横を通るが、彼は二人に対して一切攻撃の意志を見せず、そのまま素通りさせた。
その姿を見て、政宗は尋ねた。
「良いのでござるか? 敵をみすみす通すなど護衛失格ではござらぬか?」
その言葉を聞いたファジマールは怒るどころか、小さく笑った。
「あんな阿呆を守る価値があると思うのか? 私が求めるのは強者との真剣勝負のみ。今はそれを邪魔されなければそれでいい」
「そうでござるか。ならば、七天抜刀流師範、須賀清秀の嫡男、須賀政宗! 推して参る!!!」
そして、二人は同時に床を蹴り、再び中央で剣を交えるのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
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