第6話:空腹だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
王都へと向かった恭弥、遥斗、政宗をひたすら待ち続ける太一。
そんな太一に遊んでくれたお礼にと棒キャンディをあげる天使ノエルちゃん。
太一はそんな少女を気に入り、お友達になるのでした。
チーム一の巨漢である山川太一と張り合える程にまで膨らんだ洗濯ボールに伊佐敷遥斗が目を奪われていると、背後にあった扉が突然開かれた。
「女将さん、椅子の修理が全部終わったから見て欲しいんだけどって、遥斗君帰ってきてたの?」
「ん? あぁ、さっきな」
部屋の扉をノックもせずに入ってきたのは、白いタオルで頭を覆った雷堂修で、彼は中にいた遥斗に気付くと、帰ってきていたことを知らなかったのか素っ頓狂な声で遥斗に声をかけた。
「てか、遥斗君達なにやってたのさ。昼に帰るって言ったくせにもう夕方だぞ?」
「悪い悪い、ちょっと冒険者ギルドでの交渉が長引いたうえに森で迷っちゃってさ。こんな時間になっちった」
「ふ〜ん、まぁ、別にいいけど、それより何だそれ?」
修の興味が稼働する洗濯ボールへと向いたのを見て、遥斗はやっぱり気になるよなとでも言いたげににやついた。
「洗濯ボールってやつらしいぞ? 洗濯機とは違って魔石で動くんだそうだ」
「へ〜……ちょっと解体してみて〜な〜」
その言葉を聞き、遥斗はまた始まったと心の中で呟いた。
修は未知のものに興味を持つ性格で、スパルタな父親から叩き込まれた解体術で、初めて見たものを解体しては改めて造り直すことをよく繰り返していた。
そんな修が、この未知なる道具に興味を抱くのは仕方ないことと言えるだろう。
「洗濯が終わったら頼んでみるかな〜」
「断られたからって手は出すなよ? 流石に僕も怒るからな?」
「わかってるって、もちろん無理強いはしないよ」
そのやり取りは同じ部屋にいるシャルフィーラに丸聞こえだったのだが、彼女は敢えて聞かなかったふりをした。しかし、解体をしたいのあたりでは、流石の彼女も真っ青になっていた。
だが、そんな彼女の反応を見ようともしない修は、気にするような素振りもなく、平然と遥斗に話しかけた。
「それで遥斗君さ、今日ってバーベキューだよね? 肉を大量にもらってきたんでしょ?」
「バーベキューって……それ、宿屋でやるもんじゃないだろ」
「いや、女将さんとはもう話はつけてあるよ」
「は?」
その回答を聞き、遥斗はシャルフィーラの方へと視線を向けた。
シャルフィーラは回答を求める視線を向けた遥斗に対し、笑顔で応対した。
「はい。バーベキューというものが肉を外で焼いて皆で食べるものと聞いてますので、薪は昼前にフューイが集めています。薪割りまでは雨が降ってきたので出来ませんでしたが、本日中になされるのでしたら、すぐに準備の方を取り掛からせていただきます」
礼儀正しいシャルフィーラの受け答えを聞いて、未だに距離があるなと若干落ち込みつつも、遥斗はそれをおくびにも出さなかった。
確かに、バーベキューは遥斗にとって好都合だった。
太一程ではないにしても、修と恭弥はかなりの大食らいだ。
その三人が、この世界に来ての二日間で満足に食事出来たのは王城での昼食のみ。まず間違いなく、限界が近いだろう。
だが、そこに関して言うのであれば、解決策はあった。なぜなら先日恭弥が狩ったツインヘッドウルフはかなりの大きさで、三人の胃袋を満たすには充分な大きさがあったからだ。
ただ、そうなってくると、別の問題点が出てきた。
それは調理方法であった。
解体屋メルディーエルの話でも、ツインヘッドウルフの肉はあまり美味しくないと聞いている。まずい肉では流石の三人も納得しないだろう。
あの量の肉を調理するとなれば、まず間違いなくシャルフィーラの負担になってしまうだろう。
肉の下拵えですら大仕事だというのに、調理までとなると、自分には無理だとシャルフィーラに追い出される可能性もあった。
シャルフィーラのことを落としたいと考える遥斗にとってそれは、あまり得策とは言えなかった。
だが、バーベキューであれば、その負担も少しは軽減されるうえに、準備を手伝うことでシャルフィーラとの距離も縮められることは容易に想像できた。
「僕も手伝いましょう。後学の為に獣肉の調理方法は知っておきたいですからね」
人受けの良い笑顔で近付き、表向きの理由を告げると、シャルフィーラは快く了承の言葉をくれた。
そして、修の方へと向き直る。
「バーベキューならコンロがいるよな?」
「それならさっき俺っちが作ったからあとは肉だけだよ」
「……いや、仕事早くない?」
「遥斗君達が遅くて時間がた〜っぷりあったからね。火の魔石使って軽めのバーナー作ったらなんか溶接できそうだったからね、ドラム缶もらってさっき作った」
「この短時間でバーナーまで作ったのかよ」
「修理の息抜きになんか作りたかっただけだよ。火の魔石ってやつのお陰で案外簡単に作れたしね」
「そうか、流石だな」
遥斗が一言そう告げると、修は得意げに、まぁな、とだけ告げた。
「イサシキ様、それではいきましょうか。ツインヘッドウルフの肉は筋が多くて硬く、本来であればまず食卓に並ぶことはありません。しかし、下拵えさえしっかりとすれば、バルフォースすら超えた味わいが堪能出来るのです」
そんな説明をしながら、シャルフィーラと遥斗は、大量のツインヘッドウルフの肉を処理すべく、洗濯場を出るのだった。
「ぁ……解体していいか聞くの忘れた」
素っ頓狂な声を出し、許可を取っていないことに気付いた修はどうしようかと悩む。
「勝手に解体……は流石にやばいか。ジジイからも堅気の連中には迷惑かけるなって言われてるし……今から聞きにいく? いや、遥斗君のことだから邪魔したらキレるよね……。ま、いっか。別に後でも聞けるし」
そう独り言ちると、修は先程の遥斗みたいに、食い入るように洗濯ボールを見始めるのだった。
◆ ◆ ◆
茜色の空が暗くなり始める頃、フューイは宿屋の裏手で薪を割っていた。
宿屋の裏手は天然の芝生が隙間なく張られており、一本の広葉樹が立っている。
本来であればこの場所は公共の敷地ではあるのだが、元々宿屋のある区画がカルファ村の外れに当たる為、フューイ達はよくこの場所を私的に活用していた。
だが、フューイ達への信頼度が高いせいか、それに異を唱える者は誰もいなかった。
刃先に薪の刺さった斧を諸手で高々と振り上げ、勢いよく斧を振り下ろす。すると、薪は微かに曲がりくねった線を描き、中心部から真っ二つに割れた。
しかし、その綺麗な薪を前にしたフューイの反応は、なぜだか不服そのものだった。
「なんで魔石があるのに薪割りなんかしなきゃなんないんだよ……」
ぶつくさと独り言を呟きながら、フューイは再び薪が微かに刺さった斧を振り上げた。
彼は先程、バーベキューに使うからと薪を割るように母親から頼まれ、文句を言いたげな顔でそれに応じた。いくらなんでも、普段やらない業務まで押し付けられるのは、あまり気乗りしない。それが彼の心情であった。
そんな訳で、彼は昼前に集めていた木材を丸太台の上で割るという作業を続けていた。
「お兄ちゃん、なにしてるの?」
割れた薪を拾っていると、不意に後ろから声をかけられ、フューイはその声がした方へと顔を向けた。
そこにはフューイの妹であるノエルと、弟であるロイドが立っていた。
「お前達、タイチさんと遊んでたんじゃなかったのか?」
フューイがそう聞くと、ノエルは満面の笑みで首肯いた。
「うん!! これ見て、タイチ君とお絵描きしたのー」
「僕はバルフォースさんごっこ〜」
ノエルは描いた絵をこちらへと向け、ロイドは体で楽しかったことを体現する。二人して違う楽しさの表現だったが、その笑顔は二人ともよく似ていた。
二人の笑顔を見ていると、フューイもつられて笑顔になってしまう。
「良かったな」
そう答え、元気をもらったフューイは再び薪を割る作業へと戻った。
そんなフューイにノエルは話し足りないのかいつもよりテンションが少し高めになりながらも今日あった話を続けた。
「それでね、タイチ君ね、お兄さん達を待つためにずっと玄関の前にいたんだよー」
「そうか」
「それでね、それでね、ノエルがピスコのおじちゃんからもらった飴をあげたらね。美味しいって言ってたー」
「そうか、良かったな」
辺りはすっかり真っ暗になり、フューイは持ってきていたランタンの魔石を起動させ、明かりを点けた。
そして、目は薪を見て、耳だけは延々と喋るノエルに傾け、フューイは作業を続けた。
「それでね、それでね、ロイドお兄ちゃんとバルフォースさんごっこしてるからね、ノエルも混ぜてって言ったの。でもね、ロイドお兄ちゃんがね、タイチ君は僕のバルフォースなんだよって意地悪言ってきたんだよ!」
「それはよくないな」
「だよね、だよね。でもね、タイチ君がね、一緒に乗っていいよって言ってくれたんだよ!」
「それは良かったな」
「うん!! それでね――」
その瞬間、不意にノエルの言葉が途切れた。明らかに不自然なタイミングで、そこには扉が開く音も、助けてと泣き叫ぶ悲鳴も、誰かが去っていくような足音も何も聞こえない。
風が草木を揺らし、静寂を奏でる。
「ノエル?」
話が途中で切れたことが気になったフューイは、どうかしたのかとノエルの方を見た。
しかし、そこには誰もいなかった。
自分の影だけがランタンの明かりで伸び、その上には先程までノエルが大切に握っていた家族の絵が湿った芝生の上に落ちていた。
フューイは落ちていた絵を拾う。
子どもながらのとても上手とは言えないものの、一所懸命に描いたことが感じ取れる程、大好きという感情のこもった素晴らしい絵だった。
そんな絵が無造作に投げ捨てられているこの状況を、フューイはどうしても楽観視出来なかった。
フューイの顔が徐々に青ざめていき、彼は自分の頭に湧き出てきたその最悪な想像を振り払うように勢いよく立ち上がった。
「ノエル! ロイド! かくれんぼなんて馬鹿な真似してないで早く出てきなさい!!!」
フューイは怒鳴るものの、返事は無い。
「ノエル!! ロイド!!」
再び喉を振り絞って二人の名を呼んだ。
だが、彼を安堵させる声が返ってくることは無かった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
前書きふざけてすみません。
書き直しときました。




